寿綾乃という女 第4部 151
「…タイプの違う美人…」
私は、言った…
私は、口にした…
潜在的なライバルではないが、その言葉に反応した…
美人という言葉に反応した(苦笑)…
これには、笑ってしまう…
自分で、自分に、笑ってしまう…
私が、長谷川センセイを、狙っているわけでも、なんでもないのに、ただ、長谷川センセイを訪ねる美人がいた…
それを、聞いただけで、敏感に反応してしまう…
そんな自分に笑ってしまう…
そして、私が、そう考えていると、受付の女性が、
「…寿さんが、正統派の美人とでも言えば、その女性は、可愛いが、入っている…」
「…可愛いが、入っている?…」
「…言いづらいけれど、寿さんより、若い…それに、寿さんより、小柄で、可愛らしい…」
それを、聞いて、その女性が、誰か、すぐに、察しがついた…
その女は、ハルカだ…
ハルカに、違いない…
長谷川センセイの妹のハルカに違いないと、思った…
それゆえ、私は、
「…それって、たぶん、妹さんですよ…」
と、言った…
「…長谷川センセイの妹さんですよ…」
と、種明かしをした…
「…私も会ったことがあります…」
と、続けた…
が、
受付の女性の反応は、意外なものだった…
「…それは、ないと思うよ…」
と、すぐさま、否定したからだ…
私は、驚いた…
こんなにも、あっさりと、否定されると、思わなかったからだ…
だから、驚いた…
そして、聞いた…
「…どうして、そう、思うんですか?…」
と、聞いた…
「…距離感ですよ…」
と、女性が、即答した…
「…距離感?…」
「…今、寿さんが、言ったように、長谷川センセイも、他の医師や、看護師の方たちから、あの女性は、誰と聞かれて、妹と、答えたそうです…」
「…だったら、妹じゃ…」
私が言うと、
「…それ、たぶん、違います…」
と、すぐに、反論された…
「…どうして、違うとわかるんですか?…」
「…それが、今、言った距離感…例えば、寿さんに、お兄さんや、弟さんがいて、いっしょにいるのと、恋人や夫といるのは、違うでしょ?…態度が、違うでしょ?…」
「…それは、そうでしょうけれど…」
「…傍から、見れば、わかる…距離感で、わかる…」
受付の女性が、断言する…
「…だから、その女性を見て、この病院のセンセイや看護師の方が、大勢、長谷川センセイに、聞いたんです…でも、答えは、妹…」
「…だったら、それを、信じれば…」
「…寿さん、男が、自分より、年下の女との関係を聞かれて、妹と、答えるのは、昔からの常套手段ですよ…」
と、笑った…
「…誰も、そんなウソ信じちゃいませんよ…」
受付の女性が、断言する…
「…だから、もしかしたら、長谷川センセイが、突然、この病院を辞めたのも、同僚たちから、その女性との関係をいじられるのが、嫌だったからとも、噂されているみたいですよ…」
と、笑って、説明した…
が、
しかしながら、私は、笑えなかった…
全然、笑えなかった…
そういえば、私は、あの長谷川センセイと、ハルカが、いっしょに、いるところを、見たことがない…
兄妹が、いっしょに、いるところを、見たことがない…
なにより、あの伸明とハルカの見合い…
ハルカの兄にも、かかわらず、あの見合いの席に来なかった…
普通なら、顔を見せるところだろう…
しかしながら、それにも、かかわらず、違和感を、感じなかったのは、なぜか?
それは、あの場は、あくまで、五井西家の血を引く、娘として、ハルカが、あの西家夫妻といっしょに、やって来たから…
だから、あの場に長谷川センセイが、やって来ても、邪魔といったら、言い過ぎだが、わざと、遠慮して、やって来なかったと、思っていた…
勝手に、思っていた…
しかし、もし、本当に、兄妹でなかったとしたら?…
いや、それは、ないだろう…
まさか、西家夫妻に、長谷川センセイが、自分の妹でない、赤の他人を妹として、紹介するだろうか?
普通は、しないだろう…
普通は、できないだろう…
まして、長谷川センセイが、そこまで、できる人間とは、思えない…
私は、患者と主治医として、長谷川センセイと接した…
半年以上、接した…
とても、そんなことが、できる人間とは、思えなかった…
上昇志向が、強いことは、わかったが、そこまで、ウソをついて、自分の妹でもない、赤の他人を、自分の妹として、西家夫妻に紹介するような人間とは、思えなかった…
これは、買い被り…
私の買い被りだろうか?
それとも、長谷川センセイと、親しくなったからだろうか?
誰もが、そうだが、親しくなると、評価が、甘くなる…
どうしても、甘くなる…
真逆に、嫌いな人間には、厳しくなる…
その人間の評価が、厳しくなる…
ハッキリ言えば、欠点ばかり探すようになる…
また、仮に美点があっても、評価が、厳しくなる…
ハッキリ言えば、過小評価するようになる…
嫌いだから、評価が、厳しくなる…
そういうことだ…
そして、そんなことを、考えながら、
「…どうも、ありがとうございました…」
と、言って、その場を去ろうとした…
その私の背中に、
「…寿さん、落ち込んじゃ、ダメよ…」
と、声が、かかった…
私は、思わず、振り向いた…
受付の女性が、
「…世の中には、長谷川センセイ以外にも、いい男が、ごまんといるから…」
と、続けた…
私を励ました…
私は、こんな展開になって、唖然としたが、それでも、とっさに、
「…ありがとうございます…」
と、礼を言った…
礼を言えば、間違いが、ないからだ…
受付の女性は、満足そうに、笑った…
私は、それを、見て、軽く腰を折り、会釈した…
この女性に、なんと思われようが、構わない…
だが、とにかく、情報を得た…
貴重な情報を得た…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
それゆえ、この女性に感謝した…
心の底から、感謝した(爆笑)…
私は、受付を去り、
…さて、これから、どうするか?…
考えながら、歩き出した…
まさか、長谷川センセイが、退職しているとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
しかも、退職しても、おそらく、兼業していると、言えば、言葉が、間違っているかも、しれないが、同時に、勤務していたのが、北東病院…
北東病院だ…
間違いなく、あの五井北東家と、関係のある病院だろう…
五井北東家の当主、団郁馬と関係がある、病院だろう…
私は、考えた…
つまり、長谷川センセイは、団郁馬と関係があった…
そういうことだ…
そして、そう考えると、納得する…
なにに、納得するのか?
それは、なぜ、ハルカの見合いの席に、長谷川センセイは、現れなかったのか?
それは、たぶん、団郁馬の差し金があった?
団郁馬の入れ知恵があった?
そう、思った…
おそらく、自分一人の考えではない…
長谷川センセイ一人で、ハルカの見合いの席に、欠席したわけではない…
背後に、あの団郁馬がいた…
そう、思った…
そう、気付いたのだ…
そして、そう考えると、色々見えてくる…
今回の筋書きが、見えてくる…
あのハルカと、伸明の見合い…
あの見合いは、五井西家が、西家の血を引く娘として、ハルカを、本家の当主の伸明と、見合いをさせることで、五井内部で、西家の力を伸ばすために、仕組んだと、思っていた…
そう、ずっと、思っていた…
が、
それは、間違い…
あの見合いの本当の目的は、別にあった…
おそらくは、あの見合いは、伸明と、団郁馬の戦いだった…
五井本家と、五井北東家の戦いだった…
そして、それに、あの伸明は、気付いていた…
あの席で、伸明が、見ていたのは、ハルカと同席していた、あの西家夫妻ではない…
敵は、五井北東家…
敵は、団郁馬だった…
それを、誰よりも、意識していたに、違いない…
今、振り返ると、だから、伸明は、あの西家夫妻を、ぞんざいに扱った…
あの西家夫妻を相手に、していなかったとも、考えられる…
つまりは、伸明は、あの時点で、ハルカの背後に、団郁馬を見ていた…
ハルカの背後に、五井北東家を見ていた…
五井北東家を叩き潰す機会を窺っていた…
なにしろ、本家と、北東家の確執は、先代の建造の代から、続いていると、言っていた…
これもまた、当たり前…
北東家が、新聞、ラジオ、テレビを支配しているがゆえに、本家に対抗しようとするのは、当たり前…
要するに、北東家は、五井の末端の分家に過ぎないのが、気に入らない…
メディアを支配しているにも、かかわらず、そんな扱いなのが、気に入らない…
そういうことだ…
それで、五井家の本家の当主が、建造から、伸明に代替わりしたのを契機に、団郁馬が、勝負を仕掛けて来た…
ハルカを使って、勝負を仕掛けてきた…
それが、真相だろう…
そして、それを、見抜いていた、伸明は、ハルカに、興味を抱いたフリをした…
私や、マミさん、そして、西家夫妻の前で、ハルカに、興味があるフリをした…
それで、団郁馬を騙そうとしていたんだろう…
そして、その影で、伸明は、着々と、団郁馬に対抗する術を進めていた…
いや、伸明ではない…
先代当主の建造が、進めていた…
五井内部の情報関連企業を集めて、合併して、北東家の持つ、メディアに対抗する…
北東家の持つ、メディアは、オールドメディア…
新聞、ラジオ、テレビは、そう、呼ばれている…
ネットの勢いに、完全に圧倒されているからだ…
建造は、それを、見越して、五井グループの傘下の情報関連企業を、いくつか、合併して、ひとつにしようとした…
その核が、FK興産だった…
FK興産の社員だった…
FK興産の優秀な社員だった…
FK興産のオタクの社員だった…
それが、わかった…
巨大なネット関連企業を作り、団郁馬の支配するオールドメディアに対抗する…
そして、また、団郁馬も、おそらく、それを、見抜いていた…
自分の支配するメディアの力が、衰えていることに、気付いていた…
だから、勝負をかけた…
あのハルカを使って、勝負をかけた…
そういうことだろう…
しかし、疑問がある…
あの伸明の見合いの席に、私同様、出席した、マミさん…
伸明の妹のマミさんは、どこまで、その事実に、気付いていたんだろうか?
伸明の思惑を、どこまで、知っていたんだろうか?
マミさんは、伸明の妹とは、言っても。血が繋がっていない…
マミさんは、先代当主、建造が、外に作った子供…
建造の愛人の子供だ…
一方、伸明は、建造の子供ではない…
名目上は、建造の子供であるが、血が繋がっていない…
それは、伸明の母が、建造と結婚する前に、伸明を身籠っていたから…
要するに、建造とは、別の男の子供を身籠っていたにも、かかわらず、それを隠して、建造と結婚したからだ…
それゆえ、伸明とマミさんは、おそらく、いっしょに、暮らしたことも、ないだろう…
だから、血が繋がっていると、言っても。形だけ…
兄妹といっても、関係は、薄いに決まっている…
それゆえ、マミさんが、今回の伸明の思惑に、どこまで、気付いていたのか、わからない…
かなりの部分を知っていたのか?
それとも、まるっきり知らなかったのか?
それが、わからない…
そして、それが、どうしても、気になる…
なぜ、気になるのか?
それが、わかっていたか、否かで、私の中で、マミさんの立ち位置が、変わってくる…
マミさんが、信頼できるか?
マミさんが、信用できるか?
それが、変わるのだ…
そして、そんなことを、考えていると、そのマミさんが、目の前から、歩いてきた…
あろうことか、マミさん本人が、目の前から、歩いてきた…




