寿綾乃という女 第4部 147
しかし、
しかし、だ…
もし、伸明が、私や、ナオキを騙そうとしているとしたら?
その証拠は、どこ?
どこにあるのだろうか?
考えた…
考え、続けた…
が、
わからない…
そんなに、簡単に、わかるはずも、なかった…
が、
わかることもある…
それは、あの和子…
五井の女帝、諏訪野和子の入院だ…
諏訪野和子は、今、五井記念病院に入院している…
が、
それは、本当か、どうか?
それを、確かめるのが、先だ…
私は、思った…
私は、考えた…
だったら、どうやって、確かめるか?
考えた…
五井記念病院に、電話するなり、直接、出向いて、聞くなり、するのが、正攻法だが、それで、教えて、くれるか、どうかは、わからない…
とりわけ、昨今は、個人情報保護法で、個人情報が、厳しくなっている…
だから、五井記念病院に電話をかけても、諏訪野和子が、入院しているかどうか、教えてくれる可能性は、低いだろう…
仮に、電話をかければ、
「…ご親族の方ですか?…」
と、聞かれ、
「…違います…」
と、でも、正直に答えれば、
「…でしたら、どのような、ご関係ですか?…」
と、聞かれるのは、目に見えてる…
もちろん、ウソをつけば、いいのだろうが、仮に、ウソをついても、電話では、教えてくれないだろう…
やはり、直接、出向いて、聞かなければ、教えてくれないだろう…
そして、その際には、必ず、身分証の提示が、必要になる…
また、私は、以前、五井記念病院に入院していた…
それゆえ、五井記念病院に出向けば、私の顔が、顔バレしている可能性がある…
私は、自分で、言うのも、なんだが、美人…
他人様より目立つ美人だ(苦笑)…
だから、五井記念病院の関係者の誰かが、私の顔を覚えている可能性が、高い…
それゆえ、そんなところに、のこのこ顔を出すわけには、いかない…
だとすれば、どうすれば、いいか?
内部の人間に、聞くのが、一番だ…
一番の近道だ…
では、内部の人間というと?
知っているのは、私の担当医だった長谷川センセイ…
長谷川センセイだ…
あの長谷川センセイに頼めば、簡単に、和子が、五井記念病院に入院しているか、どうか、わかるだろう…
しかしながら、長谷川センセイに連絡を入れるのも、至難の業…
なにしろ、私は、長谷川センセイのケータイの電話番号を知らない…
五井記念病院で、担当医と患者の関係…
個人的な付き合いは、なにもない…
それゆえ、電話番号を知っているわけもなかった…
だったら、どうするか?
考えた…
目の前のナオキの顔を見ながら、考えた…
すると、ふと、思いついた…
ふと、閃いた…
ハルカだ…
このナオキと偽の結婚会見をした、あのハルカだ…
あのハルカなら、当然、長谷川センセイの電話番号を知っているだろう…
なにしろ、兄妹…
実の兄妹だ…
知らないはずがない…
だから、このナオキに、訊けば、いい…
このナオキは、おそらく、あのハルカの電話番号を知っているだろう…
なにしろ、結婚会見までした間柄だ…
当然、互いの連絡先は、知っているだろう…
なぜなら、結婚会見の後、マスコミでも、知人でも、誰でも、当人たちに、結婚の話をする可能性が、高い…
そのとき、どう答えるか?
二人で、答え合わせしていなければ、マズいからだ…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
だから、私は、
「…ナオキ…あのハルカさんのケータイの電話番号を知っている?…」
と、聞いた…
私の質問に、ナオキは、唖然とした…
明らかに、当惑した…
「…綾乃さん、なんで、ここで、いきなり、ハルカさんの名前が出るの?…」
と、戸惑って言った…
私は、
「…簡単よ…」
と、答えた…
「…簡単? なにが、簡単なの?…」
「…今度の話は、五井の女帝、諏訪野和子さんが、五井記念病院に入院したことから、始まった…それを、きっかけに、五井の内紛が、起こった…」
「…それは、知っている…」
「…でも、ホントに、あの和子さんは、五井記念病院に入院しているのかしら?…」
「…えっ? どういう意味?…」
「…いえ、今回の騒動のきっかけは、あの和子さんの入院が、きっかけ…それは、ナオキも、わかっているでしょ?…」
「…うん、わかっている…」
「…でも、もし、それが、ウソだとしたら?…」
「…えっ? ウソ?…」
「…あるいは、ウソでなくても、疲労かなにかで、倒れて、軽い入院に過ぎなかったら、どうかしら?…」
「…つまり、わざと、大げさに、騒いだと…」
「…そう、わざと、大げさに、騒いで、五井の反乱分子をあぶり出した可能性も、ある…」
「…まさか、いくらなんでも…綾乃さん、それは、考え過ぎ…」
「…たしかにね…でも…」
「…でも、なに?…」
「…若い伸明さんでは、今の五井家は、治められないわ…和子さんの後ろ盾が、なくちゃ、治められない…まとめられない」
「…」
「…それを、伸明さんも、和子さんも、熟知している…」
「…だから、一芝居打ったってこと?…」
「…その可能性も、十分あると、思っている…」
「…それと、さっき、言った、あのハルカさんと、どう、関係があるの?…」
「…あのハルカさん、お兄様が、五井記念病院で、医師をしていて、私が、入院したときの担当医なの…」
「…それは、知っているし、ボクも、会ったことがある…」
「…だったら、話が、早いわ…要するに、ハルカさんに、頼んで、長谷川センセイから、ホントに、和子さんが、五井記念病院に入院しているか、どうか、調べて、もらいたいのよ…」
「…えっ! なんだって!…」
「…私やナオキのような外部の人間が、五井記念病院に、問い合わせてみたところで、教えてくれるわけないでしょ? ずっと、以前なら、簡単に、教えてくれたかも、しれないけれど、今は、個人情報が、なにかと、うるさい時代…外部の人間に教えてくれるわけはないわ…」
私が、息せき切って、説明すると、ナオキは、
「…なるほど…」
と、納得した…
「…だから、ハルカさんの名前が、出たんだ…」
「…そうよ…ナオキ、ハルカさんのケータイの電話番号を知っているでしょ?…」
「…それは、知っているよ…」
「…もちろんよね…あのハルカさんは、若くて、キレイ…しかも、ウソとはいえ、結婚会見までしている…女好きのナオキが、連絡先を聞かないわけは、ないわね…」
私が、言うと、ナオキが、苦笑した…
「…綾乃さん、ボクの行動は、お見通しって、わけね…」
「…いえ、ナオキに限らず、大抵の男のひとは、そう…」
「…だったら、女は?…」
「…やはり、同じね…大抵は、誰もが、ルックスで、相手を判断するから…まあ、当たり前ね…」
「…同感…言葉も出ないね…」
「…真逆に、ルックスに、まったく、惑わされない人間が、いたら、その方が、厄介…」
「…どうして、厄介なの?…」
「…だって、誰もが、惑わされるのに、惑わされないなんて、珍しい…かえって、どんな人間か、わからない…」
「…たしかに…」
「…まあ、私もナオキも、他人様より、少しは、ルックスが、いいから言えるけれど、これは、世間では、言えない…」
「…どうして、言えないの?…」
「…嫉妬…それに、決まっているでしょ?…」
「…たしかに…」
「…今は個人の尊厳だなんだと、うるさい…うるさすぎる…きれいなものは、きれいだし、カッコイイものは、カッコイイ…」
私が、勇んで言うと、ナオキが、
「…綾乃さん、ツイッターとか、ユーチューブとか、やっていないよね…」
と、いきなり、言った…
「…ちょっと、ナオキ、なんで、いきなり、そんな話になるわけ?…」
「…それって、炎上案件だよ…確実に、炎上する…」
ナオキが、茶目っ気たっぷりに、言う…
私は、驚いたが、同時に、納得した…
ナオキの言葉に、納得した…
たしかに、これは、炎上確実…
炎上案件だ…
今の時代、思っていても、言っては、いけないことが、多い…
口にしては、いけないことが、多いからだ…
だから、納得した…
実に、納得した…
そして、私が、そう、思っていると、ナオキが、
「…でも、綾乃さんなら、炎上しないかも…」
と、今度は、言い出した…
「…どうして、炎上しないの?…」
「…美人だから…」
「…バカね…美人だから、余計に、炎上するわ…美人だから、調子に乗っていると、余計に、炎上するわ…」
「…でも、綾乃さんなら、大丈夫…」
「…どうして、私なら、大丈夫なの?…」
「…気が強いから、誰になにを言われても、へっちゃら…ゴーイングマイウエイ…我が道をいくタイプだから…」
ナオキが、あっさりと、言う…
「…ちょっと、ナオキ、言葉に気をつけなさい…私のどこが、なにを言われても、へっちゃらなの…私は、ナイーブだし、協調性だって、ある!…」
私が、力説すると、ナオキが、笑いながら、
「…綾乃さん、FK興産で、綾乃さんのこと、社員が、陰で、なんて、言ってたか、知っている?…」
と、聞いた…
私は、即座に、
「…知らない…」
と、答えた…
事実、知らなかった…
知っているとすれば、
「…美人秘書…」
とか、
「…社長の愛人…」
とか、呼ばれていそうだったが、それを、自分の口から、言うのは、はばかれた…
だから、あえて、
「…知らない…」
と、答えた…
私の返答を聞いた、ナオキは、笑いながら、
「…FK興産の女帝…影の社長…」
と、暴露した…
「…えっ! ウソ?…」
思わず、大声を出した…
「…ウソでしょ!…」
「…ホント、作り話じゃないよ…」
ナオキが、爆笑する…
「…そんな…」
「…陰口って、案外、本人の耳には、届かないものだよ…」
それから、一転、真顔で、
「…だから、大丈夫…」
と、ナオキが、言った…
「…大丈夫って、なにが、大丈夫なの?…」
「…綾乃さんが、取締役として、会社に出社しても、大丈夫…」
と、いきなり、言った…
私は、内心、そこかと、思った…
私を取締役として、出社させるために、わざと、言ったと、思った…
そして、そんな私の気持ちを、ナオキも、わかったようだ…
「…綾乃さんも、非常勤の取締役だから、一度ぐらい、取締役として、出社したら?…」
と、言って来た…
「…綾乃さんも、知らない会社じゃない…」
と、念を押した…
「…それに、たまには、出社すれば、綾乃さんの気分転換になると、思う…いくら、体調が悪くても、たまには、外に出て、気分転換したほうが、いい…」
ナオキが、勧める…
私は、ナオキの言うことは、わかるが、気が乗らなかった…
だから、
「…それは、今度ね…」
と、答えた…
当たり障りのない言葉で、拒否した…
「…そんなことより、今は、五井…伸明さん…もしかしたら、伸明さんに、会社を取られるかも、しれないわよ…」
私が、言うと、ナオキは、なにも、言えなかった…
文字通り、なにも、言えなかった…




