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寿綾乃という女 第4部  作者: トモサン


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123/225

寿綾乃という女 第4部 123

 私は、考えた…


 考え続けた…


 私が、グラスを握りながら、ずっと、そんなことを、考え続けているものだから、それを、見た、伸明が、


 「…寿さん、そんなに、考えてばかりいないで、水割りを飲んだら、どうですか? グラスの中の氷が、溶けちゃいますよ…」


 と、笑った…


 私は、慌てて、グラスを見た…


 しかしながら、今、伸明が、言ったように、グラスの中の氷は、溶けていなかった…


 そんな私の姿を見て、伸明が、


 「…案外、寿さんって、ひとに騙されやすいんですね…」


 と、笑った…


 まさかとは、思ったが、伸明に騙されたのだ…


 伸明が、ウソを言ったのだ…


 それに、気付くと、むかっ腹が立った…


 が、


 さすがに、怒るわけには、いかない…


 なにしろ、相手は、五井家当主…


 私とは、格が、違う…


 私とは、身分が、違う…


 だから、怒るわけには、いかない…


 いかないのだ…


 そんな私を見て、伸明が、


 「…寿さん、怒らないんですか?…」


 と、笑いながら、聞いた…


 私は、なにも、言わなかった…


 また、言えなかった…


 それは、何度も言うように、私と伸明は、対等では、ないからだ…


 対等では、ないのだから、些細なことで、怒るわけには、いかない…


 もちろん、これが、伸明に、殴られでも、したら、別…


 話は、別だ…


 それゆえ、


 「…別に…」


 と、言った…


 昔、某女優が、言ったように、言った(笑)…


 伸明は、それを、見て、落胆した様子だった…


 明らかに、落胆した様子だった…


 それゆえ、今度は、私が、伸明に、


 「…どうしました? なんだか、落ち込んでいるように、見えますが…」


 と、聞いた…


 聞かざるを得なかった…


 すると、伸明が、苦笑しながら、


 「…寿さんには、ここで、怒って欲しかった…」


 と、言った…


 しみじみと、言った…


 「…どうして、私に怒って、欲しかったんですか?…」


 私が、聞くと、またも、伸明が、苦笑いを浮かべながら、

 

 「…みんな、ボクに遠慮する…」


 と、呟いた…


 「…遠慮?…」


 「…そうです…」


 伸明が、言って、グラスを呷った…


 「…ボクの立場を見て、遠慮する…」


 そう言われると、なにも、言えなかった…


 まさに、その通り…


 その通りだからだ…


 「…だから、ボクは、ボクに、遠慮しないひとが、好き…」


 伸明が、激白する…


 「…だから、あのハルカという女性にも、惹かれた…」


 ナオキと結婚の発表をした、あのハルカという女に、言及した…


 私は、それを、聞いて、黙った…


 なんと言って、いいか、わからなかったからだ…


 だから、黙った…


 すると、伸明が、苦笑しながら、続けた…


 「…ボクは、父に感謝している…五井家の当主の座を、自分と血が繋がった弟の秀樹ではなく、血が繋がっていないボクに譲りたいと言った父に感謝している…」


 伸明が激白する…


 「…でも、その一方で、最近は、こうも考える…父は、建造は、ホントに、ボクが好きだったから、ボクに、当主の座を譲りたいと、思ったのだろうか、とね…」


 「…どういう意味ですか?…」


 私が、聞くと、伸明が、またも、グラスを呷った…


 それから、


 「…孤独…重責…」


 と、吐き捨てた…


 顔を歪めながら、吐き捨てた…


 「…当たり前ですが、当主の重責は、重い…五井四百年の歴史は、重い…」


 伸明が、ひときわ、大きな声で、言う…


 「…だから、もしかしたら、父は、建造は、この重責を、ホントは、血が繋がった息子の秀樹に味わせたくなかった…それゆえ、ボクを選んだ…ボクを五井家の当主に選んだ…ふと、そんなことを、考えたことがある…」


 伸明が、思っても、みないことを、言った…


 これまで、一度も、考えたこともないことを、言った…


 「…もちろん、そうじゃないことは、わかっている…ただ、純粋に、父が、ボクに継がせたかったのは、わかっている…でも、いざ、この地位に立つと、考え込む…考え込むんです…」


 伸明が、激白した…


 まさに、胸の内を激白した…


 私は、それを、聞いて、間髪入れずに、


 「…そんなことは、ないと思います…」


 と、言った…


 強い口調で言った…


 「…私は、伸明さんも、ご存じのように、秀樹さんを、知っています…」


 その言葉で、伸明は、私を凝視した…


 まっすぐに、私を見た…


 私は、そんな伸明の視線を感じながら、


 「…秀樹さんには、悪いですが、彼では、当主は、無理でした…」


 と、きっぱりと断言した…


 「…無理…どうして、無理なんですか?…」


 「…我欲が、強い…強すぎる…」


 「…」


 「…それでは、リーダーは、務まりません…当主は、務まりません…」


 「…」


 「…建造さんは、それを、見抜いていた…だから、自分と血が繋がった秀樹さんではなく、血が繋がっていない伸明さんを選んだ…違いますか?…」


 「…それは、わかっている…わかっているんだけれど…」


 伸明が、戸惑ったように、言う…


 私は、それを見て、わざと、


 「…伸明さん…」


 と、声を高めて、言った…


 「…なんですか?…」


 「…疑えば、切りがありませんよ…」


 「…」


 「…今、伸明さんが、言ったこと…もしかしたら、秀樹さんには、当主の重責を押し付けたくなかった…自分と血が繋がった息子には、そんな苦労をさせたくなかった…そんな気持ちが、建造さんに、あったのか、なかったのかは、わかりません…」


 「…」


 「…ただ、秀樹さんには、申し訳ありませんが、秀樹さんと、伸明さんを比べた場合は、誰もが、伸明さんを選ぶ…これは、大半の人間が、同じだと、思います…」


 「…」


 「…私も、何度か、数えるほどしか、秀樹さんと、接していません…ですが、こう言っては、秀樹さんには、申し訳ありませんが、当主の地位は、無理でした…」


 「…無理? どうして、無理なんですか?…」


 「…ひとを押しのけて、前に出ようとする人間を好きなひとは、誰も、いませんよ…」


 「…」


 「…秀樹さんは、それをやった…だから、実父の建造さんは、自身の後継者として、無理だと、思ったんでしょう…」


 「…」


 「…誰しも、欲望には、際限がありません…伸明さんは、男ですから、金も女も地位も、欲しい…私は、女だから、金も男も、地位も、欲しい…でも、それを、言えば、際限がありません…」


 「…」


 「…現に、失礼ですが、伸明さんには、女の影が見えない…それは、自分の欲望を抑えている証拠でしょ?…」


 「…」


 「…自分の欲望を抑えられない人間が、高い地位につけば、大変なことになりますよ…」


 私は、笑った…


 笑って言った…


 それを、見て、伸明もまた、笑った…


 肩の力を抜いて、笑った…


 それまでと、一転して、笑った…


 「…まったく、寿さんは…」


と、言って、笑った…


「…納得できることを言う…ひとを納得させることを、言う…」


 伸明が、肩の力を抜いて、笑いながら、言う…


「…こちらが、言って、もらいたいことを、言う…」


伸明が、続ける…


「…だから、たぶん、藤原さんは、寿さんを手放さなかった…たとえ、男女の関係が、なくなっても、寿さんを、近くに置いた…違いますか?…」


これには、どう答えて、いいか、わからなかった…


おそらく、この伸明の言う通りだろう…


しかしながら、それを、認めるわけには、いかない…


それゆえ、


「…さあ、それは…」


と、だけ、言った…


わざと、曖昧に、言葉を濁した…


伸明は、そんな私の態度を見て、


「…これは、寿さん、当事者だから、答えられない…こんな質問をしたボクが、悪かった…」


と、私に詫びた…


続けて、


「…でも、真実…間違って、いないと、思う…」


伸明が、言う…


真顔で、言う…


私は、ニコニコと、笑うしかなかった…


何度も、言うように、答えられないからだ…

こんな質問には、答えられないからだ…


それから、真顔になった…


伸明の顔が、真顔になった…


「…藤原さんには、感謝している…」


と、言って、真顔になった…


「…あの西家夫妻の面子を潰したことに、感謝している…」


と、さっき、言ったことを、繰り返した…


それから、


「…でも、寿さん…」


と、いきなり、私に呼びかけた…


真剣な表情で、呼びかけた…


「…ハイ…なんでしょうか?…」


「…寿さんも、知っている、今、言った西家夫妻…たしかに、見かけは、エネルギッシュで、いかにも、昭和のオヤジといった感じだけれども、おじさまも、おばさまも、それほど、気が強くは、ない…」


「…えっ?…」


「…ボクの後ろ盾である、和子おばさまが、倒れても、まさか、それを聞いて、すぐに、ボクに縁談をけしかけて、自分と血が繋がった娘を、ボクと結婚させようとするほど、強欲ではないし、面の皮も厚くは、ない…」


「…」


「…西家のおじさまとおばさまをけしかけた人物が、ほかに、いるんです…」


「…ほかに、いる?…」


「…ハイ…います…寿さんも、マミさんから、聞いているでしょ?…」


私は、その質問には、答えなかった…


あるいは、


答えられなかった…


「…あの西家のおじさまとおばさまをけしかけたのは、五井北東家当主、団郁馬です…」


伸明が、言う…


すでに、わかっていたことを、言う…


が、


わかっていたこととは、いえ、この伸明の口から、団郁馬の名前を聞くのは、初めて…


初めてだった…


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