寿綾乃という女 第4部 101
「…どうして、それが、綾乃さんに、わかるの?…」
「…今日、伸明さんから、電話があったときに、聞いたの…」
「…なにを、聞いたの?…」
「…最初は、自分の結婚を否定していたけれども、いつのまにか、自分が、結婚することと、ナオキが、結婚すると、言い出したの…」
「…ボクが、結婚する?…」
「…おかしいでしょ? それで、もしかしたら、誰かに、言わされているか、電話の向こう側に誰か、いると、思ったの?…」
「…諏訪野さんの近くに?…」
「…そう…」
「…それで、伸明さんの近くに誰か、いるか、あるいは、誰かに、言わされているのなら、ハイを二回、続けて、言って下さいと、言ったの…すると、すぐに、ハイ…ハイ…と、続けて、言ったの…」
ナオキは、私の話を聞いて、考え込んだ…
深刻な表情で、考え込んだ…
そして、缶ビールを、飲んだ…
まるで、憂さを晴らすように、缶ビールをグイッと飲んだ…
そして、一気に、缶ビールを、最後まで、飲んだ…
それは、缶ビールを、飲むと言うより、無理やり、喉に流し込むといった感じだった…
ナオキは、缶ビールを飲み干すと、
「…そういえば、諏訪野さんは、ボクに、電話をかけてきたときも、元気がなかったよ…なにより、ボクに、電話をかけてきたときは、事務的だった…」
「…事務的って?…」
「…事実を淡々と述べる感じ…感情が、あまり、なかった…」
「…それって、やっぱり、誰かに、言わされている?…」
「…今となっては、そうかも、しれないと、思う…電話も手短だったしね…」
「…そう…」
私は、言って、ナオキを真似て、缶ビールを一気飲しようとした…
が、
できない…
一気に飲み干すことが、できない…
やはり、これが、男と女の違いだろうか?
悔しいが、認めざるを得ない…
私は、一度、口から、離した…
それから、もう一度、一気に飲んだ…
飲まざるを得なかった…
それほど、ショックだった…
伸明の結婚が、ショックだった…
そして、おそらく、この後は、ナオキの結婚が、来る…
それを、思うと、飲まざるをえなかった…
そして、当然ながら、ナオキも、そのことに、言及した…
「…さっきニュースで、流れた、ボクの結婚のニュース…アレって?…」
と、聞いてきた…
私は、即座に、
「…追い込まれるのよ…きっと…」
と、答えた…
「…追い込まれる? どんなふうに?…」
「…今、FK興産は、五井と提携している…きっと、ナオキが、五井家の人間と結婚しなければ、提携を取り消すとでも、言われて結婚せざるを得なくなる…」
私の言葉に、ナオキは、唖然としたが、すぐに、
「…なるほど、そういうことか?…」
と、納得した…
それから、
「…これは、もう一本、ビールが必要だな…いや、一本で、すむわけないか?…」
ナオキが、笑って言った……
寂しそうに、笑って言った…
私は、席を立ち、無言で、冷蔵庫から、ナオキのビールを持ってきた…
が、
さすがに、自分のビールの分は、持ってこなかった…
さすがに、これ以上は、カラダに悪いと、思ったのだ…
だから、飲まなかった…
自分の分は、飲まなかった…
ただ、黙って、ナオキのビールをテーブルに、置いた…
ナオキは、即座に、ビールを手にすると、飲み出した…
ただ、飲み出すというより、無理やり、喉に流し込むという感じ…
飲むよりも、酔いたい…
ただ、酔いたい…
そんな感じだった…
そして、そんなナオキを見ながら、
「…私たち、もしかしたら、これで、お別れかも…」
と、私は、言った…
笑いながら、言った…
が、
ナオキは、笑わなかった…
深刻な顔に、なった…
そして、いきなり、立ち上がった…
私は、
「…ナオキ…どうしたの?…」
と聞く。
「…ビールを、持ってくる…」
「…そんなこと、私に頼めば…」
「…いや、綾乃さんが、いなくなれば、ボクが、自分で、持ってくるしか、なくなるからね…」
「…私が、いなくなる…どういうこと?…」
「…綾乃さん、もしかしたら、諏訪野さんと、結婚するかも…」
私は、ナオキのこの発言に、唖然とした…
一瞬、唖然として、言葉も出てこなかった…
しばらく、置いて、
「…ナオキ…なにをバカなことを、言っているの!…」
と、ナオキを叱った…
が、
ナオキは、ひるまなかった…
「…バカなことじゃないよ…」
「…どうして、バカなことじゃないの?…」
「…だって、ボクも、諏訪野さんも、結婚するっていうニュースが流れたけれども、誰と、結婚するとは、言ってなかったでしょ?…」
そう言えば、まだ言ってなかったような…
でも、このナオキは、五井家の人間と結婚すると、前回のニュースで、流れた…
それに、昼間、伸明から、電話があったときも、ナオキは五井家の人間と結婚すると、言っていた…
私は、それを、思い出した…
それゆえ、
「…でも、昼間、伸明さんは、ナオキは、五井家の人間と結婚すると、言っていたわ…」
「…ボクが、五井家の人間と?…」
「…そう…」
「…でも、今、五井家の人間で、独身で、適齢期の女性って、あの菊池さんしか、いないんじゃ…」
ナオキが、言った…
至極、当たり前のことを、言った…
たしかに、今、五井では、適齢期の独身の女性は、いない…
あの菊池リンしか、いない…
あの和子の孫の菊池リンしかいない…
以前、伸明と、五井の当主の座を争った、伸明の弟の秀樹は、菊池リンと結婚したがった…
それは、彼女と結婚することで、兄の伸明に対抗できると、思っていたからだ…
五井は、一族内での結婚を奨励している…
それは、一族内の団結のため…
五井は、四百年の歴史があるが、今、五井一族内での、血は、薄い…
他人並みに、薄い…
なんといっても、四百年だ…
創業者から、四百年も経てば、一族内での血縁も薄くなるのも、当然だ…
それゆえ、五井は、一族内での結婚を奨励した…
これ以上、血を薄めないためだ…
これ以上、血を薄めれば、五井の団結心が、薄れると、判断したからだ…
それゆえ、伸明の弟の秀樹は、和子の孫の菊池リンと結婚しようとした…
同じ一族の菊池リンと結婚することで、兄の伸明に対抗できると、思ったからだ…
しかしながら、菊池リンが、嫌がった…
そして、それは、菊池リン以外に、今、五井一族で、独身の適齢期の女性は、いないことを、思い出した…
だとしたら、もし、あの伸明が、言うように、ナオキが、五井一族の女性と結婚するとしたら、一体、誰と結婚するんだろう?
ふと、思った…
思ったのだ…
私が、考え込んでいると、プシュと、音が、して、ナオキが、もう一本缶ビールを開けた音がした…
ふと、見ると、ナオキが、ゴクゴクと、ビールを喉に流し込む…
私は、それを、見て、
「…ナオキ…そんな飲み方は、やめなさい!…」
と、ナオキを、叱った…
「…もっと、ビールを味わって、飲みなさい…さもないと、ビールが、もったいないわ…」
ナオキは、私の言うことも、聞かずに、黙々と、ビールを一気飲みした…
そして、飲み終わると、
「…酔いたいんだよ…綾乃さん…」
と、言った…
「…今夜は、酔って、すべてを忘れたいんだ…」
そう言われると、なにも、言えなかった…
なにより、ナオキの気持ちが、わかり過ぎるほど、わかるからだ…
だから、なにも、言えなかった…
私は、ただ、ナオキが、缶ビールを飲むのを、見守った…
無言で、見守った…
それ以外、できることは、なにも、なかった…
残念ながら、なにもなかったのだ…
深夜、寝床に入っても、私は、まだ、考えこんでいた…
今度の件を考え込んでいた…
やはり、私は、追い込まれるのだろうか?
いや、
私ではない…
私たちだ…
私と、ナオキは、追い込まれるのだろうか?
そんなことを、考えた…
考え続けた…
そして、考え続けた結果、
…今回の一番の敗因…
に、ついて、考えた…
それは、おそらく、五井に関わったこと…
そう、思った…
とんでもない、お金持ちと、関わったことではないか?
そう、思った…
私やナオキのような庶民が、関わるべきでは、なかったのだ…
が、
そこまで、考えて、いや、最初から、五井に関わったのも、また、運命と考え直した…
なぜなら、叔母が、五井の前当主、建造と恋愛をした…
その縁で、今、私は、五井と関わった…
五井の当主、伸明や、その他、五井の一族と関わった…
そう、思ったからだ…
そう、考えると、これは、運命としか、言えなかった…
ナオキは、ともかく、私の運命としか、言えなかった…
母は、亡くなるときに、
…従姉の綾乃になりすましなさい…
と、私に、遺言した…
従姉の綾乃は、お金持ちの血を引く、娘…
綾乃になりすませて、生きなさい…
そうすれば、いずれ、綾子にも、大金が入る…
でも、そのためには、まず、綾子を守ってくれる男のひとを探しなさい…
綾子を守ってくれる男というのは、腕力では、なく、知力…
綾子が、従姉の綾乃に成りすまして、生きれば、いずれ、綾乃の父の出身である、お金持ちの一族と知り合う…
でも、その結果、そのお金持ちと、相続の件で、争うことになる…
だから、腕力ではなく、知力…
知力で、綾子を守って、くれる男を探しなさい…
それが、母の遺言だった…
唯一の遺言だった…
貧乏だった母が、唯一、私に残せることだった…
そして、私は、母の遺言の通りにした…
上京し、すぐに、母の言った頼れる男を見つけた…
それがナオキだった…
藤原ナオキだった…
ナオキは、いわゆる優男で、腕っぷしは、強くないが、頭脳は、一流…
まさに、母が、言った知力のある男だった(笑)…
その知力で、私を守ってくれた…
私を事実上の妻として、守ってくれた…
が、
その私に関わったゆえに、今度は、ナオキもまた災難に見舞われる…
それを、考えると、ナオキに申し訳なかった…
実に、申し訳なかった…
朝になり、私が、朝食の準備をしていると、ナオキが、起きて来た…
「…綾乃さん、おはよう…」
と、言って、起きてきた…
私は、ナオキの顔を一目見て、
「…昨夜、飲みすぎよ…」
と、言った…
事実、ナオキの顔は、見るからに、二日酔いだった…
ナオキは、私の言葉に苦笑して、
「…顔を洗ってくる…」
と、言って、その場から、去った…
私は、朝食の準備が、終わったから、暇つぶしに、テレビをかけた…
テレビのニュース番組が、やっていた…
私は、なんということはなく、そのニュースを見ていた…
すると、思いがけず、ニュースが、五井に触れた…
五井というのは、伸明ではなく、ナオキのことだった…
ナオキが、五井一族の娘と結婚する…
その相手の女性の顔が、テレビに出た…
それは、私にとって、見覚えのある顔だった…
それは、以前、伸明の見合いで、私が、同席した女性…
ハルカという女性だった…




