寿綾乃という女 第4部 136
まさに、バカ…
大バカ…
このハルカの発言は、ある意味、私に冷や水を浴びせるものだった…
言葉を変えれば、私に冷静になれ!
現実を見ろ!
と、教えるものだった…
それを、思うと、苦笑いしか、出なかった…
自分自身のことゆえ、苦笑いしか、出なかった…
そして、ハルカは、私の笑いに、気付いたのだろう…
「…寿さん、なにが、面白いんですか? 私、今、なにか、面白いことを、言いましたか?…」
と、聞いた…
直球で、聞いた…
これは、
…しまった!…
と、思った…
どう、答えようかと、思った…
どう、言い訳しようかと、思った…
すると、ハルカが、
「…やっぱり、寿さん、私が、バカだと、思いました?…」
と、言ったから、驚いた…
「…バカ? どうして、バカなの?…」
「…だって、私が、五井家の当主と見合いをして、もしかして、私が、結婚できると、本気で、思っていると、思ったでしょ?…」
ハルカが、言うと、
…それは、私だ!…
…それは、私!…
と、言いたかった…
が、
さすがに、言えなかった(苦笑)…
それゆえ、私は、
「…いえ、ハルカさんを、見ると、若いなと…」
と、言った…
「…若い? なにが、若いんですか?…」
「…さっき、言った、五井家の当主の方との見合い…」
「…それのどこが、若いんですか?…」
「…ハルカさん、簡単に諦めちゃう…」
「…それが、どうして、若いんですか?…」
「…私なら、もっと、食いつく…粘る…」
「…どうして、粘るんですか?…」
「…チャンスだと、思うから…ハルカさんより、何歳も上のおばさんだから…結婚のチャンスが少ないから…」
「…」
「…でも、ハルカさんは、違う…冷静に、物事を見る…それは、自信のある証拠…」
「…どうして、自信のある証拠なんですか?…」
「…歳を取って、余裕がなくなれば、たぶん、無理と、思っても、もう少し、粘る…もしかしたらと、粘る…」
私が、そう言うと、
「…寿さんのような美人でも、ですか?…」
と、ハルカが、素っ頓狂な声を上げた…
私は、冷静に、
「…美人は、関係ないわ…」
と、言った…
「…美人は、関係ない?…」
「…そう…関係ない…美人でなければ、結婚できなければ、結婚できるひとは、限られるでしょ?…」
「…それは…」
「…すべては、運…運よ…」
「…運?…」
「…よく、美人でも、歳を取って、結婚していなければ、男を選び過ぎたんだろとか、周囲から、陰口を叩かれるけれども、それは、違う…」
「…どう違うんですか?…」
「…単純に縁がないだけ…」
「…縁?…」
「…よくあるのが、付き合っていても、男が、結婚しようといっても、女が、仕事に夢中だったり、真逆に、女が、ようやく、その気になっても、交際が、長いから、男にすっかりその気が、なくなったり…」
「…」
「…要は、タイミングね…タイミング…」
「…タイミング?…」
「…互いにその気がなくなれば、結婚はできない…」
私は、言った…
が、
それが、いけなかった…
「…それって、もしかして、寿さんのことですか?…」
と、言われたからだ…
私は、即座に、
「…一般論よ…一般論…」
と、言ったが、ハルカが、納得しているようには、見えなかった…
とても、見えなかった…
だから、言った…
ハッキリと言った…
「…ハルカさんが、私と藤原さんのことだと、思っても、間違いじゃ、ないわ…」
と、言った…
「…私と藤原さんとの出会いは、私が、高校生のとき…」
「…寿さんが、高校生のときですか?…」
「…かれこれ、もう、足掛け15年になるかしら…」
「…」
「…だから、もう、結婚なんて、無理…」
「…どうして、無理なんですか?…」
「…いまさらって、やつ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…たぶん、紙で書くのが、面倒臭いというか…」
「…紙が、面倒臭い?…」
「…要するに、結婚届けね…今さら、結婚届けを出そうが、出すまいが、関係は、変わらない…だから、いまさらって、思ってしまう…」
そう言うと、このハルカは、なにも、言えなかった…
ただ、黙った…
私の言うことが、わかったのだろう…
なにしろ、このハルカとて、二十八か、そこら…
決して、若くはない…
言葉を変えれば、子供ではない…
立派な大人…
大人の女だ…
好きだから、結婚する…
そんな単純に物事は、考えない…
好きでも、結婚できない場合は、ある…
好きでも、結婚という形は、あえて、とらない場合もある…
皆、それぞれの事情がある…
相手が、すでに結婚していて、妻子持ちの場合も、ある…
男と女、どちらかが、既婚の場合もあるし、両方とも、既婚の場合も、ある…
理由は、人それぞれ…
まさに、人それぞれだ…
そして、このハルカは、それが、わかって、いい年齢だ…
まあ、稀に、わからないひとも、いるが、それは、例外…
あまり、いない(苦笑)…
そして、このハルカは、それが、わかったようだった…
それゆえ、なにも、言わなかった…
そして、それを、契機に、私もまた、話題が、尽きたと思った…
このハルカとの話題が、尽きたと思った…
それゆえ、私は、ハルカに、
「…もう、コーヒーは、飲み終わった? ケーキは、食べ終えたようね…」
と、言った…
つまりは、終了…
これで、今日の会談は、終了という合図だ…
見たところ、ハルカのカップに、コーヒーが、残っているだけだった…
私の方はというと、すでに、飲み終えていた…
それゆえ、終了だと、思った…
今日の会談は、終了だと、思った…
そして、それは、このハルカも、同じだった…
私の真意が、わかったようだ…
すでに、残り少なくなった、コーヒーを一気に飲み干した…
おしゃべりに、夢中になったせいで、コーヒーは、すっかり、冷めきっていた…
それゆえ、一気に飲み干すことができた…
私は、それを、見届けて、ハルカに、
「…出ましょう…」
と、言って、席から、立ち上がった…
ハルカも、同じだった…
私と同じく、席を立った…
それから、会計をして、二人とも、店の外に出た…
「…今日は、楽しかったわ…」
私は、言った…
もちろん、お世辞だ…
社交辞令だ…
私の発言を受けて、ハルカも、
「…私も楽しかったです…」
と、返した…
もちろん、これも、お世辞…
これもまた、社交辞令だ…
「…それでは、お気をつけて…」
と、私は、ハルカに言った…
「…私は、家が近いので…」
と、続ける…
「…それは、わかってます…」
と、ハルカは、笑顔で返した…
なにしろ、この会食は、カラダに不安がある、私が、自宅近くの店を指定して、行ったもの…
それは、このハルカも、知っている…
なにより、このハルカは、あの長谷川センセイの妹…
五井記念病院の私の担当医だった、長谷川センセイの妹だ…
私のカラダの具合を、兄の長谷川センセイから、聞いて、知っている…
当たり前のことだ…
私たちは、互いに、笑顔で、別れたが、それは、形だけ…
私は、それから、すぐに、近くの自宅に戻ると、真っ先に、ベッドに倒れ込んだ…
正直、疲れた…
気疲れした…
自分でも、思った以上に、気疲れした…
それは、きっと、相手が、長谷川センセイの妹ということも、あるかも、しれない…
長谷川センセイは、五井記念病院の私の担当医で、医師としては、信頼している…
あるいは、信用している…
が、
抜け目ないというか…
すでに、妹のハルカが、言ったように、上昇志向が強い…
私は、最初、それに、気付かなかったが、長谷川センセイが、五井西家の血を継ぐひとで、五井家に認められるのが、夢だと、聞いて、仰天した…
たしかに、長谷川センセイの立場なら、わからなくもないが、五井西家の血を継ぐといっても、それは、長谷川センセイの祖父どころか、その祖父のそのまた祖父あたりの、はるかに、遠い祖先だからだ…
だから、普通なら、五井家に認められるも、なにもない…
あまりにも、血縁が、遠すぎるからだ…
しかも、すでに、長谷川センセイは、五井一族との関係は、なにもない…
交流が、なにもない…
血が薄すぎるからだ…
しかしながら、それにも、かかわらず、認められたいと、思うのが、上昇志向が、強いと言われる所以だろう…
普通なら、諦めるどころか、もはや、なんの関係もないと、思うところだからだ…
それにも、かかわらず、認めてもらいたいというのが、上昇志向が強いといわれる、所以なのかも、しれない…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、ふと、団郁馬のことを、思った…
五井北東家の団郁馬のことを、考えた…
あの団郁馬は、ユリコと、関係がある…
ナオキの妻だったユリコと関係がある…
ネットで、それを、見つけた…
つまりは、あの長谷川センセイと、ユリコ、そして、団郁馬が、組んでいる…
おそらく、三人で、なにかを、やろうとしている…
なにを、やろうとしているのか?
それは、復讐…
ユリコは、今、入院中の五井の女帝、諏訪野和子に、恨みがあるし、団郁馬は、先代の五井家当主、諏訪野建造に、恨みを抱いている…
長谷川センセイは、おそらく恨みはないが、この二人に乗っかっている…
五井家に認められるために、二人を利用して、それに、乗っかっている…
そして、私はというと、部外者にも、かかわらず、そんな五井家の争いに、巻き込まれている…
そして、それは、同じ…
私の事実上のパートナーのナオキも同じ…
FK興産社長の藤原ナオキも、同じだ…
巻き込まれたゆえに、長谷川センセイの妹のハルカと、結婚会見をした…
団郁馬の裏をかいたわけだ…
それ以前に、伸明が五井一族の女性と結婚したという誤報をわざと、流した、団郁馬の裏をかいたわけだ…
あの誤報は、おそらく、伸明と、ハルカの結婚を意味したわけだ…
ハルカは、何度も、言うように、長谷川センセイの妹だから、五井西家の血を引いている…
それゆえ、ハルカも、また、五井一族で、間違いはないからだ…
そして、そのハルカは、団郁馬の裏をかくべく、ハルカと結婚会見をした…
が、
ハルカが、五井一族である以上、それ以前に、ナオキに流れた情報…
つまり、ナオキも伸明同様、五井一族の女性と結婚したという、東都テレビの情報は、間違ってない…
つまりは、東都テレビの情報は、半分当たっている…
伸明は、外れたが、ナオキは、当たっている…
私が、そんなことを、考えていると、
…ピンポン…
という音がして、誰かが、やって来たことが、わかった…




