寿綾乃という女 第4部 133
すでに言ったように、ハルカから、電話があり、ハルカと、会う日が決まった…
もちろん、私は、緊張した…
あのハルカには、謎がある…
そんなマミさんの言葉が、私の脳裏に、強く、残っているから、緊張した…
が、
実際に、私の自宅近くのカフェで会ったハルカは、実に、謙虚だった…
先日の、電話同様、謙虚だった…
「…この度は、わざわざ、お呼びだてして、申し訳ありません…」
と、すでに、私より先に店について、席に座っていたハルカが、私の姿を見るなり、わざわざ、席から、立ち上がって、言った…
それを、見て、私は、悪い気持ちになるわけはなかった…
これは、誰もが、同じ…
同じだ…
自分が、丁寧に扱われているというか…
相手が、自分を持ち上げているのが、わかる…
となれば、誰しも、悪い気分ではない…
当たり前だった…
なにより、今日のハルカは、柔和というか…
あの伸明の見合いのときと、会ったときとは、別人だった…
まさに、別人だった…
まさか、双子の姉妹や、歳が近い、そっくりの姉妹がいて、入れ替わったわけでは、あるまい…
一瞬、そんなバカなことを、本気で、考えるほど、別人だった…
前回、このハルカと、会ったときと、別人だった…
それゆえ、私は、
「…ハルカさん、まずは、座って下さい…」
と、言った…
そう、言って、私も、また席に着いた…
それを、見て、ハルカも、また、座った…
私が、椅子に座ったのを見て、自分も、座っていいと、思ったのだろう…
どこまでも、私を立てる…
私を優先する…
つくづく、別人…
あの見合いの席で、会ったハルカと、別人だった…
が、
私は、それには、触れなかった…
触れても、仕方がないからだ…
あの日のハルカが、素の姿のハルカなのか?
それとも、今、この場で会っているハルカが、素のハルカなのかは、わからない…
ただ、それは、どうでも、いいこと…
私にとっては、どうでも、いいことだからだ…
私にとっては、このハルカが、ナオキと結婚会見をして、それが、ウソであると、わかったことが、良かった…
なにしろ、ナオキは、私の事実上の夫…
すでに、いっしょに住んでいないが、事実上の夫だった…
もちろん、ナオキも、そう、思っているだろう…
それゆえ、ナオキから、電話が来た…
このハルカとの、結婚は、裏があると、私に告げた…
さすがに、ナオキも、伸明から、頼まれたとは、言えなかったのだろう…
私が、そう、思っていると、
「…寿さん、すいませんでした…」
と、ハルカが、詫びた…
真っ先に、詫びた…
私は、それを、受け入れた…
「…そんなことは、どうでも、いいのよ…」
と、言って、受け入れた…
「…どうでも、いい?…」
ハルカが、驚いた顔で、聞いた…
「…どうして、どうでも、いいんですか?…」
「…だって、もう、終わったことでしょ?…」
「…終わったこと?…」
「…そう…」
「…どうして、終わったこと、なんですか?…」
「…アナタは、伸明さんに、頼まれ、ナオキと結婚すると、言う会見をした…それが、事実でしょ?…」
「…それは…」
「…でも、結婚は、しない…あくまで、会見だけ…違う?…」
「…」
「…アナタが、伸明さんに、頼まれたのは、伸明さんから、聞いたわ…」
私が、言うと、ハルカは、ホッとした顔をした…
「…聞いた?…」
「…そう、聞いた…」
「…」
「…アナタも大変ね…色々なひとから、頼まれる…」
「…色々なひと?…」
「…だって、伸明さんと、見合いしたんだって、お兄様の長谷川センセイから、頼まれたことでしょ?…」
「…ハイ…」
「…で、そのときは、強気な女を演じろとでも、長谷川センセイから、言われたの?…」
私は、聞いた…
直球で、聞いた…
が、
当然、ハルカは、答えない…
これは、ある意味、予想通り…
予想通りだった…
会話は、終始、私の先導だった…
私が、主導した…
それで、私は、安心した…
会話を一方的に主導したことで、安心した私は、まだ、なにも、頼んでいないことに、気付いた…
それゆえ、慌てて、
「…なにか、頼みましょう…」
と、ハルカに提案した…
「…いつまでも、なにも、注文しないと、店のひとに、怪しまれる…」
「…怪しまれる?…」
「…このまま、なにも、注文せずに、居続けていては、無銭飲食じゃないけれども、怪しまれるわ…」
私は、笑いながら、言った…
もちろん、冗談だ…
しかしながら、その冗談は、このハルカに、通じてないようだった…
それゆえ、わざわざ、
「…冗談よ…」
と、付け加えた…
「…冗談?…」
「…場を和ませようとしたのよ…」
私が、笑って言うと、ハルカも、肩の力が、抜けたようだ…
「…そうだったんですか?…」
と、言って、笑った…
私は、それを、見て、
「…なにか、頼みましょう…」
と、告げた…
「…なにに、する?…」
そう、言いながら、二人で、タッチパネルを見た…
正直、やりづらい…
私は、以前のように、テーブルのブザーを鳴らして、店員が来て、注文を取る方が、好きだった…
ハルカは、そんな私とは、違い、タッチパネルで、簡単に、メニューを選んだ…
そして、
「…寿さん、なにに、しますか?…」
と、聞いた…
私は、少し悩んだが、
「…コーヒーと、ケーキをお願いするわ…」
と、頼んだ…
「…コーヒーは、ホットですか? アイスですか? ケーキは、どんな?…」
「…コーヒーは、ホットで…ケーキは、イチゴが載ったショートケーキで、いいわ…」
「…わかりました…」
ハルカが、タッチパネルで、注文した…
また、ハルカは、自分の分も、注文したが、なにを、注文したのかは、私は、見ていなかった…
どうせ、テーブルに運ばれてくれば、わかることだからだ…
もっと、言えば、関心がなかった…
これは、デートではない…
若い男女のデートではない…
私も、まだ、32歳と若いつもりだが、もっと、若い男女…
例えば、高校生の男女が、初めて、デートしたとき…
互いに相手が、どんなものを注文したのか、気になる…
実に、気になる(笑)…
それは、相手の一挙手一投足が、気になるから…
それが、若さ…
若さだからだ…
さすがに、32歳の私に、そんな若さは、ない…
微塵もない(爆笑)…
それゆえ、このハルカではなく、相手が、どんなイケメンでも、きっと、動揺しない…
動揺=ドキドキしない…
すでに、やさぐれていると言って、しまえば、それまでだが、歳を取って、そんなに、純な感情は、持てない…
若さが、なくなったからだ…
若さ=純、あるいは、ナイーブというところか…
いずれにしろ、私の中に、そんな感情は、残っていない…
残念ながら、残っていない(苦笑)…
私が、そんなバカなことを、考えていると、注文したメニューが、運ばれてきた…
それまで、お互い、無言だった…
正直、話すことが、なかった…
このハルカは、私に詫びるために、私を呼び出した…
私に謝罪するために、呼び出した…
そして、その謝罪は、会って、早々に、した…
それゆえ、会話がなくなった…
なにを、話して、いいのか、わからなかった…
互いに、相手が、どんな人間だか、わからないからだ…
だから、困った…
なにを、話して、いいのか、困った…
が、
届いたメニューを、見て、気付いた…
同じもの…
私と、このハルカが、頼んだものが、まったく、同じものだった…
それゆえ、私は、
「…ハルカさん、私に合わせたの?…」
と、聞いた…
ハルカは、私の質問に、笑いながら、
「…いえ、そういうわけでは…」
と、言った後、
「…でも、考えるのが、嫌だから…」
と、続けた…
「…考えるのが、嫌って、どういうこと?…」
「…だって、なにを、食べたって、いいじゃないですか? どうせ、まずいものは、ない…私も、今、それほど、お腹は、空いていないし、それなら、寿さんと、同じものを注文しようかなと…」
ハルカが、告白する…
意味は、わかるが、仰天した…
そんなことを、言うひとは、初めて…
初めてだったからだ…
そして、同時に、興味が湧いた…
そんなことを、言う、このハルカに、興味が湧いた…
一体、どんな人間なんだろうと、興味が、沸いた…




