寿綾乃という女 第4部 104
私は、とっさに、
「…大丈夫です…」
と、答えた…
もちろん、大丈夫ではない(苦笑)…
大丈夫どころか、つい、今さっきまで、ショックで、寝込んでいたところだ…
しかし、いくら、仲の良いマミさんでも、そんなことは、言えなかった…
そんなみっともないことは、言えなかった(涙)…
私は、むしろ、なにも、なかったように、
「…そんなことより、マミさん、どうしたんですか?…」
と、聞いた…
むろん、わざと、だ…
わざと、私には、ダメージが、なにもないように、振る舞ったのだ…
それを、聞いたマミさんは、少し、間を置いてから、
「…寿さん、すごい…」
と、言ってきた…
「…すごい、メンタルね…」
と、言ってきた…
私は、なにも、言わなかった…
いや、
言えなかった…
きっと、マミさんは、電話の向こう側で、心配している…
私のメンタルを心配している…
それが、わかった…
痛いほど、わかった…
だから、なにも、言わなかった…
だから、なにも、言えなかった…
言えば、私が、無理をしているのが、わかるから…
言えば、私が、無理をしているのが、見え見えだからだ…
だから、なにも、言わなかった…
そして、それを、マミさんも、わかっている…
それゆえ、
「…寿さん、ごめんね…」
と、マミさんが、言った…
いきなり、言った…
「…ごめんって、なにが、ごめんなんですか?…」
私は、聞いた…
「…今度のこと… 五井のゴタゴタに巻き込んじゃって…」
マミさんが、言う…
私は、それを、聞いて、
…やっぱり!…
と、内心、思った…
…やっぱり、五井で、なにか、あった!…
そう、確信した…
だから、
「…やっぱり、五井で、なにか、あったんですね?…」
と、言おうとしたが、止めた…
それは、なぜか?
それは、私が、五井一族でも、なんでもないからだ…
だから、さすがに、口に出せない…
それを、言えば、大げさに言えば、内政干渉というか(苦笑)…
赤の他人が、口を出すことではないと、思ったからだ…
私が、そう、思っていると、マミさんが、
「…今度の一件、あのユリコさんが、絡んでいるわ…」
と、いきなり、言った…
まさに、寝耳に水…
寝耳に水の言葉だった…
私は、すかさず、
「…ユリコさんって、藤原ナオキの元の妻のユリコさんですか?…」
と、聞いた…
聞かずには、いられなかった…
「…そう…」
短く、マミさんが、答える…
私の脳裏に、いきなり、ある光景が、思い浮かんだ…
それは、あのユリコと、外科医の長谷川センセイが、並んで歩いているところ…
それを、見た、光景を思い出した…
あのハルカは、長谷川センセイの妹…
そのハルカが、ナオキと結婚する…
ユリコの元の夫の藤原ナオキと結婚する…
なにか、ないはずがなかった…
あのユリコが、今回の藤原ナオキの結婚に関わりがないわけは、なかった…
なかったのだ…
そして、私が、そう思っていると、マミさんが、
「…あのユリコさんの狙いは、たぶん、寿さんを孤立させること…」
と、言った…
いきなり、言った…
「…私を孤立?…」
「…そう、寿さんは、藤原さんを頼っている…だから、寿さんから、藤原さんを取り上げる…それが、ユリコさんの狙い…」
マミさんが、言った…
ある意味、予想通りのことを、言った…
あのユリコと、長谷川センセイが、並んで歩いているのを見て、
…なにか、ある!…
それは、直感で、わかった…
が、
なにが、あるかは、当然、わからない…
しかしながら、そのなにかが、私から、ナオキを取り上げることだとしたら、それは、驚きだった…
まさに、驚きだった…
まさに、想定外の出来事だったからだ…
だから、驚きだった…
私にとって、藤原ナオキは、パートナー…
公私ともに、パートナーだった…
FK興産では、社長と社長秘書として、働き、私生活でも、いっしょに暮した…
気の合うパートナーだった…
かけがえのないパートナーだった…
そのパートナーが、私から離れる…
私の元を去る…
それは、おおげさでなく、翼をもがれたようなもの…
鳥が、翼をもがれたようなものだった…
そして、それこそが、ユリコの狙い…
私自身、気付いていなかった私自身の最大の弱点…
それは、藤原ナオキ…
事実上のパートナーの藤原ナオキを私から、奪うことだった…
藤原ナオキが、私の元から去れば、私は、ひとりぼっち…
頼れるものは、誰も、いない…
完全なひとりぼっちになる…
それが、たぶん、ユリコの狙い…
そして、それこそが、復讐だった…
ユリコの私に対する復讐だった…
かつて、ユリコから、ナオキを奪った、私に対する復讐だった…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、そんなことを、考えていると、
「…寿さん、聞いてる?…」
と、マミさんが、電話の向こう側から、言ってきた…
「…ハイ、聞いてます…」
とっさに、答えたが、実は、聞いてなかった(苦笑)…
実は、自分の考えでいっぱいで、聞いてなかった…
それゆえ、すぐに、
「…聞いているんですけど、少し、自分の考えで、頭の中が、いっぱいになって…」
と、付け足した…
が、
マミさんは、怒らなかった…
「…それは、わかる…」
と、だけ、言って、怒らなかった…
「…なんといっても、藤原さんは、寿さんのパートナー…そのパートナーが、寿さんの元から、いなくなって、別の女と、結婚するなんて、耐えられるわけない…」
マミさんが、断言する…
「…そして、藤原さんこそが、寿さんの最大の弱点…」
「…私の弱点?…」
「…そう…寿さんは、気付いていないかも、しれないけれど…」
この言葉に苦笑した…
内心、苦笑した…
たしかに、気付いていなかった…
今の今まで、気付いていなかった…
なにしろ、さっき、気付いたばかりだ…
それは、なぜか?
それは、自信があったから…
藤原ナオキが、私の元から離れることは、ない…
そんな自信があったから…
絶対の自信があったからだ…
だから、考えもしなかった…
ナオキが、私の元を去ることなど、考えもしなかった…
それゆえ、弱点…
私にとっては、考えて見なかった私の弱点だった…
私は、今、マミさんの言葉で、あらためて、思った…
思ったのだ…
私が、そんなことを、考えていると、マミさんが、
「…寿さん、大丈夫?…」
と、またも、心配そうに、聞いてきた…
私は、あっさりと、
「…大丈夫ですよ…」
と、答えた…
「…どうしてですか?…」
「…いえ、寿さん、沈黙していたから…」
「…沈黙?…」
「…やっぱり、ショックが大きかったと、思って…」
そう、言われると、なにも、言えなかった…
なにも、言えなかったのだ…
図星…
まさに、図星過ぎたから、なにも、言えなかった…
そして、考えた…
今さらながら、考えた…
なぜ、マミさんが、私に電話をかけてきたのか、今さらながら、考えた…
これは、やはり、私が、ナオキに捨てられたから…
私が、ナオキに、惨めに振られたから…
だから、私が、心配で、電話をかけてきた…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
が、
それでは、五井のゴタゴタは、説明できない…
なにより、ナオキの結婚と、五井のゴタゴタが、どう関係するのか、説明が、できない…
納得のできる説明が、できないと、思った…
思ったのだ…
それゆえ、今さらながら、マミさんに、
「…今回の藤原ナオキの結婚…なにか、五井に関係があるんですか?…」
と、聞いた…
聞かざるを得なかった…
私の質問に、マミさんは、答えなかった…
すぐには、答えなかった…
いや、
答えられなかった…
マミさんは、しばらく、置いてから…
「…ある…当然、ある…」
と、答えた…
断言した…
「…私は、なにも、寿さんを慰めるために、電話をしているわけじゃないのよ…」
と、断言した…
当然だった…
ある意味、当然だった…
「…藤原ナオキさんの結婚は、五井のゴタゴタが、原因…」
と、断言した…
思った通り、断言した…




