寿綾乃という女 第4部 161
叔母は私そっくりの美人だったが、性格は、真逆…
まったく、私と似ていなかった…
一言で言えば、おっとりしていた…
それゆえ、建造との間に、子供ができても、あっさりと、身を引いたのだろう…
建造の立場を考えて、身を引いたのだろう…
叔母は、決して、ひとを押しのけて、前に出る人間では、なかった…
また、だから、建造は、叔母を愛したのだろう…
建造に限らず、ひとを押しのけて、自分が、前に出る人間を好きになる人間は、いない…
一目見て、性格に難がある人間を好きになる人間はいない…
そういうことだ…
のんびりと、湯船に浸かりながら、そんなことを、考えた…
そんなことを、思った…
これまで、考えたことのないことを、考えた…
これは、私が、歳を取ったことも、大きい…
何度も言うが、これまで、考えたことも、なかった…
亡くなった叔母のことを、考えたことも、なかった…
それが、今、さっき、脳梗塞で、倒れた…
それゆえ、叔母が、身近になった…
これまで、考えたことのないくらい、身近になった…
私が、晩年の病気の叔母と、同じように、なったからだ…
同じように、病魔に蝕まれたからだ…
そう、思った…
そして、そんなことを、考えながら、一方で、つい、さっき、脳梗塞で、倒れたにも、かかわらず、湯船に浸かって、そんなことを、考える自分自身を振り返って、つくづく、自分は、能天気だと、思った…
能天気=楽天家だと、思った…
これを、世間のひとが、知れば、
「…さっき、脳梗塞で、倒れたのに、よく平気で、お風呂に入っていられるね…」
とか、
「…俺なら、すぐに、救急車を呼ぶよ…」
という声があっても、おかしくはない…
たしかに、そう、考えれば、この後、救急車を呼んでも、いいかも、しれない…
お風呂を出た後に、救急車を呼んだ方が、いいのかも、しれない…
しかしながら、やはり、それは、遠慮したい…
それは、なにより、今、私は、健康だからだ…
だから、こうして、今、お風呂に入っていられる…
が、
以前、やはり、脳梗塞で倒れ、五井記念病院に救急車で、運ばれたときには、今と違い、もっと、深刻だった…
それに、今、あのとき、脳梗塞で、倒れたことで、クスリをもらっている…
医師から、クスリをもらっている…
そのクスリを、休むことなく、きちんと飲んでいる…
だから、あのときとは、違う?
だから、あのときとは、違って、大丈夫ではないか?
そうも、考えた…
また、その一方で、あの後、脳梗塞で倒れた後に、脳梗塞について、いろいろ、調べた…
ネットで、調べた…
そこには、体調が、おかしければ、すぐに、救急車を呼びなさいと、書いて、あった…
だから、ホントは、この後、救急車を呼べば、いいのでは、ないか?
そうも、思った…
そうも、考えた…
いや、しかし、そのときに、今の私を救急隊員が見れば、どう思うだろうか?
今の私は、まったくの健康体…
誰が見ても、カラダに異常があるとは、思えない…
それなのに、救急車を呼べば、私を見て、救急隊員は、どう思うだろうか?
下手をすれば、タクシー代わりに使うとでも、思うのでは、ないか?
そう、考えると、救急車は、呼びにくい…
正直、救急車を呼ぶ勇気がない…
私には、ない…
私は、湯船に浸かりながら、そんなことを、考えた…
そんなバカなことを、考え続けた…
が、
そんなバカなことを、まるで、メリーゴーランドのように、いつまでも、いつまでも、同じことを考えて、気分が、悪くなった…
長い間、湯船に浸かりすぎたからだ…
それゆえ、カラダが、火照って、気分が、悪くなった…
長湯のせいだ…
だから、私は、慌てて、浴槽から、出た…
が、
出たところで、気分が、悪いことには、変わりはない…
それゆえ、仕方なく、お風呂場から、出た…
なにしろ、お風呂場は、熱すぎる…
だから、お風呂場から、逃げ出すしか、なかった…
相変わらず、バカな女…
つくづく、思った…
しかし、こんなバカな女だから、可愛げがあるのかも、しれない…
ふと、気付いた…
誰もが、完璧な人間を嫌うものだ…
なぜ、嫌うのか?
それは、自分が、勝てないから…
男なら、長身で、イケメン…
おまけに、大学も東大卒…
女なら、美人で、頭もいい…
偏差値の高い、有名大学を出ている…
そんな完璧な人間を前にすると、誰もが、コンプレックスを抱くからだ…
だから、ほどほどがいい…
頭も、ほどほどによく、ルックスも、ほどほどに、良いのが、いい…
また、真逆に、完璧な人間は、頭がいいゆえに、自分の立場を心得ている…
会社や、学校の中で、自分が、周囲から、どう見られているか、心得ている…
それゆえ、隙を作る…
わざと、隙を作る…
隙=弱点を作る…
美人であれば、わざと、例えば、料理が、できないとか、アピールする…
そうすることで、自分が、完璧な人間ではないと、周囲にアピールする…
完璧な人間だと、周囲からの羨望で、その羨望の裏返しで、イジメのターゲットにでも、されたら、たまらないからだ…
そして、今、考えれば、私が、イジメのターゲットにならなかったのは、抜けていたから?
天然だったせいかも、しれない(笑)…
今、お風呂で、湯船に長時間、浸かって、気分が、悪くなったのが、その最たる例…
やはり、どこかで、そんな行動は、出る…
そんなおバカな行動が出る…
そういうことかも、しれない…
あるいは、ただ、周囲の人間に、恵まれただけかも、しれない…
周囲に、陰湿なイジメをする人間が、いなかっただけかも、しれない…
そう、思った…
そう、気付いた…
今さらながら、気付いた…
私が育った地域は、田舎…
なにもない地方の田舎だ…
それゆえ、ひとも少ない…
昔から、見知った者同士…
そういう田舎では、イジメが、起きにくい…
イジメが、起きるのは、やはり、都会が、多い…
ひとが、多いところが、多いからだ…
だから、さまざまな人間が集まる…
性格のいい人間も、悪い人間も、集まる…
それに、比べ、田舎は、ひとの数が、少ない…
だから、人間関係も、濃密…
子供だけでなく、親兄弟も、顔見知りの場合が、大半…
つまり、すべて、見知っている…
子供の頃から、見知っている…
そういう場所では、イジメが、起きにくい…
そういうことだ…
もちろん、例外はある…
私の場合は、たまたまだったのかも、しれない…
たまたま、周囲にイジメをする人間が、いなかっただけかも、しれない…
本当のことは、わからない…
誰もが、自分が、体験したこと…
誰もが、自分が、見たり、聞いたりしたことしか、わからないからだ…
私が、お風呂場から、出て、そんなバカなことを、考えていると、ようやく、火照ったカラダが、冷めてくるのが、わかった…
それに、連れて、気分も、よくなった…
だから、お風呂場に、戻ることにした…
戻って、カラダを洗うことにした…
さっきは、湯船に浸かったまま、アレコレ、考え事をし過ぎた…
それゆえ、長湯をし過ぎて、気分が、悪くなった…
それを、教訓に、お風呂場に、戻ると、今度は、テキパキと、カラダを洗って、すぐに、お風呂場を出た…
さすがに、長湯をするつもりは、起きなかった…
さすがに、もう一度、気分が、悪くなるような真似をするつもりは、なかった…
それゆえ、ただ、カラダを洗うことに、専念して、お風呂場から、出た…
今度は、気分が、悪くなる前に、出た(爆笑)…
お風呂場から、出ると、私は、着替えてから、早速、冷蔵庫から、冷えた缶ビールを一本取り出して、すぐに、飲み出した…
気持ちがいい…
実に、気持ちがいい…
気分爽快…
ビールを飲みながら、思った…
そして、これでは、やはり、救急車を呼ぶことは、できないと、悟った…
仮に今、救急車を呼んで、私の姿を見たとする…
これから、救急車で、運ばれる人間が、おいしそうに、ビールを飲んでいるなんて、ありえないからだ…
当たり前だった…
だから、救急車を呼ぶことなど、できない…
今さら、ながら、気付いた…
そして、もうひとつ、気付いたこと…
それは、やはり、脳梗塞の直後に、お風呂に入っては、いけなかったと、思った…
脳梗塞は、基本、頭の中の血管が、詰まる病気…
頭の中の血管の中を流れる血が、固まる病気だからだ…
だから、やはり、お風呂は、マズい…
熱いお風呂に入って、脳の中の血管が、詰まりでも、したら、大変だからだ…
そんな初歩的なことに、今、気付いた…
お風呂場から出て、ビールを飲みながら、今さら、気付いた…
バカ…
大バカ…
自分でも、大バカだと、気付いた…
よく、これで、大丈夫だったと、今さらながら、気付いた…
これでは、さすがに、天然を超える…
天然を超える大バカだ…
同時に、冷や汗が出た…
内心、冷や汗が出た…
もし、お風呂場で、倒れたから、目も当てられなかったからだ…
それを、考えると、冷や汗が出た…
今さらながら、冷や汗が出た…
それゆえ、缶ビールを一本飲み干すと、ベッドに横になった…
今さらながら、自分のした行動が、怖くなった…
自分で、自分のした行動に、怖くなった…
自分の浅はかな行動が、怖くなった…
自分で、自分が、怖くなった…
同時に、疲れが、どっと来た…
さっき、五井記念病院に行った、疲れたが、どっと出た…
なにしろ、普段は、いつも家に閉じ籠っている…
基本、家に閉じ籠って、外出もしない…
そんな私が、五井記念病院に行ったのだ…
電車を乗り継いで、五井記念病院に行ったのだ…
疲れないわけはない…
疲れが、たまらないわけはない…
それゆえ、ベッドに横になると、いつのまにか、ウトウトしてしまった…
自分でも、気付かない間に、ウトウトしてしまった…
そして、そのまま、眠りに落ちてしまった…




