寿綾乃という女 第4部 129
そして、眠りに入った後だ…
衝撃の出来事があった…
母が、夢に出て来たのだ…
亡くなった母が、夢の中に、出て来たのだ…
私は、夢は、見ない…
滅多に、見ない…
これは、ずっと以前、FK興産にいたときに、周囲のひとたちに、聞いたことがあるが、夢というものは、見るひとと、見ない、ひとが、いるらしい…
要するに、体質の違いとでも、いえば、いいのだろうか?
私に言わせれば、私は、夢は、滅多に見ない…
それが、夢の中に、母が、出て来たから、驚いた…
そして、私自身、夢の中で、これが、夢だと、認識していた…
強く、認識していた…
夢の中で、母が、
「…綾子…大丈夫?…」
と、優しく、私に尋ねた…
次いで、
「…苦労は、していない? いいひと、見つかった?…」
と、聞いてきた…
私は、間髪入れず、
「…大丈夫…」
と、笑って言った…
「…大丈夫よ、お母さん…」
と、笑って、言った…
しかしながら、全然、大丈夫ではない(涙)…
癌が見つかり、オーストラリアまで、行き、まだ日本で、承認されていない、最新の癌治療を施したが、癌が、消えることは、なかった…
癌が、小さくなっただけだ…
幸い、日常生活には、たいした影響は、ない…
しかしながら、癌持ち…
癌持ちの身だ…
生活に影響がないとはいえ、まったく影響が、ないわけではない…
いわば、爆弾を抱えているようなもの…
カラダの中に、爆弾を抱えているようなものだ…
いつ、爆発するか、わからない爆弾を抱えているようなものだ…
それゆえ、怖い…
もしかしたら、爆発するかもと、考えると、怖い…
私は、今のままでは、癌といっしょに、生きてゆくしかない…
今の時代、そんな癌患者は、珍しくない…
それは、医療が、発達したから…
ずっと以前だったら、治せない癌が、治せるようになったり、あるいは、現状維持に、留めることが、できるようになったからだ…
だから、私も生きている…
普通に、生きている…
が、
怖い…
本音では、怖い…
母は、そんな私の状況を察したのだろう…
「…綾子…相変わらず、ウソが下手ね…」
と、笑った…
私は、なにも、言えなかった…
その通り…
その通りだからだ…
母は、私のウソを容易に見抜く…
母ひとり、子ひとりで、育った…
誰にも、頼ることなく、育った…
だから、当たり前かも、しれない…
母が、私のウソをたやすく見抜くのも、当たり前かも、しれない…
「…ウソをつくのは、いい…でも、心配されるようなウソをついちゃ、ダメよ…」
夢の中で、母が、言った…
実に、しんみりと、言った…
私は、なにも、言えなかった…
なにも、言い返せなかった…
その通り…
その通りだったからだ…
そして、夢の中にいながら、私は、どうして、こんな夢を見るんだろ?
と、思った…
思ったのだ…
母は、いつも偉大…
私の中で、偉大な存在だった…
おおげさに言えば、神様や、仏様に次いで、偉大な存在だった…
いや、
神様や、仏様、以上の存在だった…
それは、神様や仏様が、現実に、存在するか、どうかは、わからないから…
それに比べて、母は、存在する…
いつも、私を溺愛してくれた、唯一の存在だからだ…
だから、神様以上、仏様以上の存在だった…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…綾子…無理をしちゃ、ダメ!…」
と、母が、私を諭した…
「…悲しいときは、泣きなさい…辛いときは、泣きなさい…そして、一刻も早く、綾子を守ってくれる男のひとを探しなさい…たとえ、綾子を守れなくても、いい…誰よりも、綾子を愛してくれるひと…綾子を心配してくれるひとを、探しなさい…」
そう、言って、母は、私の前から、去った…
夢が、終わった…
あるいは、まだ、なにかが、あったかも、しれないが、覚えていない…
深夜に、なって、目覚めたときに、思い出した…
母の言葉を思い出した…
そして、なぜ、私は、そんな母の夢を見たのか、考えた…
すぐに、わかった…
それは、私が、自分に言いたかった言葉だったからだ…
他でもない、自分自身に言いたかった言葉だったからだ…
それを、母が、言ってくれた…
夢の中で、私の代わりに、言ってくれた…
そう、思った…
そう、気付いた…
おそらく、今日、昼間、会った伸明が、平然と、あのハルカに、金を握らせて、ウソの結婚会見を依頼したということに、ショックを受けたのだろう…
考えてみれば、当たり前のことだが、それを、実際に伸明の口から聞いて、ショックを受けた…
それゆえ、それを心配した、もうひとりの私が、夢の中で、母の姿になって、
「…綾子…大丈夫?…」
と、自分自身を、慰めた…
それが、真相だろう…
そう、気付いた…
そして、それに、気付くと、
…そんなに、ショックだったのか?…
と、自分自身に、驚いた…
伸明のやったことは、当たり前…
世間では、当たり前の出来事だ…
誰もが、やることだ…
しかしながら、それを、伸明が、したとなると、ショックだった…
それは、やはり、伸明を神聖視していると、言うと、大げさだが、五井家当主がすることではないと、思ってしまう…
大げさに言えば、当主は、手を汚さない…
周囲の人間が、当主が、指示しなくても、自分の意思で、当主の手を汚すことなく、やれば、いいだろうと、思ってしまう…
要するに、当主は、世間ずれしていない…
当主は、無垢な存在で、あって、もらいたい…
そう、思ってしまう…
我ながら、子供じみた考えだが、そう、考えてしまう…
そういうことだ…
そして、夜中に、目が覚めて、そんなことを、考えた…
そんなことに、気付いた…
相変わらず、バカな女…
夜中に、目が覚めて、そんなことを、考えてしまう…
そんなバカなことを、考えてしまう…
まさに、バカ…
大バカ…
私は、自分自身を思った…
自分自身を思ったのだ…
朝になって、目が覚めると、やはりというか、昨夜、起きたときに、考えたことを、再び、考えた…
伸明と、縁が切れた…
それを、思った…
昨日の一件で、縁が切れた…
そう、思った…
少々、残念な気がするが、そう、思った…
が、
これでいいとも、思った…
所詮は、身分違いの恋…
付き合いを続けていても、どうにか、なるものではない…
なまじ、付き合いが、長くなれば、自分が、惨めになるだけ…
もしかしたら、伸明と、結婚できるかも、しれない…
しかしながら、当然のことながら、それは、無理…
それは、できない…
そして、それを、考えると、以前も言ったFK興産が、まだ小さかった頃に入社した高卒の男のコ…
周囲には、偏差値の高い、大学を出た高学歴の社員が、いるにも、かかわらず、自分は、出世できると、豪語した男のコ…
それと、同じだ…
今の私は、同じだ…
その男のコは、与えられた仕事が、忠実に、できるから、将来、出世できると、考えていた…
周囲の人間たちと、自分の差が、わからない…
頭の差がわからない…
それゆえ、与えられた仕事を、うまく、こなせれば、次のステージに行ける…
出世できると、考えていた…
が、
しかし、その男のコと同じ頭の持ち主で、偉くなったものは、いない…
まだ、会社は、小さかったが、それでも、いなかった…
にも、かかわらず、その男のコは、自分が、出世できると、思っていた…
すでに、ポジションを与えられた周囲の人間たちと、自分の頭の差に、気付かなかった…
これは、ある意味、笑えるし、同時に、惨でもある…
誰も、その男のコが、将来、出世できるなんて、周囲のものは、誰一人、考えても、みないからだ…
そして、それは、同じ…
今の私も、同じだ…
おそらく、私を見て、あの伸明と結婚できるなんて、誰も、思っていないだろう…
今、倒れて、入院中の、伸明の叔母の諏訪野和子…
そして、和子の双子の姉であり、伸明の母である昭子も、私を嫌っていない…
私を伸明の妻として、認めてくれる…
演技ではなく、私を認めてくれている…
私は、そう、思っている…
が、
それは、彼女らだけ…
当事者の伸明も、私を嫌いではないかも、しれないが、それでも、たぶん、結婚は、できない…
なぜなら、身分違いも、甚だしいから…
それゆえ、周囲が、反対する…
五井一族が、反対する…
当たり前のことだ…
下手をすれば、一族全員を敵にまわしかねない…
それが、わかっていて、私と結婚することなど、伸明には、できない…
今までも、何度も、伸明との結婚を考えたが、そこまで、考えることは、なかった…
それは、なぜか?
それは、おそらく、私自身、無意識に、そこまで、考えなかったのかも、しれない…
私自身、意識は、していないが、無意識に、避けていたのかも、しれない…
自分に都合の悪いことは、考えないように、していたのかも、しれない…
だから、同じ…
ずっと以前、FK興産にいた、高卒の男のコと、同じだ…
私は、思った…
私は、考えた…
要するに、バカ…
救いようのないバカだった(涙)…




