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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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142/225

寿綾乃という女 第4部 142

 しかしながら、それは、冗談…


 真実ではないだろう…


 真実=真相ではないだろう…


 ユリコが、ナオキに話したのは、単純に、あの団郁馬が、ユリコにとって、大切なひとでも、なんでもないからだろう…


 もちろん、真実は、わからない…


 真相は、わからない…


 そもそも、このナオキは、あの団郁馬を知らないだろう…


 どんな顔をしているのかも、しらないだろう…


 だから、今、ナオキが、言ったこと…


 …団郁馬が、イケメンではないから、裏切った…


 は、冗談だ…


 しかしながら、それが、的中した…


 軽く言った冗談が、的中した…


 そういうことだ…


 そして、仮に、団郁馬とナオキを比べれば、ユリコは、間違いなく、ナオキを取る…


 ルックスは、もちろん、ナオキが、圧倒しているが、それよりも、なんといっても、ナオキは、ユリコの元の夫…


 さらに言えば、ナオキには、ジュン君を育てて、もらった恩義があるからだ…


 かつて、ユリコが、ジュン君を置いて、失踪したのは、ナオキだったら、ジュン君の面倒を見てくれると、思ったからに違いない…


 自分の息子の面倒を、見てくれると、思ったからに、違いない…


 ホントは、ジュン君は、ナオキの子供では、なかったが、当時は、わからなかった…


 しかしながら、ナオキが、幼いジュン君を溺愛していたのは、たしか…


 たしかだ…


 それを見て、ユリコは、決断したに違いない…


 自分が、いなくなっても、ナオキが、ジュン君の面倒を見てくれると、確信したに違いない…


 これが、ナオキが、幼いジュン君を溺愛していなかったら、話は違ったかも、しれない…


 ユリコは、ジュン君を置いて、失踪しなかったかも、しれない…


 もし、ナオキが、ジュン君を可愛がっていなければ、ユリコが、いきなり、いなくなったら、どうなったかは、わからない…


 最悪、施設に送られたかも、しれない…


 ナオキは、それをしないだろうと、確信していたから、あのとき、ユリコは、失踪した…


 安心して、失踪した(苦笑)…


 言葉は悪いが、そういうことだろう…


 そして、ユリコが、どう思っているか、ホントのところは、わからないが、ユリコは、ナオキに感謝しているはずだ…


 自分が、いなくなっても、真摯に、ジュン君の面倒を見た、ナオキに感謝しているはずだ…


 しかし、本音は、わからない…


 ユリコが、なにを、考えているかは、ユリコ本人で、なかれば、わからないからだ…


 だから、もし、ユリコが、ナオキに感謝していると、したら、あえて、団郁馬の動き…そして、伸明の動きを、ナオキに教えた可能性もある…


 いや、


 その可能性は、高い…


 なにしろ、FK興産は、ナオキの会社…


 藤原ナオキが、創業した会社だ…


 ナオキにとっては、自分の命の次に大切な会社だ…


 その会社が、五井の内紛に巻き込まれる…


 それが、わかったから、ユリコは、ナオキに知らせた可能性が、高い…


 高いのだ…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 だが、それが、どうして、ナオキが、


 「…会社を売る…」


 と、言う、決断に至ったのか、わからない…


 おそらくは、ユリコは、ナオキに、今、ナオキが、置かれている状況を説明した…


 それは、言葉を変えれば、ナオキに助け舟を出したということだ…


 「…さあ、今、アナタの置かれた状況は、こんな感じ…」


 と、教えて、助け舟を、出したということだ…


 それが、なぜ、いきなり、五井に会社を売るという話になるのか、わからない…


 さっぱり、わからない…


 それゆえ、私は、ナオキに、


 「…ねえ…ナオキ…話は、わかったわ…でも、どうして、それが、会社を売るという話になるわけ…」


 と、聞いた…


 直球で、聞いた…


 当たり前だった…


 ナオキは、あっさりと、


 「…売り時だと、思ったからだよ…」


 と、答えた…


 「…売り時? なぜ、売り時なの?…」


 「…おそらく、今が、一番高く、FK興産の株を買ってくれる…」


 「…えっ?…」


 「…ユリコの話を信じるならば、今、諏訪野さんは、一番、FK興産を、欲している…

おそらく、なにがなんでも、手に入れたいと、願っている…」


 「…」


 「…だから、売り時…相手が、欲しがっているときが、一番の売り時…交渉次第で、株を高値で、買ってもらえる…」


 「…株を高値で…そんな理由で、ナオキ、アナタ、会社を売るつもり?…」


 「…いや、そうじゃない…」


 「…そうじゃないなら、どうして?…」


 「…FK興産は、今、株を半分、五井が、持っている…綾乃さんも、知っているようにね…」


 「…それは、わかっているわ…」


 「…だから、おそらく、遅かれ早かれ、いずれは、五井に飲み込まれる…五井に、残りの半分の株を売らなくなる羽目になる…」


 「…」


 「…だったら、今が、チャンス…またとないチャンスだ…交渉次第で、高値で、株を買ってもらうことが、できる…」


 ナオキが、言った…


 自分の胸中を、私に晒した…


 私は、


 …なるほど…


 と、思った…


 …一理ある…


 と、思った…


 たしかに、今、聞いた話では、伸明は、FK興産を欲している…


 だから、いずれ、五井に、FK興産の残りの株を売らなくなるとすれば、今が、チャンス…


 株を高く売るチャンスだからだ…


 どうせ、いつかは、FK興産は、五井に組み込まれる…


 株を買われ、完全に、五井傘下になるとしたら、今が、チャンス…


 五井が、欲している今が、チャンスだからだ…


 しかしながら、謎がある…


 今、ナオキが、言ったこと…


 FK興産が、いずれ、五井傘下になるということ…


 FK興産が、完全に、五井の傘下に入ること…


 うっすらと、私は、思っていたが、やはり、ナオキも、同じ…


 私と同じように、考えていたのだろうか?


 いずれは、五井の傘下に、入るのが、既定路線だと、思っていたのだろうか?


 これは、聞きたくなった…


 ナオキに、聞きたくなった…


 それゆえ、私は、ナオキに、


 「…ねえ、ナオキ、一つ聞いて、いい?…」


 と、聞いた…


 「…なに、綾乃さん?…」


 「…FK興産…やっぱり、ナオキも、いずれは、五井の傘下に入ることになると、思っていたわけ…」


 「…それは、たぶん…」


 「…つまり、それが、伸明さんの意志…五井家の本家の当主の意志だと…」


 「…それは、わからない…」


 「…わからない?…だったら、なぜ、FK興産が、五井の傘下に入ると、思ったわけ?…」


 「…諏訪野さんの意志だけじゃなく、周りの意志…」


 「…周りの意志? どういうこと?…」


 「…諏訪野さんに、その気がなくても、周囲の声に逆らうことは、できなくなる…」


 「…周囲の声って?…」


 「…同じ五井の一族の声だったり、会社のお偉いさんの声だったり…」


 「…」


 「…独裁者じゃないんだから、誰もが、周囲の声に耳を傾けざるを得ないし、それを、無視するわけにもいかない…」


 「…だから、伸明さんも、いずれ、FK興産を、完全に五井の傘下に入れると?…」


 ナオキは、首を縦に振って、頷いた…


 「…諏訪野さんの意志は、関係ない…いずれは、諏訪野さんの意志に関係なく、FK興産は、五井に飲み込まれる…」


 ナオキは、悟ったように、言う…


 「…それが、たぶん、運命…既定路線…」


 「…そんな、既定路線だなんて!…」


 「…FK興産の経営が悪化して、五井に助けて、もらったときから、おそらく、それが、既定路線だったと、思う…」


 「…あのときから…」


 「…もちろん、こっちは、そんな気は、さらさらない…諏訪野さんにしても、そんな気があったか、あったか、なかったのか、わからない…」


 「…」


 「…でも、たぶん、いずれ、そうなる…」


 ナオキが、言う…


 ナオキが、断言する…


 そして、その顔は、経営者の顔…


 普段、家で、私といっしょにいるときは、見せなかった経営者の顔だった…


 経営者の藤原ナオキの顔だった…


 そして、そんなナオキの顔を見ながら、考えた…


 伸明のことを、考えた…


 五井の当主のことを、考えた…


 ユリコは、伸明が、今、FK興産を、欲していると、考えたが、肝心の伸明は、どう思っているのだろうか?


 それが、わからない…


 さっぱり、わからない…


 ならば、聞いてみるか?


 直接、会わずとも、電話でもいいから、聞いてみるか?


 私は、思った…


 私は、考えた…


 が、


 止めた…


 いくらなんでも、失礼すぎる…


 そう、思ったからだ…


 また、たとえ、そう考えていたとしても、それが、伸明が、口にするかと、言えば、疑問だ…


 子供ではないのだから、訊けば、答えることはない…


 言っていいことと、悪いことがあるからだ…


 伸明の立場が、あることだからだ…


 だから、そんなことは、考えても仕方がない…


 そして、そう、考えたとき、私もナオキも、まだ、お酒を飲んでいないことに、気付いた…


 会話に夢中で、一滴も飲んでいないことに、気付いた…


 そして、それは、ナオキも、同じだったようだ…


 「…綾乃さんの話で、すっかり、酒を飲むのを、忘れていた…」


 と、ナオキが、漏らした…


 私は、それを、聞いて、


 「…冷蔵庫から、お酒を持ってきて、あげる…なにを飲みたい?…」


 と、言った…


 が、


 ナオキは、無言で、首を横に振った…


 「…いや、酒は、もういい…」


 と、言いながら、首を横に、振った…


 それから、一転して、真顔で、私を見た…


 ジッと、私を見た…


 「…会社は、売っても、いい…」


 と、いきなり、言った…


 「…でも、綾乃さんは、困る…」


 「…困る? なにが、困るの?…」


 「…ボクの近くから、いなくなったら、困る…」


 真顔で、言った…


 私は、なんと言って、いいのか、わからなかった…


 まさか、いきなり、そんなことを、言われるとは、思っても、見なかったからだ…


 だから、私は、


 「…ナオキ…冗談は、やめて…」


 と、言った…


 「…冗談なんかじゃない!…」


 ナオキは、真顔で、続ける…


 「…会社は、譲っても、いい…でも、綾乃さんは…」


 それ以上、ナオキは、なにも、言わなかった…


 私もまた、なんと言っていいのか、わからなかった…


 それゆえ、


 「…ナオキ…アナタ、酔い過ぎ…お酒を飲みすぎ…」


 と、言った…


 「…昼間から、お酒を、飲むから、そんなバカなことを、言うの…」


 と、私は、叱った…


 わざと、叱った…


 私が叱ったことで、ナオキは、正気に、戻ったようだ…


 照れたように、笑いながら、


 「…やっぱり、そうかな…」


 と、漏らした…


 私は、


 「…そうよ…」


 と、すぐに、相槌を打った…


 「…そうに、決まっている…」


 それから、


 「…これは、真夏の夜の夢…」


 と、付け加えた…


 「…真夏の夜の夢…」


 「…そう…」


 そう、言って、私は、ナオキに、いきなり、キスをした…


 なぜ、そうしたのか、わからない…


 自分でも、わからなかった…


 ただ、自分でも、自分に、驚きだった…


 そして、私が、ナオキから、唇を離したとき、ナオキが、


 「…これも、真夏の夜の夢…」


 と、漏らした…


 「…そう…」


 私は、答える…


 「…だったら、この夢が、もっと、続けば、いい…」


 そう、言って、今度は、ナオキが、私にキスをした…


 これまで、真剣に会社の売却の話をしていたのに、今度は、一転して、キスを、している…


 まったく、なにを、考えているのか、わからない…


 まさに、バカな、男と、バカな、女…


 が、


 それが、ふさわしい…


 私と、ナオキに、ふさわしい…


 我ながら、そう、思った…


 そう、思ったのだ…


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