↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/225

寿綾乃という女 第4部 14

 ナオキは、難しい顔をして、すぐには、答えなかった…


 それゆえ、私は、待った…


 ナオキが、口を開くのを、待った…


 それから、少しして、


 「…たしかに…」


 と、言って、笑った…


 苦笑した…


 「…たしかに、老け込む歳じゃない…ボクも諏訪野さんも、四十代なのに、まだ、結婚もしていない…」


 「…それが、どうかしたの?…」


 「…ボクと諏訪野さんと同年代の四十代の人々…男も女も、まだ結婚していないひとが、ごまんといる…これから、結婚しようと思うものが、ごまんといる…」


 「…」


 「…つまり、そのひとたちにとっては、結婚して、子供を持つことが、人生の第二章だと、思う…」


 「…」


 「…人生の第二章なんて、ひと、それぞれだ…」


 「…」


 「…綾乃さんも、同じ…」


 「…なにが、同じなの?…」


 「…結婚して、家庭を持つ…たとえ、相手が、諏訪野さんじゃなくても、別の男と結婚しても、綾乃さんの人生が、変わる…寿綾乃の人生が、変わる…」


 「…なに、バカなことを、言っているの…」


 「…いや、バカなことじゃない…」


 「…いえ、バカなことよ…」


 「…どうして、バカなことなの?…」


 「…結婚しようが、離婚しようが、そのひとが、変わるわけじゃない…そのひとの人格が、変わるわけじゃない…」


 「…どういう意味?…」


 「…会社を変えて、転職しても、そのひとが、変わるわけじゃないでしょ?…」


 「…それは…」


 「…私に言わせれば、それは、クルマを買い替えるのと、いっしょ…転職しても、ただ、仕事が違ったり、環境が、変わったり、するだけ…そのひとの見た目や性格が、変わるわけじゃない…」


 「…」


 「…私もナオキも、そして、諏訪野さんも、どこで、なにをしようが、たぶん、人間は、変わらない…あるいは、変われない…ただ、置かれた環境が、違ってくるだけ…」


 「…」


 「…ナオキ…アナタの女遊びだって、同じでしょ?…」


 「…どう同じなの?…」


 「…男が、女を口説く…あるいは、女が、男を口説く…でも、その後、やることは、いっしょでしょ?…」


 「…それは…」


 「…それと、同じ…」


 「…どう同じなの?…」


 「…なにをしようが、ナオキは、ナオキ…藤原ナオキだっていうことは、変わらない…」


 「…」


 「…自分が、自分であることは、変わらない…ほかの誰かに、なれるわけじゃない…」


 「…綾乃さん、達観しているね…」


 「…たしかに、そうかもしれないわ…」


 「…」


 「…でも、これは、私の生まれ持った性格のせいも、あるけど、この病気のせいも、あると、思う…」


 「…どういう意味?…」


 「…今もだけれども、こうして、病院のベッドの上で、寝ていると、いろいろ、思うところがあるの…」


 「…」


 「…少し、おおげさに、言えば、あと何年生きるのか? あと何年、生きれるのか?…」


 「…」


 「…そう、思うと、生きている間にできること…やりたいことを、考える…決して、自分じゃ、できないことは、考えない…あくまで、できること…それだけを考える…」


 「…」


 「…たぶん、私とナオキの差はそれね…残された時間の違い…それが、いつも、私の頭の中にある…強迫観念のように、頭の中にある…その違い…」


 「…」


 「…残りの人生の中で、できることの中で、やりたいこと…それだけを考える…」


 「…綾乃さん、考え過ぎだよ…」


 「…考え過ぎなんかじゃない!…」


 「…」


 「…考え過ぎなんかじゃない!…」


 私が、強く言うと、ナオキが、黙った…


 それ以上、なにも、言わなかった…


 ただ、黙って、私を見た…


 私を慈しむように、見た…


 私を心の底から、愛しているように、見た…


 それから、


 「…綾乃さん…」


 と、言った…


 「…なに?…」


 「…綾乃さんが、ボクより十歳は、若いのに、ボクより、はるかに年上に思えるのは、綾乃さんの性格もあるけれど、綾乃さんの言う通り、その病気も関係していると、思うよ…」


 「…やっぱり、そう思う?…」


 「…人生の残り時間…」


 「…」


 「…綾乃さんは、ボクより、ずっと早く、この世から、おさらばすると、思っているでしょ?…」


 「…」


 「…でも、それは、違う…」


 「…どう違うの?…」


 「…例えば、ボクが、今、これから、この病院を出ても、クルマにひかれて、死ぬことだってある…」


 「…」


 「…どんな人間も、一寸先はわからない…もしかしたら、綾乃さんの方が、ボクや諏訪野さんより、長生きするかも、しれないよ…」


 「…そんなことは、ないわ…」


 「…可能性は、低いかも、しれないけれど、ないわけじゃない…」


 「…」


 「…でも、だから、人生は、面白いのかも、しれないよ…」


 「…どういう意味?…」


 「…人生は、一寸先は闇…誰にも、わからないってこと…」


 「…」


 「…ボクだって、こんなに成功するとは、夢にも、思わなかった…これは、予想もしていなかった…」


 「…」


 「…だから、わからない…ボクも綾乃さんも、これから、どうなるか、わからない…」


 「…」


 「…そう思えば、人生を楽しめる…違う?…」


 「…」


 「…綾乃さんも、あまり、考え過ぎないことだ…明日、どうなるか、考えても、その通りにならないことだって、いっぱいある…」


 ナオキが、言った…



 それから、まもなく、ナオキは、この病室から、去った…


 ナオキと、話しながら、気付いたこと…


 最初は私が、ナオキに説教していたが、いつのまにか、最後には、ナオキに私は、励まされていた…


 病身の私を励ましていた…


 それが、驚いたというか…


 いつのまにか、攻守逆転していた…


 普段の生活では、あまりなかったことだった…


 これは、ひょっとして?


 ひょっとして、これまでの、普段の生活でも、ホントは、ナオキは、私に打ち負かされない…


 わざと、いつも、私に負けたふりをしていた…


 あるいは、いつも、私に花を持たせていた…


そう、気付いた…


 なんと、言っても、ナオキは、大卒…


 有名大学卒…


 かたや、私は、高卒…

 

 決して、頭がいいわけではない…


 だから、それを、思えば、ナオキが、議論で。私に負けるわけはない…


 学生時代、がむしゃらに、勉強したことなど、一度もない私に、議論で負けるわけは、ない…


 そもそも、学生時代、勉強が、できれば、寿綾乃にならなかった…


 矢代綾子のまま、生きただろう…


 それは、なぜか?


 それは、やはり、他人様より、勉強ができれば、自分に自信を持つ…


 その結果、自分ではない、他の誰かに、なりすますことなど、考えもしなくなる…


 自分に、自信を持っているからだ…


 だから、誰かに、なりすますことなど、できない…


 誰かになりすまことは、それまでの自分を否定することになるからだ…

 

 私は、他人様より、美人に生まれた…


 が、


 それは、努力ではない…


 努力して、自分が、手に入れたものではない…


 それが、勉強とは、違う…


 スポーツとも、違う…


 美人であることに、自信を持っていても、それは、自分が、努力して、手に入れたものでは、ないからだ…


 だから、違う…


 だから、矢代綾子を、捨てて、寿綾乃になりすますことが、できたのでは?


 今さらながら、そう、気付いた…


 もっとも、そう、気付いたのは、今、32歳になったから、だとも、思う…


 歳をとってきたからだとも、思う…


 母が亡くなり、その遺言で、従姉の綾乃になりすましたときには、なにも、考えなかった…


 自分でも、なにも、考えず、母の言う通りにした…


 が、


 それは、今、思えば、若いから…


 若い=子供だからだったからだろう…


 さすがに、三十を過ぎた今とは、違う…


 当たり前のことだ…


 私は、今さらながら、思った…


 私は、今さらながら、考えた…



 退院は、それから、二週間後だった…


 自分でも、ビックリするぐらい、回復した…


 回復した原因は、若さ…


 私の年齢だった…


 32歳で、軽いとはいえ、脳梗塞になるものは、少ない…


 だが、なっては、いても、重症化するものは、少ない…


 例に挙げれば、以前も例に挙げた、巨人の終身名誉監督の長嶋茂雄さんが、有名だが、長嶋さんが、脳梗塞で倒れたのは、七十代…


 私より、四十歳は、歳をとっている…


 だから、重症化した…


 が、


 長嶋さんには、申し訳ないが、これが、若ければ、長嶋さんもまた、脳梗塞が、重症化しなかったことは、間違いない…


 私は、三十代だから、思ったより、軽かった…


 そういうことだ…


 

 その日、私は、ひとりぼっちで、退院した…


 五井記念病院を退院した…


 正直、体調が、優れないわけでは、なかったが、心が、落ち込んだ…


 やはり、こういうときに、ひとりは、寂しい…


 ひとりぼっちは、寂しい…


 私は、正直、ナオキが迎えに来るものと、思い込んでいた…


 が、


 来なかった…


 きっと、仕事が忙しいのだろう…


 次に考えたのは、マミさんだった…


 伸明の妹のマミさんだった…


 五井一族で、ただひとり、私と気が合うマミさんだった…


 が、


 彼女もまた、来なかった…


 私の退院の日に、迎えに来なかった…


 彼女もまた、仕事が、忙しいのだろう…


 そして、最後に思ったのは、伸明…


 五井の若き当主である、諏訪野伸明だった…


 伸明もまた、私の退院の日に来なかった…


 一度、入院していた私のお見舞いに来てくれたが、退院の日には、来なかった…


 まさか、私の退院の日の連絡がいかなかったわけでは、あるまい…


 私が、入院していたのは、五井記念病院…


 いわずと知れた、五井グループの病院だ…


 病院のトップである、理事長は、五井一族が、務める…


 それゆえ、当然、五井の当主である、伸明にも、私の退院の日の連絡は、いっていると、思う…


 にもかかわらず、来なかった…


 伸明もまた、私の退院の日に、やって来なかった…


 正直、落ち込んだ…


 体力、いや、体調以上に、落ち込んだ…


 やはり、ひとりは、寂しい…


 退院の日に、誰も、迎えに来ないのは、寂しい…


 これは、正直、落ち込んだ…


 自分でも、思ってみないほど、落ち込んだ…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。