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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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139/225

寿綾乃という女 第4部 139

 ナオキは、明らかに、落ち込んでいた…


 それゆえ、ハイボールを飲んで、気を紛らせていた…


 酒を、飲みたいのではない…


 酔いたいのだ…


 それが、傍から、見ても、わかった…


 私は、パジャマに着替えて、ナオキのいる、リビングに、戻ると、


 「…ナオキ、アナタも、お風呂に入ってきたら…さっぱりするわよ…」


 と、言った…


 が、


 ナオキは、私の話を聞いているようには、見えなかった…


 だから、


 「…ナオキ、ちょっと、聞いているの?…」


 と、少しばかり、大声を出した…


 ナオキは、その声で、私を振り返った…


 「…なに、綾乃さん、もうお風呂から、出たの?…」


 ナオキは、どんよりとした顔で、言う…


 「…私が、お風呂から、出て来たから、アナタも、入ればって、言ったの!…」


 「…そう…」


 関心のなさそうな表情で、言う…


 「…ちょっと、ナオキ、どうしたの? 入るの? 入らないの?…」


 「…綾乃さん、これから、セックスする?…」


 「…なに、バカなことを、言っているの?…どうして、そんな話になるの?…」


 「…だって、セックスするんだから、ボクが、お風呂に入ってからじゃないと、綾乃さん、嫌でしょ?…」


 私は、その発言に呆れた…


 呆れて、ものも言えなかった…


 それゆえ、


 「…ナオキ、アナタね…」


 と、私が、怒りかけると、


 「…綾乃さん、ごめん…」


 と、ナオキが、言った…


 「…冗談だ…気にしないで…」


 ナオキが、告げる…


 私は、それを、見て、


 「…とにかく、お風呂に入って来なさい…シャワーで、冷たい水でも、頭から、浴びれば、スッキリするから…」


 私が、そう言うと、ナオキは、


 「…わかった…そうするよ…」


 と、言って、立ち上がった…


 これは、意外…


 意外だった…


 まさか、私の言葉に、すんなり、従うとは、思わなかった…


 私の言葉を無視して、このまま、飲み続けると、思ったからだ…


 私は、ナオキが、お風呂に入っている間、なにをするでもなく、ソファに、座っていた…


 やることも、なにもない…


 ただ、ナオキが、お風呂から、出ることを、待っていた…


 まもなく、ナオキは、さっぱりとした顔で、風呂から、出て来た…


 「…綾乃さんの言う通り、冷たいシャワーを頭から、浴びた…そうしたら、頭が、すっきりしたよ…」


 ナオキが、爽やかに言う…


 元々、このナオキは、長身のイケメン…


 爽やか系の長身のイケメンだ…


 だから、私は、そんなナオキを見て、


 「…ナオキ…カッコイイわよ…まるで、アイドルみたい…」


 と、おだてた…


 が、


 それは、ナオキには、きかなかった…


 「…綾乃さん、アイドルみたいは、言い過ぎだよ…四十を過ぎた男で、アイドルはないよ…せめて、俳優さんと、言って欲しかった…」


 と、苦笑した…


 私は、それを、受けて、


 「…たしかに、アイドルは、ありえないわね…」


 と、笑った…


 「…じゃあ、二十年遅れのアイドルは、どう? ナオキも、二十年前でも、イケてたでしょ?…」


 「…それも、ないよ…」


 「…どうして、ないの?…」


 「…勉強に夢中だった…金もなかった…周囲も、男ばっかり…大学の理系なんて、皆、そんなものさ…」


 「…そうなの? 私は、大学に行ったことはないから、わからないけれども…」


 「…綾乃さんは、大学に行ってないから、大学に理想を持ち過ぎ…」


 「…理想を持ち過ぎって?…」


 「…綾乃さんに、限らず、大学を行っていないものは、たぶん、コンプレックスがあるのかもしれないけれど、有名大を出たひとを大層な人間と、持ち上げる人間もいるけど、ただ、高卒のひとより、頭がいいだけ…勉強が、できるだけ…」


 「…そうなの?…」


 「…そうだよ…」


 ナオキが、短く言った…


 たしかに、ナオキの言うことは、わかる…


 今でこそ、FK興産は、大卒ばかりになったが、まだ創業から、まもない頃は、高卒のひとも、入社した…


 そして、全員では、ないが、明らかに、大卒に対して、コンプレックスを持っている高卒のひとも、いた…


 むき出しのコンプレックスを、持っているひともいた…


 正直、私も、高卒だが、コンプレックスはない…


 それは、私が、女だからだろう…


 女だから、出世は、目指さないからだろう…

 

 後は、私の立ち位置…


 私は、FK興産のほぼ、創業当時のメンバーに近い…


 それゆえ、出世は、関係ない…


 だからかも、しれない…


 私も、男に生まれ、高卒ならば、大卒にコンプレックスを感じたのかも、しれない…


 そう、思いながら、一方で、それは、ケースバイケース…


 人それぞれ、違うと、思った…


 高卒であれ、コンプレックスを持つものも、いれば、持たないものもいた…


 要は、高卒で、コンプレックスを持つものは、出世志向が強い人間…


 それゆえ、大卒に、コンプレックスを感じる…


 そして、極論すれば、勉強では、負けたが、仕事では、負けないという競争意識を持つひとたち…


 しかしながら、それは、一部…


 一部の人間…


 全員ではない…


 そして、それを、言えば、大卒のひとの中でも、出世志向の強いひともいれば、そうでないひとも、いる…


 要するに、人それぞれ…


 人それぞれだ…


 そして、その上昇志向と、能力の有無は、別…


 別物だ…


 能力がなくても、上昇志向が、強いものも、いる…


 それは、なぜか?


 考えると、仕事は、差が、つきにくいからだと、気付いた…


 社内全体、職場全体が、同じ仕事をしていることは、ありえない…


 それが、勉強とは、違う…


 勉強は、皆、日本中で、同じ勉強をして、試験で、優劣が、わかる…


 仕事には、それがない…


 だから、優劣が、わかりづらいからだ…


 そして、これは、面白いことに、男女のルックスに似ている…


 男女とも、ルックスが、平凡な人間でも、自分は、モテると、豪語する人間が、稀にいる…


 要するに、自分の力が、わからない…


 これが、仕事と同じ…


 要するに、自分が、わからない…


 自分の実力が、わからない…


 そして、これが、特に、多かったのが、バブル時代…


 それを、経験した母が、言っていた…


 バブル時代は、日本中、景気がいいから、誰もが、上を目指した…


 その結果、自然と、誰もが、上昇志向が、強くなる…


 会社では、出世…


 プライベートでは、男も女も、いい女や、いい男を狙う…


 そして、そこに、自分の実力は、考えない…


 それが、当時のバブル時代の世相だと、亡くなった母が、言った…


 そして、私が、そんなことを、考えていると、


 「…綾乃さん、どうしたの?…」


 と、ナオキが、聞いた…


 私は、即座に、


 「…なんでもないわ…」


 と、答えた…


 それは、なぜか?


 それは、今、思ったことを、ナオキに言っても、仕方がないからだ…


 誰もが、自分の置かれた環境で、物事を考える…


 ナオキのように、長身のイケメンで、難関大学を卒業した人間に、高卒で、ルックスも平凡な人間のことを、話しても、仕方がないからだ…


 私も、ルックスは、いいが、頭は、決して、良くは、ない…


 高卒だから、良くは、ない…


 だが、そんなことが、わかるのは、母の影響が、大きい…


 亡くなった母の影響が、大きい…


 シングルマザーだった母の影響が、大きい…


 母一人、子一人…


 それゆえ、小さいときから、母子の絆が強かった…


 だから、母は幼い私に、色々な話をした…


 それは、母が経験したこと…


 ひとは、誰もが、自分の経験したこと以外は、わからないからだ…


 本やネットで読んだり、ひとから、聞いても、あまりにも、荒唐無稽なことは、納得できない…


 例えば、男でも、女でも、まったく平凡なルックスのひとが、モテると、豪語したのを、見て、それを、他人に言っても、ホントに、そんなことって、ある?


 と、話に、疑問を持たれる…


 あるいは、話を盛っているのではないかと、疑られる(苦笑)…


 しかしながら、私の場合は、それがなかったのは、母のおかげ…


 母が、子供の私に話してくれた、おかげ…


 それゆえ、母の経験が、生きている…


 まるで、私が、経験したように、私の中で、生きている…


 そういうことだ…


 そして、それを、このナオキに言っても、仕方がない…


 私とナオキは、すでに、出会って、十五年は経っている…


 男と女の関係になって、十五年、経っている…


 しかしながら、すべてを話したわけではない…


 私のこれまで、生きて来た人生を、すべて、話したわけではない…


 そして、それは、ナオキも同じ…


 同じだ…


 私に対して、ナオキが、これまで、生きて来た人生すべてを話したわけでもない…


 お互い、秘密があると言うと、おおげさだが、やはり、恋人でも、夫婦でも、話さないことは、ある…


 これも、そのひとつ…


 そのひとつに、他ならない…


 私が、そんなことを、考えながら、ナオキを見た…


 風呂上がりのナオキを見た…


 ナオキは、風呂に入る前とは、違って、さっぱりとした表情をしている…


 それまでの、悩んでいた顔が、ウソのように、さっぱりと、している…


 それゆえ、それを、見て、


 「…ナオキ…お風呂に入って、良かったわね…」


 と、言った…


 「…どうして、良かったの?…」


 と、ナオキ。


 「…だって、さっぱりした顔をしているじゃない…」


 私が、言うと、ナオキは、あっさりと、


 「…ようやく、決心が、ついたからね…」


 と、笑った…


 それゆえ、


 「…決心って、なんの決心?…」


 と、ナオキに聞いた…


 ナオキは、すぐさま、


 「…会社を売る決心…」


 と、答えた…


 仰天の言葉を言った…


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