寿綾乃という女 第4部 114
このオジサン…
歳は、五十代に見える…
身長は、170㎝台…
おそらく、172㎝か、173㎝…
この年代のオジサンの平均的な身長だ…
顔も、平凡…
取り立てて、特徴がない…
しいて言えば、特徴がないのが、特徴といってもいい…
それほど、平凡だ…
ただ、痩せている…
この年代の男性にしては、痩せた部類に入る…
それが、特徴と言えば、特徴か?
とにかく、平凡な容姿…
目立たない容姿だ…
それゆえ、その目立たない容姿のオジサンが、私のことを、面と向かって、
「…美人…」
と、呼ぶのは、似合わないというか…
率直に言って、もっと、イケオジだったり、昔、ヤンキーだったり、する場合は、納得する…
若い頃に、女にモテたり、女と遊んだりする姿が、想像がつくからだ…
しかしながら、目の前のただの真面目そうなオジサンの口から、そんな言葉が出るのは、意外というか…
正直、似合わなかった(苦笑)…
だから、困惑した…
どう、対応していいか、困惑した…
そして、そんな私の困惑が、わかったのかも、しれない…
目の前のオジサンは、笑いながら、
「…いかに、美人でも、見ず知らずの人間に、いきなり美人と言われたら、誰だって、戸惑いますものね…」
と、笑った…
私は、どう答えて、いいか、わからなかった…
それゆえ、笑った…
愛想笑いを浮かべた…
それが、無難…
無難だからだ…
私が、なにも言わないのを、見て、
「…それでは、これで、失礼します…」
と、言って、オジサンは、歩き出した…
きっと、私が、反応しないのを、見て、落胆したのかも、しれない…
たとえ、少しでも、私が、オジサンの会話に、合わせれば、また、別の展開になっていたのかも、しれない…
まあ、別の展開といっても、この後、なにか、あるわけでは、ない…
せいぜいが、5分程度、この場で、立ち話に、興じるだけだ…
世間話に、興じるだけだ…
私は、思った…
私は、考えた…
いずれにしろ、長い時間ではない…
そんなことを、考えながら、歩き出した…
なにしろ、ウオーキングだ…
脳梗塞を、予防するための、ウオーキングだ…
少しでも、歩かなければ、ならない…
歩いて、カラダの中の血液の巡りを、良くしなければ、ならない…
だから、ホントは、命がけ…
ただ、歩くだけだが、ホントは、命がけ…
おおげさでなく、命をつなぐために、歩いているのが、真相だからだ…
しかしながら、私が、歩いているのを見て、誰も、その真相を知るものは、いない…
なにしろ、32歳だ…
まだ、結婚もしていない…
そんな年齢の女が、まさか、脳梗塞の予防のために、歩いているなんて、思いもしないだろう…
考えも、しないだろう…
せいぜいが、趣味…
ウオーキングが、趣味と思うはずだ…
いや、
私が、ウオーキングをしているのも、大半が、気付かないだろう…
なぜなら、私は、普段着…
ウオーキングをするために、特別な格好は、していない…
それゆえ、私が、今、ウオーキングをしていることも、気付かないひとたちが、大半だろう…
私は、そんなことを、考えながら、ウオーキングを続けた…
実際、ただ、ウオーキングをするのは、難しい…
ただただ、歩くことに、夢中になることは、難しい…
だから、どうしても、なにか、考える…
ぼんやりと、考える…
もちろん、他人は、どうか、わからない…
ただ、私の場合は、そう…
しかしながら、もしかしたら、それは、私が若いから…
まだ、若いからかも、しれない…
まだ、32歳と若いからかも、しれない…
それゆえ、余裕がある…
ただ、歩くことだけに、集中しない余裕がある…
これが、私が、今の32歳の倍の64歳になったら、どうだろうか?
まさか、日常で、杖のお世話になっているとは、思えないが、おそらくは、歩くだけで、今の年齢のようには、いかないだろう…
早く、疲れるだろう…
これは、簡単に、想像がつく…
また、私の場合は、それほど、疲れないが、他のひとは、わからない…
同じ年齢でも、わからない…
それは、なぜか?
それは、皆、持っているカラダが、違うからだ…
だから、疲れ方が違う…
ちょっとの運動で、疲れる人、疲れないひとが、いる…
これは、個人差…
あるいは、個体差だ…
皆、カラダが、同じでは、ない…
それが、わからないものが、以前は、多かったが、今は、世間で、その違いを、受け入れてきたように、思う…
多様性というか…
他人と自分は、違うという当たり前のことが、世の中で、認知されるようになったと、思う…
私は、そんなことを、考えながら、ウオーキングを続けた…
常に、なにか、漠然と、考えながら、ウオーキングを続けた…
これは、たぶん、余裕…
私の余裕なのかも、しれない…
ウオーキングをする程度では、まだ、まだ、体力に余裕のある証拠なのかも、しれない…
そして、家に戻った…
私は、家に戻ると、真っ先に、自宅の固定電話に、留守電が、きていないか、どうか、調べた…
普通は、ケータイに、電話があるが、稀に、家の固定電話に、連絡が来ることがある…
まあ、イマドキ、女の一人暮らしで、家に固定電話がある家も、少ないかも、しれない(苦笑)…
これは、ジュン君とナオキと3人で、ここに住んでいた名残…
ジュン君は、学校…
ナオキは、会社と、どうしても、組織に所属していれば、固定電話が、必要…
やはり、ケータイだけでは、信用されない…
事実、これは、今も同じだろう…
会社を経営している社長の自宅が、いかに、豪華であろうと、自宅に、固定電話がないのは、ありえない…
それでは、世間から、信用を得られない…
そういうことだ…
私が、家の固定電話を、見ると、メッセージが、あることが、わかった…
私は、指で、ボタンを押して、留守電のメッセージを聞いた…
「…おはようございます…」
と、いうメッセージが、流れてきた…
聞き覚えのある声が流れて来た…
マミさんの声が、流れて来た…
私は、それを、聞いて、まずは、ホッとした…
迷惑電話でないことが、わかったからだ…
最近は、留守電にメッセージが、入れてあると、大半が、押し売りか、詐欺メッセージ(苦笑)…
このままでは、電話が止まるから、これから言う番号に電話をかけろという詐欺メッセージ…
あるいは、押し売り、または押し買い…
とにかく、強引に家を訪れて、商品を押し付けるか、あるいは、強引に、商品を買おうとするのかのどちらか…
いずれにしろ、警察のお世話になる案件…
まともな電話ではない…
だから、安心した…
そんな電話では、ないから、安心した…
が、
そうでは、なかった…
電話の内容は、安心とは、ほど遠いものだった…
「…寿さん、気をつけて…」
と、メッセージが流れてきたからだ…
…気をつける?…
…一体、なにに、気をつけるのだろう?…
私は、思った…
私は、考えた…
「…団郁馬が、近付いてくる…」
マミさんが、続けた…
…団郁馬?…
…五井北東家当主?…
とっさに、気付いた…
とっさに、考えた…
まさか?
まさか、団郁馬が、私に近付いてくる?
って、意味が、わからなかった…
それより、なにより、私は、団郁馬の顔を知らない…
どんな顔をしているのか、知らない…
だから、気をつけるも、なにもない…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
だから、留守電のメッセージが、終わる前に、電話を、かけた…
マミさんのケータイに、電話をかけた…
「…もし、もし、寿です…」
と、言って、慌てて、電話をかけた…
幸い、電話は、すぐに、繋がった…
思ったより、簡単に、電話が繋がった…
「…寿さん?…」
と、言って、マミさんは、電話を出た…
私は、ホッとした…
実に、ホッとした…
やはり、今の時間、電話が繋がることは、難しい…
それは、マミさんが仕事をしているから…
マミさんは、会社を、経営している…
だから、当然、仕事中…
それゆえ、電話をかけても、繋がらないと思ったのだ…
だから、マミさんが、電話に、出て、ホッとした…
マミさんが、電話に出て、
「…寿さん?…」
と、言ってくれて、ホッとした…
私は、マミさんの言葉を聞いて、すぐに、
「…あの…マミさん…団郁馬が近付いてくるっていうメッセージをもらったんで、私、電話をしたんですけど…」
と、言った…
どうして、今、電話をしたのか?
まずは、その説明をしたかった…
まずは、その説明をするのが、先だと、思ったのだ…
それは、なぜか?
やはり、それは、社会人のマナー…
朝っぱらから、仕事の用事でも、なんでもないのに、電話をかけるのが、マナーに反すると、思ったからだ…
だから、説明した…
こんな朝っぱらから、マミさんに、電話を入れた理由を説明した…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…情報が、入ったのよ…」
と、マミさんが、言った…
素早く、言った…
「…情報?…」
「…団郁馬が、寿さんに、接触しようとしている情報…」
「…そう、言われても、私、その団郁馬さんのことが、まったく、わかりません…ネットで、調べても、顔の写真一枚、ありませんでした…どんな顔をしているのかも、しりません…」
私が、言うと、マミさんが、黙った…
「…」
と、沈黙した…
そして、
「…そうよね…」
と、しばし、時間を置いて、言った…
「…寿さん、団郁馬の顔を、知らないものね…」
「…ええ…知りません…」
私が、言うと、少しの沈黙後、
「…だったら、送る…」
と、いきなり、マミさんが、言った…
「…送る? 送るって、なにを送るんですか?…」
「…団郁馬の写真…」
「…写真? そんなものが、あるんですか?…」
「…普通は、ない…団郁馬は、用心深いから、滅多に、写真を撮られない…自分の顔が世間に知られるのを、防ぐために、注意して、写真を撮らせない…」
「…」
「…でも、一族の集まりは、別…五井一族の集まりには、顔を出すし、そこでは、普通に写真を撮る…さすがに、一族の集まりに、顔を出さないわけには、いかないから…」
マミさんが、説明する…
「…寿さん、ケータイで、いい?…」
と、いきなり、言った…
「…えっ? なにが、いいんですか?…」
「…これから、団郁馬の写真を送る…送り先、ケータイでいい?…」
「…ハイ、いいです…」
答えてから、ケータイを探した…
たしか、さっきは、ウオーキングをしたときは、持ち歩かなかった…
誰からも、連絡がないと、思っていたからだ…
真逆に、持ち歩くことで、もし、どこかで、落としたら、困ると、思ったからだ…
だから、考えた…
どこに、置いたか、考えた…
すると、すぐに、思いついた…
机の近くだ…
パソコンの置いてある、机の近くだ…
私は、受話器を持ったまま、机に向かった…
そして、机に置いてあるケータイを持ち、すぐに、スイッチを入れた…
すぐに、マミさんから、メールが届いた…
私は、そのメールをすぐに開けた…
すると、出てきたのは、オジサンの顔…
とりたてて、特徴のない、オジサンの顔だった…
五十代と思しき、オジサンの顔だった…
つい、さっき、コンビニで、会った、オジサンの顔だった…




