寿綾乃という女 第4部 16
いや、しかし、
しかし、だ…
そう、簡単に子供ができるだろうか?
ふと、考えた…
私は、正直、ナオキ以外に男は、知らない…
そのナオキと、昔は、普通に男女の関係にあったが、私は、妊娠しなかった…
いや、ナオキだけではない…
ジュン君とも、何度か、そういう関係になったことがあった…
男女の関係になったことがあった…
でも、私は、妊娠していない…
これは、一体、どうして?
どうして、なんだろう?
若いときは、考えなかった…
あまり、深く考えなかった…
ひょっとして、ナオキに、子種がない?
あるいは、ジュン君も同じ?
そう、思った…
よく、同棲する若い男女が、セックスを、楽しんでいるが、子供ができない…
そのときは、まだ若く、セックスをしても、子供ができないことを、むしろラッキーと考えているが、それが、数年後、正式に結婚しても、やはり、子供が、できない…
そして、どうして、子供ができないのか、真剣に考える…
男に、問題があるのか?
女に問題があるのか?
真剣に考える…
それまでは、いくらセックスをしても、子供ができなかったことが、ラッキーだと思っていたことが、真逆にアンラッキーとなる…
子供が、欲しくなったが、子供ができない…
だから、慌てる…
よく世間で、聞く話だ…
もしかしたら、私もナオキも、それと、同じ…
同じかも、しれない…
これまでは、子供のことは、考えなかった…
それは、ジュン君がいたから…
だから、考えなかった…
ジュン君は、ナオキの血の繋がった実の息子だと思っていたし、私にしても、ジュン君の面倒をみるのが、精一杯で、自分の子供までは、考えなかった…
それが、真相だった…
忙しければ、それで、手一杯…
自分の子供までは、手が回らない…
そういうことだ…
ジュン君が、私の手を離れ、FK興産も、五井グループと資本提携して、もしかしたら、完全に五井傘下に入るかも、しれない…
だとしたら、社長のナオキは、今度、どうなるか、わからない…
そのまま、雇われ社長の身分で、会社にいることも、考えられるが、追放される可能性の方が、高い…
また、ナオキ自身も、オーナー社長から、いわば、実権を剥奪された、雇われ社長の地位では、嫌だろう…
だから、ナオキは、あんなことを、言ったのかも、しれない…
今さらながら、思った…
今さらながら、気付いた…
仮に、ナオキが、FK興産を追放されたら、どうするか?
結婚して、子供を作って、人生をやり直そうと、思っても、不思議ではない…
それゆえ、ナオキは、あんなことを、言ったのかも、しれない…
人生の第二章うんぬんを、言ったのかも、しれない…
ナオキが、五井一族の女と結婚すれば、FK興産の社長をこれまで通り、続けられるかも、しれないが、それでは、嫌なのかも、しれない…
ナオキにだって、プライドがある…
FK興産の創業社長としてのプライドがある…
それゆえ、もしかしたら、FK興産が、完全に五井の傘下に入ったら、自分は、FK興産から、出ていく…
そういった覚悟があるのかも、しれない…
あらためて、気付いた…
気付いたのだ…
私は、そんなことを、考えながら、部屋の中を相変わらず、見て、回った…
たしかに、ここには、思い出が、多すぎる…
もしかしたら、どこか、別の場所に引っ越すのが、いいのかも、しれない…
なにより、ここは、私一人で、住むには、広すぎる…
元々は、私とジュン君とナオキの3人で、住んでいた部屋だ…
だから、一人で住むには、広すぎる…
当たり前だ…
が、
引っ越したところで、別段、なにかが、変わるわけでは、ない…
ふと、気付いた…
引っ越して、なにが、変わるかといえば、環境が変わるだけ…
私自身が、なにか、変わるわけではない…
私自身が、今、お金に困り、とりあえず、このマンションを売却して、お金を作るために、どこかに引っ越すのならば、それもありだが、今は、まだ、そこまで、追い詰められていない…
それは、最後の手段だ…
いや、
それは、できないか?
このマンションは、まだ、ナオキの名義だと、思う…
だから、私の一存で、売却はできない…
当たり前だ…
また、環境を変えるのであれば、引っ越すのではなく、部屋の模様を変えれば、いい…
カーテン等、目に入る主要なものを、変えればいい…
そうすれば、これまでとは、別の家に住んだ気分になれるだろう…
が、
そんなことを、すれば、費用は、バカにならない…
私自身も、それぐらいの貯金はあるが、なにしろ、今は、無職…
FK興産の非常勤の取締役として、給与は、もらえるかも、しれないが、ここで、部屋の模様替えにお金をかけるような、バカな真似は、したくない…
いかに、部屋の模様替えをしても、私が、変わるわけではない…
環境が、変わるだけだ…
それに、なにより、私は、ケチ…
シングルマザーだった母とずっと、二人暮らしだった…
それゆえ、自分で言うのも、なんだが、質素な生活が、身に着いている…
おそらくは、私やナオキの給与を考えれば、信じられないほどの質素な生活だと、他人様は、思うだろう…
それほど、会社で、得た給与とは、違う生活をしていた…
それは、おそらく、ナオキもまた、成り上がりだったからだろう…
私同様、元は、平民…
質素な生活に慣れた平民だった…
だから、贅沢な生活が、合わない…
いわば、身の丈に合った生活が、できない(苦笑)…
ナオキが、成功して、得られる金は、莫大なものに、なっても、それを、使う、私やナオキは、なにも、変わらない…
それまでと、変わらない…
むしろ、贅沢は、敵と思える…
生きてゆくのに、これまでと同じ金額で、十分生活できるからだ…
住まいは、アパートから、賃貸マンション、それから、分譲マンション、そして、今の億ションに変わったが、生活レベルは、変わらなかった…
全然、変わらなかった…
ずっと、以前のままだった…
それは、なぜか?
おそらく、その根底に、失敗したときの、恐怖心があるのかも、しれない…
今までは、トントン拍子にうまく、いってきた…
が、
明日からは、どうなるか、わからない…
だから、むやみにお金は、使えない…
そんな恐怖が、根底にあるからだ…
そして、そんな感情は、一言でいえば、貧乏性…
大金を得ても、使うことができない…
常に、なにか、あったら、困ると考える…
なにか、あったときのために、その金を貯金して、使おうと考える…
そんな思考の持ち主…
貧乏性というか…
小市民というか…
大金を得るような立場になっても、おいそれと、使うことができない…
そして、そんなことを、考えれば、あの伸明は、どうなんだろうと、考えた…
五井の若き当主は、どうなんだろうと、思った…
生粋のお金持ちは、どうなんだろうと、考えた…
よく、お金持ちは、ケチだと言われる…
お金持ちほど、無駄な出費はしないと、聞く…
本当に、そうだろうか?
これは、伸明に聞いてみなければ、わからない…
いや、
いっしょに、暮らしてみなければ、わからない…
伸明が、どんな生活をしているのか、わからない…
だったら、やはり、伸明を狙ってみるか?
伸明と結婚してみるか?
話は、なにやら、そんな展開になった…
自分でも、思っても、みない展開になった…
バカバカしい展開になった(爆笑)…
そして、そんなバカバカしいことを、考え終わると、私は、まだ真昼間だが、お風呂に入ることにした…
私は、基本、キレイ好き…
どこか、外から、帰って来たら、お風呂に入って、湯船に浸かり、カラダを休めるのが、好き…
湯船に浸かると、身も心も、ホッとする…
心の底から、安らぐ…
カラダの調子は、まだ、万全ではないが、お風呂に入る体力ぐらいは、あった…
お風呂に入る体力ぐらいは、残っていた…
実は、このお風呂というもの…
体力がなければ、入ることが、できない…
よく風邪を引いてみれば、わかるが、体力が、落ちると、お風呂に入れない…
亡くなった母の口癖だった…
お風呂に入るには、体力がいる…
それが、晩年、体調を崩した母の口癖だった…
私は、今、久しぶりに、そんな母の口癖を思い出した…
実に、久しぶりだった…
以前は、そんな口癖、思い出すことも、なかった…
それは、きっと、仕事が忙しかったり、ジュン君の面倒をみるのが、忙しかったり、したせいだろう…
毎日が、忙しいから、それで、精一杯…
だから、そんな母の口癖を思い出すことも、なかった…
むしろ、すっかり、忘れていた…
母のことを、忘れていた…
私は、新天地で、新しい環境を手に入れた…
そして、なにより、その環境の中で、生きてゆくのが、精一杯…
それゆえ、母のことは、忘れていた…
私の心の中から、きれいさっぱり、消えていた…
考えてみれば、親不孝…
実に、親不幸な娘だった…
今の今まで、母のことは、すっかり忘れていた…
そして、そんなふうに親不孝の娘だから、癌にかかった…
それから、今、脳梗塞で、入院した…
私は、そんなふうに、思った…
もしかしたら、今の今まで、母のことを、きれいさっぱり忘れていた、報いかも、しれない…
私は、そう思った…
そう、思ったのだ…




