寿綾乃という女 第4部 15
私は、ひとりぼっち…
あらためて、そう、考えた…
たしかに、ずっと、以前、田舎から、東京に出てきたとき、矢代綾子の名前を捨て、寿綾乃として、やって来たときも、ひとりだった…
が、
寂しくは、なかったといえば、ウソになるが、今、感じたような寂しさはなかった…
きっと、それは、若かったから…
若いから、寂しくなかった…
あるいは、怖くなかったのだろう…
今になって、考えれば、わかる…
振り返ってみれば、わかる…
若さゆえの過ちと言えば、言葉は、違うが、どうしても、若いと考えない…
今、三十路を過ぎた私のように考えない…
ある意味、怖いもの知らず…
たぶん、それが、若さなのだろう…
今の私にない、若さなのだろう…
これまで、私は、ひとりぼっち…
ずっと、ひとりぼっちだと、思っていた…
が、
違った…
私には、家族があった…
私には、疑似家族があった…
内縁の夫ともいえる、藤原ナオキ…
そして、実は、ナオキの子供では、なかった息子のジュン君…
そして、私の3人の疑似家族だった…
3人が、血の繋がりもなにもない、正真正銘の疑似家族だった…
が、
当時は、そんなことは、わからない…
ジュン君とナオキが、血の繋がりが、ないことなど、わからない…
それを、知っているのは、ジュン君の母親のユリコだけ…
ナオキの妻だったユリコだけだった…
ユリコが、ナオキと結婚する前に、付き合っていたのが、ジュン君の父親だった…
その事実を、ナオキは、知らなかった…
まあ、言葉は、悪いが、世間では、よくある話だ(苦笑)…
いや、よくはない…
稀にある話だ…
ただ、そんなことより、今、振り返れば、私は、ひとりぼっちでは、なかった…
家族がいた…
疑似家族が、いた…
が、
今は、いない…
誰もいない…
その証拠に、私が、病院を、退院する日になっても、誰も、迎えに来ない…
それが、堪えた…
心の底から、堪えた…
やはり、ひとりは、寂しい…
それが、偽らざる実感だった…
それが、初めて、わかった…
こんな状況に、追い込まれて、初めて、わかった…
ひとりぼっちで、退院して、タクシーで、自宅に戻った…
私の住む、自宅…
かつて、私とナオキとジュン君の3人で、住んでいた億ションに、戻った…
懐かしいと言えば、懐かしい…
わずか、一か月も経たないが、懐かしい…
だが、ひとりで、帰って来たのは、やはり、寂しかった…
私は、世間で、強い女と、思われているらしい(苦笑)…
FK興産でも、自分で言うのも、なんだが、やり手の社長秘書と呼ばれていた…
が、
実態は、これだ…
これ=泣き言ばかり、言う女だ(苦笑)…
まさに、化けの皮が、剥がれたというか…
いっしょに、暮らせば、私が、案外、寂しがりだと、知って、驚くものが、多いかも、しれない…
いや、驚いたのは、実は、私自身だった…
私自身、自分が、こんなに、寂しがり屋だとは、思わなかった…
これは、やはり、病気のせい…
癌のせいで、やはり、自分が、心細く思っている…
そう、思った…
なぜなら、これまで、私は、そんなこと、考えたことがなかったからだ…
だから、思った…
そう、思った…
私が、マンションの中の自宅の前に立ち、
「…ただいま…」
と、言って、玄関のカギを開けて、中に入った…
当然、中から、
「…お帰りなさい…」
と、いう声は、聞こえてこない…
これは、堪えた…
わかっては、いるが、堪えた…
家の中に入り、部屋の中を見回した…
そして、気付いた…
案外、キレイにまとまっている…
そう、思った…
これは、案外、ナオキが、私のいないときに、この部屋にやって来たのだろうか?
そう、思った…
この部屋の合いカギは、ナオキが、持っている…
なにより、この部屋は、元々、ナオキと、ジュン君と、私の3人が、住んでいたマンション…
率直に言って、私一人で、住むには、大きすぎる…
私一人で、住むには、ワンルームマンションで、たくさんだ…
いや、
もしかしたら、それすら、贅沢かも、しれない…
なぜなら、私は、今、無職…
働いていないからだ…
それゆえ、ワンルームマンションすら、贅沢と、思った…
いや、
そうでは、ない…
私は、働いている…
FK興産の非常勤の取締役として、働いている…
それを、すっかり、忘れていた(苦笑)…
いずれにしろ、私は、まだ、非常勤の取締役として、一度も、FK興産に出社したことは、ない…
だから、忘れていた…
すっかり、忘れていた…
非常勤の取締役といっても、肩書だけ…
肩書だけだ(爆笑)…
しかしながら、どこかで、
「…寿さん、失礼ながら、ご職業は?…」
と、聞かれれば、
「…FK興産という会社で、非常勤の取締役をしています…」
と、答えることが、できる…
それが、嬉しい(爆笑)…
やはり、無職と答えるのは、嫌だ…
私は、決して、人一倍、プライドが、高いとは、思わないが、嫌だ…
そう、思った…
心の底から、そう、思った…
そして、そんなバカなことを、考えながら、一通り、部屋の中を見て、回った…
やはり、ここに帰って来ると、落ち着く…
心の底から、ホッとする…
ここは、おおげさに、言えば、私の城…
私の住む城だ…
だから、落ち着く…
心の底から、落ち着く…
同時に、また、この城は、私とジュン君と、ナオキが、3人で、住んでいた城でも、ある…
だから、それを考えれば、思い出が、押し寄せてくると言えば、おおげさだが、事実だった…
私とナオキとジュン君は、家族…
疑似家族だった…
当初は、3人で、小さなアパートに住んでいたが、ナオキが成功して、会社が、大きくなるたびに、アパートから、賃貸マンションに代わり、それが、今度は、分譲マンションに変わった…
そして、最終地点が、この億ションだった…
いわば、藤原ナオキの人生すごろく…
ナオキが成功して、会社が、大きくなったから、住まいも、豪華になった…
そういうことだった…
そして、それが、いつのまにか、当たり前になった…
最初は、ナオキの成功が、嬉しかったが、
その成功が、何度も重なると、こんなものかと、思ってくる…
いわば、感覚がマヒしてくるのだ…
これは、例えれば、宝くじ…
初めて、当たったときは、誰でも、嬉しいが、何度も当たれば、こんなものかなと、思う…
要するに、嬉しいのだが、当初、感じた嬉しさは、もうない…
ある意味、当たり前に近くなってくる…
そういうことだ…
私も、ナオキも、会社が、大きくなるのは、嬉しかったが、それ以上に、仕事が、忙しくなってきた…
だから、ある意味、いつもバタバタしている…
いつも、仕事に追われている…
そんな日常だった…
それゆえ、その忙しさが、普通になり、住む家も、だんだん、大きくなったが、そういうものだと、思っていた…
それほどの感慨もなかった…
しかし、今、こうして、一人で、この自宅に戻って来ると、感慨深い…
実に、感慨深い…
私は、ひとりぼっち…
田舎から、東京に出てきて、ひとりぼっち」だと、思っていたが、ひとりぼっちでは、なかった…
ナオキとジュン君がいた…
私の家族がいた…
疑似家族がいた…
あらためて、そう、思った…
心の底から、そう、思った…
ひとりぼっちだと、思っていた私は、ナオキとジュン君に支えられていた…
あらためて、そう、気付いた…
二人に、支えられていた…
あらためて、それを、実感した…
そして、それから、ナオキが、病院で、言ったことを、思い出した…
ナオキが、五井記念病院で、言った…
…人生の第二章…
という言葉を思い出した…
たしかに、私もナオキも結婚すれば、人生が、変わるだろう…
結婚して、子供でも、生まれれば、人生が変わるだろう…
あのとき、ナオキに、言われたときは、そこまで、考えなかった…
私もナオキも、他の誰かと、結婚することまでは、考えた…
しかし、子供までは、考えなかった…
あのときは、考えなかった…
子供のことは、考えなかった…
自分が、子供ができたことは、考えなかった…
私も、ナオキも、子供がいない…
ジュン君は、ナオキの子供だと、ずっと、思っていたが、違った…
ナオキの子供では、なかった…
ナオキと、血が繋がってなかった…
だから、今、ナオキも子供ができれば、違うかも、しれない…
人生が変わるかも、しれない…
それこそ、ナオキが、言うように、人生の第二章が始まるかも、しれない…
私は、あらためて、そう、気付いた…
そして、それを、言えば、私も…
私、寿綾乃、いや、矢代綾子も、違うかも、しれない…
子供ができれば、人生が、変わるかも、しれない…
そう、気付いた…
気付いたのだ…




