寿綾乃という女 第4部 165
が、
確証は、ない…
証拠がない…
ただの推測に過ぎない…
ただの想像に過ぎない…
私は、思った…
私は、考えた…
いずれにしろ、伸明に会えば、わかる…
伸明に会えば、謎が、解ける…
そして、そんなことを、考えたら、ふと、疲れが、襲った…
全身に、疲れが、蘇った…
もちろん、錯覚…
これは、錯覚だ…
自分の身になにか、起きたわけでは、ない…
まったく、ない…
ただ、これは、気持ちの問題…
単に、自分の気持ちの問題に、過ぎない…
そして、そんなことを、内心、思いながら、その一方で、
…ホントに、こんなことって、あるんだ!…
と、驚いた…
よく、映画や小説で、なにか、凄いショックなことが、起きると、登場人物が、倒れて、気を失ってしまうシーンがある…
これを、見た者は、
…随分、おおげさに、書くな!…
とか、
…まあ、映画だから、それぐらい、派手にやらないと、な!…
とか、思っていた…
要するに、演出…
本当のことではないと、思っていた…
が、
本当のことだった…
私が、今、感じた…
このナオキが、会社を五井に身売りし、五井グループの会社、数社と合併して、その会社の社長になる…
そんなことが…
まさか、そんなことが、起きるとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
FK興産が、売り上げが低迷して、五井グループの支援を受けた…
その時点で、将来の五井グループを危惧したが、なにも、なかった…
私の思い過ごし…
私の取り越し苦労に、過ぎなかった…
いや、
一度あった…
一度だけ、あった…
社長である、ナオキを解任して、他の人物を社長に、据える…
そんなことが、一度だけ、あった…
そして、そのときに、私は、ナオキに、味方した…
ナオキの側に立った…
FK興産の非常勤の取締役として、藤原ナオキの留任に賛成した…
私は、それを、思い出した…
今さらながら、思い出した…
あのときは、和子も、出席していた…
五井の女帝も、出席していた…
FK興産の取締役会に出席していた…
そして、それを、見て、和子は、私が、伸明と、ナオキを比べれば、ナオキと取ると、知った…
五井家の当主でなく、昔からの、なじみのある、藤原ナオキを取ることを、知った…
そして、それは、ショック…
もしかしたら、伸明も、ショックだったかも、しれない…
伸明の気持ちは、考えたことはないが、伸明の立場に立てば、物凄い、ショックだったかも、しれない…
なにしろ、大金持ち…
生まれながらの大金持ちだ…
生粋の大金持ちだ…
おまけに、ルックスもいい…
それなのに、私は、伸明から見れば、どこの馬の骨とも、わからない、ナオキを選んだ…
藤原ナオキを選んだ…
普通に考えれば、これは、ショック…
大きなショックだ…
由緒ある、金持ちの御曹司が、どこの馬の骨とも、つかない男に負けたのだ…
女に、
「…どっちを選ぶ?…」
と、聞いたら、自分以外の男を選んだのだ…
これは、ショック…
大きなショックだ…
考えてみれば、この一件が、伸明に禍根を残さないはずがない…
プライドの高い、伸明が、恨みに、思わないはずはない…
ただ、伸明は、見せないだけ…
態度に、見せないだけだ…
普段から、自分を抑制しているから、態度に出さないだけだ…
そう、思った…
そう、考えた…
そして、そんな伸明が、一度だけ、感情を表したことが、ある…
むき出しの感情を表したことが、ある…
それは、なぜ、父の建造が、自分を選んだのか?
五井家前当主の建造が、なぜ、自分と、血が繋がった、伸明の弟の秀樹ではなく、自分と、血が繋がらない、伸明を選んだのか?
それを、激白したときだ…
私は、秀樹は、欲が深く、自分勝手だから、当主に、向かない…
だから、次の当主は、伸明と、言った、建造の言葉を信じていた…
疑いもなく、信じていた…
が、
伸明は、違った…
それとは、まったく、違う意見を言った…
建造が、自分と血が繋がった秀樹を後継者に選ばなかったのは、苦労をさせたくなかったから…
自分と同じ苦労をさせたくなかったから…
五井家当主という重責を担わせたくなかったから…
そう、私に告げたことがある…
そう、私に激白したことがある…
建造の急死で、伸明が、いきなり、当主になった…
準備もなにもなしに、当主の座に就任した…
建造は、生前、誰にも、後継者は、伸明と告げていた…
もちろん、五井一族にも、告げていたはずだし、それは、知り合ってまもない、私にも告げていた…
…秀樹では、無理…
と、告げていた…
が、
伸明は、その裏を読んだ…
もしかしたら、この重責を、息子の秀樹には、担わせたくない…
そう、思ったのだ…
そして、それを、聞いたとき、私は、驚いた…
文字通り、驚愕した…
それは、そんなことは、考えたことがなかったからだ…
一度も考えたことがなかったからだ…
建造の言葉を、一ミリも、疑ったことが、なかったからだ…
しかしながら、伸明の言うことが、わからないでもない…
名門の五井だ…
その当主に就任するのだ…
傍からは、わからない重責があるだろう…
経験したものでなければ、わからないプレッシャーがあるだろう…
だから、思わず、考えた…
本当は、建造は、自分と血が繋がった秀樹に、こんな大変な思いをさせたくなかったのでは、ないか?
そう、考えた…
そう、考えても、おかしくはない…
建造の真意は、わからないが、その可能性もあるからだ…
その可能性も、あながち否定できないからだ…
たとえ、秀樹が、当主になれなくても、生活に困るわけでも、なんでもない…
五井一族として、生きれば、生活に困るわけでも、なんでもないからだ…
建造は、
…秀樹を五井一族から、追放しろ!…
とまでは、言わなかった…
ただ、当主の器ではないと、言っただけだ…
たとえ、秀樹が、当主になれなくても、五井を追放されるわけでも、なんでもないから、生活に困るわけでもない…
それゆえ、伸明は、そんなことを、考えたのだろう…
要するに、優遇した…
血の繋がった、自分の息子を優遇した…
あえて、当主にさせないことで、優遇した…
そう、思ったのだ…
そして、それだけ…
そのときだけ…
伸明は、感情を晒した…
自分の感情を、私の前で、晒した…
あのときだけ…
考えてみれば、あのときだけだ…
伸明は、いつも紳士的…
まるで、天皇陛下のように、紳士的だ…
その対応が、おかしくなることはない…
その対応が、乱れることはない…
が、
だからこそ、わからない…
本当は、なにを、考えているか、わからない…
伸明は、素顔を晒さない…
自分の感情を、他人に見せないからだ…
だから、なにを、考えているか、わからない…
おおげさでなく、わからない…
いつも、おしゃべりで、他人の悪口ばかり言う…
そんな人間は、わかりやすい…
実に、わかりやすい…
このひとは、性格が悪いんだと、誰もが、わかるからだ(爆笑)…
いつも、数人集まって、他人の悪口ばかり、言う…
ひとりで、悪口を、言うひとは、いないからだ(苦笑)…
そして、当然のことながら、悪口を言っているひとたちは、皆、性格が悪いひとたちばかり…
陰で、
…アイツら、性格が悪いから…
と、陰口を、叩かれているひとたちだからだ…
もっとも、陰で、性格が、悪いと、陰口を叩かれるひとも、皆、自分が、性格が悪いとは、これっぽちも、思っていない…
自分は、性格は、悪くないと、心の底から、思っているのが、大半だ…
それが、普通だ…
が、
そういう人間の方が、いい…
わかりやすくて、いい…
あまり、しゃべらない…
態度にも、出さない…
そういう人間ほど、厄介…
厄介だ…
なにを、考えているか、わからないからだ…
そして、それが、伸明に当てはまる…
五井家の当主に、当てはまるのだ…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、このナオキ…
伸明と、親しい、ナオキ…
このナオキもまた、似ている…
伸明と似ている…
が、
伸明と、違うのは、ずっと、昔から、知っていること…
私が、高校生だったときから、知っていることだ…
私が、女子高生だったときから、知っていることだ…
そして、もうひとつ…
ナオキとは、その頃から、男女の関係にあったということだ…
よく、
…寝れば、わかる…
という、世間の声も、あるが、それは、違う…
一度や二度、寝たところで、互いに、どんな人間か、わかるはずもない…
相手が、どんな人間か、わかるには、いっしょに、暮らすこと…
結婚でも、同棲でも、いい…
いっしょに、暮らすことだ…
そうすれば、相手が、どんな人間か、わかる…
実に、わかる…
それは、なぜか?
それは、誰もが、外面と、内面があるからだ…
いわば、学校や会社といった公共の場で、見せる顔と、家庭で、見せる顔が、違うことが、あるからだ…
大半が、それほど、変わらないが、一部の人間は、まるっきり、別人のようなひとが、いる(爆笑)…
会社や、学校では、常に、いいひとを、演じているが、家庭では、不機嫌…
いつも、ひとの悪口ばかり、言っているものも、いる…
男女問わず、いる…
つまり、なにを言いたいかと、言えば、ナオキの顔は、表も、裏も、知っているが、伸明の顔は、表の顔しか、知らない…
そう、言いたいのだ…
そして、その伸明が、私と会いたいと言う…
戦いが、終わった伸明が、私と会いたいと言う…
…一体、なにを言うのか?…
…一体、なにを話すのか?…
気になる…
実に、気になる…
そう、思った…
そう、思ったのだ…




