寿綾乃という女 第4部 113
と、言っても、コンビニになにかが、あったわけでも、なんでもない…
コンビニは、コンビニ…
別段、変わっているコンビニでも、なんでも、なかった…
ただ、私にとっては、運命だった…
私の運命を、変えた、コンビニだった…
私は、コンビニの中に入ると、真っ先に、飲み物の置かれた冷蔵庫に向かった…
自分の好みの飲み物を、買うためだ…
さっきも、書いたように、ポカリスエットやアクエリアスのような飲料を探して、手に取ったが、やはり、止めた…
なぜなら、砂糖が、入っていて、甘いからだ…
これならば、砂糖の入っていない、おーいお茶や、麦茶の方が、いい…
さっぱりしている…
そう思って、お茶を探した…
すると、すぐに、見つかった…
が、
今度は、普通のおーいお茶と、濃い味のおーいお茶があり、それで、悩んだ…
本当ならば、今の状況では、さっぱりとした、普通のおーいお茶の方が、いい…
しかしながら、貧乏性の私は、やはり、買うとなると、濃い味の方を、求めてしまう…
せっかく、お茶を買うのだから、濃い味の方が、お茶を飲んだ気がするからだ…
だから、得をした気分になるからだ…
それゆえ、悩んだ…
少しばかり、悩んだ…
が、
いつまでも、悩んでは、いられない…
私が、冷蔵庫を開けていると、すぐ近くで、私が、飲み物を、買い終えることを、待っているお客さんが、いたからだ…
私は、慌てて、目当ての飲料を掴んで、冷蔵庫の扉を閉めた…
そして、
「…すいません…」
と、私が、飲料を選び終えるのを、待っていたお客さんに、軽く頭を、下げた…
私の選んだのは、おーいお茶の濃い味だった…
それを、見て、私は、相変わらず、自分は、貧乏性だと、笑った…
心の中で、笑った…
そして、それから、レジに、向かった…
レジは、混んでいた…
数人が、並んでいた…
混んでいる原因は、子供だった…
小学校に、上がったか、どうか、微妙なぐらいの少年が、お菓子か、なにかを、買ったが、お金が、足りないらしい…
必死になって、自分の財布の中の現金を探している…
その一方で、レジの店員が、もどかしそうに、少年が、お金を払い終えるのを、待っていた…
今は、コンビニは、自動レジが大半だから、まずは、客が、自分で、お金を、払う…
つまりは、客が、お金を払い終えなければ、店員は、お客様に、商品を渡せない…
それゆえ、もどかしそうに、少年を見ていた…
そして、それは、他の客も、同様だった…
その少年の後ろに、並ぶ、他のお客さんたちも、同様だった…
店員は、優しく、
「…お金が、足りないの?…」
と、少年に、聞いた…
少年は、困った顔をしていた…
すぐには、返事をしなかった…
あるいは、できなかった…
「…それじゃ、商品は、買えないよ…家に、戻って、お金を、持ってくれば、いい…」
店員が、優しく声を、かけた…
少年は、仕方なく、頷いた…
が、
予想外のことが、起きた…
少年の後ろに、並んだ、オジサンが、
「…いくら、足りないの?…」
と、声をかけたからだ…
どう見ても、他人…
その少年とは、まるで、無関係の他人だった…
その他人が、声をかけたものだから、困惑した…
少なくとも、私には、少年が、困惑して見えた…
だから、少年は、答えられなかった…
そのオジサンの質問に、答えられなかった…
すると、今度は、そのオジサンは、レジで、少年が、お金を、入れ終わるのを、待っている店員に、
「…いくら、足りないんですか?…」
と、聞いた…
店員も、また、少年同様、戸惑った…
どう、見ても、その少年と、そのオジサンに、なにか、関係があるとは、思えなかったからだ…
だから、店員も、戸惑って、答えなかった…
オジサンは、店員の胸中を察して、
「…たいした、お金じゃないから、ボクが、払うよ…」
と、言った…
「…えっ?…」
と、店員が、漏らした…
まさに、予想外の言葉だったからだ…
「…この子供だって、わざわざ、家に戻って、お金を持って、この店に返ってくるのは、面倒だろ? ボクが、払うよ…」
オジサンが、ポケットから、財布を出した…
「…いくら、足りないんだい?…」
「…88円です…」
店員が、答える…
その答えを、聞いた、オジサンは、財布の中から、百円玉を取り出して、自動レジに入れた…
店員は、
「…いいんですか?…」
と、オジサンに、聞く…
オジサンは、
「…いいも、悪いも、もう払っちゃったよ…」
と、言って、笑った…
そして、少年も、また、戸惑っていた…
どうしていいのか、わからない様子だった…
店員が、少年に、その少年が、買った商品を手渡したが、受け取らなかった…
受け取っていいのか、どうか、わからなかったのだろう…
それを見た、オジサンが、
「…お金は、払い終えたから、早く、その商品を持って、家に、帰りなさい…」
と、優しく言った…
「…でも、ボクが、払ったわけじゃ…」
「…誰が、払おうと、同じさ…お金を、払えば、いい…でしょ? 店員さん…」
オジサンが、店員に話しかけると、店員も、どう返答していいか、わからなかった…
ただ、困惑して、苦笑いを浮かべていた…
そして、少年に、
「…さあ、今度は、オジサンの番だ…キミは、もう終わったから、帰りなさい…オジサンの邪魔だ…」
そう言われて、少年は、そこから、立ち退いた…
それから、
「…ありがとう…」
と、言って、走って、コンビニを出て行った…
きっと、恥ずかしかったのだろう…
が、
この出来事は、私の胸を熱くした…
いや、
私だけではない…
レジにいる店員を含め、その場にいた全員の心を熱くした…
しかしながら、当人は、そうではなかったようだ…
無言で、レジの店員に、自分の買った商品を手渡して、それを、自動レジの会計で、すませた…
が、
その顔は、別に、機嫌が、良くも、悪くも、なかった…
ただ、淡々と、会計をすませたに、過ぎなかった…
そして、レジの店員から、商品を受け取って、店を出ようとした…
そのときに、偶然、私に、ぶつかりそうに、なった…
私が、並んだ列から、少しはずれていたのが、原因だった…
今回の騒動が、列の後方では、見づらかったので、列から、少し、はみ出したのだ…
が、
その列に、まさか、そのオジサンが、来るとは、思わなかった…
普通は、誰もが、違う、通路から、店を出るのが、普通だからだ…
あるいは、私の並ぶ列にある棚に、オジサンが、買い忘れた商品があったのかも、しれない…
が、
いずれにしても、私の近くに、オジサンが、近付いてきて、私にぶつかりそうになった…
私は、驚いたが、それは、オジサンも、同じだったようだ…
さすがに、ぶつかることは、なかったが、互いに、
「…すいません…」
と、詫びた…
しかも、ほぼ、同時に、詫びた…
声を出すのが、ほぼ、いっしょだった…
オジサンは、私に頭を下げ、店を出て行った…
私は、その後ろ姿を見送った後、自分の持った、おーいお茶の濃い味の会計を済ませて、店を出た…
そして、店の前で、おーいお茶の濃い味のボトルのキャップを開けて、勢いよく、飲んだ…
…おいしい!…
…実に、おいしかった!…
やはり、もっと、早く、なにか、飲み物を飲めば、良かった…
そうも、思った…
ずっと、以前、聞いたのだが、脳梗塞の予防では、カラダが、水分を欲する前に、飲むのが、理想だと、聞いたことがある…
カラダが、水分を欲する前に、先んじて、飲むというのは、どういうことかと、冷静になれば、考えるが、そのときは、考えなかった…
つまりは、定期的に、飲めということなのかも、しれない…
カラダが、水分を欲する前に、飲めというのは、そういうことかも、しれない…
冷静に、考えると、そういうことになる…
なぜなら、カラダは、まだ、水分を要求していない…
にもかかわらず、その前に、水分をカラダに、与えなさいということは、そう考えるしか、ないからだ…
私は、おーいお茶の濃い味を飲みながら、思った…
そして、ボトルの三分の一ぐらい飲んだ後、キャップを閉めて、店から、歩いて、出ようとした…
その私の視界に、さっきのオジサンが、目に入った…
私は、またも、そのオジサンに、ペコリと、軽く頭を下げた…
私が、頭を下げるものだから、そのオジサンも、私に応じるように、私に頭を下げた…
私は、そのオジサンの近くに行った…
ちょうど、私の歩く方向が、オジサンの立つ場所だったからだ…
オジサンは、私が、近くに、来るのを、見て、
「…さっき、見たときも、随分、美人の方だなと、思いましたが、近くで、見ると、一層、美人ですね…」
と、言った…
私は、驚いた…
さすがに、普通のオジサンに、そんなことを、言われるとは、おおげさに言えば、夢にも、思っていなかったからだ(苦笑)…
それに、このオジサンに限らず、私に、正面切って、
「…お美しい…」
とか、
「…美人ですね…」
と、言われることも、めっきり減った…
一番の理由は、会社を辞めて、ひとと接する機会が、減ったのが、原因だが、ひょっとしたら、私も、歳を取って、依然に比べ、容姿が、衰えたのも、原因かも、しれない…
自分では、気付かないが、そうかもしれない…
認めたくないが、その可能性が高い…
まあ、もっとも、日本人は、シャイと言えば、いいのか、たとえ、相手が、美人でも、面と向かって、
「…ずいぶん、おキレですね…」
とか、
「…美人ですね…」
とか、いうひとは、少ない…
そのせいかも、しれない…
そして、そう、考えると、このオジサンは、希少…
希少な部類のひとかも、しれないと、思った…
そして、私が、そんなことを、考えていると、オジサンが、続けて、
「…でも、さっきは、良かったな…」
と、突然、言った…
…良かった?…
…なにが、良かったんだろ?…
私は、考えた…
すると、オジサンは、まるで、答え合わせをするように、
「…さっき、あの子供に、お金を、与えたことですよ…たった百円で、美人の前で、いいところを、見せられた…」
と、言って、笑った…
実に、楽しそうに、笑った…
私は、なんて、返答をしていいのか、わからなかった…
それゆえ、黙って、オジサンの顔を見た…
ただ、見た…




