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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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150/225

寿綾乃という女 第4部 150

 「…退職?…」


 思わず、私は、素っ頓狂な声を上げた…


 その声を聞いて、周囲の人間が、驚いて、私を振り返って見るほどだった…


 これは、さすがに、マズい…


 私は、声を殺して、


 「…それは、本当ですか?…」


 と、聞いた…


 「…本当です…」


 「…いつですか?…」


 「…最近だと、聞いています…ただ、私も、正式に聞いたわけではなく、噂で…」


 「…噂ですか?…」


 「…ハイ…今、この端末で、調べて、長谷川センセイが、退職されたのを、お伝えしたわけですが、ご存じか、どうか、知りませんが、医師の方は、出入りが、激しいので…」


 「…出入り…ですか?…」


 「…サラリーマンでは、ありませんから、勤務医は、条件の良い病院に移ったり、する方も、多いです…」


 「…長谷川センセイも、ですか?…」


 「…それは、知りません…ですが、失礼ですが、アナタは、以前、この病院に入院していましたよね? …そのときの主治医が、長谷川センセイだったんですよね?…」


 「…よく、ご存じですね…」


 私は、驚いた…


 「…それは、有名でしたから…」


 「…有名?…」


 「…おキレイですから、女優さんが、入院しているんじゃないかと、噂になって…それから、藤原ナオキさんですか? テレビに出ている方も、お見舞いに来られたので、有名でした…」


 そう、言われると、なんと答えていいか、わからなかった…


 ただ、やはり、顔バレしていると、思った…


 まあ、半年以上、この病院に入院していたんだから、顔バレしていても、当然か?


 それに、やはり、私は、目立つ…


 あの近藤サトさんのような顔だから、目立つ…


 それが、まずかった…


 美人に生まれるのも、良し悪し…


 こんなときに、すぐに、顔バレする…


 ゆえに、こんなときは、つくづく、もっと、平凡な顔に生まれたかったと、思う…


 女優でも、なんでも、ないのだから、目立つのが、困るからだ…


 なにより、私は、顔で、生きているのではない…


 美人をウリにする、女優さんでも、なんでも、ないのだから…


 私は、そう、思った…


 私は、そんなバカなことを、思った…


 思いながら、その一方で、


 …だったら、長谷川センセイは、今、どうしているんだろ?…


 と、思った…


 …今度は、どこの病院に、勤務しているんだろ?…


 と、考えた…


 私も、以前、この病院に入院していたから、わかる…


 この五井記念病院のような、大きな病院は、医師は、皆、勤務医…


 勤務といっても、サラリーマンとは、違う…


 なにが、違うと言えば、流動性…


 サラリーマンは、大手であれば、あるほど、会社が、閉鎖的で、転職は、少ない…


 つまりは、大学を出て、定年退職まで、同じ会社に勤める…


 昨今は、だいぶ、揺らいだが、それでも、今後も、大手では、取締役など、上に上がるものは、この傾向が、続くだろう…


 それに、対して、医師は、基本、自分の腕を、頼りにするもの…


 自分の腕一本で、他の病院に、移るのが、日常茶飯事…


 これが、一般のサラリーマンと、違うところだ…


 私も、以前、半年近く、入院して、そのことを、知った…


 この病院の関係者と雑談をして、知った…


 また、勤務医は、掛け持ちが多い…


 他の病院と掛け持ちしている医師が多い…


 それゆえ、大抵が、週二回程度の出勤…


 他の病院と掛け持ちしているからだ…


 そして、考えたのは、家で、パソコンで、検索したときには、長谷川センセイの名前が、この五井記念病院のシフト表に、出ていた…


 が、


 この女性が、今、私の目の前で、同じように、パソコンで、検索して、長谷川センセイは、退職したと、語った…


 これは、どうしてだろう?


 考えた…


 それゆえ、聞いた…


 「…あの…自宅で、この五井記念病院の外科のシフト表を見て、長谷川センセイが、今日は、勤務する日だと、知って、伺ったんですが、長谷川センセイは、退職したのに、どうして、五井記念病院の外科のシフト表には、名前が載っていたんですか?…」


 と、聞いた…


 受付の女性は、


 「…それは、外部で、ネットに接続しているのと、この端末で、病院内部の情報を見るのは、違いますから…」


 と、説明した…


 「…病院内部の情報をすべて、ネットで、公開しているわけでは、ありませんから…」


 と、説明した…


 当たり前のことを、説明した…


 たしかに、そう言われれば、わかる…


 わかるのだ…


 会社でも、病院でも、外部に接続しているものと、接続しないものがある…


 すべて、外部に接続すれば、情報が、すべて、漏れてしまう…


 情報が、外部に筒抜けになってしまうからだ…

 

 FK興産で、長年、秘書を続けていた私が、こんな簡単なことを、忘れていた…


 すっかり、忘れていた…


 やはり、これは、ブランク…


 ブランクのせいに違いない…


 ほぼ、一年近く、出社していない…


 会社に出社していない…


 ずっと、無職だった…


 だから、そんな簡単なことを、忘れてしまう…


 そんな簡単なことに、気付かない…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 そして、同時に、気付いた…


 …だったら、長谷川センセイは、どこに行ったんだろ?…


 と、気付いた…


 遅まきながら、気付いた…


 この五井記念病院を退職しても、当然、医師は、続けているだろう…


 長谷川センセイは、外科医…


 当然ながら、その外科医を続けているだろう…


 どこかの病院で、勤務して、続けているだろう…


 一番、考えられるのが、掛け持ちしている病院…


 この五井記念病院を辞めても、掛け持ちしている病院は、同時に辞めないだろう…


 もし、辞めるようなことがあれば、それは、転勤では、ないが、どこか、別の地域に移ること…


 そうであれば、今、勤務している他の病院も辞めなければ、ならない…


 長谷川センセイが、今、この五井記念病院以外に、いくつ、他の病院に勤務しているか、知らないが、それは、誰が考えても。近くの病院に違いない…


 そうで、なければ、自宅から、通えないからだ…


 そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 それゆえ、私は、


 「…だったら、長谷川センセイは、今、どこの病院にいるか、わかりますか?…」


 と、聞いた…


 慌てて、聞いた…


 すると、受付の女性は、一瞬、ためらった…


 言っていいものか、どうか、悩んでいる様子だった…


 それを、見て、私は、


 「…お願いします…」


 と、頭を下げた…


 変な、話だが、相手の態度を見て、


 …もう一押しだ!…


 と、思ったのだ…


 それゆえ、頭を下げて、誠意を見せた(笑)…


 そんな私の態度を見て、


 「…寿さん、長谷川センセイが、主治医でしたものね…」


 と、受付の女性が、言った…


 それを、聞いて、私は、仰天した…


 さっきも、言っていたから、私を知っていたことに、驚きはなかったが、それでも、まさか、私の名前まで、知っているとは、思わなかった…


 夢にも、思わなかった…


 私が、驚いていると、その驚いた表情に、気付いたのだろう…


 「…寿さん、有名でしたから…」


 と、あっさり、言われた…


 「…寿さんが、退院して、この病院にいなくなったのを知って、男の先生や、男の看護師の方が、大勢ショックを受けていましたよ…」


 と、笑った…


 私は、それを、聞いて、


 「…そんな、おおげさな…」


 と、笑った…


 「…私は、女優さんでも、なんでもないですよ…」


 と、笑って言った…


 「…それでもです…」


 受付の女性が、笑って返す…


 そして、それ以上は、その話題には、触れなかった…


 まあ、少し、おおげさに、この女性が言ったが、これも、社交辞令…


 社交辞令のひとつだと、思った…


 正直、女の方が、男より、社交辞令が、うまい…


 うまく、相手を持ち上げる…


 この点は、明らかに、男は、劣っている…


 女より、劣っている…


 私が、そう思っていると、この受付の女性が、


 「…たしか、北東病院と、聞きました…」


 と、言った…


 「…北東病院!…」


 思わず、大声を出した…


 あの団郁馬は、五井北東家の当主…


 そして、今、聞いた長谷川センセイの今度、勤務した病院は、北東病院…


 関連が、ないはずがない…


 間違いなく、関連がある!…


 五井北東家が、関連する病院に違いないと、思った…


 思ったのだ…


 そして、それが、私の顔に出たのだろう…


 「…寿さん、ご存じでしたか?…」


 と、受付の女性が、聞いた…


 「…いえ、名前が、私の知っている方と、同じで…」


 「…北東が、ですか?…」


 受付の女性が、怪訝な表情で、聞く…


 たしかに、北東という苗字など、聞いたことがない…


 私が、頭に浮かんだのは、あくまで、五井北東家…


 五井北東家の団郁馬だ…


 決して、北東という苗字ではない…


 しかしながら、それを、この女性に説明しても、仕方がない…


 そこまで、説明しても、仕方がない…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 それゆえ、


 「…どうも、ありがとうございました…」


 と、答えて、慌てて、その場を離れることにした…


 受付の女性も、暇なわけではない…


 いつまでも、私に関わっているのは、嫌だろう…


 当たり前だった…


 私が、


 「…どうも、ありがとうございました…」


 と、礼を言って、離れようとすると、受付の女性が、


 「…寿さん、もしかして、長谷川センセイを、狙ってました?…」


 と、聞いた…


 私は、あまりにも、予想外の言葉だったので、どう答えていいか、わからなかった…


 フリーズしたと、言っていい…


 固まったと、言っていい…


 そんな私の態度を見て、


 「…もしかしたら、図星?…」


 と、受付の女性が、笑った…


 私は、なんと、答えて、いいか、わからなかった…


 だから、曖昧に、笑った…


 ただ、愛想笑いを浮かべた…


 そんな私に、彼女が、


 「…でも、寿さん、長谷川センセイは、競争率が、高いよ…」


 と、笑いながら、忠告した…


 「…競争率…ですか?…」


 実に、意外な話だった…


 長谷川センセイは、独身…


 当然、女性が、長谷川センセイに憧れても、不思議はない…


 長谷川センセイは、長身のイケメン…


 ルックスが、悪くないからだ…


 私が、考えていると、


 「…いえ、競争率というより、ライバルかな…」


 と、受付の女性が、続けた…


 「…ライバル?…」


 「…寿さんとは、タイプの違う美人が、しょっちゅう、訪ねてきた…」


 女性が、告げた…


 意外なことを、告げた…


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