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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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171/225

寿綾乃という女 第4部 171

  私の言葉で、目の前の和子の表情が、変わった…


 これまでの、愛想の良い、顔は、どこへ、やら…


 一転して、顔つきが、変わった…


 鬼のような形相で、私を睨みつけた…


 「…寿さん、それ、どういう意味?…」


 と、鋭い目で、私に言った…


 私は、


 「…昭子さんですよね…和子さんではなく…」


 と、言った…


 短く、言った…


 「…なぜ、和子さんに、なりすまして、私に会おうとしたんですか?…」


 私の質問に、昭子は、答えなかった…


 ただ、黙って、私を睨みつけた…


 鬼の形相で、私を睨みつけた…


 私は、ただ、昭子に睨みつけられるままにした…


 まさか、睨み返すわけには、いかないからだ…


 だから、黙って、睨みつけられるままにした…


 わざと、能面のような無表情な顔をした…


 それが、十秒、あるいは、二十秒、続いただろうか?


 それから、昭子は、フッと笑った…


 鬼のような表情から、一転して、顔を崩した…


 相好を崩した…


 「…どうして、気付いたの?…」


 と、これまでのように、楽しそうな表情で、聞いた…


 私は、


 「…食べ方です…」


 と、ぶっきらぼうに、言った…


 「…食べ方?…」


 「…食事の仕方です…」


 「…それが、どうしたの?…」


 「…言いづらいのですが、品が…」


 「…品?…」


 「…和子さんは、そのような食べ方は、されません…」


 私が、断言すると、昭子は、呆気にとられた表情になった…


 そして、すぐに、笑った…


 実に、楽しそうに、笑った…


 「…やっぱり、表に出る人間と、裏にいる人間の違いね…」


 と、言って、笑った…


 「…いつも、表舞台に立っている、和子は、他人の目があるから、食べ方ひとつとっても、気が抜けない…上品に食べなければ、いけない…」


 「…」


 「…片や、表舞台に立てない、私には、その必要がない…上品に振る舞う必要は、ない…その違いね…」


 昭子は、楽しそうに、笑った…


 が、


 その笑いは、寂しかった…


 明らかに、寂しそうな笑いだった…


 明らかに、歪んだ笑いだった…


 表舞台に立てない者のコンプレックスが、生んだ、歪んだ、笑いだった…


 私は、なにも、言わなかった…


 いや、


 言えなかった…


 私風情の人間が、口を出す話ではないからだ…


 それから、私を見て、言った…


 思いもかけないことを、言った…


 「…でも、寿さんも、同じね…妹の和子と同じ…」


 と、言った…


 「…同じ? なにが、同じなんですか?…」


 「…寿さんは、美人…外に出れば、注目を集める…周囲の注目を集める…だから、言動に、気をつける…それと、同じ…」


 「…」


 「…和子は、私の代わりに、夫の建造と共に、表舞台に立った…五井を代表して、表舞台に立った…だから、食事、ひとつとっても、気が抜けない…五井を代表する人間が、品が悪い行動はできない…それゆえ、いつも、上品に振る舞う…そして、それが、習い性になる…」


 「…」


 「…でも、表舞台に立つことのない私に、上品さは、必要ない…上品に振る舞う必要はない…それで、寿さんに、和子になりすましていることが、バレるなんて…」


 昭子が、嘆いた…


 私は、なにも、言わなかった…


 ただ、昭子の告白を聞いていた…


 「…でも、寿さん…」


 「…ハイ…なんでしょうか?…」


 「…私が、伸明を心配しているのは、事実…事実よ…」


 「…」


 「…もう、私には、伸明しかいない…他は皆…」


 そこまで、言って止めた…


 この昭子が、産んだ、伸明の弟の秀樹も、菊池冬馬も、すでに、ない…


 残された息子は、伸明しかいない…


 五井家の当主の伸明しか、いなかった…


 私は、話を変えた…


 「…昭子さんは、団郁馬さんと親しかったんですか?…」


 と、話を変えた…


 昭子は、


 「…ウマが、合ったのよ…」


 と、言った…


 「…ウマ…ですか?…」


 「…要するに、気が合うということね…団郁馬は、五井の一族の中で、浮いている…私も、それは、同じ…家で、浮いていた…厄介者扱いされていた…」


 「…」


 「…まあ、お互い、似たような境遇だからかな…気が合った…だから、団郁馬も、伸明のことは、知っている…子供の頃から、知っている…」


 「…」


 「…だから、驚いたんだと、思う…子供の頃から、知っている伸明が、団郁馬を、五井から、追放するようなことを、言ったのは、驚いたんだと、思う…いきなり、私に電話をかけてきて、仰天して、打ち明けたほどだから…」


 「…」


 「…でも、まあ、伸明もやるものね…うるさ型の西家の叔父さんも、味方につけて…」


 「…味方につけて? …どうやって、味方につけたんですか?…」


 「…脅しよ…脅し…」


 「…脅し!…」


 私は、素っ頓狂な声を上げた…


 「…今、団郁馬を脅したと、言ったでしょ? アレを見て、西家の叔父さんも、伸明に、なにも、言わなくなった…いえ、言えなくなった…誰もが、団郁馬と、同じように、五井から、追放すると、言われたら、困るもの…」


 「…」


 「…まあ、一言で言えば、見せしめね…」


 「…見せしめ?…」


 「…本家に逆らえば、こうなると言う、見せしめ…」


 「…」


 「…伸明だって、したくて、したんじゃない…でも、伸明は、五井本家の当主だから、仕方なくした…そう、思う…そして、それは、団郁馬にも、わかっている…」


 「…団郁馬も、わかっている?…」


 「…要するに、立場…伸明の置かれた立場…それが、わかっている…」


 「…」


 「…だから、伸明にとっては、苦渋の決断だったかも、しれない…なにしろ、伸明は、団郁馬を子供の頃から、知っている…それゆえ、団郁馬の元を訪れ、クビを切ると、宣告するのは、嫌だったと、思う…」


 「…」


 「…でも、まあ、伸明は、当主だから、仕方がない…五井の当主だから、仕方がない…」


 「…」


 「…結局、それを、聞いた、西家の叔父さんも、ビビって、伸明に、なにも、言わなくなった…西家の血を継ぐ、娘を、伸明の嫁にすると、言わなくなった…」


 「…ご存じだったんですか? 伸明さんの見合いを?…」


 「…当然、知っているわ…五井を追放されたとは、いえ、五井が、今、どんな状況にあるか、わかるように、なっている…伸明が、どんな状況に、陥っているか、わかっている…」


 …やはり、そうか!…


 私は、あらためて、思った…


 この昭子…


 諏訪野昭子…


 五井の女帝の双子の姉…


 五井家を追放されたとは、いえ、五井の誰かと、連絡をとっている…


 五井家の中に、この昭子に、連絡を取るものがいる…


 だから、五井家の事情に、詳しい…


 五井家が、伸明が、今、どんな状況に、陥っているか、わかる…


 そういうことだ…


 そして、それゆえ、出て来た…


 たった今、和子に代わって、この場に、出て来た…


 そういうことだろう…


 しかしながら、なぜ、私に会おうとしたのか?


 それが、わからない…


 前回も、私に、会った…


 わざわざ、散歩中の私に、偶然を装って、会った…


 それが、わからない…


 なぜ、そんなことまでして、私に会おうとしたのか?


 それが、わからない…


 それゆえ、私は、聞いた…


 直球で、聞いた…


 「…なぜ、昭子さんは、私に会おうとしたんですか?…」


 と、聞いた…


 昭子は、驚いた表情に、なった…


 まさか、私が、直球で、聞くとは、思いも、しなかったんだろう…


 それが、見事に、表情に、現れた…


 昭子は、少し躊躇った後に、


 「…当然ね…」


 と、呟いた…


 「…なぜ、私が、こうまでして、寿さんに、会いに来たのか、知りたいのは、寿さんにしてみれば、当然ね…」


 と、呟いた…


 そして、言った…


 「…寿さん、アナタ、伸明のお嫁さん候補なのよ…」


 と、言った…


 仰天の言葉を言った…


 「…お嫁さん、候補? 私が、伸明さんの?…」


 自分でも、自分に、笑ってしまいそうになった…


 …ありえない!…


 即座に、そう、思った…


 そして、そう、思いながらも、考えた…


 目の前にいるのは、和子ではない…


 昭子だ…


 五井の女帝では、ない…


 五井の女帝の双子の姉だと、考えた…


 なぜなら、すでに、答えは、出ている…


 FK興産が、五井と資本提携したときに、臨時の取締役会が、開かれた…


 そのときに、社長のナオキを罷免しようと、決議した…


 その際に、私は、反対した…


 五井の提案に反対した…


 伸明ではなく、ナオキを取ったのだ…


 伸明ではなく、ナオキを選んだのだ…

 

 それを、見た、和子は、呟いた…


 「…やっぱり、寿さんは、伸明ではなく、藤原さんを選ぶのね…」


 と、呟いた…


 伸明と、ナオキ…


 どちらかを選べと言えば、ナオキを選ぶ…


 十五年、付き合いのあるナオキを選ぶ…


 私の恩人のナオキを選ぶ…


 当たり前だった…


 伸明と、ナオキは、共に、長身のイケメン…


 ルックスに差はない…


 二人とも、お金持ち…


 ただし、持っている、お金に差がある…


 決定的な差がある…


 ナオキは、FK興産の創業社長…


 いわば、成り上がりだ…


 それに比べ、伸明は、五井家の御曹司…


 日本中に名の知れた五井家の当主だ…


 とても、比較の対象ではない…


 とてもではないが、藤原ナオキと、諏訪野伸明では、比べ物にならない…


 お金持ちの桁が、違うから、比較にならない…


 しかしながら、二人の内、どちらかを、選べと言われれば、ナオキ…


 私は、ナオキを選ぶ…


 私と苦楽を共にした、ナオキを、選ぶ…


 当然だった…


 しかしながら、この昭子は、それを、知らないのだろうか?


 そう、思った…


 実に、そう、思った…


 そのときだった…


 昭子が、漏らした…


 「…伸明が、まだ、寿さんを好きだからよ…」


 と、漏らした…


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