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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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169/225

寿綾乃という女 第4部 169

 私が、その若いセンセイに、


 「…お世話になりました…」


 と、挨拶して、脳神経外科を後にして、また、一階の受付のカウンターに、戻ると、


 「…よかったわね…寿さん…」


 と、和子が、話しかけてきた…


 私は、驚いた…


 まさか、和子が、一階のロビーで、私を待っていたとは、夢にも、思わなかったのだ…


 そして、和子の


 「…よかったわね…寿さん…」


 という言葉から、すでに、この和子が、さっきの脳神経外科の若いセンセイから、私の病状を聞いたのだと、思った…


 どこで、聞いたか、知らないが、聞いたのだと、思った…


 私は、驚いたと、同時に、怖くなった…


 なぜ、怖くなったのか?


 それは、これでは、私の体調は、丸わかり…


 この和子に、丸わかりだからだ…


 私が、今、どんな体調なのか、丸わかりだからだ…


 これは、怖い…


 正直、怖い…


 私という人間を、すべて、知っている…


 そんな感じがした…


 実に、そんな感じがした…


 が、


 さすがに、それを、口にすることは、できない…


 私が、和子に、言うことは、できない…


 私が、そう、考えながら、和子を見ていると、


 「…どうしたの? 寿さん、ボーッとして、そんなに、ショックだったの?…」


 と、言われた…


 たしかに、言われてみれば、ショック…


 ショックだった…


 昨日、脳梗塞で、倒れたのは、ショックだった…


 しかしながら、昨日は、ナオキが、いた…


 私の病状を心配した、ナオキが、わざわざ、自宅に、来てくれた…


 そして、しゃべった…


 だから、気がまぎれた…


 気が、まぎれることで、ショックが、薄らいだ…


 また、なにより、五井のゴタゴタが、私の気をそらした…


 さらには、昨日、ナオキが、言った、五井が、FK興産を完全に、買収しようとしたこと…


 そんな話題があって、私の心の中は、その話題で、いっぱいになった…


 自分の体調のことは、忘れて、五井のこと、ナオキのこと、そして、伸明のことを、考えた…


 考えることで、私は、自分の体調のことは、忘れた…


 体調のことを、二の次にした…


 そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 そして、私が、そう、思っていると、和子が、


 「…寿さん、時間がある?…」


 と、いきなり、言った…


 私は、


 「…時間ですか?…」


 と、つい、間の抜けた返事をした…


 「…そう、時間…もし、寿さんが、時間があったら、この病院のレストランで、なにか、食べながら、少し、お話し、しましょう…」


 そう、和子に、言われて、断る選択肢は、なかった…


 私には、なかった…


 なにしろ、相手は、五井の女帝だ…


 そんな大層な人物に、誘われて、断る選択肢は、私には、なかった…


 そして、なにより、五井のことを、聞きたい…


 伸明のことを、聞きたい…


 五井のゴタゴタの内幕を聞きたい…


 これは、なにも、ワイドショー的な、覗き見的な興味から、出たことではない…


 野次馬根性ではない…


 ナオキが、五井に、組み込まれるのか、否か、大切な話だからだ…


 この和子が、今回の内幕の、どの程度のことを、知っているのか、わからない…


 しかしながら、なにも、知らないわけではないだろう…


 もちろん、知っているはずだ…


 私は、それを、聞きたかった…


 実に、聞きたかった…



 私が、和子といっしょに、訪れたのは、昨日、マミさんと、いっしょに訪れた、このレストランだった…


 五井記念病院の最上階のレストランだった…


 私は、和子と、いっしょに、同じテーブルに座りながら、


 「…昨日も、マミさんと、ここへ、来たんですよ…」


 と、告白した…


 「…マミと?…」


 和子は、驚いた…


 「…ハイ…私が、昨日、和子さんの、お見舞いに、この病院に伺ったんですが、マミさんも、同じだったようで、私が、今日、和子さんに、声をかけられたのと、同じように、マミさんに、声をかけられて…それで、マミさんが、すでに、和子さんは、退院したと、おっしゃって…」


 私が、告げると、和子は、


 「…そう…」


 と、不機嫌そうに、呟いた…


 私は、なぜ、和子が、不機嫌なのか、わからなかった…


 そして、それを、聞いて、いいものか、どうかも、わからなかった…


 ただ、当惑した…


 ただ、戸惑った…


 そして、そんな私の態度が、わかったのだろう…


 和子が、


 「…寿さん、私が、不機嫌そうに、見えたのなら、謝るわ…」


 と、言った…


 思いがけないことを、言った…


 私は、どう答えていいか、わからなかった…


 だから、黙った…


 ただ、小さく、


 「…いえ…」


 と、言っただけで、黙った…


 和子は、


 「…みんな、勝手なことばかりして…」


 と、不満を言った…


 「…勝手なことばかり…ですか?…」


 「…そうよ…」


 和子は、子供が、すねたように、言った…


 「…私を勝手に、病院に、入院したと言って、好きなことばかり…」


 「…えっ? でも、失礼ですが、倒れられたのでは?…」


 「…それは、今の寿さんと、同じ…倒れたけれど、たいしたことじゃない…私、まだ、六十代よ…今の世の中、全然、若い!…」


 和子が、憤る…


 「…」


 「…それを、伸明が、利用して…」


 「…利用?…」


 「…私が、入院したと、わざと、五井の一族に触れ回って、一族が、どう出るか、試したの…」


 「…試した?…」


 「…そうよ…」


 「…では、入院されたのは、事実では?…」


 「…事実よ…でも、三日だけ…」


 「…三日だけ!…」


 私は、素っ頓狂な声を上げた…


 「…まさに、三日坊主ね…」


 和子が、笑った…


 「…でも、それを、伸明が、利用して…わざと、私の入院を、おおげさにして、一族が、どう出るか、試したの…」


 「…」


 「…案の定、すぐに、動きが出た…」


 「…どう、動き出したんですか?…」


 「…五井北東家…」


 思っていた通りの名前が出た…


 「…寿さん、ご存じでしょ?…」


 和子に、そう、言われて、


 「…ハイ…」


 と、いう選択肢しか、なかった…


 まさか、否定することは、できなかった…


 おそらくは、この和子は、お見通し…


 すべて、お見通しだからだ…


 だから、ここで、否定することは、できなかった…


 「…彼には、建造さんも、ほとほと、手を焼いていたわ…」


 やはり、思っていた通りのことを、言った…


 「…五井北東家は、東都新聞を支配している…株主は、五井北東家だけ…これは、朝日新聞が、村山家が、支配していたのと、同じ…しかも、株式を公開していない…非上場…自分の好きなように、できる…それが、いけなかった…」


 「…」


 「…北東家は、東都新聞を土台にして、東都ラジオ、東都テレビを支配している…にも、かかわらず、五井家内での序列は、一番、下の方…それが、団郁馬には、許せなかった…」


 「…」


 「…それで、ことあるごとに、建造さんに歯向かって、それで、建造さんが、亡くなると、今度は、伸明に、歯向かって…」


 「…」


 「…でも、建造さんは、バカじゃない…亡くなる前に、手を打っていた…」


 「…手?…ですか?…」


 「…そう、対策ね…すでに、団郁馬の持つ、メディアは、落ち目…時間が、経てば、経つほど、世間で、影響力が、なくなる…それを、見越して、対策を立てていた…」


 「…失礼ですが、どんな対策ですか?…」


 「…対外的には、西都新聞を、取り込みこと…」


 「…えっ? でも、それは、伸明さんが、したことじゃ?…」


 「…若い伸明に、そんなことは、できないわ…」


 「…どうして、できないんですか?…」


 「…若すぎるからよ…」


 「…若すぎるから?…」


 「…生徒新聞の社長や会長は、六十代、七十代以上…しかも、建造さんは、そのひとたちと、三十代くらいから、知っているわ…」


 「…えっ? 三十代から、知っている? どうして、知っているんですか?…」


 「…会社で、偉くなる人間は、最初から、決まっている…もし、最初ではなくとも、どんなに遅くても、入社して、十年もすれば、誰を将来、幹部候補として、育てるかは、わかっている…いわゆる、出世頭ね…それは、衆目の一致するところ…」


 和子が、力説する…


 そして、和子が、力説した後、


 「…ごめんなさい…まだ、なにも、注文していなかったわね…」


 と、和子が、気付いた…


 私は、


 「…いえ、とんでもありません…」


 と、言った…


 和子は、テーブルの上に置かれたタブレットを見た…


 が、


 やはり、慣れないらしい…


 私は、その動作を見て、


 「…失礼ですが、私が、やります…」


 と、口を挟んだ…


 「…寿さんが?…」


 「…なにしろ、昨日、マミさんと、ここへ来たばかりなので…」


 私が、言うと、


 「…そう…」


 と、和子が、頷いた…


 それから、


 「…だったら、寿さん、お願いするわ…」


 と、私にタブレットを渡した…


 私は、タブレットを受け取り、


 「…失礼ですが、なにを注文しますか?…」


 と、聞いた…


 それを、聞いて、和子は、すぐに、


 「…軽食…軽いものね…それと、コーヒー…」


 と、答えた…


 私は、タブレットを、指で、なぞって、和子に見せた…


 「…軽食は、サンドイッチでいいですか?…」


 と、聞き、いくつかの、サンドイッチの種類を見せた…


 また、コーヒーも同じ…


 「…ホットですか? アイスですか?…」


 と、聞いた…


 正直、面倒臭い(苦笑)…


 これなら、ウエイターや、ウエイトレスに直接告げた方が、よっぽど楽だ…


 それを、和子も感じたらしい…


 私が、注文し終えると、


 「…やれやれ、大変ね…」


 と、和子が、ぼやいた…


 「…たかだか、注文するのに、一苦労…これなら、直接、ひとに言う方が、よっぽど楽よ…」


 と、愚痴をこぼした…


 「…でも、まあ、人手不足だから、仕方ないか…」


 と、自分を納得させた…


 それから、私に、向き直った…


 そして、真剣な表情になった…


 これまでとは、一転して、真剣な表情で、


 「…寿さん…」


 と、声をかけてきた…


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