寿綾乃という女 第4部 105
…やはり、そうか!…
あらためて、思った…
わかってはいたが、あらためて、思った…
が、
それでも、やはり、納得できない…
いかに、今、五井の内部で、ゴタゴタがあろうと、それが、藤原ナオキの結婚となんの関係があるのだろうか?
それが、わからない…
さっぱり、わからない…
私が、考えていると、
「…寿さん、聞いてる?…」
と、マミさんが、聞いてきた…
「…ハイ…聞いてます…」
「…要するに、今回の藤原さんの結婚は、寿さんから、藤原さんを、引き離すこと…それが、目的…」
「…目的? でも、それと、五井のゴタゴタとなんの関係が?…」
「…今度のことは、藤原さんの前妻のユリコという女性が、一枚噛んでいる…それは、さっきも、寿さんに、言ったでしょ?…」
「…ハイ…」
「…それだから、今回の条件として、寿さんから、藤原さんを、引き離すのが、ユリコさんの目的だった…」
「…条件ですか?…」
「…そうよ…条件…今回、和子叔母様が、倒れて、五井が、ゴタゴタしたでしょ?…」
「…ハイ…」
「…その結果、伸明さんは、見合いせざるを得なくなった…西家の叔父様が、伸明さんに、見合いを強要して、それを、断ることが、できなかった…和子叔母様が、元気だったら、西家の叔父様も、そんなことは、しなかった…伸明さんに、縁談の無理強いは、しなかった…すれば、西家が、本家にちょっかいを出したと思われる…叔母様が、激怒するのが、わかっているから…」
「…ですが、それが、ユリコさんと、なんの関係が?…」
「…あのユリコという女…狙ってたのよ…」
「…狙ってた? なにを、狙っていたんですか?…」
「…五井に復讐する機会…和子叔母様に、復讐する機会…」
思い出した…
たしかに、以前、ユリコは、あの和子に、してやられた…
五井の分家の株を買い占め、高値で、和子に売ろうとした…
が、
和子の方が、一枚上手だった…
和子は、ユリコが、どうやって、五井の株を買うために、資金を調達したか、それを、事前に調べ上げていた…
そして、返済期限もまた、調べ上げていた…
それゆえ、ユリコは、一刻も早く、借りた資金を返済しなければ、ならない…
その弱点を、ついた…
その弱点を逆手に取り、和子は、ユリコの言い値を、はるかに、下回る金額で、株を買い戻した…
その結果、ユリコは、烈火のごとく、激怒した…
ユリコにとっては、屈辱…
前代未聞の屈辱だったに違いない…
それを、思い出した…
それを、今、思い出した…
「…それで、今回、和子叔母様が、倒れたと聞いて、動き出した…五井記念病院の長谷川センセイに近付いて、妹のハルカを、西家の叔父様に、紹介しようと仕組んだのも、彼女…」
「…えっ? ウソ?…」
思わず、言った…
が、
言った直後に、
…やっぱり!…
と、思った…
…やっぱりと、納得した…
あのユリコのことだ…
受けた恨みを忘れるわけは、ない…
受けた屈辱を忘れるわけは、ない…
きっと、淡々と、復讐する機会を窺っていたに違いない…
あのユリコだ…
当たり前だった…
「…そして、西家だけでは、心もとない…だから、北東家にも、接触した…」
「…えっ?…」
…ウソ!…
そこまでは、考えもしなかった…
まったく、考えなかった…
でも、一体、なぜ?
なぜ、ユリコは、北東家を知っているのか?
北東家の当主、団郁馬を知っているのか?
それが、わからなかった…
それが、謎だった…
それゆえ、私は、勇んで、
「…ユリコさんは、北東家の当主を知っていたんですか?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
「…それは、わからない…」
と、マミさんは、即答した…
「…でも…」
「…でも、なんですか?…」
「…北東家の当主、団郁馬は、用心深い…」
「…用心深い?…」
「…滅多に、人前に出ない…」
「…えっ? 人前に出ない? どうしてですか?…」
「…たぶん、目立つのが、嫌いなんだと、思う…」
「…目立つのが、嫌いって…」
「…北東家は、朝日新聞の社主だった村山家と同じ…」
「…同じ…」
「…東都テレビの事実上のオーナー…東都テレビは、東都ラジオの支配下にあり、その東都ラジオは、東都新聞の支配下にある…その東都新聞の株式を握っているのが、団郁馬…五井北東家…だから、あえて、人前に出る必要は、ない…」
「…人前に出る必要は、ない…」
「…団郁馬は、株を握っている…その株は、非公開…公開していない…だから、誰も、団家から、株を買うことが、できない…そして、それが、団家の力の源泉…北東家の力の源泉…」
それを、聞いて、考えた…
私も、以前、調べて、今、マミさんが言ったことを、知っていた…
五井北東家の力の源泉が、東都新聞にあること…
東都新聞の社主だから、力を持っていることを、知っていた…
と、同時に、思い出した…
団郁馬の名前をネットで、検索したときに、ヒットした数少ない情報…
その情報で、団郁馬が、ユリコのセミナーに参加していたことを、思い出した…
つまり、二人の接点は、そこ…
ユリコの主催するセミナーだ…
ユリコは、かつて、投資ファンドの代表をしていた…
投資ファンドとは、平たく言えば、誰かから、多額のお金を集めて、その資金で、どこかの企業の株を買い占め、それで、その企業の業務の改善を提案して、その結果、企業の株が上がり、それから、持っていた株を売り、その差額で、儲ける仕事…
そのためには、まずは、出資者が、必要…
自分一人のお金では、とても、企業の株を大量に買い占める大金を用意することなど、できないからだ…
それゆえ、ユリコは、ネットで、自分の主催するファンドの出資者を、募っていた…
それが、ユリコの主催するセミナー…
そのセミナーに、五井北東家の当主、団郁馬が、参加していたということだ…
私は、今、それを、思い出した…
そして、私が、それを、思い出していると、
「…団郁馬は、父と因縁があった…」
と、いきなり、マミさんは、言った…
「…五井北東家は、東都新聞を牛耳っている…マスコミを牛耳っている…それゆえ、調子に乗っていた…」
「…調子に乗っていた?…」
「…五井北東家は、こう言っては、なんだけれども、五井内部の序列では、下…東西南北の五井の四つの分家にも入っていない…でも、マスコミを牛耳っている…それゆえ、調子に乗っていた…調子に乗って、五井の序列を崩そうとしていた…」
「…序列を崩す?…」
「…要するに気に入らないのよ…いくら、マスコミを牛耳っていても、五井内部の序列は、下…本家や東西南北の四つの分家のはるか下に位置する…それが、気に入らないの…」
「…」
「…それで、父は、建造は、序列を崩そうとする、北東家を、なんとか、抑えようとしていたのだけれども、結果、北東家と揉めて…」
マミさんが、激白する…
そして、それを、聞きながらも、以前、この話は、たしか、マミさんから、聞いたと、思った…
が、
すっかり、忘れていた(苦笑)…
それは、やはり、自分に関係がないからだろう…
自分に関係が、ないから、忘れていた…
そうだろう…
しかし、今、自分に関係ができた…
なにしろ、私の夫同様のナオキを盗られたのだ…
なんとか、取り返さなければ、ならない…
なんとか、しなければ、ならない…
だから、余計に、今のマミさんの話を聞いた…
耳の穴をかっぽじって、聞いた(笑)…
そして、それから、考えた…
肝心のことを、考えた…
そもそも、その団郁馬という人物…
どういう人物なのか、考えた…
考えたのだ…
だから、私は、躊躇せずに、聞いた…
「…マミさん、団郁馬というひとは、どういうひとなんですか?…」
と、聞いた…
「…どういうひとって?…」
と、マミさん。
「…年齢とか、人柄とか、背が高いとか、低いとか、イケメンとか、イケメンじゃないとか…」
私が、言うと、マミさんは、少し考えてから、
「…目立たないひとよ…」
と、告げた…
「…目立たたないひと?…」
「…大勢のひとがいれば、目立たない、絶対目立たないひと…藤原さんや伸明さんのように、長身のイケメンでも、なんでもない…私のように、派手でもないし、寿さんのように、美人でもない…」
「…」
「…でも、野心が強い…野心が、強烈…」
「…野心が、強烈…」
「…だから、父は、警戒した…それゆえ、北東家の力を削ごうとした…その結果、父と、対立して…」
後は、言葉が続かなかった…
かすかだが、涙声になっていた…
あるいは、涙声に聞こえた…
私の耳には、聞こえた…
そして、私が、そんなことを、思っていると、マミさんが、電話の向こう側から、
「…たぶん、寿さんは、団郁馬と会ったことがある…」
と、いきなり、言った…
私が、思いもかけないことを、いきなり、言った…
「…えーっ! 私がですか?…」
思わず、素っ頓狂な声を上げた…
自分でも、驚くくらい素っ頓狂な声を上げた…
「…そう…」
「…失礼ですが、どうして、マミさんは、それを、知っているんですか?…」
「…以前、私が、父の指示で、藤原さんと、接触したのは、寿さんも、知っているでしょ?…」
「…ハイ…知っています…」
このマミさんは、五井家先代当主、建造の娘…
建造が、外に作った娘だ…
つまりは、建造の妻の和子の娘では、ない…
が、
それゆえ、動きやすい…
建造が、外で、愛人と作った子供ゆえ、正式な五井家の人間では、ない…
だから、動きやすい…
だから、建造は、私を探るべく、ナオキに近付いた…
私が、建造の娘だと、疑ったからだ…
私のルックスは、母よりも、叔母に近い…
そして、その叔母は、かつて、建造と恋愛をした…
それゆえ、私を、自分の娘ではないかと、疑ったのだ…
そして、私は、ナオキの秘書…
FK興産社長のナオキの秘書…
公私共に、藤原ナオキのパートナーだった…
それゆえ、建造は、娘のマミさんに、命じて、まずは、藤原ナオキに近付いた…
藤原ナオキに近付くことで、私に近付こうとしたのだ…
私は、今、それを、思い出した…
思い出したのだ…




