寿綾乃という女 第4部 134
が、
さすがに、単刀直入に聞くわけには、いかない…
それゆえ、私は、目の前に置かれた、ショートケーキと、ホットコーヒーを前にして、
「…頂きましょう…」
と、言った…
それから、
「…ハルカさんも、遠慮せずに、どうぞ…」
と、言って、私は、ハルカより、先に、ショートケーキを食べ出した…
そんな私を見て、ハルカも、また、ショートケーキを食べ出した…
私は、無言で、ショートケーキを食べた…
食べながら、話すことは、できないからだ(苦笑)…
それを、見て、ハルカも、同じように、無言で、ショートケーキを食べた…
ハッキリ言って、お互いに、会話はない…
おそらく、共通の話題もない…
だから、夢中に、ショートケーキを食べた…
ショートケーキを食べていれば、会話をする必要が、ないからだ…
私は、無言で、ショートケーキを食べ続けた…
それゆえ、すぐに、食べ終わった…
食べ終わると、ホットコーヒーを口に運んだ…
砂糖は、少量…
ミルクは、入れない…
ホントなら、甘いショートケーキを食べた後だから、苦いブラックコーヒーが良いのだが、さすがに、砂糖を入れないブラックコーヒーは、飲めない…
だから、少量、砂糖を入れた…
が、
ハルカは、入れなかった…
砂糖も、ミルクも入れなかった…
完全なブラックコーヒー…
ショートケーキを食べ終わると、それを、口に運んだ…
私は、それを、見て、
「…苦くないの?…」
と、言った…
思わず、口にした…
ハルカは、
「…苦いです…」
と、即答した…
「…だったら、少しでも、砂糖を入れれば、いいのに…」
私が、言うと、
「…太ります…」
と、これも、即答した…
私は、驚いたが、これは、納得した…
たしかに、砂糖を入れれば、太るだろう…
まして、このハルカは、美人…
私より、若くて、美人だ…
私とは、タイプの違う美人だ…
それゆえ、太るのが、困るのだろう…
いくら、美人でも、太れば、目鼻立ちが、崩れる…
どんな美人でも、四十を過ぎて、子持ちのオバサンになれば、体重も増えるものが、大半…
それゆえ、かつては、美人だった女性も、昔の面影が、まったくなくなるものもいる…
それが、怖いのだろう…
まして、まだ、結婚もしていなければ、余計だ…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…寿さんは、いいですよね…」
と、いきなり、言った…
私は、なにが、いいのか、わからなかった…
それゆえ、
「…私のなにが、いいの?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
「…寿さんは、太らないでしょ? カラダが…」
と、言った…
それ以上は、言わなかった…
私は、カラダが、弱い…
すでに、癌持ちのカラダだ…
だから、太らない…
だから、太れない…
それを、言いたかったのだろう…
しかしながら、さすがに、それを、口にすることは、できない…
それゆえ、このハルカは、それを、言ってから、
…しまった!…
と、いう表情になった…
話が、私のカラダの具合に触れたのが、マズいと、思ったのだろう…
当たり前だった…
が、
私は、それを、気にしなかった…
隠しているつもりはないが、このハルカは、あの長谷川センセイの妹…
私の五井記念病院の担当医だった長谷川センセイの妹だ…
当然、私の病状は、知っている…
長谷川センセイは、知っている…
それを、妹の、このハルカに話したのだろう…
兄妹だから、当たり前だった…
それゆえ、
「…別にいいのよ…」
と、言った…
「…隠す話でも、ないし…」
と、続けた…
「…現に、私は、小食…多くは、食べれない…だから、太れない…まあ、病気は、究極のダイエットだから…」
私は、わざと、言った…
ハルカを笑わせるためだ…
「…究極のダイエット?…」
「…だって、そうでしょ? 嫌でも、食事の量が、細くなる…痩せるのは、当然…」
私の言葉に、ハルカが、戸惑った…
きっと、笑っていいのか、どうか、わからなかったのだろう…
だから、私は、
「…ここは、笑うところよ…」
と、口を出した…
「…笑うところ?…」
「…だって、そうでしょ? 病気になったことで、ダイエットもなにも、考えることが、なくなった…禍を転じて福と為す…」
私が、言うと、ハルカが、さらに、困った顔をした…
きっと、どういう対応をしていいか、わからなかったのだろう…
まさか、私の言う通りに、笑うわけにも、いかない…
だから、困った顔を、した…
私は、そんなハルカの顔を見て、またも、
…しまった!…
と、思った…
このハルカに、意地悪をするつもりも、なかったが、結果として、困らせることになった…
だから、詫びようとも、思ったが、それも、どうかと、思った…
わざわざ、自分から、詫びることでも、ないと、思った…
それゆえ、沈黙した…
しゃべらなかった…
だから、互いに、沈黙…
お互い、会話が続かなかった…
正直、気まずい…
二人きりでいて、会話が、なにも、ないのが、気まずい…
それゆえ、私は、このコーヒーを飲み終えたら、さっさと、このカフェを出ようと考えた…
それは、きっと、このハルカも、同じ…
同じだと、思った…
が、
違った…
ハルカが、突然、
「…兄は、野心家なんです…」
と、口にしたからだ…
私は、思わず、
「…それは、わかっている…」
と、言いたいところだが、まさか、言えなかった…
たかだか、まだ二度しか、会ったことのない、このハルカには、言えなかった…
まして、相手は、長谷川センセイの妹…
その妹が、兄の批判をする…
その批判に相槌を打てるはずも、なかったからだ…
だから、私は、沈黙した…
沈黙するしかなかった…
そして、ハルカは、続けた…
「…兄は、見栄っ張りで、野心家です…私を、五井家の当主と見合いをさせたのも、その一環です…」
…一環って?…
…他にも、あるのだろうか?…
私が、そう、思いながら、黙って聞いていると、ハルカが、
「…兄は、とにかく、上昇志向が、強い…」
と、続けた…
「…上昇志向?…」
「…ハイ…今回の見合いの件が、いい例です…私が、五井家の当主の方と、見合いをするのは、別に構いません…ですが、私が、当主の方と、見合いをしたところで、結婚できるとは、とても、思えません…身分が違いすぎます…」
「…」
「…でも、兄は、もしかしたらと、考える…私は、もしかしたらも、なにも、見合いをしただけ…結果は、出ない…そう、考える…兄は、野心家過ぎるのです…」
「…」
「…それを、見抜かれて、利用された…」
「…利用された?…」
聞き捨てならない言葉だ…
思わず、声に出して、聞いた…
「…誰に?…」
「…五井西家の方に…」
それは、わかっている…
そう、言いたかった…
それゆえ、思わず、肩の力が抜けた…
拍子抜けした…
これは、期待し過ぎた…
このハルカが、なにを言うのか、期待し過ぎた…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
が、
このハルカは、さらに、続けて、
「…それと、藤原さん…」
と、言った…
「…藤原さん? 藤原ナオキさんのこと? アナタと、結婚会見をした?…」
「…いえ、別の藤原さんです…女性です…」
「…女性?…」
「…ハイ…」
「…どんな女性?…」
「…詳しくは知りません…ですけれど、昔、私が、ウソの結婚会見をした、藤原ナオキさんと、付き合っていたか、結婚していたか、どっちか…」
仰天した…
ユリコのことだ…
このハルカが、言わんとすることは、ユリコのことだ…
まさか、ここで、ユリコの名前が出るとは、思わなかった…
夢にも、思わなかった…
いや、
前兆はあった…
それは、以前、このハルカの兄の長谷川センセイが、ユリコといっしょに、スーパーにいるところを、見たことがあった…
あのときは、なぜ、長谷川センセイが、ユリコといっしょにいるのか、わからなかった…
二人が、接点があるとは、思わなかったからだ…
しかしながら、冷静になって、考えると、接点はあった…
それは、私の入院…
長谷川センセイは、外科医…
五井記念病院の私の担当医…
私が、ジュン君の運転するクルマに、はねられて。五井記念病院に入院したときに、あのユリコは、私を見舞った…
ジュン君は、ユリコの息子だからだ…
私が、ジュン君の運転するクルマに轢かれたことで、当然、ジュン君は、罪を負う…
そのときに、私に、ジュン君の罪を軽減してもらいたいと、考え、私を見舞ったのだ…
私が、ジュン君を子供の頃から、母親代わりに面倒を見ていたから、裁判で、私が、ジュン君を宥恕すると、言ってもらいたかったのだ…
宥恕=許すと言ってもらいたかったのだ…
そうすれば、刑が軽くなる…
ユリコは、それを、狙ったのだ…
それゆえ、私を見舞った…
ユリコは、天敵の私を見舞った…
息子のジュン君のために、私を見舞った…
私は、今、それを、思い出した…
思い出したのだ…
そして、まだ、このハルカが、口にしていないこと…
ハルカが、口にした人物の名前を、口にした…
「…それって、ユリコさん? 藤原ナオキさんの元の奥様?…」
私が、言うと、当然のことながら、目の前のハルカが、無言で、コクンと、首を縦に振った…
これで、確定だった…
ユリコで、確定だった…
私の天敵のユリコで、確定だった…




