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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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143/225

寿綾乃という女 第4部 143

 真夏の夜の夢…


 誰もが、一度は、夢を見る…


 誰もが、一度は、体験する…


 おおげさでなく、熱狂する…


 例えば、恋…


 好きな異性と、恋に落ち、セックスをする…


 すると、どうだ?


 それが、終われば、まるで、付き物が落ちたように、我に返る…


 あるいは、正気に、戻る…


 そうすると、一気に、現実に戻ったことで、我ながら、自分の行動に、呆れる…


 そういうことだ…


 そして、それは、私も同じ…


 同じだった…


 ナオキから、伸明のこと…そして、FK興産のことを、聞き、正気では、いられなくなった…


 なぜなら、私にとって、FK興産は、子供…


 私が、育てた子供に近い存在だったからだ…


 そのFK興産が、売られる…


 私や、ナオキの手元から、離れる…


 完全に、離れる…


 その衝撃が、大きかった…


 なにしろ、創業当時から、私は、ナオキといっしょに、働いた…


 FK興産で、働いた…


 創業当時は、別の社名だった…


 それを、FK興産に、改名した…


 Fは、藤原ナオキのF…


 Kは、寿綾乃のK…


 それゆえ、愛着がある…


 実に、愛着がある…


 まさに、子供…


 私と、ナオキの子供だからだ…


 しかしながら、私が、FK興産に執着するのは、私が、子供がいないから…


 現実に、子供を持っていないから…


 そうも、思った…


 そして、それを、考えると、あのユリコが、羨ましい…


 あのユリコには、ジュン君がいる…


 ユリコが、産んだジュン君がいる…


 それが、私とユリコの違い…


 決定的な違いだ…


 いわば、子供がいるか、いないかの違い…


 それゆえ、私は、FK興産に執着する…


 そういうことだからだ…


 これは、自分でも、意外だった…


 意外な感情だった…


 まさか、自分でも、こんなにFK興産に執着するとは、思わなかった…


 FK興産が、ナオキの手から離れて、完全に、五井の傘下に入る…


 それが、こんなにショックなこととは、思わなかった…


 まさに、自分で、自分に驚いた…


 まさか、こんなに落ち込むなんて、自分で、自分に、驚いた…


 驚いたショックで、ナオキと久しぶりに、セックスまで、してしまった(笑)…


 ナオキも、驚いたが、私も驚いた…


 これが、真夏の夜の夢の正体…


 正体だ…


 

 翌朝、目が覚めて、私は、恥ずかしかった…


 自分で、自分に恥ずかしかった…


 ナオキと、勢いで、久しぶりにセックスをしてしまった…


 それが、恥ずかしかった…


 それゆえ、朝、目が覚めたナオキに対して、私は、いつもに比べ、ぶっきらぼうだった…


 自分の行動が、恥ずかしかったからだ…


 それを、隠すために、わざと、ナオキに、つっけんどんな態度をとった…


 朝、まだ目が覚めたばかりのナオキに対して、


 「…ナオキ、今日は、会社は、どうするの?…」


 と、聞いた…


 わざと、怒ったように、聞いた…


 「…もちろん、行くさ…」


 ナオキが、即答する…


 「…でも、今日、会社に出社すること…社員に伝えてないでしょ? 送迎用のクルマは、来ないわよ…」


 「…別に、送迎用のクルマが、来なくても、歩いていけばいい…電車で、行けば、いいだけのことさ…」


 ナオキが、言う…


 「…そんな送迎用のクルマなんて、なくたっていい…」


 「…どうして、なくたっていいの?…」


 「…そんなものが、あれば、誰だって、自分が、凄い人間だと、勘違いする…」


 ナオキが、ぶっきらぼうに、言った…


 私は、それを、聞いて、安心した…


 このナオキは、平凡人…


 自分が、平凡人で、あることが、わかっている…


 十分、理解している…


 それゆえ、安心した…


 これならば、会社を売っても、やり直せる…


 普通の感覚を維持できると、思ったからだ…


 私が、そう、思っていると、


 「…綾乃さん、心配だった?…」


 と、ナオキが、茶目っ気たっぷりに、聞いた…


 「…心配? なにが、心配なの?…」


 「…ボクのこと?…」


 「…ナオキのこと? ナオキのなにが、心配なの?…」


 「…ボクが、会社を売るショックで、どうにか、なってしまうかもと、思ったと、思って…」


 「…どうして、そう、思ったの?…」


 「…だって、昨夜、綾乃さんと、ひさしぶりに、したろ?…」


 ナオキが、言う…


 わざと、ぼかして、言う…


 わざと、セックスとは、言わない…


 それゆえ、かえって、恥ずかしくなった…


 自分の行動が、恥ずかしくなった…


 だから、その恥ずかしさを隠すために、わざと、


 「…ええ、したわ!…」


 と、言った…


 わざと、怒って言った…


 それを、聞いて、ナオキが、


 「…アレは、ボクを慰めるためだと、思った…」


 と、言った…


 「…えっ? 慰めるため?…」


 「…落ち込んだボクを慰めるためだと、思った…」


 ナオキが、言う…


 仰天の言葉を言う…


 私は、それを、聞いて、つくづく、他人の心は、わからないと、思った…


 こんなに、親しい、ナオキのことも、わからないと、思った…


 自分以外のことは、わからないと、思った…


 私が、昨夜、ナオキと久しぶりに、セックスをしたのは、なりゆき…


 なりゆきに、過ぎない…


 なりゆき=流れに過ぎない…


 別に、なにかの意味があるわけでも、なんでもない…


 それが、こんな…


 こんなふうに、思われるなんて…


 つくづく、他人が、なにを考えているのか、わからないと、思った…


 出会って、すでに、十五年…


 今は、別れて、暮らしているが、すでに、夫婦同然の関係にある、ナオキのことさえ、わからない…


 なにを、考えているか、わからない…


 これが、ナオキ以外のひとだったら、もっとわからない…


 あらためて、そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 そして、私が、そう、思っていると、ナオキが、いきなり、私に近付いてきて、キスをした…


 いきなり、私の唇を奪った…


 私は、驚いた…


 驚いたが、受け入れた…


 まさか、嫌だと、言って、ナオキのカラダを突き放すわけには、いかないからだ…


 それゆえ、私は、黙って受け入れた…


 ナオキのキスを受け入れた…


 そして、長いキスが、終わると、ナオキが、


 「…ボクは、大丈夫だから…」


 と、言った…


 「…全然、大丈夫だから…」


 と、言った…


 それから、


 「…綾乃さんに、心配させて、すまない…」


 と、私に詫びた…


 真摯に詫びた…


 私は、一瞬、どうして、いいか、わからなかった…


 まさか、昨夜のなりゆきのセックスが、こんなに、ナオキに感謝されるとは、思わなかった…


 夢にも、思わなかった…


 が、


 なにか、言わなければ、ならない…


 なにか、ナオキに、言わなければ、ならない…


 それゆえ、


 「…別に、ナオキが、元気になってくれれば、いいのよ…」


 と、当たり障りのないことを、言った…


 自分でも、思っていないことを、言った(苦笑)…


 が、


 それが、すんなり、ナオキに受け入れられた…


 「…綾乃さん、ありがとう…」

 

 と、ナオキが、言ったからだ…


 私は、それを、聞いて、思った…


 自分以外の相手が、なにを、考えているのか、わからない…


 つくづく、そう、思った…


 そう、思ったのだ…


 そして、これは、ナオキだけではない…


 ナオキの元の妻のユリコも、同じ…


 同じだ…


 伸明も、同じだ…


 伸明の母の昭子も同じ…


 同じだ…


 つまり、自分以外の人間のことは、わからない…


 なにを、考え、行動しているのか、わからない…


 あの団郁馬も、そして、長谷川センセイの妹のハルカも、わからない…


 もしかしたら、私が、思っているのと、違う考えで、行動しているのかも、しれない…


 そういう可能性も、高い…


 だとすれば、もしかしたら、これまで、私が、考えていたことも、間違っていた可能性も、ある…


 そうも、思った…


 そうも、思ったのだ…


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