寿綾乃という女 第4部 130
私は、自分自身のバカさ加減に呆れたが、同時に、いい機会だとも、思った…
伸明と別れる、いい機会だとも、思った…
互いに、恋愛感情は、あったかも、しれないが、まだ、肉体関係はない…
しかしながら、肉体関係があったとしたら、どうなんだろ?
せいぜい、手切れ金がもらえるか、否かの違いでは、ないのか?
ただ、今は、友人として、付き合っているだけ…
それ以上でも、それ以下でもない…
だから、簡単に別れられるとも、言える…
単に、会わなければ、いい…
伸明と距離を置けばいい、とも、思った…
そうすれば、自然に、付き合いは、解消する…
いや、
これは、肉体関係があっても、なくても、同じだ…
つまりは、別れの常套手段…
会わなければ、いい…
単純に会わなければ、関係は、なくなる…
連絡があっても、無視すれば、いい…
そうすれば、自然と、関係は、解消する…
友人関係であっても、恋人関係であっても、解消する…
もはや、二度と会わないのだ…
解消するに、決まっている(爆笑)…
問題は、ナオキが、伸明の友人であることだが、ナオキが、伸明を、自宅に連れて来たことは、一度もない…
これまで、一度もない…
あるいは、ナオキの別宅に、伸明を招いたことは、あるかも、しれないが、私の家に、やって来たことは、一度もない…
これまで、一度もない…
だから、関係ない…
ナオキが、これまで通り、伸明と付き合おうが、どうしようが、関係ない…
私が伸明と付き合わなければ、いい…
それだけだ…
私が、住む、このマンションは、以前、ナオキと、ジュン君と、3人で、住んでいたマンション…
ナオキは、出てゆき、ジュン君は、逮捕され、今は、私ひとり…
そして、ついでに、言えば、このマンションは、私のもの…
私、寿綾乃のものだ…
名義が、私になっている…
寿綾乃に、なっている…
それは、以前、ナオキが、私名義に代えてくれたから…
だから、私のものになった…
要するに、ナオキは、私が、心配だったわけだ…
FK興産が、五井と提携する前に、私を、FK興産の非常勤の取締役にしたのも、そう…
私が、生活に、困らないように、毎月、給与を渡す手段として、私を非常勤の取締役にした…
私が、すでに、FK興産を退職していたからだ…
それゆえ、私が、無職になったからだ…
だから、お金が入らない…
金銭的に、困窮すると、ナオキは、思ったのだろう…
いや、
退職は、していないかも、しれない…
たしか、当初は、休職扱いだと、聞いた覚えがある…
が、
私自身が、出社して、人事部に確かめたわけでは、ないから、忘れた…
すっかり、忘れていた(苦笑)…
いずれにしろ、私が、二度と、FK興産に出社の意志がないことが、わかっていたから、ナオキは、私を非常勤の取締役にした…
そうすれば、たとえ、出社せずとも、私にお金を与えることができる…
正式に、お金を与える名目が、できる…
たとえ、出社せずとも、毎月、私の口座に、給与を振り込むことが、できる…
実際は、いずれは、FK興産に、出社しなくては、ならないだろうが、それまでは、出社せずとも、私にお金を与え続けることが、できる…
ナオキは、そう、思ったに、違いない…
また、私は、癌持ち…
癌患者だ…
それゆえ、満足に、働けないと、思ったのだろう…
だから、非常勤の取締役にした…
毎日、出社せずとも、お金を与える口実が、できるポジションにつけた…
そういうことだ…
私は、今、32歳…
普通ならば、会社を退職しても、食うに困るようなことはない…
どこかに、就職できるだろう…
また、うまく就職先が見つからなければ、スーパーで、パートをやるか、ファミレスで、働くか?
いずれにしろ、スーパーや飲食業界で、働くだろう…
なぜ、スーパーや飲食業界なのか?
その方が、入りやすいからだ…
その方が、働きやすいからだ…
あの業界は、ひとの出入りが激しい…
それゆえ、うまく、入ることが、できる…
辞める人間が、多いから、入ることも、簡単だ…
だから、常に、新陳代謝というか…
一部の人間を除いて、常にひとが、入れ替わっている…
それゆえ、そこで、働きやすい…
入社しやすいということだ…
だから、ホントは、そうすれば、良いのだが、何度も言うように、私は、癌持ちの身…
うまく、働ける自信がない…
それを、見越して、ナオキは、私にマンションを与え、さらには、会社の非常勤の取締役にして、私が、食いっぱぐれないようにした…
だから、恩人…
ナオキは、私にとって、恩人…
大恩人だ…
きっと、ナオキのように、私の身を心配してくれる男は、二度と現れないだろう…
それは、自信がある…
それは、断言できる…
そして、それは、なぜか?
それは、私とナオキが、家族だから…
出会って、十五年以上経つ…
以前は、私とジュン君と、いっしょに、一つ屋根の下で暮らした家族だからだ…
さらには、貧しい時代を、いっしょに過ごした…
辛い時代を、いっしょに過ごした…
それゆえ、絆が、強まる…
大変な時期をいっしょに過ごしたことで、絆が強まるのだ…
これは、誰もが、いっしょ…
いっしょだ…
成功して、知り合った、友人たちより、いっしょに、苦労した、友人たちの方が、気が置ける…
あるいは、信頼できる…
いかに、気が合おうが、以前、いっしょに、苦労した友人、知人の方が、気が置けるし、信頼できるし、信用できる…
誰もが、そういうものだからだ…
そして、それを、考えれば、以前にも、言ったことだが、ナオキは、伸明を、全面的には、信用していない…
二人は、気が合って、仲の良い友人だが、ナオキは、伸明を全面的には、信用していない…
それは、私をFK興産の非常勤の取締役に任命したときに、わかった…
なぜ、あのタイミングで、私をFK興産の非常勤の取締役にしたか?
それは、FK興産が、五井と提携する前だったから…
それゆえ、五井と提携後だったら、いかに、ナオキが、社長でも、そんな提案が、通らないと危惧したから…
あるいは、五井と提携前に、私を非常勤の取締役にすることで、少しでも、私に、お金をあげたかった…
五井と提携後だったら、私を非常勤の取締役から、解任する可能性があったから…
それを、危惧したナオキが、先手を打った…
FK興産と、提携した五井が、なにか、言うかも、しれないから、先手を打った…
そういうことだ…
そして、それを、きっかけに、ナオキは、伸明を、それほど、信用していないことが、わかった…
伸明を、それほど、信頼していないことが、わかった…
二人は、仲がいい…
傍から見ても、仲がいい…
でも、こんなことを、きっかけに、実は、ナオキが、本音では、伸明を、どう思っているのか、わかった…
些細なことだが、こんなことを、きっかけに、相手をどう思っているのか、わかるものだ…
これが、若い女なら、よくある例は、自分の付き合っている彼氏を両親に紹介するか、否か?
あるいは、自分の付き合っている、彼氏を、自分の自宅に、招くか、どうか、だ…
まあ、これは、男も同じか?
やはり、自分の家に招く以上、両親に、今、自分は、このひとと、付き合っているよと、アピールすることになるからだ…
それゆえ、仮に付き合っていても、男女ともに、軽い付き合いの相手は、自宅には、呼ばない…
一人暮らしをしている場合は、その限りではないが、両親に紹介するとなると、軽い付き合いの異性は、普通は、呼ばないものだ…
仮に、男女の関係になっても、呼ばないのは、遊びと割り切っているから…
いや、遊びとまでは、いかなくても、結婚は、考えてないから…
大抵は、そうだ…
話が、若干、長くなったが、つまりは、そんな些細なことで、相手が、自分をどう、思っているか、わかるものだ…
最初の話に、戻ると、ナオキは、伸明を信用していない…
おそらく、まるっきり、信用していないとは、思わないが、そこまで、信用していないと、言うのが、正しいのだろう…
やはり、本当に、大切なことは、譲れないと、言うのが、正しいだろう…
あるいは、伸明には、任せらないということか?
それが、おそらく、ナオキの伸明に対する本音だろう…
それが、おそらく、ナオキの伸明に対する評価だろう…
そして、その大切なものというのは、私…
私、寿綾乃だった…
私、矢代綾子だった…
それゆえ、ナオキには、感謝しかない…
もはや、後何年、生きようが、ナオキほど、私を大切に思ってくれる人間は、二度と現れないだろう…
そして、それは、現実的な問題もある…
加齢の問題も、ある…
若さの問題も、ある…
私、寿綾乃は、美人で通っているが、それでも、歳には、勝てない…
若い女のコには、勝てない(涙)…
生きていれば、歳を取るのは、当たり前だが、歳を取れば、取るほど、女は、商品価値が、失われてゆく…
そんな恐怖がある…
それゆえ、年々、商品価値が、低下してゆく、自分に、これから、王子様が、現れるとは、思えない…
ナオキ以上の王子様が、現れるとは、思えないのだ…
それゆえ、私は、ナオキを大事にしなければ、ならない…
これまで、以上に、大切にしなければ、ならない…
あらためて、そう、思った…
そう、思ったのだ…
そして、そう、思って、数日過ぎた日だった…
朝に、電話が、あった…
私の家の固定電話に、電話があった…
電話の主はというと、思いがけない人物…
まさに、思いがけない人物だった…
電話の主は、あのハルカからだった…
伸明の見合い相手のハルカからだった…




