寿綾乃という女 第4部 149
朝になって、ナオキより早く、起きて、朝食の用意をした…
と、いっても、ありきたりのもの…
昨日、いきなり、ナオキが、やって来るとは、夢にも、思わなかったからだ…
それゆえ、自宅にストックしてある、数々の冷凍食品の中から、気に入ったものを、解凍して、おかずに出した…
もちろん、ご飯は、炊いた…
パックのご飯ではない…
サトーのご飯ではない…
一人暮らしの人間は、ごはんを焚かずに、パックご飯で、すませるものも、いるというが、私には、当てはまらない…
それは、なぜか?
それは、単純に私が、セコイからだ…
ケチだからだ(爆笑)…
どうしても、パックご飯は、お金がかかる…
それならば、炊飯器で、ご飯を炊いた方が、安上がりだからだ…
だから、私は、基本、パックご飯は、食べない…
家に置いてあるが、それは、非常用というか…
滅多に、食べない…
非常食とまでは、言わないが、それに近い扱いだ(笑)…
私が、そんなバカなことを、考えて、朝食の用意をしていると、ナオキが、
「…おはよう…綾乃さん…」
と、言って、起きて来た…
昨夜は、自宅に泊まったが、基本的に、ふたりで、いっしょに寝ることはない…
同じ部屋や同じベッドで、寝ることはない…
それは、なぜか?
単純に、その方が、楽だからだ…
同じ部屋や、同じベッドで、寝れば、どうしても、相手のことが、気になる…
相手のことを、考慮せざるを得なくなる…
それが、嫌なのだ…
昔は、それが、できなかった…
貧乏だったからだ…
だから、小さなアパートの一室で、ナオキとジュン君と同じ部屋で寝た…
その反動だろうか?
今は、私もナオキも同じ部屋で、寝ない…
そういうことだ…
ナオキが、続けて、
「…昨夜は、どうにも、なかなか、寝つけなかった…」
と、ぼやいた…
「…綾乃さんと、あんな話をしたせいかな…」
と、続けた…
あえて、伸明の名前は、出さない…
私と、同じ…
私も、同じだと、言いたかったが、口から出た言葉は、
「…そうなの…それは、大変ね…」
と、いう言葉だった…
あえて、自分のことは、言わなかった…
自分も、なかなか寝付けなかったとは、言わなかった…
その方が、ナオキが、心配すると、思ったからだ…
だから、あえて、言わなかった…
代わりに、
「…ナオキ…昨日、アナタに、ハルカさんの電話番号を聞いたけれど、ハルカさんには、連絡しないわ…」
と、告げた…
「…えっ? 連絡しない? どうして?…」
ナオキが、驚いて、口にする…
「…昨夜、ふと、気付いたの?…」
「…なんに、気付いたの?…」
「…長谷川センセイ…ハルカさんのお兄様…」
「…長谷川センセイが、どうしたの?…」
「…いえ、ハルカさんに、頼んで、長谷川センセイから、諏訪野和子さんが、本当に、今も、五井記念病院に入院しているかどうか、聞くなら、私が、直接、五井記念病院に行って、長谷川センセイに聞いた方が、楽だと、思って…」
「…楽?…」
「…だって、ハルカさんと会ったのは、まだ二回だけ…それなら、長谷川センセイは、五井記念病院で、私の主治医だったから、話しやすい…」
私が、説明すると、
「…なるほどね…」
と、ナオキも、納得した…
「…たしかにね…一度や二度会っただけの人間に、電話するのも、やはりしんどい…」
と、笑った…
「…綾乃さんの言うことは、わかるよ…」
ナオキが、納得する…
「…まあ、ボクは、会社に出社して、FK興産が、正式に五井入りするわけでも、なんでもないってことを、周囲の人間に、説明しなきゃ…」
と、笑った…
「…説明?…」
「…ほら、昨日も言ったように、ボクが、ハルカさんと結婚会見を開いたことで、会社が、正式に五井グループ入りすると、思っている社員が、多い…なんと言っても、すでに、五井に半分、株は、握られているしね…そこへ、五井一族のハルカさんと、ボクが、結婚会見をしたわけだ…これは、いよいよ正式に、FK興産も、五井入りすると、社員が、思っても、不思議じゃない…むしろ、当り前さ…」
ナオキが、苦笑する…
私は、それを、聞いて、
「…ナオキ…アナタ、それなら、いっそのこと、ハルカさんと、結婚すれば?…」
と、私は、言った…
「…えっ? どういうこと?…」
「…だって、そうすれば、ナオキも、五井一族になれる…伸明さんと、同じ一族になれるわ…」
私が、からかうと、ナオキは、
「…それも、いいかも…」
と、笑った…
「…ボクも、五井一族になれば、格がつく…これまでのように、ただの成り上がりものじゃなくなる…」
「…だったら、一挙両得ね…」
「…一挙両得って?…」
「…美人と、名門の一族という格を手に入れられる…」
「…だったら、ホントに、ハルカさんと、結婚しようか?…」
「…そうしなさい…」
私は、笑って言った…
私は、笑って、ナオキの背中を押した…
もちろん、本気ではない…
本気でないから、言える…
冗談だから、言える…
だから、
「…それは、それとして、さっさと、顔を洗ってきて、朝食を食べなさい…そうしないと、お腹が空いて、会社で、社員から、アレコレ、質問されても、答えられないわよ…」
と、言って、バカな話を打ち切った…
さもないと、朝っぱらから、バカな話を延々と続けかねないからだ…
ナオキは、
「…そうするよ…」
と、言って、私の前から、消えた…
私は、なにも、いわず、そんなナオキの姿を目で追った…
正直、朝っぱらから、こんなバカな話をするのが、いい…
こんなバカな話をいっしょにする人間が、身近にいるのが、いいと、思った…
すでに、出会って、十五年…
普通なら、倦怠期をとっくに、過ぎている…
それゆえ、こんなバカっ話をする夫婦も、あまりいないだろう…
「…朝っぱらから、なにをバカなことを、言っているの!…」
で、終わりだろう…
が、
私たちには、それがない…
私とナオキには、それがない…
だから、いられるのだろう…
だから、いっしょに、いられるのだろう…
腐れ縁…
この一言に、尽きる…
尽きるのだ(爆笑)…
朝食が、終わって、まもなく、ナオキが、家を出た…
会社に出社するためだ…
私は、家を出るナオキに、
「…今日は、下に、送迎用のクルマは、来ているの?…」
と、聞いた…
当然、来ていると、思ったが、万が一のためだ…
「…当然、来ているよ…」
ナオキが、答える…
「…重役出勤…ここに、極まり!…」
ナオキが、おどける…
「…どうして、重役出勤なの? いつものことじゃない?…」
私が、聞くと、
「…マンションの下に、迎えのクルマ…家には、美人の妻…贅沢、ここに極まり!…」
ナオキが、笑う…
私は、
「…そんなバカなことを、言ってないで、さっさと、下に行きなさい…運転手さんが、待ちかねているわ…」
と、言った…
それを、聞いて、ナオキが、苦笑した…
「…じゃ、綾乃さん、行ってくる…」
「…いってらっしゃい…」
ナオキが、家を出て行った…
私は、ナオキを見送ると、キッチンに戻り、今、食べ終えたばかりの食器を洗った…
この瞬間、私は、いつも、主婦を実感する…
すでに、十五年前から、ずっと、やってきたにも、かかわらず、主婦を実感する…
それは、なぜか?
それは、私が、歳だからだろう…
すでに、32歳…
お世辞にも、若くない…
それゆえ、昔は、キッチンで、洗い物をしても、そんなことは、考えなかった…
それが、考えるように、なったのは、最近…
ごく最近だ…
これは、やはり、歳…
歳のせいだろう…
別に、ただ、キッチンで、洗い物をしているだけなのに、感じる…
主婦を感じる…
それは、歳のせい…
やはり、歳のせいだろう…
男も女も、三十路を過ぎれば、嫌でも、結婚を意識する…
たとえ、結婚をしないものも、意識する…
自分は、結婚をしないと、意識する…
そうすることで、結婚を意識する…
そういうことだ…
そして、そんなバカなことを、考えながら、洗い物を終えた…
それから、今日の予定を、考えた…
まずは、五井記念病院に行って、長谷川センセイに会うことを考えた…
そして、そう、考えると、パソコンで、五井記念病院の外科医のシフト表を見た…
当たり前だが、長谷川センセイは、いつも出勤するわけではない…
曜日が、決まっている…
今日が、出勤日で、なければ、わざわざ、五井記念病院まで、行っても、無駄足になりかねない…
幸い、今日は、出勤日だった…
それを、確認して、出かけることにした…
しかしながら、自分でも、笑ってしまう…
なにが、笑ってしまうのか?
スマホを使わないことに、笑ってしまうのだ…
これは、やはり、ナオキの影響…
FK興産社長の藤原ナオキの影響だ…
ナオキは、家でも、会社でも、ずっとパソコンを使っていた…
その影響だ…
その影響で、私もパソコンを使うようになった…
だから、今も、家で、ちょっとした調べごとをするときは、スマホでなく、パソコンを使う…
その方が、使いやすいからだ…
その方が、慣れているからだ…
私は、今日、長谷川センセイが、五井記念病院に出勤するのを、パソコンで調べてから、五井記念病院に向かった…
狙ったのは、お昼時…
その時間なら、少しは、話す時間があるからだ…
だから、お昼少し前に、五井記念病院に行き、カウンターで、外科の長谷川センセイを訪ねた…
お昼時に、話せないかと、考えたのだ…
カウンターの受付の女性は、すぐに、パソコンで、調べた…
そして、驚くべきことを、言った…
「…長谷川センセイは、退職しました…」
と、言った…




