寿綾乃という女 第4部 117
ユリコの行動は、奇怪だった…
なぜなら、ナオキの結婚の報道に、コメントを、寄せなかったからだ…
テレビや、ネットで、ナオキの前妻として、ユリコにコメントを求める姿があったが、どれも、無視した…
理由が、わからなかった…
なぜなら、ユリコは、目立つのが、好き…
スポットライトが当たるのが、好きな性格だからだ…
ユリコは、地味…
ちょうど、あの団郁馬と、同じく、地味だ…
が、
派手なことが、好き…
自分にスポットライトが、当たるのが、好きだ…
これは、考えてみれば、あの団郁馬と同じコンプレックスの持ち主だからかも、しれない…
ユリコは、頭脳明晰…
頭が抜群にいい…
ただ勉強ができるのではなく、仕事もできる…
ずばり、金儲けが、上手い(爆笑)…
それゆえ、ファンドの代表を務めている…
要は、出資者を募り、金を集めて、どこそこの会社の株を買い集め、その会社の弱点を突き、経営再建を約束させる…
その結果、会社の業績は、上がるが、会社は、リストラ等で、ある意味、ボロボロになる…
そこに、務める従業員は、たまったものではない…
自分がクビになるからだ…
が、
会社は、再建される…
例えば、従業員千人の企業が、従業員五百人に、減って、会社の規模が、半分になるが、負債が、キレイになくなる…
そんな感じだ…
しかしながら、それは、さておき、あのユリコが、インタビューに応じないのは、不気味だった…
あの目立ちたがりのユリコが、インタビューに、応じないのは、不思議だった…
が、
それ以上に、不思議だったのは、ナオキと、ハルカの結婚の情報が、あれ以来、流れなかったことだ…
あの東都テレビで、一回だけ、流れただけで、あれ以来一度も、流れないことだった…
やはり、あれは、ブラフ…
ブラフ=ハッタリだったのだろうか?
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えている最中に、伸明から、電話がかかって来た…
「…寿さん、今度、お会いしませんか?…」
と、言う電話が、かかって来た…
私としては、願ったり叶ったり…
伸明の意見も聞きたかったところだ…
マミさんの意見だけではない、伸明の意見を聞きたかったところだ…
しかし、だ…
いつも、考えさせられる…
この平凡な私が、なぜ、金持ちの争いに、巻き込まれるのか?
五井の争いに、巻き込まれるのか?
つくづく、わからない…
つくづく、謎だ…
いや、
謎では、ない…
私、寿綾乃…
いや、
矢代綾子が、寿綾乃を名乗るように、なってから、おおげさに、言えば、これが、宿命なのかも、しれない…
本物の寿綾乃は、建造の娘…
五井家前当主の娘だ…
また、本物の寿綾乃は。私の従姉…
建造と、恋仲になった叔母の娘だからだ…
亡くなった母は、私に、死ぬ前に、従姉の綾乃になりすませと、命じた…
従姉の綾乃は、お金持ちの娘…
綾乃になりすませて、生きることで、私が、大金が、得られると、母は、思ったのだ…
思えば、それが、母が、私に残すことが、できる、唯一の財産だった…
シングルマザ―だった母は、お金とは、無縁…
生活は、お世辞も、楽ではなかった…
その母が、亡くなったことで、私は、ひとりぼっちになった…
天涯孤独になった…
母が、なりすませと、私に遺言で、命じた、本物の寿綾乃も、その母である叔母も、すでに、鬼籍に入っていた…
それゆえ、私は、綾乃になりすますことが、できた…
叔母は、美人…
私に、似た、美人だった…
それゆえ、若き日の建造と、恋仲になった…
こういっては、なんだが、叔母の娘である、綾乃は、平凡…
美人では、なかった…
私の方が、叔母に似ていた…
美人の叔母に似ていた…
それゆえ、母は、生前、私に、従姉の綾乃に、なりすませと、私に言ったのだろう…
しかしながら、その母は、叔母が、誰と恋愛をして、娘の綾乃を産んだのか、わからなかった…
それゆえ、私に、具体的な名前は、言わなかった…
いや、言えなかったのだと、思う…
叔母が、母に、教えなかったのだろう…
だから、言えなかった…
そういうことだろう…
そして、何度も言うように、その叔母の若き日の恋愛相手が、建造…
五井家前当主の建造だった…
つまりは、その時点で、私が、五井家に関わることは、わかっていた…
わかっていた=決まっていた…
だから、これは、運命…
あるいは、宿命かも、しれない…
私が、五井家と関わるのは、宿命かも、しれない…
が、
ホントなら、そんな宿命は、願い下げ…
そんな運命は、願い下げだった…
もちろん、私だって、お金持ちになりたい…
お金持ちと、結婚したい…
そんな気持ちは、ある…
そんな夢は、ある…
しかしながら、ドロドロは、ゴメン…
人間関係のドロドロは、ゴメン…
長い下げだ…
五井は、ドロドロしている…
十分過ぎるほど、ドロドロしている…
いくら、お金持ちでも、それでは、嫌…
嫌だ…
昔、生前、母が言った…
私が、子供のときに、母が言った…
母が、
「…綾子…仕事は、あるいは、職場は、3つの要素で、できあがっている…」
と、母が、言った…
「…三つの要素?…」
子供の私が、母に聞くと、母は、
「…お金…仕事の内容…そして、人間関係…この三つで、成り立っている…」
と、言った…
そして、母は、続けた…
「…三つ、良い職場は、ない…二つ、良ければ、それで、我慢しなさい…」
と、私に、言った…
その話を聞いたときは、たしか、まだ小学生だった…
だから、とてもではないが、母の言葉が、実感できなかった…
母の言う言葉が、体験として、わかる年齢では、なかった…
が、
大人になって、わかった…
十分過ぎるほど、わかった(苦笑)…
会社で、さまざまなひとたちと、接して、わかった…
が、
幸か不幸か、私は、居心地が、悪かったことは、一度もない…
ただの一度もない…
それは、たぶん、ナオキといっしょだったから…
社長のナオキといっしょだったからだと、思う…
たぶん、私が社長のナオキの愛人だと、周囲から、見られていた(苦笑)…
それゆえ、誰も私に、なにも、言わなかった…
皮肉も、意地悪も、言わなかった…
そういうことだろう…
考えてみれば、居心地の悪い職場ほど、嫌なものは、ない…
人間関係が、嫌な職場ほど、嫌なものはない…
だから、母が言った、三つのこと…
お金、仕事、人間関係…
これが、二つ、良ければ、それで、我慢しなさいと、言ったが、やはり、人間関係の良くない職場は、嫌…
嫌だ…
しかしながら、いくら人間関係が、良くても、賃金が、低ければ、生活は、難しいし、自分に合わない仕事を続けるのは、誰しも嫌だ…
だから、難しい…
実に、難しい…
職場の選択は、実に、難しい…
そして、私は職場には、恵まれたが、すべてが、順調だったわけではない…
なにしろ、ナオキと出会った当初は、あのユリコがいた…
ナオキと結婚していた…
その後、私が、ナオキといい仲になったのを見て、ユリコは、突然、失踪した…
幼いジュン君を残して、失踪した…
だから、まだユリコがいた当初は、関係が、ギクシャクしていた…
私とユリコ…
初めて、会ったときから、お互いが、虫が好かない相手だと、思ったからだ…
理由は、ない…
ただ、お互い、相手が嫌い…
ただ、それだけだった…
それは、互いに、出会ったときから、わかった…
が、
いっしょに働いた…
思えば、地獄…
今、思えば、まさに、地獄だった…
互いに、嫌っている人間と、いっしょに、仕事をするぐらい、嫌なことは、ないからだ(爆笑)…
が、
それを、除けば、嫌なことは、なかった…
今、思い出しても、人間関係で、嫌なことは、なかった…
だから、私は、恵まれている…
これまで、人間関係で、恵まれてきたと、思った…
考えた…
この世の中には、嫌な人間関係の職場で、いやいや、働いている人間は、ごまんといる…
それを、考えれば、私は、恵まれている…
実に、恵まれている…
私には、そういった経験は、ないからだ…
そして、それを言えば、母には、そういう経験があったのだろう…
職場で、悩んだ経験があったのだろう…
今になって、振り返れば、わかる…
そう言った経験がなければ、そう言った言葉は、いえないからだ…
それが、今となっては、わかる…
そして、そういうことは、ある程度、歳を取ったから、わかることだ…
母が、私に、そんなことを、言ったのは、私が、たしか、小学生のとき…
あるいは、それ以前かも、しれない…
だから、わからない…
まだ、社会に出て、アルバイトでも、なんでも、いいから、働いたことが、ないから、わからない…
そういうことだ…
そして、それは、大人になっても、同じ…
同じだ…
なにが、同じなのかと、言えば、建造…
五井家前当主、建造のことだ…
建造は、私と初めて会ったときから、私に優しかった…
なぜか、優しかった…
私には、なぜか、わからなかった…
その理由が、わからなかった…
ただ、当時は、深く、それを、考えなかった…
すでに、30歳を超えているにも、かかわらず、考えなかった…
まさか、私に下心が、あったわけでは、あるまい(苦笑)…
にもかかわらず、私の父親同然の年齢にも、かかわらず、私に優しかった…
それを、私は、ある意味、当然のように、受け入れていた…
が、
実は、建造は、私を、自分の娘同然の存在として、見ていた…
それが、後になって、わかった…
建造が、亡くなってから、わかった…
建造は、おそらく、私の容姿を一目見て、私を、自分の娘、あるいは、それでなくても、それに、近い存在だと、思ったに、違いない…
なぜなら、私は、叔母によく似ていた…
美人の叔母に、よく似ていた…
若き日の建造が愛した叔母に、私が、似ていた…
だから、そう、思ったのだろう…
思えば、それは、後になって、気付いた…
建造が、亡くなってから、気付いた…
三十を過ぎても、コレ…
コレだ…
少し、勘の働くものならば、なぜ、この建造は、私に優しいのか?
考えるものだ…
そして、その場合は、多いのが、下心…
親子ほど、歳が離れていても、下心がある場合が、多い…
実に、多い(苦笑)…
が、
何度も、言うように、建造に下心は、なかった…
私に対する下心は、なかった…
だから、考えるべき…
なぜ、建造が、私に優しかったのか?
考えるべきだった…
にも、関わらず、考えなかった…
建造が、なぜ、初対面から、私に優しいのか、考えなかった…
これっぽっちも、考えなかった…
それを、思えば、私は、トロい…
実に、トロい…
三十を過ぎても、実に、トロい…
そんなトロい私が、五井の争いに巻き込まれる…
お金持ちの争いに、巻き込まれる…
無事にすむわけは、なかった…
なかったのだ…




