寿綾乃という女 第4部 13
そして、そんなことを、一通り考えてから、
「…ナオキ…アナタの縁談相手って?…」
と、ナオキに話を向けた…
ベッドで、横たわる私の傍らにいる、ナオキに、聞いた…
「…それって、まさか、マミさん? それとも、あの菊池リンさん?…」
と、聞いた…
が、
ナオキは、無言で、首を横に振った…
「…それは、わからない…」
「…わからないって、どうして、わからないの?…」
「…見合い相手が、誰だか、まだ、聞いてないんだ…」
「…ちょっと、それ、どういうこと?…」
「…うちうちに、五井の関係者から、連絡があって…」
「…うちうちにって?…」
「…だからまだ、正確には、決まっていない…でも、五井は、今や、FK興産の大株主だ…無視することは、できない…」
「…」
「…それもあって、このところ、悩んでいたんだ…まったく綾乃さんが、今、こんな状態でいなければ、すぐに相談に乗ってもらいたかったんだが…」
ナオキが、弱音を吐く…
それを、聞いて、私は、怒っていいのか?
はたまた、笑っていのか、わからなかった…
大の男が、こんな泣き言を言うなんて…
しかも、
しかも、だ…
この藤原ナオキは、経営者…
授業員千人を率いるFK興産の社長だ…
にも、かかわらず、泣き言を言う…
たかだか、社長秘書の私に泣き言を言う…
これでは、どっちが、社長だか、わかったものではない…
だから、笑える…
実に、笑える…
一方で、私が、今、こんな状態でいるにも、かかわらず、相変わらず、私を頼りにしてくれる…
これは、嬉しい…
実に、嬉しい…
私が、今、こんな状態にも、かかわらず、私を頼りにしてくれる…
男としてみれば、頼りない気がするが、それ以上に、自分が、頼られるのが、嬉しい…
実に、嬉しい…
これは、誰でも、同じ…
同じだ…
ひとから、頼まれごとをすれば、嫌だが、反面、自分を頼りにしてくれたことを、喜ぶ面もある…
ただ、問題は、頼みごとを持ち込んだ相手が、自分を利用しようとする場合は、話が違う…
頼みごとを持ち込んだ相手の狙いが、自分の持つ、人脈や財産を目当てにした場合だ…
要するに、ただ、自分を利用しようとしている…
そんな場合は、話が別だ…
が、
このナオキには、それがない…
純粋に私を頼っている…
私、寿綾乃を頼っている…
私、矢代綾子を頼っている…
だから、嬉しい…
嬉しいのだ…
その反面、これは、笑える…
実に、笑えると、思った…
それは、なぜか?
それは、亡くなった母は、私に、
「…綾子を守ってくれる男…綾子のために、尽くしてくれる男を探しなさい…頭が、良かったり、お金を持つ男を探しなさい…」
と、私に言った…
おおげさに、言えば、私に遺言した…
だが、現実は、真逆…
私が、ナオキを守っている(笑)…
私が、ナオキの相談相手になっている(笑)…
もし、こんな光景を亡くなった母が、見れば、どう思うだろう?
おそらく、最初は、唖然とするだろう…
しかしながら、少し、時間が経てば、
「…綾子…いいひとに、巡り会えたわね…」
と、言ってくれるだろう…
なにしろ、ナオキは、従業員千人の上場企業の創業社長…
頭は、切れるし、お金もある…
外見もいい…
長身のイケメン…
ただ、惜しむらくは、気が弱い(笑)…
気が弱いゆえに、私やユリコのような気が強い女に憧れる…
それゆえ、そんなナオキを見た母は、最初は、微妙な反応を見せるだろう…
巷で、よく言われるのが、
「…たしかに、いいひとだと思うけれども、他に、もっと、誰か、いないの?…」
と、いう言葉だ(爆笑)…
褒めているようで、実は、褒めてない(苦笑)…
むしろ、やんわりと否定する…
自分の娘や息子の選んだ相手だから、頭ごなしには、否定しないが、実は、否定している(爆笑)…
全力で、否定している…
亡くなった母も、おそらく、それと同じ…
それと、同じで、母も、おそらく最初は、ナオキを受け入れないだろう…
しかし、時間が経てば、間違いなくナオキを受け入れるだろう…
なにしろ、母子だ…
ふたりっきりの母子だ…
母の性格は、わかっている…
母の性格は、私と同じ…
実に、同じだ…
だから、ほどなく、ナオキを受け入れるだろう…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、ナオキが、真剣な表情で、私を見ているのが、わかった…
実に、真剣な表情で、私の顔を見ているのが、わかった…
だから、
「…ナオキ…なにを、ジロジロ見ているの?…」
と、聞いた…
「…いや、綾乃さん、キレイだなって…」
ナオキが、言う…
が、
私は、それを、信じなかった…
「…ウソおっしゃい! …ホントは、なにを、思っているの!…」
私は、きつい、口調で、追及する…
「…早く、答えなさい!…」
と、続けて、ナオキに命じた…
すると、ナオキが、苦笑した…
が、
同時に、その笑いは、楽しそう…
実に、楽しそうだった…
「…綾乃さんは、相変わらずだな…」
「…ちょっと、それ、どういう意味?…」
「…綾乃さんは、こうして、病院で、ベッドの上で、寝ていても、綾乃さんだ…寿綾乃だ…いつもと、変わらない…」
「…」
「…でも、だから、ボクは、綾乃さんを頼る…綾乃さんが、いるから、ボクは、綾乃さんを頼る…」
「…それが、どうかしたの?…」
「…それが、いいか、どうか、自分でも、よくわからない…」
「…どうして、よくわからないの?…」
「…綾乃さんの人生…」
「…私の人生?…」
「…そう…それに、ボクの人生…」
「…なに、なんで、そんなこと、今さら言うの?…」
「…このまま、ボクが、綾乃さんと、いっしょに、人生を過ごすのが、幸せなのか、どうか?…」
「…なに? なんで、今さら、そんなこと言うの?…」
「…それとも、このボクも、これから、五井のお嬢様と、結婚して、人生を、リセットするか?…」
「…なにを、言っているの? 本気?…」
「…本気さ…」
「…だって、今さら?…」
「…綾乃さんも、諏訪野さんと、結婚して、五井の当主夫人になれば、また、違った人生を歩める…」
「…」
「…真剣に、そう、思う…」
「…」
「…ボクも綾乃さんも、これまでと、違った人生を、歩める…人生の第二章を歩める…」
「…ナオキ…それ、本気? 本気で、言っているの?…」
「…ああ、本気さ…ただ…」
「…ただ、なに?…」
「…それを、実行する勇気がない…」
「…」
「…変な話…バンジージャンプをするのと、同じさ…バンジージャンプをする場所まで、行っても、実際に、やるとなると、足がすくんで、動けない…怖くて、とても、バンジージャンプをする勇気が出ない…それと、同じさ…」
「…」
「…ボクにも、綾乃さんにも、人生の第二章が、あっても、いいんだと、思う…でも、それを、実行する勇気がない…」
ナオキが、言う…
真剣な口調で言う…
私は、それを、聞いて、考えた…
そして、すぐに、考えたことを、口にした…
「…ナオキ…それ、きっと、転職といっしょよ…離婚とも、いっしょ?…」
「…なんで、転職や離婚といっしょにするの?…」
「…人生のリセット…」
「…リセット?…」
「…そう、リセット…やり直し…」
「…」
「…人生百年時代…オレの人生…アタシの人生、このままで、いいのか? 誰もが、悩む…それと、同じ…」
「…相変わらず、綾乃さん、うまいことを、言う…」
ナオキが、私を褒めると、いきなり、私にキスをした…
あくまで、軽くだが、私の唇を奪った…
私は、驚いたが、すぐに、それを、受け入れた…
ナオキとの、キスは、嫌じゃない…
嫌じゃないから、すぐに、それを受け入れた…
そして、私から、すぐに、唇を離したナオキは、
「…ごめん…」
と、すぐに謝った…
「…病人の綾乃さんに、こんなことを、して…」
「…なにを、今さら…キスぐらい、もう覚えていないくらい、したでしょ?…」
私が、言うと、ナオキが、照れた顔をした…
「…でも、これが、最後…」
「…どうして、これが、最後なの?…」
「…これから、ボクも綾乃さんも、人生の第二章に進む…」
「…それ、本気? 本気で、言っているの?…」
「…本気も、本気…」
「…」
「…綾乃さん、いつか、言ってたよね?…」
「…なにを、言っていたの?…」
「…ボクと綾乃さん…そして、ジュン…3人は、家族だったと…」
「…」
「…ボクも、ジュンも、綾乃さんも、皆、血が繋がってない…ジュンは、ずっと、ボクの血が繋がった息子だと思っていたが、違った…ボクの息子じゃなかった…でも、家族…疑似家族だった…」
「…」
「…ボクは、ジュンのお父さん…綾乃さんは、ジュンのお母さん…いつのまにか、ボクも綾乃さんも家族になってしまった…男と、女じゃなく、家族になってしまった…」
「…」
「…だから、綾乃さんが、諏訪野さんと結婚しても、応援できる…家族だから、応援できる…違うかな?…」
「…バカね…」
「…どうして、バカなの?…」
「…家族なら、今、私にキスをしないでしょ? どこの兄妹が、兄妹同士で、キスをするの?…」
「…それは?…」
「…でしょ?…」
私が、言うと、ナオキがなにも、言わなくなった…
反論ができなかったからだ…
私の言うことに、反論ができなかったからだ…
「…私が、諏訪野さんと、結婚して、ナオキが、五井の一族のお嬢様と、結婚する…それって、会社と同じよね? FK興産と、同じよね…」
「…綾乃さん、どういう意味?…」
「…私もナオキもFK興産も、みんな五井に取り込まれる…五井のものに、なってしまう…」
「…」
「…ナオキは、それでいいの? 藤原ナオキの人生の第二章は、五井一族に組み込まれて、生きてゆく…それで、いいの?…」
「…」
「…ナオキ…アナタは、平凡な会社員になりたくなかったから、大学時代の友人たちと、会社を起業したんでしょ? それが、五井に入るなんて…安定を求めて、どうするの?…」
「…綾乃さん?…」
「…なに?…」
「…学生時代のボクと、今、四十歳を過ぎたボクとじゃ、考え方が、違うよ…」
「…どう違うの?…」
「…学生時代は、チャレンジャー…今は、安定が、望み…」
「…」
「…これは、スポーツと同じさ…マラソンでも、百メーター走でも、二十代と、四十代で、同じ競技はできないだろ?…それと、同じさ…」
「…」
「…二十代は、現役で、ランナー…四十代は、コーチ…自分は、教えるだけで、走らない…」
「…でも、ナオキ…それで、楽しい?…」
「…」
「…ランナーなら、いつでも、走りたいんじゃないの? 教えるんじゃなくて、自分で、走りたいんじゃないの? 違う?…」
「…」
「…四十代で、枯れるのは、まだ、早いんじゃない?…」
私が言うと、ナオキが、黙り込んだ…
どう言っていいか、わからない様子だった…




