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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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167/225

寿綾乃という女 第4部 167

 私は、呆れた…


 「…ナオキ、本気で言っているの?…」


 「…本気も、本気…」


 「…ナオキ…私が、いくつだと思っているの? 私は、子供じゃないのよ!…」


 私が、わざと、怒って言うと、ナオキが、


 「…それは、わかっているけど、綾乃さん、頑固だから…」


 と、呟く…


 「…頑固だから、なに?…」


 「…ちょっと、ぐらい、良くなったら、医者には、行かないかもって、心配で…」


 「…子供じゃないなのよ…心配しないで!…」


 私は、怒鳴った…


 本気で、怒鳴った…


 「…自分のカラダよ…私が、心配しないで、どうするの!…」


 私が、怒鳴ると、ナオキが、納得した…


 「…そりゃ、そうだ…」


 と、納得した…


 ナオキが、私のカラダを心配してくれるのは、わかる…


 それは、嬉しい…


 実に、嬉しい…


 でも、子供扱いは、困る…


 子供じゃないから、困る…


 そういうことだ…


 私が、思っていると、


 「…ごめん…綾乃さんを、子供扱いし過ぎた…」


 と、ナオキが、謝った…


 「…ホントに、ごめん…」


 テーブルに、座りながら、私に向かって、頭を、下げた…


 それを、見て、当たり前だが、このナオキは、私が、わかっている…


 私の取り扱い方が、わかっていると、思った(苦笑)…


 なにをすれば、怒り、なにをすれば、喜ぶか、わかっている…


 まあ、十五年も、付き合っていれば、当たり前だ…


 ただ、付き合っているわけではない…


 いっしょに、暮らした期間も長い…


 だから、どんな人間か、知っている…


 互いに、どんな人間か、知っている…


 表も裏も、知っている…


 それゆえ、取り扱いが、楽…


 楽だ(爆笑)…


 私は、そう、思って、


 「…大丈夫よ…心配しないで…」


 と、言った…


 「…今日は、絶対、行くから…」


 「…だったら、綾乃さん、どこの病院に行くの?…」


 私は、迷わず、


 「…五井記念病院…」


 と、告げた…


 「…どうして、五井記念病院なの?…」


 「…前回、倒れたときに、運ばれたのが、五井記念病院なの…それで…前回、見てもらったセンセイも、いるし…」


 「…だったら、綾乃さんが、さっき、言った、諏訪野和子さん、五井の女帝…彼女が、ホントに、五井記念病院に入院しているか、どうか、そのセンセイに、聞けば、よかったんじゃ…」


 ナオキが、言った…


 これまで、私が、すっかり忘れていたことを、言った…


 私が、考えたこともないことを、言った…


 言われてみれば、その通り…


 その通りなのだが、まったく、思いつきも、しなかった…


 まったく、考えも、しなかった…


 理由は、簡単…


 それほど、親しくないからだ…


 すでに、五井記念病院を退職した、長谷川センセイには、以前、入院して、半年以上、世話になった…


 が、


 今、世話になっている、センセイとは、関係が、薄い…


 脳梗塞で、倒れて、何度か、通っただけ…


 薬をもらうために、通っただけだ…


 だから、関係が、薄い…


 それゆえ、頼めるわけは、なかった…


 …この五井記念病院に、諏訪野和子さんという方が、入院しているか、どうか、知りたいんですが、私に代わって、調べてくれませんか?…


 などと、言えるはずもなかった…


 だから、ナオキに、


 「…そんなこと、考えもしなかった…」


 と、答えた…


 「…どうして、考えなかったの?…」


 「…関係が、薄いからよ…」


 「…関係が、薄い?…」


 「…ほら、長谷川センセイは、五井記念病院に私が、入院したときに、半年以上、お世話になったでしょ? だから、話しやすいけれど、今度のセンセイは、私が、薬をもらうために、たまに、訪れるだけで、関係が、薄いから…」


 そう、言うと、ナオキは、なにも、言わなかった…


 ただ、


 「…そりゃ、そうだ…」


 と、相槌を打った…


 「…ちなみに、綾乃さん、そのセンセイは、男?…」


 「…私のお父さん以上の年齢のお爺ちゃんよ…」


 「…だったら、綾乃さんの魅力を持ってしても、無理だな…」


 「…なにが、無理なの?…」


 「…色仕掛けで、篭絡するのが、無理…」


 「…どうして、無理なの?…」


 「…男として、終わっちゃってるから…」


 ナオキが、笑って言う…


 が、


 私は、その意見に納得しなかった…


 「…それは、違うわ…ナオキ…」


 と、納得しなかった…


 「…今の高齢者は、若いわよ…テレビの俳優さんを見ても、わかる…昔と、違って、若い…六十代でも、子作りをしても、全然、おかしくない…」


 「…六十代で、子作り?…」


 「…そうよ…」


 私が、言うと、ナオキが、絶句した…


 それから、少し沈黙してから、


 「…たしかに、若い…綾乃さんが、言うように、若い…ボクが、子供の頃は、六十代のひとは、もっと、お爺ちゃんだった…」


 と、言った…


 「…女も、そう…女も同じ…」


 「…どう、同じなの?…」


 「…私の母が、今の私の年齢のときは、とっくに、私を産んでいたわ…」


 「…綾乃さんを?…」


 「…そうよ…」


 「…でも、綾乃さんの母親って、綾乃さん、同様、気が強かったの?…」


 「…なんですって!…」


 私は、頭に来たが、これは、ナオキが、わざと、言ったことだと、気付いた…


 たぶん、ナオキは、私が、今日、落ち込んでいる…


 あるいは、心配していると、思ったのだろう…


 なにしろ、また、脳梗塞で、倒れた…


 短い時間とは、いえ、倒れた…


 こんなことがあって、自分のカラダを心配しないものは、いない…


 当たり前のことだ…


 それゆえ、わざと、私を怒らせて、私を心配させまいと、思った…


 わざと、違う話題にした…


 そうすれば、少しは、不安が和らぐからだ…


 なにしろ、十五年の付き合いだ…


 相手が、なにを考えているか、わかる…


 手に取るように、わかる…


 だから、


 「…心配しないで…」


 と、短く、言った…


 「…たいしたことじゃない…」


 と、続けて、自分自身に言い聞かせるように、言った…


 「…すでに、癌に侵されている…これ以上、なにが、あっても、へっちゃらよ…」


 私が、言うと、


 「…綾乃さん…」


 と、ナオキが、言った…


 泣きそうな顔で、言った…


 「…なに、ナオキ?…」


 「…自分を偽っちゃ、ダメだよ…自分をごまかしちゃ、ダメだよ…」


 「…」


 「…虚勢を張るのはいい…でも、その虚勢意を張り続けていると、いつのまにか、その虚勢が、本物になっちゃう…」


 「…本物に? どういうこと?…」


 「…なんでもないと、思っちゃう…ホントは、大変なことなのに…」


 「…」


 「…いわゆる、自己暗示…」


 「…自己暗示?…」


 「…それが、一番、危ない…」


 ナオキが、言った…


 重々しく言った…


 たしかに、その通りかも、しれない…


 ホントは、大変なことなのに、わざと、自分で、たいしたことじゃない、と、言い聞かせる…


 わざと、自分自身の症状を軽く、考える…


 その結果、医者にも、行かない…


 そして、病状が悪化して、仕方なく、医者に行った頃には、手遅れ…


 よくある話だ…


 それを、ナオキは、恐れたのだろう…


 まして、私の性格…


 いじっぱりな面がある…


 頑固で、いじっぱりな面がある…


 それゆえ、病気を、無視して、手遅れになりかねない…


 それを、ナオキは、恐れたのだろう…


 私は、わかった…


 ナオキの気持ちが、よくわかった…


 だから、


 「…ナオキ…アナタの気持ちは、よくわかったわ…今日は、五井記念病院に、絶対、行くから、心配しないで…」


 と、言った…


 ナオキを安心させるべく、言った…



 会社に向かうナオキを送り出し、私は、ホッと、一息をついた…


 「…五井記念病院か…」


 と、声に出して、言った…


 自分自身に、言い聞かせるべく、声に出して、言った…


 思い起こせば、あの五井記念病院…


 すべての始まりは、あそこだった…


 あの五井記念病院だった…


 すべての始まりと言ったのは、あの五井記念病院に、諏訪野和子が、入院したのが、発端だったからだ…


 五井の女帝が、入院したのが、すべての始まりだったからだ…


 五井一族内で、唯一無二の、和子が、倒れて、入院した…


 それゆえ、五井のゴタゴタが、始まった…


 まだ、四十歳と若い、伸明では、一族内の反乱を抑えられないからだ…


 まだ、若い、伸明では、いくら、当主とは、いえ、五井一族内を、まとめられないからだ…


 だから、反乱が起きた…


 五井北東家の反乱が、起きた…


 が、


 もしかしたら、それは、織り込み済み…


 最初から、織り込み済みだったかも、しれない…


 和子の身になにか、あれば、若い伸明では、一族を抑えきれない…


 それが、わかっているからこそ、わざと、和子は、入院した…


 わざと、倒れたといって、入院した…


 それで、わざと、一族の反乱分子をあぶり出して、伸明に処分させた…


 そうも、考えられる…


 なにしろ、五井一族から、追放されたはずの、和子の姉の昭子が、現れたほどだ…


 伸明の産みの母の昭子が、私の前に現れたほどだ…


 それを、考えると、怪しい…


 和子が、ホントに、倒れたのかも、実に、怪しい…


 演技…


 演技かも、しれない…


 お芝居かも、しれない…


 そう、思った…


 あらためて、そう、思った…


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