寿綾乃という女 第4部 102
私は、唖然として、ニュースを見た…
言葉もなかった…
なにしろ、今、近くで、顔を洗っている藤原ナオキの結婚相手が、ニュースに出ているのだ…
しかも、それは、私の知っている相手…
私が、同席した伸明の見合い相手だ…
そして、考えた…
このハルカという女性…
たしかに、五井一族だ…
血が薄いとはいえ、五井一族だ…
このハルカは、あの長谷川センセイの妹…
五井記念病院の私の担当医だった長谷川センセイの妹だ…
そして、長谷川センセイは、五井西家の血を引いている…
今は、五井とは、長谷川センセイは、なんの関係もないと、言っているが、五井の血を引いているのは、明らか…
それゆえ、このハルカという女も、厳密には、五井一族で、間違いは、ない…
私は、そう、考えて、納得した…
実に、納得した…
そして、納得してから、
「…ナオキ…ちょっと、来て!…」
と、大声で、怒鳴った…
ナオキは、顔を洗っているから、大声を出さないと、聞こえないと、思ったのだ…
「…なに、綾乃さん?…」
ナオキの声が、聞こえて来た…
「…早く来て! ナオキ、アナタの結婚相手が、テレビに出ているわ!…」
私が、言うと、
「…なに? なんだって?…」
と、ナオキが、返した…
「…ナオキ!…アナタの結婚相手が、今、テレビに、出ている!…」
私が、大声で、告げると、ナオキが、慌てて、走ってきた…
部屋に走って来て、テレビの前に立った…
私は、それを、見て、なにも、言わなかった…
テレビは、すぐに、違うニュースに変わった…
ナオキは、画面が、変わっても、すぐには、動かなかった…
ジッと、テレビの画面を見つめていた…
そして、ようやく、私を振り返った…
唖然とした顔で、私を振り返った…
私は、苦笑いを浮かべながら、
「…どう、美人でしょ?…」
と、ナオキに、言った…
「…気に入った? ナオキ?…」
私が、からかうと、ナオキが、やはり、苦笑しながら、
「…美人だけれども、気が強そう…」
と、感想を述べる…
それから、続けて、
「…綾乃さんとは、タイプが、違う美人だけれども、気が、強そうなのは、いっしょ…」
と、言って笑った…
私は、それを、聞いて、なんと言っていいか、わからなかった…
怒っていいのか、笑っていいのか、わからなかった…
ただ、
「…私は、彼女を知っている…」
と、だけ、告げた…
「…知っている? 綾乃さんが?…」
「…以前、伸明さんの見合いで、会ったの…」
「…えっ? 諏訪野さんの見合い?…」
「…彼女が、伸明さんの見合い相手だったの…」
私が、告げると、ナオキは、絶句した…
当たり前だった…
なにより、その事実を告げた、私自身が、絶句するほど、驚いた…
まさか、伸明の見合い相手が、ナオキの結婚相手として、テレビのニュース番組で、流れるとは、思わかった…
夢にも、思わなかった…
私が、そう、思っていると、
「…じゃ、ボクは、諏訪野さんの見合い相手を横取りしたわけだ…」
と、ナオキが、苦笑した…
もちろん、冗談だ…
が、
その冗談が、緊張を和らげたというか…
冗談を言うことで、自分の置かれた立場を笑い飛ばすことが、できた…
自分自身を笑い飛ばすことが、できた…
私は、それを、悟ると、
「…そうよ…ナオキ、嬉しい?…」
と、聞いた…
わざと、聞いた…
「…なにが、嬉しいの? 綾乃さん?…」
「…だって、ナオキの結婚相手は、私とは、違うタイプの美人で、私より、若いわ…」
「…たしかに…」
「…女房と畳は、新しい方が、いいと、昔から、言うでしょ? だから…」
「…でも、たぶん、気の強さは、変わらない…」
ナオキが、笑って言う…
私は、それを、聞いて、すぐに、
「…きっと、これが、ナオキの運命よ…」
と、告げた…
「…運命? どんな、運命?…」
「…気の強い女と結婚して、振り回される人生…」
私が、言うと、ナオキが、絶句した…
絶句して、私を見た…
私は、追い打ちをかけるように、
「…どう、違う?…」
と、聞いた…
ナオキは、苦笑しながら、
「…そんな人生は、嫌だな…」
と、言った…
が、
私は、それを、否定した…
「…でも、ナオキ…その方が、いいのよ…」
と、言って、否定した…
「…どうして、いいの? 綾乃さん?…」
「…だって、世の中は、厳しいでしょ? 生きるのって、大変でしょ?…」
「…それが、気の強い女と、一体、なにが、関係あるの?…」
「…大ありよ…」
「…なにが、大ありなの?…」
「…だって、おとなしい男が、おとなしい女と結婚したら、この厳しい世の中、生きるのが、大変でしょ?…」
「…それは、そうかも、しれないけれど…」
「…おとなしい男には、強い女…おとなしい男を引っ張ってくれる強い女が、一番…」
「…じゃ、強い男には?…」
「…それは、おとなしい女が、一番…」
「…どうして、一番なの?…」
「…互いに気が強ければ、ぶつかってしまう…だから、気の強い男は、気の強い女と、結婚しては、ダメ!…」
「…でも、誰もが、気が強い男女は、同じように、気が、強い男女を望むものだよ…その方が、気が合うし…」
「…若いときは、ね…」
「…若いとき?…」
「…ナオキの言うことは、わかるけれども、それでは、ぶつかってしまう…」
「…だったら、気の弱い男と、気の弱い女は、どう?…」
「…それだったら、生きるのが、厳しいでしょ? この厳しい世の中…」
「…たしかに…」
ナオキは、納得した…
「…それよりも、いつまでも、ここに突っ立てないで、もう一度、顔を洗うなり、なんなりして、来なさい…」
私は言った…
すると、それを、聞いた、ナオキが、
「…でも、この世の中に、綾乃さんより、強い女っているかな…」
と、言った…
もちろん、冗談だろうが、愕然とした…
正直、愕然とした…
だから、
「…ナオキ…そんなことを、言うなら、さっさと、あのハルカという女と結婚しなさい!…」
と、怒鳴った…
「…どうして?…」
「…あのハルカは、私より、若い…だから、きっと結婚すれば、私以上に、ナオキの上に立つわ…」
私が、言うと、今度は、ナオキが、愕然とした…
「…そんな綾乃さん以上に、気の強い女は、無理…」
と、愕然として、言った…
まるで、この世の中に、私以上、気の強い女は、いないように、言った…
これには、私も、カチンときた…
すぐに、
「…私をまるで、恐竜か、なにかのように、言わないで!…」
と、ナオキに、怒った…
「…だったら、あのハルカは、怪獣?…」
ナオキが、笑って、返す…
これには、言葉も、なかった…
むしろ、うまく返したと、思った…
それゆえ、
「…恐竜と怪獣、どっちがいい?…」
と、ナオキに、聞いた…
笑いながら、聞いた…
「…どっちも嫌…」
と、これもナオキが、笑いながら、言う…
まるで、漫才だ…
が、
朝っぱらから、漫才ができる、この藤原ナオキと、過ごせたことが、私にとって、僥倖…
僥倖だと、思った…
金もあり、長身のイケメンで、ユーモアもある…
そんな男と、十五年も、過ごせたことが、私の僥倖…
神様が、私にくれた、僥倖だと、思った…
朝食を終え、ナオキが、
「…じゃ、綾乃さん、会社に行ってくる…」
と、言って、家を出た…
私は、
「…行って来なさい…」
と、ナオキの背中に、言った…
ナオキは、振り返らずに、軽く、右手を挙げて、私の言葉に、応えた…
そして、それが、私とナオキの別れになった…
まさかとは、思うが、別れになった…
もちろん、ナオキが、死んだわけでも、なんでもない…
ただ、家に帰って、来なかったのだ…
私は、悶々として、仕方がなかった…
が、
その一方で、さもありなんと、思った…
さもありなん、つまり、ナオキが、帰って来なくても、仕方がないと、思ったのだ…
…なにか、あった!…
…五井に、なにか、あった!…
それに、私も、ナオキも、また、巻き込まれたと、思ったのだ…
だから、慌てなかった…
悶々と日々を過ごしたが、慌てなかった…
ただ、そう言いながらも、不安で、仕方が、なかった…
一体、この先、どうなるんだろ?
そう、考えると、仕方がなかった…
そして、そんな日々が、続いた…
三日、続いた…
そして、三日後にテレビをつけて、仰天した…
ナオキが、あのハルカと、結婚会見を開いていたのだ…
まさに、まさか…
まさか、だった…




