寿綾乃という女 第4部 127
結局、その日は、伸明とお酒を飲んで、過ごした…
私は、お酒が、強いほうでも、弱いほうでもない…
極めて、普通…
普通だ…
伸明は、決して、私にお酒を飲むのを無理強いすることは、なかった…
また、自分自身のペースで、お酒を飲んでいた…
まあ、四十歳を過ぎた男で、自分のペースで、お酒を飲めない男が、いれば、驚きだが、
当然のことながら、それも、なかった…
そして、二人で、お酒を飲みながら、あらためて、この伸明は、私に下心がなにもないと、思った…
普通、下心があれば、それが、態度に出る(笑)…
どこかしら、態度に出るものだ…
一番、わかりやすいのが、視線…
いやらしい目で、私を、見てくる…
性的な目で、私を見て来る…
私の胸や下半身を、見て来る…
が、
伸明には、それがない…
まったくない…
だから、安全…
二人だけで、飲んでいても、安心だ…
しかしながら、そうは、言いながら、一方で、それは、不満でも、ある…
それは、なぜか?
それは、伸明が、私を女として見ていない証明でも、あるからだ…
私を女として見ていない…
私を女として、意識していない…
それは、やはり、どうかと、思う…
憚りながら、私は、世間で、美人で通っている(笑)…
世間で、美人のお姉さんで、通っている(爆笑)…
そんな私が、女として、一瞬でも、見られていないのは、プライドが、傷付く…
私の女としても、プライドが、傷付くのだ…
それゆえ、伸明に、訊いてみた…
わざと、訊いてみた…
「…伸明さんは、どんな女性が、好みなんですか?…」
と、訊いてみた…
これは、酒の力…
やはり、しらふでは、あまり聞けない…
正面切って、話題にすることが、できないからだ…
私の質問に、伸明は、戸惑った…
見るからに、戸惑った…
そして、笑いながら、
「…まさか、寿さんから、そんな質問を受けるとは、思わなかった…」
と、言った…
笑いながら、言った…
そして、すぐに、
「…理想は、寿さんですよ…」
と、続けた…
「…美人で、性格も、いい…話も合う…違いますか?…」
そう言われる、どう答えていいか、わからなかった…
が、
それが、ウソであることは、わかった…
すぐに、わかった…
それは、なぜか?
ウソでも、なければ、そんなにスラスラと、好きな女のタイプは、答えられないからだ…
これは、男も同じ…
もし、好きな女に、
「…好きな女のタイプは?…」
と、いきなり、聞かれて、スラスラと答えられたら、それは、怪しい(爆笑)…
それは、あらかじめ、仕込んである可能性が、高い…
マニュアルではないが、
…こう聞かれたら、こう答える…
と、あらかじめ、決めてある…
想定問答集が、決めてある…
そして、その通りに、答えたに過ぎないからだ…
私は、考えた…
そして、考えてから、
「…では、芸能人に例えれば、どなたですか?…」
と、聞いた…
わざと、聞いた…
伸明は、これも、スラスラと、
「…昔、フジテレビで、アナウンサーをしていた近藤サトさんの若い頃です…寿さんに、似ているでしょ?…」
そう、言われると、答えられなかった…
反論できなかった…
たしかに、彼女の若い頃は、私の外見に似ている…
現に、以前、会社で、何人もの同僚に、言われたことがある…
彼女と、私は、目鼻立ちが似ているのだ…
自分で、言うのも、おかしいが、完璧な美人…
隙のない美人…
目鼻立ち、すべてのパーツが、整っている…
が、
可愛くは、ない…
完璧な美人ゆえに、可愛さが、ないのだ…
おまけに、歳より老けて見える…
彼女、近藤サトさんも、また、フジテレビ時代に、同僚から、
「…もしかして、中途入社?…」
と、よく、からかわれたそうだ…
普通に、大学を卒業して、新卒で、入社したにも、かかわらず、そう、からかわれたそうだ…
つまりは、完璧な美人は、年齢よりも、年上に見える…
私が、ずっと、以前、高校生だったにも、かかわらず、ナオキといっしょにいても、近所で、話題にならなかったのも、同じ…
同じ理由だ…
制服を脱げば、年齢よりも、大人びた私は、とても、高校生には、見えなかった…
だから、ナオキや、幼いジュン君といっしょにいても、違和感がなかった…
周囲から、家族に見られたのだ…
私とナオキが、夫婦に見えたのだ…
十歳近く年上のナオキと私が、夫婦に見えたから、おかしくは、なかった…
私は、今、それを、思い出した…
思い出したのだ…
同時に、気付いたのは、今、伸明が、言った言葉…
私が、好みのタイプだから、好きな女のタイプは、近藤サトさんと、答えたが、これは、怪しい…
例えば、これが、私が、モデルのように、背が高い女性なら、
「…佐々木希さん…」
と、答えるかも、しれない…
要するに、相手に合わせて、自分の好みのタイプを変える…
背が高い女性を前にして、
「…ボクは、佐々木希が、好きだから、キミのように、背が高い女性は、まさに、ボクの好みだよ…」
と、でも、言えば、いい…
そう、言えば、相手が、喜ぶし、相手が、納得するからだ…
私は、そう、見た…
私は、そう、睨んだ…
が、
これ以上、この質問を続けていても、伸明は、本音は、言わないだろう…
だから、無駄…
これ以上、この質問を続けても、無駄だと、思った…
が、
その一方で、この伸明が、気が強い女性を好きだと、言うのは、たぶん、正しい…
それは、確信に近いものがあった…
なぜなら、あの見合いの席で、相手のハルカを熱心に見ていたからだ…
ハルカは、誰が見ても、気が強い…
その気が強いハルカに、伸明は、誰が、見ても、興味津々…
彼女の魅了されている様子だった…
それゆえ、この伸明は、気が強い女性が、好きだと、思った…
この伸明は、基本、おとなしい…
男として、おとなしい部類…
おとなしい男は、気が強い女が、好きな男が、多い…
それは、気が強い女が、おとなしい自分を引っ張ってくれると、思うからだろう…
おまけに、この伸明は、五井家の当主…
五井グループの持ち株会社、五井ホールディングスの社長だ…
だから、ひとに、怒られない…
そして、怒られない男は、女に、叱られたい男が、案外多いものだ…
それは、やはり、どこかで、誰かに、叱ってもらいたいんだろう…
会社では、自分が、偉いものだから、誰も、自分を叱らない…
それゆえ、誰かに叱ってもらいたい…
そう、思う…
それゆえ、この伸明は、あのハルカが、好みというわけだ…
自分を叱ってくれるハルカに心惹かれるわけだ…
私は、あらためて、思った…
思ったのだ…
そして、そう、思うと、この伸明が、どうやって、あのハルカを納得させたのか、考えた…
さきほども、言ったように、あのハルカと、ナオキの結婚会見…
当然のことながら、ナオキは、さることながら、ハルカにも、納得してもらわなければ、ならないからだ…
これから、二人で、結婚会見をすることを、納得してもらわなければ、ならないからだ…
互いに、結婚すると、発表する以上、当たり前のことだ…
それゆえ、私は、この伸明に、
「…伸明さん、さきほど、ナオキとハルカさんの結婚会見…あのハルカさんを丸め込んだと言いましたが、どのように、丸め込んだんですか?…」
と、聞いた…
直球で、聞いた…
伸明は、最初、私の質問に、驚いた様子だったが、すぐに、
「…金ですよ…」
と、笑って言った…
「…他に、相手を丸め込む手段は、ないでしょ?…」
伸明が、笑って言う…
私は、それを、聞いて、納得すると、共に、我ながら、随分、子供じみた質問をしたと、反省した…
ずばり、恥ずかしかった…
やはり、このようなシチュエーションで、相手を、納得させるには、金…
金が、必要だ…
あるいは、会社組織に、属している場合は、将来の昇進とか…
社長とか、会社の幹部連中に、将来の昇進を約束させ、念書でも、取る…
一筆を書かせる…
裁判ではないが、なにか、あったときに、それが、証拠となるからだ…
そうでも、なければ、相手を、納得させることができない…
相手を自分の思い通りにさせることが、できない…
当たり前だった…
そして、そんなことを、考えながら、この伸明も、当たり前ながら、世慣れていると、思った…
普通に、世間ずれしていると、思った…
こちらが、思った通りの行動を取る…
もし、私が、伸明の立場でも、伸明と同じことを、するだろう…
あのハルカに金を渡して、ナオキと、結婚会見をしてくれと、頼むだろう…
そして、そして、だ…
これは、もし、私が、ハルカの立場でも、同じ…
同じだ…
やはり、伸明から、いくばくかの金を、もらわなければ、ナオキと結婚会見など、しない…
いくばくかではなく、それ相応の金額をもらわなければ、そんな偽の結婚会見は、しない…
なにしろ、日本中に、その結婚会見が、流れるのだ…
ウソの結婚会見が、流れるのだ…
当然、自分の友人、知人が、見ている可能性も、高い…
いや、
高いのでは、なく、絶対あるだろう…
だから、その対価として、金をもらう…
当たり前だった…
そんなウソの結婚会見をするのだ…
金でも、もらわなければ、やらない…
だが、その金額は、いくらだろう…
百万?
一千万?
まさか、それ以上?…
考えたが、当然、答えは出ない…
目の前の伸明に、訊こうとも、思ったが、それも、止めた…
なぜなら、私が、聞く権利は、ないと、思ったからだ…
私には、関係ないことだからだ…
が、
同時に、思ったのは、この伸明のこと…
あのハルカに、お金をやって、ナオキの偽の結婚会見を仕掛けたのは、理解できるが、やはり、それを、実際に、やるとなると、伸明の人間性を疑う…
もちろん、伸明が、聖人君子ではないと思っているが、やはり、現実に、それをしたとなると、ちょっとと、思ってしまう…
偽の結婚会見を企画した伸明は、ただのお坊ちゃまではないと、頼もしく思った反面、思ったより、したたかだと、思った…
思ったのだ…
いわゆる、現実と理想の間で、悩むとまでは、いわないが、これが、現実とも、思った…
五井家当主、諏訪野伸明の現実と、思った…
正直、落胆した…




