寿綾乃という女 第4部 103
これは、夢?
もしかしたら、夢?
そんなバカなことを、考えた…
そんなバカバカしいことを、考えた…
我ながら、そんなバカバカしいことを、考えた…
が、
そんなバカバカしいことを、真剣に考えるほど、衝撃だった…
まさに、ありえないほど、衝撃だった…
そして、それは、記者会見でも、やりとりされた…
記者が、ナオキに、聞いたのだ…
直球で、聞いたのだ…
「…藤原さんは、テレビで、キャスターをなさっていて、それでいて、会社も、経営されている…しかも、独身…ルックスもいい…それが、どうして、これまで、結婚されなかったのか、私たちの間でも、不思議でした…それが、今回、突然の結婚発表…これは、一体、どうしてですか?…」
ナオキが、苦笑いを浮かべながら、質問に答える…
「…たまたま、縁がなかっただけですよ…」
と、言って、質問に答える…
「…縁? ですか?…」
「…そうです…」
「…でも、失礼ですが、藤原さんは、今、ご年齢は、四十歳を、超えてますよね?…」
「…ハイ…超えてます…」
「…失礼ですが、その年齢で、縁と言われても、説得力が…」
記者の質問に、会場の記者が、全員、失笑した…
が、
ナオキは、動じることなく、
「…仕事が、忙し過ぎたんです…」
と、笑って、答えた…
「…仕事…ですか?…」
「…ハイ…そうです…」
ナオキが、笑う…
「…皆さんも、ご承知のように、小さいながらも、会社を経営しています…それが、大変で…」
「…失礼ですが、藤原さんは、若いときに、一度、ご結婚をされてすね…」
「…ハイ…」
「…それで、もしや、結婚が、懲りたとか?…」
「…それは、わかりませんが、なにしろ、仕事が、忙しかったんで…」
「…これも、失礼ですが、たしか、藤原さんには、美人の秘書の方が、よくいっしょにいると、この業界でも、噂になったことが、ありましたが…」
「…彼女は、すでに、退社しました…」
ナオキが、答える…
私のことを、答える…
「…いずれにしろ、これは、めでたい席なんで、これ以上、ボクの過去のことを、根掘り葉掘りするのは、ご勘弁願います…」
ナオキが、大人の余裕の笑みを浮かべて、言った…
私は、それを、見て、テレビを消した…
頭に来て、テレビを消した…
テレビのリモコンを消した…
ホントなら、テレビのリモコンを床に投げ捨てたいところだ…
しかし、さすがに、それは、できない…
それでは、あまりにも、大人げなさすぎる…
いくら、誰も、見ていなくても、大人げなさすぎる…
それになにより、リモコンを床に、投げて、壊してしまっては、元も子もない…
買い替えるのが、大変だ(苦笑)…
私は、頭に来たが、それを、態度に出すことは、なかった…
自宅で、一人っきり…
だから、誰にも、見られない…
しかしながら、それでも、態度に出すことは、なかった…
それでは、みっともなさすぎるからだ…
いかにも、男に捨てられた女ということで、みっともなさすぎるからだ…
だから、これは、プライド…
私のなけなしのプライドだった…
もちろん、なにが、あったか、わからない…
ナオキに、なにが、あったか、わからない…
しかしながら、今、見た映像は、事実…
事実だった…
私の事実上の夫である、藤原ナオキが、私とは、別の女と、結婚するのは、事実だった…
まぎれもない、事実だった…
だから、この事実を、私は、受け入れるしか、ない…
嫌でも、受け入れるしか、ない…
それが、大げさに、言えば、私の宿命…
あるいは、私の運命だった…
そして、そんな運命などと、おおげさなことを、言ってから、やはりと言うか、この会見で、ナオキではなく、ハルカが、なんと言うか、聞きたくなった…
無性に、聞きたくなった…
だから、慌てて、テレビをつけた…
あのハルカが、この結婚について、なんと言うのか、知りたかった…
が、
テレビをつけたが、すでに、会見は、終わっていた…
私は、慌てて、他のテレビ局に、チャンネルを、回したが、どれも、同じだった…
藤原ナオキの結婚会見は、どれも、終わっていたのだろう…
どこの曲も、会見は流していなかった…
私は、ふと、考えて、それでは、ネットでは、どうだろう?
藤原ナオキの結婚会見を動画で、流していないか、確かめようと、考えた…
が、
止めた…
すぐに、考え直した…
これでは、惨め…
いかにも、惨めだった…
捨てられた女が、捨てた男が、どんな女と、結婚するのか、見る…
それ以上、惨めな行為は、ない(涙)…
それに、気付いた…
それに、気付いた私は、これ以上、ハルカについて、調べるのは、止めた…
これは、プライド…
私のなけなしのプライドだった…
ただ、そんなことを、言いながらも、私のプライドは、傷付いた…
ズタズタに、傷付いた…
もしかしたら、これは、夢?
夢かも、しれない…
そんなバカなことを、またも、考えた…
が、
これは、事実…
これは、現実…
それを、受け入れるしか、なかった…
なかったのだ…
私は、弱い女では、ない…
気が強いのは、生まれつき…
生まれつきだ…
その自覚がある…
にも、かかわらず、この現実を受け入れるのは、時間がかかる…
少々、時間がかかる…
なにより、立っているのも、辛い…
急速に、体調が悪化した気がした…
もちろん、そんなことは、ない…
病は、気からと言うが、これは、その通り…
その通りだった…
自分でも、それが、わかっているが、それでも、立っているのが、しんどかった…
まるで、いきなり、誰かから、殴られたような衝撃と言ったら、いいのだろうか?
それほどの、衝撃だった…
幸い、私は、家にいる…
自宅にいる…
それゆえ、寝ることにした…
ベッドに横になることにした…
おおげさに言えば、平衡感覚が、失われてゆく…
そんな感じだった…
自分でも、こんなことは、初めてだった…
生まれて、初めてだった…
母の死のときも、今、以上のショックはなかった…
きっと、若かったからかも、しれない…
まだ、中学生だったからかも、しれない…
だから、この後、どうなるか?
想像力が、欠如していたというか?
そこまで、深刻に考えなかったのかも、しれない…
なにより、母の死は、突然では、なかった…
十分、予見できた…
それは、母が、病気だったから…
だから、十分、予見できた…
予見=覚悟が、できた…
が、
今回は、違う…
いきなりだった…
予見どころか、いきなりだった…
まさに、不意打ちだった…
それが、違う…
そして、今さらながら、思うことは、私にとって、ナオキは、いかに、大きな存在だったかと、言うこと…
私にとって、藤原ナオキは、代替の効かない存在だったと言うことだ…
それゆえ、衝撃が、大きかった…
自分でも、信じられないくらい、衝撃が、大きかった…
私は、そんなことを、考えながら、ベッドで、横になった…
もちろん、寝るつもりはない…
ただ、ベッドに横になるだけだ…
それほど、カラダの調子が、悪いわけでも、ないからだ…
だが、ナオキの結婚の衝撃が、大きかった…
私が、思ってみないほど、大きかった…
それゆえ、ベッドで、横になっているだけで、いつのまにか、ウトウトと寝てしまった…
自分でも、気付かないうちに、寝てしまったのだ…
目が覚めたのは、電話の音で、だった…
それも、ケータイではない…
家の固定電話…
いわゆる、家電だった…
ケータイより、音量が、大きい…
それが、ずっと、鳴っていた…
それゆえ、目が覚めた…
嫌でも、目が覚めた…
私は、苦笑した…
まさか、寝るとは、思わなかった…
まさか、ナオキの結婚にショックで、寝込むとは、思わなかった…
この寿綾乃…
矢代綾子も、案外、ナイーブ…
まだまだウブなのかも、しれない…
我ながら、そう、思った…
男に捨てられて、寝込むなんて、ウブな証拠…
まさか、小娘じゃあるまいし…
自分でも、自分に笑ってしまう…
そんなことを、考えながら、私は、電話に出ることにした…
さすがに、電話に出なくては、うるさくてたまらないからだ…
私は、ベッドから、降りて、電話に出ることにした…
電話の受話器を取る…
そこで、流れて来た声は、マミさんだった…
伸明の妹のマミさんだった…
「…寿さん、大丈夫?…」
と、言ったマミさんの声が、電話の向こう側から、流れてきた…




