寿綾乃という女 第4部 170
私は、
「…ハイ…」
と、返事をした…
返事をせざるを得なかった…
和子は、まっすぐに、私を見つめて、
「…伸明のことを、どう思う?…」
と、聞いた…
今さらながら、聞いた…
私は、
「…それは…」
と、言いながら、戸惑った…
どう答えていいか、わからなかった…
どう、返していいか、わからなかった…
が、
和子が、求めていたのは、それではなかった…
和子が、求めていたのは、
「…伸明のやり口よ…拙速すぎない?…」
と、いうものだった…
「…拙速…ですか?…」
「…そう…団郁馬もぼやいていたわ…いきなり、自分に会いに来て、今回、五井グループは、西都新聞を大々的に、応援することにした…五井北東家が、これまで、同様、本家に歯向かうなら、これを、実行すると、団郁馬を、脅迫したらしい…」
「…伸明さんが、ですか?…」
「…そう…伸明は、基本、おとなしい…おとなしい人間は、キレると、なにをするか、わからない…その典型ね…」
「…」
「…団郁馬は、五井一族の中で、浮いていた…一族内での序列は、低いのに、東都新聞を支配している…メディアを支配している…それゆえ、序列が、低いのが、許せない…それが、態度に出ていた…」
「…」
「…それで、建造さんは、ずっと前から、手を打っていた…」
「…手を打っていた? どんなふうに、ですか?…」
「…東都新聞のライバルの西都新聞に接近して、いざというときには、五井グループ内の東都新聞を捨てて、西都新聞を応援すると言って、人間関係を作っていた…」
「…人間関係…」
「…どんなに偉い人間だって、昨日、今日、知り合ったひとは、誰もが、信用できないでしょ? どんな人間か、わからないもの…」
「…」
「…それが、建造さんは、わかっているから、若いときから、さまざまな、ひとたちと、交流した…五井ともなれば、どんな会社も、将来偉くなるひとを紹介してくれる…それで、建造さんは、人間関係を作った…長い時間をかけて、作った…」
「…」
「…それを、背景に、伸明は、団郁馬を脅したの…」
「…脅した? 失礼ですが、どうして、それを、ご存じなのですか?…」
「…姉よ…昭子よ…」
「…昭子さん? 伸明さんのお母様の?…」
「…姉は、昔から、団郁馬と、仲がいいのよ…」
「…エーッ! 仲がいい?…でも、伸明さんの敵じゃ…」
「…だから、団郁馬も油断した…」
「…えっ? 油断した?…」
「…まさか、仲がいい、姉の息子の伸明が、自分を脅すような態度を取るとは、微塵も、思ってなかったんでしょ? 伸明も、子供の頃から、団郁馬を知っているから…」
なるほど、そういうことか?
だから、団郁馬は、調子に乗っていたんだ…
伸明を子供の頃から、知っている…
それゆえ、伸明を甘く見ていたに、違いない…
誰もが、子供の頃から、知っていれば、甘く見る…
自分の中では、相手は、いつまでも、子供のままだからだ…
団郁馬にしても、それは、同じだったろう…
伸明は、すでに、40歳にも、なるのにも、かかわらず、団郁馬の中では、子供…
永遠に子供だったのだろう…
私は、思った…
思ったのだ…
そして、これは、誰もが、同じ…
同じだ…
昔、なにかで、読んだ記憶が、あるが、三十を過ぎた男が、正月に、親戚を訪れたときに、その親戚のオバサンが、お年玉をくれようとして、仰天したと、告白したのを、思い出した…
つまりは、その親戚のオバサンから、見れば、その三十を過ぎた男は、子供だったのだろう…
ピーターパンではないが、永遠の子供だったのだろう…
それと、同じだ…
今、聞いた、伸明と、団郁馬の関係も、それと、同じだ…
そして、そこまで、考えたときに、今度は、昭子のことを、考えた…
今、この病院に入院している、伸明の実母の昭子のことを、考えた…
なにより、あの昭子は、この和子の手によって、五井を追放されたのでは、なかったのか?
そう、思ったのだ…
あの昭子は、私の目の前で、この和子の手によって、五井を追放された…
双子の妹の手によって、追放された…
それが、今、五井記念病院に入院しているとは?
一体、なぜ?
なぜなのか?
疑問だった…
実に。疑問だった…
そして、それが、私の顔に出たのだろう…
「…寿さん、なにか、私に聞きたいことが、おありのようね…」
と、和子が、言ってきた…
私は、言おうか、言うまいか、悩んだが、やはり素直に、聞くことにした…
それゆえ、
「…ハイ…ひとつ、お聞きしていいですか?」
と、言った…
「…どうぞ…なんでも、聞いて…」
「…失礼ですが、どうして、昭子さんが、この病院に入院しているんですか? 昭子さんは、五井を追放されたんじゃ…」
私が、言うと、和子は、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
「…あの場は、ああ言うしか、なかったのよ…」
と、笑った…
「…いくら、実の姉でも、好き勝手をされちゃ、一族に示しが、つかないでしょ?…」
「…それは…」
「…だから、あの場は、ああ言うしか、なかったの…」
和子が、あっさり言った…
あっさりと、告白した…
「…それに、私と、姉は、二人でも、一人のようなもの…」
「…どういう意味ですか?…」
「…要するに、代役よ…」
「…代役?…」
「…私と姉は、双子…一卵性の双子…だから、外見は、そっくり…若いときは、入れ替わって、お互いのボーイフレンドと、デートしたことも、あったわ…」
「…エーッ!…」
「…いつ、気付くか、試したの?…」
「…試した?…」
「…そう…」
「…それで、どうだったんですか?…」
「…最後まで、わからなかったわ…」
和子が、楽しそうに、言う…
「…でも、当然、コツがあるの…」
「…コツ?…」
「…お互い、しゃべり過ぎないこと…」
「…しゃべり過ぎないこと?…」
「…付き合っていれば、二人だけしか、知らないことがあるでしょ? それは、二人しか、わからない…恋人同士でしか、わからない…だから、しゃべらない…あまり、しゃべらない…」
「…」
「…それと、やはり、口調ね…いくら、私と姉が、外見が、そっくりでも、話し方が、微妙に違う…だから、長く、おしゃべりをしたら、バレる…」
和子が、楽しそうに、言う…
私は、それを、聞いて、
「…失礼ですが、あの昭子さんは、入院しているはずの和子さんの、身代わりとして、この病院に入院していたんですか?…」
と、言った…
私は、言った…
私の言葉に、和子は、文字通り、絶句した…
文字通り、驚いた表情になった…
「…和子さんは、入院していることに、なっている…だから、仮に、誰かが、訪ねて来たら、困る…それで、姉の昭子さんに、代わりに、いてもらった…違いますか?…」
私が、言うと、和子は、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
「…寿さん、相変わらず、勘が鋭いわね…」
と、言って、笑った…
私は、それを、聞いて、
「…ヒントを頂いたので…」
と、答えた…
「…ヒント?…」
「…そうです…だって、今、若い頃に、当時、付き合っていた、ボーイフレンドと、姉妹で、入れ替わって、デートしたとおっしゃったのは、私が、昭子さんを、そのために、呼んだと、気付くか、試したんでしょ?…」
私が、言うと、和子は、一瞬、驚いたフリをした後に、実に楽しそうに、笑った…
「…そこまで、気付くとは、さずがね…」
と、言って、笑った…
「…でも、ホントは、姉を呼ぶ必要は、なかったかも、しれない…」
「…どうして、なかったんですか?…」
「…姉を見舞った一族は、想像以上に少なかった…なにしろ、面会謝絶にしていたから、当然と言えば、当然ね…だから、姉も退屈していたみたい…」
…それでか?…
私は、気付いた…
それで、あの昭子は、この病院を抜け出して、私に会いに、来たのだと、気付いた…
散歩中の私に、会いに来たのだと、悟った…
が、
当然、昭子は、私の動静を知らない…
知るはずもない…
だから、誰かに、教えてもらうしかない…
教えて、もらうと言うのは、五井一族ではなく、探偵…
私の行動を見張る探偵からだ…
そうでなければ、あのとき、偶然、私に会うわけはない…
それは、あのときも、わかっていたが、そもそも、なぜ、あのとき、昭子が、現れたのか?
それが、わからなかった…
これで、ひとつの謎が解けた…
そう、思った…
そして、私が、そう思っていると、配膳ロボットが、私と和子のいる席にやって来た…
それを見た、和子が、驚いた…
「…テレビで、見たことは、あるけれども、実物を見るのは、初めて…」
と、驚いた…
私も、和子に、
「…私も同じです…」
と、答えた…
「…寿さんも、同じ?…」
「…昨日、マミさんと、ここへ来て、初めて、見ました…私も普段は、ファミレスに行くことは、あまりないので…」
と、付け足した…
それを、聞いた和子が、
「…寿さん、ファミレスに行かないの?…」
と、私に聞いた…
「…まったく行かないわけでも、ありませんが、頻繁に行くことは…」
と、答えた…
「…そう…」
和子が、頷く…
「…それよりも、早く、食べましょう…お腹が、空いているわ…」
和子に促されて、私は、配膳ロボットから、運ばれてきた料理をテーブルに取った…
そして、和子は、テーブルに並べたサンドイッチに、むしゃぶりついた…
よほど、お腹が、空いていたのだろう…
さっきは、軽食で、いいと、言ったが、ホントは、丼物でも、よいような、むしゃぶりかただった…
そして、その姿を見て、なんとなく、違和感を感じた…
私の中で、違和感を感じた…
私は、和子をジッと、見た…
まだ、自分は、食べないで、ジッと、見た…
そんな私の姿を見た、和子が、
「…寿さん、どうしたの? 食べないの?…」
と、聞いた…
私は、返事をしなかった…
ただ、
「…そんなに、伸明さんが、心配だったんですか?…」
と、聞いた…
私の言葉を聞いた和子が、食べるのを、止めて、私を見た…
私を凝視した…
私は、発言を続けた…
「…そんなに、ご心配だったんですか? 御自分が、産んだ子供が…」
と、言った…




