寿綾乃という女 第4部 119
それゆえ、私が、戸惑っていると、
「…寿さん、こんなところで、立ち話もなんだから、家に上がって下さい…」
と、伸明に、言われた…
私は、
「…ハイ…」
と、答え、手に持った、お土産を伸明に渡した…
「…つまらないものですが…」
と、言って、渡した…
さすがに、なにも、渡さないわけには、いかない…
もう数えきれないほど、伸明とは、会っているが、それでも、そこまで、親しくは、ない…
友達と言うほど、親しくはない…
また、以前、この伸明の実母の、あの昭子が、
「…寿さん、まだ、伸明と、寝ていないんでしょ?…」
と、これもまた、率直過ぎる発言に、困惑したが、その通り…
その通りだった…
が、
たとえ、一度や二度、伸明と寝れば、どうなのか?
それほど、親密になれるのか?
答えは、否…
否だ…
一度や二度、寝ただけで、伸明を手に入れられる…
あるいは、五井家の当主夫人になれると、考えるほど、私は、子供では、ない…
子供=お子様ではない…
だったら、真逆にコレは、作戦…
わざと、伸明を焦らす作戦?
と、考えるバカな男や女がいるかも、しれないが、それも、当てはまらない…
なぜなら、伸明は、お金持ち…
それに、長身のイケメンだ…
私など、相手にせずとも、私より、もっと、若く、もっとキレイな女のコが、労せず、手に入るだろう…
だから、これも、違う…
なにより、伸明は、私を求めていない…
性の対象として、見ていない…
それは、わかる…
それは、当人である私だけでなく、周囲のものも、わかるに違いない…
仮に、性の対象として、見られていれば、当人だけでなく、周囲のものも、気付く…
簡単に気付く…
気付かないのは、おそらく、その女性を口説いている当人だけ…
女性と男性が、接していて、男性が、その女性に下心があるか否かは、普通は、当人のみならず、周囲の人間も、気付くものだからだ…
また、最初の話題に戻るが、一度や二度、寝たから、どうなるのだろうか?
互いに、なにが、わかるのだろうか?
せいぜいが、カラダの相性ぐらい…
それぐらいだ(苦笑)…
いっしょに、寝れば、互いの性格も、なにもかも、わかるわけはない…
現に、今は、結婚して、10年以内に、離婚した夫婦が、3割も、いるでは、ないか?
一度や二度どころではなく、寝て、さらには、いっしょに過ごす…
それでも、結婚して、10年以内に、別れる夫婦は、3割も、いるのだ…
私が、そんなバカなことを、考えていると、
伸明が、
「…寿さんが、お土産を持ってくるなんて、珍しいですね…」
と、声を上げた…
その声を聞いて、恥ずかしかった…
実に、恥ずかしかった…
穴があったら、入りたいほど、恥ずかしかった…
たしかに、これまで、この伸明の住む、豪邸にやって来ても、なにか、持ってきたことは、なかった…
いつも、手ぶらでやって来た…
ハッキリ言えば、バカ…
気遣いのできないバカ…
いかに、少しばかり、仲良くなっても、普通は、自宅に呼ばれれば、手ぶらでは、いかない…
それが、わからないのが、バカ…
あるいは、生まれの違い…
正直、あまり認めたくないが、私は、セコイ(苦笑)…
これは、子供時代、貧乏だったから…
それゆえ、節約が、身についている…
節約=貧乏が、身についているということかも、しれない…
それゆえ、この伸明に招かれても、なにか、手土産を持ってゆくことなど、考えたことも、なかった…
また、仮に、なにか、手土産を持ってゆくとなると、その選択に、頭を悩ませることになる…
安いものでは、失礼だと、思うし、高過ぎるものも、相手に失礼かなと、思う…
だから、その選択がわからない…
なにを、持っていっていいのか、わからない…
それゆえ、私は、今回は、酒にした…
ウィスキーにした…
ウィスキーなら、飲むと、思ったからだ…
当然ながら、この伸明は、下戸ではない…
酒を、飲む…
だから、酒にした…
ウィスキーにしたのは、ビールだと、運ぶのが、重すぎるからだ…
当然、ビールは、一本持ってくるわけではない…
最低でも、一ダースは、持ってくる…
しかしながら、ウィスキーなら、一本持ってくるだけでいい…
それが、便利…
高級なものは、手が届かないから、サントリーにした…
別に、ニッカでもよかったが、サントリーにしたのは、偶然…
単純に、目に留まったからだ…
それゆえ、私は、
「…伸明さん、後で、いっしょに飲みましょう…」
と、言おうとしたが、言わなかった…
これから、話す話題が、どんな話題か、わからないからだ…
当然、重い話題だろう…
なぜなら、そうでなければ、伸明が、私を自宅に招くはずはない…
軽い話なら、どこかの店で、話すことができる…
それが、あえて、私を自宅に、呼ぶのは、周囲に聞かれては、困る話だからだ…
だから、私を自宅に、招いた…
そういうことだからだ…
私は、伸明に招かれて、目当ての部屋に到着した…
目当ての部屋というのは、この前、この家にやって来たときに、私と、この伸明と、マミさんが、五井西家当主と、あのハルカと、会った部屋…
伸明が、見合いをした部屋だ…
それゆえ、私は、その部屋に入ると、
「…懐かしいですね…」
と、言った…
つい、言ってしまった…
なにしろ、この伸明が、見合いをした部屋…
しかも、その場に、私も同席している…
それゆえ、つい口に出して、しまうのは、当然だった…
そして、それは、当然、伸明も、受け入れた…
「…ですよね…」
と、相槌を打って、受け入れた…
「…まったく、つい先日のことですが、まさか、あのときは、こんな展開になるとは、夢にも、思わなかった…」
と、伸明が、言う…
それは、おそらく、ナオキのこと…
ナオキとハルカの結婚のことだと、思った…
が、
さすがに、それを、口にするわけには、いかない…
それゆえ、私が、黙っていると、
「…寿さん、座って下さい…」
と、伸明が、言った…
まさか、いつまでも、私を立たせているわけには、いかないからだろう…
私は、軽く、頭を下げながら、
「…失礼します…」
と、言って、席に座った…
それを、見て、
「…なにか、飲み物でも、持ってきます…」
と、言って、伸明が、部屋から出ようとした…
その背中に、私は、
「…失礼ですが、伸明さん、この家には、お手伝いさんが、いらっしゃらないんですか?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
なにしろ、お屋敷だ…
こんな大きなお屋敷だ…
にもかかわらず、お手伝いの姿を見たことがない…
だから、聞いた…
不思議に思って聞いた…
すると、伸明は、苦笑いを浮かべながら、
「…当然、いますよ…」
と、答えた…
「…そうですよね…」
と、私は、相槌を打った…
続けて、
「…でも、私は、伸明さん以外に、ひとを見たことは…」
と、言うと、伸明が、笑いながら、
「…プライベートで、ボクの元に、ひとが来たときは、なるべく、顔を出さないようにと、お願いしているんです…」
と、答えた…
種明かしをしたと言ってもいい…
「…そんなひとは、この家を手伝ってくれる方の中には、いらっしゃらないと、思いますが、ボクの元にプライベートで訪ねてくる友人や知人を見て、どんなひとが、やって来たと、他人に言ったり、今の時代、SNSに挙げられでも、したら、たまりませんから…」
伸明が、笑って言う…
「…だから、いつも、一人…寿さんの前に現れるのは、ボク一人です…」
伸明が、説明する…
「…ですが、寿さんが、ご心配なら、それには、及びません…ちゃんと、近くに、姿は、見せませんが、ひとは、いますから、なにか、あれば、すぐに、来ますよ…」
伸明が、笑いながら、説明する…
私は、思わず、
「…そういう意味では…」
と、口走った…
これでは、まるで、伸明が、私になにか、するみたいだ(苦笑)…
当然、そんなことは、考えたこともない…
そんなことは、思ったこともない…
それは、私が、伸明を信頼しているとか、信頼していないかの問題ではない…
そもそも、そんなことは、考えたことが、ないのだ…
それは、おそらく、距離感…
伸明との距離感だ…
正直、伸明に、あまり男は、感じない…
それは、なぜか?
それは、率直に言って、ほぼ友人に近くなったからだ…
友人と呼べるほど、仲の良い、距離になったからだ…
男も女も、相手を、異性として、意識するには、あまり、仲が良くならない方がいい…
仲が良くなり過ぎると、いかに、相手が、美人だったり、イケメンだったりしても、異性として、意識しなくなるからだ…
だから、あまり仲良くならない方がいい…
距離感を保つ方がいい…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、私が、そんなバカなことを、考えていると、伸明が、奥に消えた…
それから、まもなく、今度は、グラスを二つ持ってきた…
おそらくは、私に気を使ったのだろう…
私が、今、持ってきた土産が、ウィスキーだと、すぐに、わかったのだろう…
なにしろ、水物だ…
酒やウィスキーは、持てば、わかる…
持てば、すぐに、わかる…
私が、そう、思っていると、
「…せっかく、寿さんが、持ってきたものですから、飲みましょう…」
と、伸明が、言った…
私は、それを、聞いて、無言で、頷いた…
どう、答えて、いいか、わからなかったからだ…
伸明は、私が、持ってきたウィスキーも、持ってきた…
そして、グラスのみならず、氷も、持ってきた…
当たり前だった…
伸明は、それらを、前にして、席に座った…
それから、笑いながら、
「…ホントは、昼間から、酒を飲むのも、どうかと、思いましたが、せっかく、寿さんが、もってきて、くれたのと、それから、これから、する話が、少し重くなりがちなので…」
と、言った…
そして、当たり前だが、笑っては、いるが、その顔は、真剣だった…
真剣だったのだ…
あくまで、笑いは、作り笑い…
深刻さを隠すための作り笑いだった…




