寿綾乃という女 第4部 155
私は、内心、驚いていた…
内心、仰天していた…
だって、そうだろう…
まさか、話が、そんな方向になるとは、思わなかった…
夢にも、思わなかったのだ…
まあ、話の内容に、驚きは、ない…
言われてみれば、わかる…
なぜ、このマミさんが、伸明さんと、仲がいいのか、わかる…
普通ならば、兄妹といっても、血が繋がってないのだから、仲が良くないのが、普通…
まして、このマミさんと、あの伸明は、いっしょに、暮らしたことも、ないだろう…
にもかかわらず、このマミさんも、伸明も、自分たちが、兄妹であることを、受け入れている…
普通に、受け入れている…
それは、傍から見れば、わかる…
他人の目から、見れば、わかる…
マミさんの立場で、言えば、マミさんが、伸明をどう思っているかは、マミさん以上に、他人が、わかることが、あるものだ…
それは、なぜか?
それは、距離感…
二人の距離感だ…
このマミさんと、伸明の関係は、自然…
兄妹として、実に、自然だ…
お芝居ではないが、無理に、兄妹を演じているわけでも、なんでもない…
二人とも、血が繋がってないし、まして、いっしょに、暮らしたこともなければ、いくら戸籍上は、兄妹といっても、それを、受け入れるのは、難しい…
普通なら、
「…マミさん…」
「…伸明さん…」
と、それぞれが、相手の名前を呼んでも、どこか、距離感を感じるものだ…
もっと、性格に言えば、たしかに、この二人にも、距離感はある…
あるが、互いが、嫌っているわけでも、なんでもない…
あくまで、二人の関係が、自然…
兄妹として、自然だ…
そして、それが、稀…
稀なのだ…
互いに血は繋がっていないし、まして、いっしょに暮したこともない…
それが、兄妹といっても、受け入れるのが、難しい…
実に、難しい…
他人の私が、考えても、そうだ…
マミさんや、伸明当人たちから、したら、なおさらだろう…
しかし、今、マミさんが、言ったように、伸明が、父を好き…
血が繋がっていない、父の建造を好き…
父の建造を尊敬している…
となれば、建造の血が繋がった娘のマミさんから、すれば、よい気持ちになる…
自分の父を好きでいる人間を、嫌いになれないからだ…
それゆえ、仲がいい…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、私が、そう、思っていると、マミさんが、
「…じゃあ、注文するね…」
と、言って、席にあるタブレットの画面を指で、推した…
それから、マミさんが、
「…寿さん、飲み物は、どうする?…」
と、聞くから、
「…コーヒーで、いいです…」
と、告げた…
「…コーヒーは、アイス? それとも、ホット?…」
「…アイスでいいです…」
「…そう…だったら、私も、同じのに、する…」
と、言って、マミさんは、タブレットで、注文した…
おしゃべりに、夢中になり過ぎて、食べることが、後回しになった…
まあ、女同士、仲が良ければ、こんなもの…
こんなものだ(笑)…
つい、おしゃべりに、夢中になる…
それゆえ、肝心のことが、後回しになる…
マミさんが、メニューを注文して、ようやく、一息ついた気持ちになった…
率直に言って、ホッとした…
と、言いたいところだが、違った…
違ったのだ…
マミさんが、それまでとは、一転して、厳しい表情で、
「…でも、最近の伸明さんは、おかしい…」
と、言い出したからだ…
「…おかしい? なにが、おかしいんですか?…」
と、私は、聞いた…
「…団郁馬…」
いきなり、マミさんが、言った…
いきなり、マミさんが、伸明の宿敵の名前を呼んだ…
「…団郁馬さんが、どうかしたんですか?…」
私は、聞いた…
興味深々で、聞いた…
「…勝負が、ついたのよ…」
マミさんが、言った…
「…えっ? 勝負がついた?…」
言いながら、すでに、既視感があったというか…
内心、やはりと、思った…
私の知らないところで、勝負がついていたと、思った…
やはり、勝負が、ついたと、確信した…
しかし、それを、口にするわけには、いかない…
「…勝負が、ついた? どういうことですか?…」
と、驚いたフリをして、聞いた…
我ながら、芝居がかっている…
実に、芝居がかっていると、思った…
「…五井北東家の持つ、東都新聞の株…」
「…株が、どうかしたんですか?…」
「…その株を、本家の伸明さんに、譲ることになったの…」
「…えーっ!…」
これには、仰天した…
思わず、素っ頓狂な声を出した…
しかし、私の反応を見ても、マミさんは、驚くことは、なかった…
むしろ、
「…私も、寿さん同様、驚いた…」
と、淡々と言った…
「…もちろん、全部じゃないわよ…」
マミさんが、説明する…
「…じゃ、どれくらい?…」
「…五井北東家の持つ、東都新聞の株の20%を、本家に譲ったの…」
「…20%も?…」
「…東都新聞は、東都テレビ、東都ラジオを持っている…東都新聞は、東都ラジオの株を持ち、東都ラジオは、東都テレビの株を持っている…つまり、東都新聞の株は、すべての株の源泉…」
「…」
「…それを、団郁馬は、伸明さんに譲った…本家に、譲った…」
「…失礼ですが、マミさんは、それを、どこで、知ったんですか?…」
「…一族よ…五井一族…」
「…一族?…」
「…噂になっていたの…北東家が、本家に屈したって…」
「…」
「…だって、東都新聞の株は、北東家の力の源泉…それを、本家に譲ることなんて、ありえないわ…」
「…」
「…その一事を持って、北東家が、本家に屈したのが、わかる…本家に、屈服したのが、わかる…」
「…」
「…でも、どうして、北東家が、本家に屈服したのか、わからない…それが、謎…」
「…謎?…」
「…そう、だって、東都新聞の株は、北東家の力の源泉よ…それを、20%も本家に譲るなんて…考えられない…」
「…でも、北東家の持つ、新聞、ラジオ、テレビは、今は、オールドメディアと呼ばれて、全盛時の力は、ありません…それが、理由では?…」
「…寿さんの言うことは、わかる…でも、本家、いえ、五井グループ内で、北東家の持つ、メディアに対抗できるメディアは、まだ、ないわ…」
「…五井グループのネット関連企業を集めても、ですか?…」
「…今は、ない…」
「…今…ですか?…」
「…将来は、凌駕する…それは、わかっている…でも、それには、時間が、必要…5年、10年の時間が、必要…」
「…」
「…だから、どうして、今、北東家が、本家に屈服したのか、わからない…」
マミさんが、激白する…
私も、それを、聞いて、考え込んだ…
実に、考え込んだ…
ただ、
…なにか、ある!…
と、思った…
…なにか、裏がある!
あるいは、
…なにか、理由がある!…
と、思った…
今、マミさんが、言ったように、北東家の持つ、メディア関連企業は、落ち目…
インターネットが、普及した今は、落ち目…
時間が経つごとに、落ち目になることが、わかっている…
時間が、経つごとに、力をなくすことが、わかっている…
しかし、今は、強い…
すでに、全盛期の力は、ないが、それでも、力は、持っている…
巨大なメディアの力は、持っている…
だから、
…どうして?…
…どうして、株を手放したか?
謎が、ある…
謎が、残る…
私が、そんなことを、考えていると、注文した、カレーと、アイスコーヒーが、運ばれてきた…
しかしながら、運んできたのは、人間では、なかった…
ロボットだった…
これには、仰天した…
ネット等で、噂には、聞いていて、ネットでは、見たことも、あったが、実物を、見るのは、初めて…
初めてだった…
そして、それを、見て、マミさんも、私同様、驚いていた…
きっと、私同様、ロボットが、配膳係をするのを、知っていただろうが、実物を見るのは、初めてだったのだろう…
やはり、私と同じく、驚いた顔で、配膳係のロボットを、見ていた…
そして、ロボットから、私に視線を移して、
「…ロボットが、配膳係をしているのは、知っていたけど、見るのは、初めて…」
と、言った…
「…私も、です…」
と、相槌を打った…
それから、
「…これが、技術の進化ってやつ…技術の進歩ってやつ…」
と、苦笑した…
私も、また、同じ意見だった…
そして、マミさんが、
「…たぶん、これが、北東家が、本家に屈した理由ね…」
と、言った…
「…どういうことですか?…」
「…新聞やテレビの取材ひとつとっても、ネットに勝てない…」
「…どうして、勝てないんですか?…」
「…例えば、ある事件があって、加害者や被害者は、どういう人間か、取材するでしょ?…」
「…ハイ、します…」
「…でも、取材された人間が、どこまで、ホントのことを、言うか、わからないし、また、取材するのも、そんなに、大勢の人間に、取材することは、できない…時間の制限があるから…」
「…」
「…でも、ネットでは、その加害者や被害者を実際に、知っているひとたちが、匿名で、ネットに挙げる…それも、新聞やテレビが、取材した人間よりも、はるかに、多くのひとたちが…それでは、勝てない…ネットに勝てない…」
「…」
「…だから、北東家が、本家に、屈したのも、わかる…伸明さんに、屈したのも、わかる…」
「…」
「…でも、今、屈したのは、わからない…さっぱり、わからない…」
「…わからない…ですか?…」
「…うん、わからない…」
マミさんが、頭をひねった…
それから、
「…なにか、条件でも、あったのかしら?…」
と、言った…
ふいに、言った…
ふいに、漏らした…




