寿綾乃という女 第4部 131
私は、仰天した…
思わず、カラダが、固まった…
家の固定電話のスピーカーから、
「…寿さんですか? ご無沙汰しています…私、長谷川ハルカです…以前、諏訪野伸明さんと、お見合いをしたときに、一度、お会いしました…覚えていらっしゃるでしょうか?…」
と、流れてきたからだ…
家の固定電話は、いつも、留守電にしてある…
昨今は、詐欺等の迷惑電話が、多い…
だから、常に留守電にしている…
その方が、良いからだ…
たとえ、電話があっても、用事がある、電話にだけ、出れば、良いからだ…
ハルカの電話に、私は、思わず、カラダが、固まった…
どうして、いいか、わからず、固まった…
あまりにも、想定外…
想定外の出来事だったからだ…
まさか、あのハルカから、私に、電話があるとは、思わなかった…
まさに、まさか?
まさか、だった…
それゆえ、どうして、いいか、わからなかった…
あまりの突然の事態に、どう対応して、いいか、わからなかった…
だから、私が、固まっていると、
「…突然のお電話、申し訳ありません…一度、寿さんと、お会いしたいのですが、いかがでしょうか?…」
と、続いた…
もちろん、私は、まだ、電話に出ていない…
留守電にメッセージが、吹き込まれてゆくだけだ…
ただ、なぜ?
なぜ、私に会いたいのか?
そう、考えていると、ハルカが、続けて、
「…寿さんも、すでに、ご存じでしょうが、先日、藤原ナオキさんと、私、結婚会見をしました…でも、あの会見には、裏がありまして…それを、直接、寿さんに、お話ししたくて…」
と、留守電のメッセージに向けて、言う…
私は、それを、聞いて、
…それでか!…
と、思った…
…それでか!…
と、納得した…
たしかに、そう、言われれば、納得する…
今、どうして、あのハルカが、私に電話をかけてきたのか、納得する…
あのハルカは、伸明に金を握らされ、ナオキと、ウソの結婚会見をした…
私の事実上の夫である、藤原ナオキと、ウソの結婚会見をした…
それゆえ、私に釈明しようと、思ったのだろう…
だから、電話をかけてきた…
そう、思った…
そして、また、私の自宅の固定電話の電話番号は、ナオキに、聞いたに違いない…
ケータイでも、自宅の固定電話でも、ナオキなら、私の電話番号を知っているからだ…
そこまで、考えて、初めて、電話に出た…
留守電のメッセージを入れている最中の電話に出た…
「…お待たせしました…寿です…」
と、言って、電話に出た…
相手は、
「…えっ?…」
と、言って、驚いた…
一瞬だが、言葉に詰まった…
これは、当然…
当然の反応だろう…
当人が、いないと、思って、留守電にメッセージを吹き込んでいるのだ…
それが、いきなり、本人が出た…
驚きで、声が、出なくなったのは、わかる…
わかるのだ…
ハルカは、すぐに、態勢を立て直した…
「…いらっしゃったんですか?…」
と、言って、態勢を、立て直した…
私は、
「…ハイ、いました…」
と、答えた…
それから、すぐに、続けて、
「…いつも、家の固定電話は、留守電にして、あるんです…昨今は、色々ありますから…」
と、説明した…
私の言葉に、ハルカが、
「…いろいろと…」
と、返した…
が、
それだけで、すべて、通じたようだ…
いろいろの意味が、通じたようだ(苦笑)…
そして、私が、電話に出ると、
「…お久しぶりです…」
と、ハルカが、言った…
私も、相槌を打って、
「…こちらこそ、お久しぶりです…ご無沙汰しています…」
と、返した…
ハルカは、私の返事を聞いて、安心したようだ…
ホッと、したようだ…
それは、次のセリフに、出た…
「…安心しました…」
と、いうセリフで、出た…
「…寿さんも、おそらく、私が、どうして、藤原さんと、結婚会見を行ったか、すでに、ご承知とは、思いますが、一度、直接会って、寿さんに、説明したくて…」
ハルカが、続ける…
「…会う時間が、取れないでしょうか?…」
ハルカが、提案する…
当然の提案をする…
私は、それを聞きながら、ふと、
…なにか? 違う!…
と、思った…
…なにが、違うのか?…
考えた…
夢中になって、考えた…
そして、それは、すぐに、わかった…
前回、伸明との見合いの席で、会ったときと、なにが、違うのか、わかった…
低姿勢なのだ…
あのときは、居丈高…
上から、目線だった…
が、
今、この電話のハルカは、低姿勢…
ものすごく低姿勢…
まるで、別人だった…
だから、一瞬、
…ホントに、あのハルカか?…
と、思った…
心の中で、思った…
が、
声は、同じ…
あの見合いの席で、聞いた声と、同じだ…
私は、まだ、あのとき、一度しか、このハルカと会ったことは、ないが、それでも、覚えている…
よく、覚えている…
それは、なぜか?
それは、どうしてか?
それは、やはり、私が今、働いていないからだろう…
それゆえ、会う人間が、少ない…
だから、数少ない、会った人間を覚えている…
よく、覚えている…
それと、会った、このハルカが、伸明の見合い相手というのも、大きい…
どうしても、大きい…
おそらくは、これが、一番の理由…
理由だ…
あの伸明が、どんな女性と見合いするか?
それを、間近で、見たことも、大きい…
だから、余計、覚えている…
余計に、記憶に残っている…
さらに、言えば、美人…
美人というのも、大きい…
私と、タイプの違う美人というのも、大きい…
おまけに、若い…
私より、数歳若い…
だから、強敵…
まごうことなき、強敵だ…
だから、覚えている…
よく、覚えているのだ…
しかし、あの見合い相手のハルカは、高飛車な女…
嫌な女だった…
見るからに、気の強い女…
しかしながら、今、この電話の声の主は、別人…
あのときとは、まったくの別人だった…
が、
声は、同じ…
同じだ…
ということは、演じていた?…
あのときは、高飛車な女を演じていた?…
それとも、今が、演じている?…
優しい女を演じている?…
疑問が、出る…
どっちが、本当のハルカか、疑問が、出る…
というのは、伸明の好み…
五井家の当主の女の好みだ…
あの伸明は、高飛車な女が好き…
気が強い女が、好き…
だから、事前に、それを、知って、あのときは、気が強い女を演じた可能性がある…
事前に、伸明の女の好みを聞いて、気が強い女を、演じた可能性がある…
それゆえ、今が、素…
素の姿の可能性がある…
あるいは、真逆…
今、わざと、優しい女を演じているだけ…
本当は、あのとき、伸明と会ったときの姿が、素…
気が強いのが、素なのかも、しれない…
どちらが、本当のハルカの姿だか、わからない…
さっぱり、わからない…
ただ、あのときとは、別人…
別人だ…
声は、同じだが、別人だ…
私は、それを、思った…
私は、それを、考えた…
そして、それを、考えていると、ハルカが、電話の向こう側から、
「…寿さん、よろしくお願いします…」
と、いう声が、聞こえて来た…
低姿勢な声が、聞こえてきた…
あのときとは、真逆の低姿勢な声が、聞こえて来た…
私は、悩んだ…
もちろん、会うことに、悩んだのでは、ない…
どっちが、ホントのハルカか、悩んだのだ…
あの見合いの席で、会ったのが、本物のハルカか?
それとも、今、電話をしているのが、本物のハルカなのか?
悩んだのだ…
もちろん、会えば、わかる…
どっちが、本物のハルカなのか、わかる…
それゆえ、私は、
「…いいですよ…」
と、答えた…
「…ホントですか?…」
電話の向こう側から、ハルカが、喜ぶ声が、聞こえて来た…
「…ハイ…ただし、私は、体調が、良くないので、私の自宅近くで、お願いします…」
と、条件を出した…
「…寿さんの自宅近く?…」
「…そうです…」
私は、答えた…
「…自宅近くのファミレスとか、カフェで、お願いします…」
私が、提案すると、すぐに、
「…わかりました…」
という声が、聞こえて来た…
次いで、
「…よろしくお願いします…」
という声が、流れて来た…
私は、その声に応えて、
「…いえ、私の方こそ、よろしくお願いします…」
と、言った…
「…それでは、後ほど、具体的な日時を提案しますので、またお電話します…」
と、ハルカが、言って、私は、
「…わかりました…」
と、言って、電話を切った…
物事が、動き出した…
ようやく、動き出した…
そう、思った…
そう、思ったのだ…




