寿綾乃という女 第4部 163
しかし、それは、伸明が、したのだろうか?
伸明が、すべて、決断したのだろうか?
謎が、残る…
思いっきり、謎が、残る…
それゆえ、私は、
「…それは、伸明さんが、ひとりで、したの?…」
と、ナオキに、聞いた…
ずばり、聞いた…
ナオキは。即座に、
「…それは、ないだろう…」
と、答えた…
「…当然、諏訪野さんの周りには、ブレーンが、大勢いるだろう…それに、今、五井記念病院に入院している、五井の女帝を筆頭に、一族の中でも、諏訪野さんを支える人間が、いるはずだ…」
「…でも、伸明さんに、そんな親しい一族のひとは、妹のマミさんを除けば、いないと、思うわ…」
「…どうして、綾乃さんに、わかるの?…」
「…だって、ナオキも知っているように、私は、伸明さんの見合いの席に、招かれたけれど、伸明さんの身内は、マミさん以外、いなかったわ…」
「…それは、きっと、見せないだけだよ…」
「…見せないだけ?…」
「…ポーカーじゃないけれども、自分の手の内を、相手に見せるバカは、いないでしょ?…」
「…」
「…諏訪野さんだって、ボクや、綾乃さんに、見せていないことは、いっぱいあると、思う…」
「…でも、伸明さんの縁談に出席した、伸明さんと、親しいのは、私と、マミさんだけで…」
「…綾乃さんに、そう見せたかっただけなんじゃ…」
「…私に、そう、見せたかった?…」
「…だって、そんな大事な席に、マミさんと、綾乃さんだけ、招かれるのは、変でしょ? だから、そう、見せかけただけ…」
「…」
「…でしょ?…」
ナオキに、そう言われると、ぐうの音も出なかった…
たしかに、そう言われれば、おかし過ぎる…
あの縁談に招かれた人数が、少なすぎる…
「…もしかしたら、その縁談自体が、お芝居だったのかも?…」
「…えっ? お芝居?…」
「…綾乃さんを騙すお芝居だったのかも…」
ナオキが、言った…
これまで、考えたことのないことを、言った…
これまで、私が、思っても、みないことを、言った…
私は、唖然とすると共に、混乱した…
文字通り、混乱した…
それならば、これまで、私が見た、伸明は、なに?
これまで、私が、接してきた、伸明は、なに?
そう、思った…
心の底から、そう、思った…
そして、気付いた…
遅まきながら、気付いた…
以前、このナオキが、五井一族の娘と結婚するという情報が、流れた…
同時に、伸明もまた、五井一族の娘と結婚するという情報が、流れた…
東都テレビで、流れた…
私は、あのとき、あの情報は、団郁馬が、仕掛けたと、思っていた…
五井北東家の団郁馬が、自ら、所有する、東都テレビを使って、二人の結婚の情報を流したと、思っていた…
だが、違うとしたら?
その情報を流したのは、伸明本人だとしたら?
これまで、考えたことのないことを、考えた…
そして、そう、考えると、納得する…
なにに、納得するのか?
それは、このナオキが、あのハルカと、結婚会見をしたこと…
アレは、伸明に頼まれ、わざと、団郁馬の仕掛けた罠に乗ったように、見せかけたと、思っていた…
団郁馬が流した、このナオキが、五井一族の娘と、結婚したという情報…
その報道に、乗ったように、見せかけたと、思った…
団郁馬を騙すために、その報道に、乗ったように、見せかけたと、思った…
それゆえ、ウソをホントに、見せかけたと、思った…
が、
それは、すべて、ウソ…
それを、仕掛けたのは、伸明としたら?
五井家の当主だとしたら?
納得する…
実に、納得する…
考えたくはないが、辻褄が合う…
それが、一番、辻褄が合う…
だが、だとしたら、あの見合いは、一体?
私を騙すため?
団郁馬を騙すため?
そうかも、しれない…
そう、考えるのが、自然かも、しれない…
だが、だとしたら、マミさんは?
マミさんは、どこまで、知っているのだろうか?
伸明の仕掛けた、このお芝居を、どこまで、知っているのだろうか?
疑問が、残る…
実に、疑問が、残る…
マミさんも、共犯者?
その可能性が、高い…
私は、マミさんと、仲がいい…
マミさんと、気が合う…
しかしながら、マミさんは、五井一族…
仮に、私と五井一族のどっちを取るかと、言われれば、迷いなく、五井一族を取るだろう…
当たり前のことだ…
私に味方は、しないだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、伸明の狙いは?
もしかしたら、伸明は、本気で、あのハルカと、このナオキを結婚させたいのかも、しれない…
伸明と、このナオキは、仲がいい…
だから、このナオキが、あのハルカと、結婚すれば、このナオキも、五井一族となる…
五井一族のはしくれとなる…
あるいは、そうすることで、このナオキを取り込める…
さっき、このナオキは、言った…
FK興産と五井グループ傘下の情報関連企業、数社を合わせて、合併させる…
そして、その社長に、このナオキを就任させると、言った…
そのために、このナオキを、あのハルカと、結婚させる…
そうすることで、このナオキを、言葉は、悪いが、手なずけることが、できる…
篭絡できるからだ…
私は、そう、思った…
私は、そう、考えた…
そして、そう、考えて、目の前のナオキを見た…
ナオキも、また、深刻な表情で、悩んでいた…
実に、深刻な表情で、悩んでいた…
私は、それに、気付いた…
遅まきながら、気付いた…
「…どうしたの? ナオキ?…」
あらためて、聞いた…
ナオキは、悩むのは、わかるが、深刻すぎる気が、したのだ…
私が、そう、思っていると、
「…諏訪野さんの、狙いは、もしかしたら、綾乃さんなのかも?…」
と、ナオキが、言った…
実に、思いがけないことを、言った…
実に、これまで、考えたことのないことを、言った…
私は、それを、聞いて、思わず、吹き出した…
あまりにも、バカげているからだ…
だから、
「…ナオキ…なにを、バカなことを、言っているの?…」
と、ナオキに言った…
ナオキを叱った…
「…なにを、バカなことを、言っているの!…」
と、叱った…
が、
ナオキは、反応しなかった…
「…バカなことじゃないよ…綾乃さん…」
とでも、いつもは、言いところだが、言わなかった…
黙ったまま、缶ビールを握りしめていた…
そして、ナオキが、意外な話をした…
意外な話というのは、伊豆に軟禁されていたときのことを、語り出したからだ…
「…綾乃さん、ボクが、伊豆に、幽閉されていたときのことを、覚えている?…」
「…もちろん、覚えているわ…忘れるわけ、ないじゃない…」
「…あのとき、ボクが、なにを、考えていたか、わかる?…」
「…それは、わからないわ…私は、ナオキじゃ、ないもの…」
「…あのとき、ボクが、思ったのは、ただ、ひとつ…」
「…なにが、ただ、ひとつなの?…」
「…巻き込まれたってこと…」
「…巻き込まれた? なんに、巻き込まれたの?…」
「…どこかの、争い…どこかの、権力争い…」
「…どうして、そう思うの?…」
「…FK興産に、そこまでの争いは、ない…派閥はあるけれど、そこまでの、権力争いは、ない…」
「…」
「…だから、巻き込まれたと、思った…五井の権力争いに、巻き込まれたと、思った…」
「…どうして、五井の権力争いだと、わかるの? FK興産内部の権力争いかも、しれないじゃない…」
「…FK興産で、そこまでする人間は、いないよ…」
「…」
「…それに、ボクが、幽閉された場所は、伊豆の別荘…しかも、伊豆の奥深い場所…あんなところに、豪華な別荘を構えるなんて、普通に考えれば、昔からの金持ちしか、考えられない…今、成り上がった新興の金持ちは、もっと、見栄を張る…」
「…見栄を張る? どう、張るの?…」
「…もっと、目立つ場所に、別荘を構える…一般のひとに、見せたくて…まあ、成り上がりものの見栄だね…」
「…」
「…だけど、あの別荘は、全然、そんな感じじゃ、なかったし、なにしろ、建物が古かった…」
「…別荘が、古かったってこと…」
「…そうだ…」
「…で、それが、どうして、五井のだと、わかったの?…」
「…他に、金持ちは、知らないからだよ…」
「…」
「…あんな伊豆の山奥に、別荘を持っている…しかも、古い、歴史がある…昨日、今日、建てたものじゃない…」
「…でも、いくら、古くても、持ち主が、五井だとは、限らないでしょ? それは、昔は、五井の別荘だったけれども、今は、別のひとの手に渡ったかも、しれないじゃない…」
「…それは、ないよ…」
「…どうして、そう、言い切れるの?…」
「…今も言ったように、今の新興の金持ちは、あんな山奥の別荘は、買わない…目立てないからね…」
「…」
「…だから、ボクは、幽閉されて、考えた…この別荘の持ち主は、たぶん、昔からの金持ちだとね…」
「…それで、五井の一族の誰かだと、気付いたんだ?…」
「…そう…綾乃さんの言う通りだ…」
ナオキが、言った…
これまで、私が、聞いたことのないことを、聞いた…
そして、そう、考えると、納得する…
ナオキの説明が、納得する…
FK興産の社長を幽閉した…
しかし、幽閉と言っても、それは、形だけ…
それは、言葉だけ…
ナオキは、伊豆の山奥の別荘に、軟禁されたと、言っても、普通に接待の女のコたちと、釣りやバーベキューをして、楽しんでいたと、言った…
ただ、ケータイを取り上げられ、外部と連絡を取れないようにしただけ…
クルマも、ケータイもない…
だから、そこに、閉じ込められただけ…
ケータイの電波も届かない地域だと、言っていたが、もし、万が一、ケータイが、繋がったら、困るから、ケータイを取り上げたのだろう…
そして、ナオキを外界から、遮断した…
その陰で、おそらく、権力闘争が、始まった…
五井本家の伸明と、五井北東家の団郁馬の権力争いが、始まった…




