第五十六話 許斐方 米研ぎ 受 壱
十二月に入って、朝の歩道に、吐く息が白く残るようになった。
看板の紐が一本、擦り切れかけていたので、店を出す前に、ホームセンターへ寄った。
荷造り紐の棚の前で、店の名の入ったエプロンの店員が、段ボールから同じ紐を出して並べていた。
「あんた、ちょうどよかった」
播谷さんだった。胸の名札に、播谷、とある。
並べる手を止めずに、言った。
「親父の代からの客で、野間の家の。台所で、夜中に音のするげな」
「音ですか」
「米ば研ぐ音。誰もおらんとに」
紐を一つ、棚の奥へ押し込んだ。
「三べん打った。三べん止まって、三べんとも、一月もせんうちに戻ってきた」
「代は」
「三べんとも、貰うとる」
播谷さんは、段ボールを畳みはじめた。
「四へん目も、俺が打ったら同じやろ。同じとわかっとって取るとは、気の引けるたい」
畳んだ段ボールを、脇に挟んだ。
「あんた、あの印刷屋のとき、打たんでよかち言うたろ」
「言いました」
「ああいうとは、あんたの方やろ」
それ以上は、訊かれなかった。播谷さんは、エプロンのポケットから、メモ用紙を一枚出して、電話番号を書いた。
「許斐さん。息子さんのほう。あんたのことは、言うてある」
紐の代金を払って、店を出た。メモ用紙は、財布に差した。
電話に出た許斐さんは、播谷さんから、若い人ば紹介してもろうて、と言った。
次の日の午後、西鉄を高宮で降りて、線路から西へ、ゆるい上りを歩いた。
古い家の並ぶ住宅地で、どの家の塀の内にも、庭木が一本ずつ伸びている。日の当たる側の道だけ、霜が溶けて黒く濡れていた。
許斐さんの実家は、坂の途中の、古い二階家だ。門の脇に、口を縛ったゴミ袋が、五つ並べてあった。
許斐さんは、五十半ばくらいの男の人で、ジャージの上に、厚手のフリースを着ていた。玄関の上がり框に座って、ゴミ袋の口を結び直しながら、話した。
「母の家です。父は、十年前に、ここで亡うなりました」
母親は、春から、グループホームに入っている。ガスの消し忘れが、何度か続いた。
「年内に、売りに出すとです。不動産屋の、来年から人ば連れてくるち言うけん、その前に、片づけてしまわんと」
結んだ口を、もう一度ほどいて、結び直した。
「泊まり込んで片づけよったら、夜中に、台所で音のするとです」
最初は、隣の家の音かと思った。三晩目に、台所の戸を開けた。誰もいない。水道の栓は、閉まっていた。
「播谷さんに、来てもろうて。父のことかと思うたとです。播谷さんも、そう言いよらしたし」
打ってもらって、その晩から止まった。一月して、また鳴った。
「三べんです」
許斐さんは、ゴミ袋の口を、強く引いた。
台所は、家の北の端にあった。
流しの前に、磨りガラスの窓がある。昼の光が、白く、ぼんやり入っていた。ガス台の元栓には、紐が巻きつけてあった。
食器棚は、半分空になっていた。床に、新聞紙で包んだ皿の束が積んである。
流しの前に一枚、勝手口の柱に一枚、食器棚の側板に一枚。目印を、三枚貼った。
短い祝詞をあげた。八文字。
「何時ごろ、鳴るとですか」
「十一時です。ちょうど、くらいの」
その晩は、居させてもらうことにした。
居間の炬燵で、許斐さんと並んで待った。石油ストーブの匂いがした。許斐さんは、ほとんど喋らなかった。テレビは、点けなかった。
十一時を少し過ぎたころ、台所で、音がした。
ザッ、ザッ、ザッ。手のひらで、米を押す音だ。三度押して、止まる。水を流す音がした。水を張る音がした。それから、また、三度。
許斐さんは、炬燵の上の自分の手を見ていた。
台所の戸を、そっと開ける。
流しの前には、誰もいなかった。蛇口は、閉まっている。流しの中は、乾いていた。
音は、二度、水を替えて、止んだ。
ガス台のほうからは、何の音もしなかった。
次の日の昼に、三枚を見た。
三枚とも、焦げていた。薄い焦げだ。
流しの前の一枚は、真ん中から。勝手口の一枚は、左から。食器棚の一枚は、右の奥から。
三本を延ばすと、流しの前で交わった。米を研ぐ人が立つところだ。
「お父さんは、台所に立たれよったですか」
許斐さんは、首を横に振った。
「いっぺんも。茶も、自分で淹れたことのなか人でした」
焦げは、人の記憶だ。台所に立つ人が、毎晩、十一時に米を研いでいた。
「お母さんは、毎晩、研ぎよらしたとですか」
「寝る前に、研いで、水に浸けて。朝、炊くとです。ずっと、そうでした」
許斐さんは、そこで、こちらを見た。
「母は、生きとります」
「はい」
生きている人の記憶だ。
祓えば、そのときは止まる。けれど、主が生きていれば、記憶はまた芽吹く。播谷さんが三度打って、三度とも止まって、三度とも戻ってきた。打つ場所は、合っていた。合っていたから、止まったのだ。
行は、立っていた。
許斐方 米研ぎ 受 壱
大橋中央病院の非常階段で、扉を開け放して書いた行を、思い出した。あの行は、書いてから、何を入れたのかを知った。
今度は、書く前から知っている。
安藤さんは、あのとき、受けるなと言った。
筆は、鞄から出さなかった。
居間に戻って、許斐さんに話した。
鳴っているのは、お父さんではなく、お母さんの、米を研ぐ手のほうだ。お母さんが生きているあいだは、打っても、また戻ってくる。
許斐さんは、しばらく黙っていた。それから、ゴミ袋を一つ引き寄せて、口をほどいた。
「引き取るとは、できんとですか」
「できます。けど、しません」
「なんでですか」
「お母さんの、ものですけん」
許斐さんは、ほどいた口を、結び直した。結び目を、指で押さえていた。
それ以上は、言わなかった。言えば、なぜなのかまで言うことになる。
「お母さんは、家に帰りたかとでしょう」
許斐さんは、結び目を押さえたまま、顔を上げなかった。
「……そうかもしれんです」
その晩、四畳半で、本家が家計簿をつけていた。
卓の上に、レシートが、日付の順に並べてある。米の行で、本家のボールペンが止まった。
「米の、あと二合です」
「買うとく」
「買うとき、無洗米にしますか」
「研ぐ」
「はい」
本家は、米の行に、値段を書き込んだ。
野間の家の話は、しなかった。本家も、訊かなかった。
グループホームは、同じ区の、バス通りから一本入ったところにあった。
平屋の建物で、玄関の脇に、鉢植えの葉牡丹が並んでいた。面会の時刻は、午後の二時からだ。
許斐さんは、洗濯物を入れた紙袋を提げていた。
食堂の、窓際の机に、お母さんが座っていた。
小柄な人で、白い髪を、きちんと後ろでまとめている。毛糸のカーディガンの袖口から、細い指が出ていた。話を聞くあいだ、その指で、机の縁を、端から端まで、ゆっくり撫でた。
「この人は」
「家の、片づけば、手伝うてもらいよる人」
お母さんは、こちらに頭を下げた。こちらも、下げた。
許斐さんは、紙袋を机の脚に立てかけて、口を折り返した。折り返して、また開いて、折り返した。
「母さん」
「なんね」
「家に、帰りたかね」
お母さんは、机の縁を撫でる指を止めなかった。
「帰っても、誰もおらんでしょうもん」
許斐さんは、紙袋の口を、折り返したまま押さえていた。
窓の外で、葉牡丹の鉢に、日が当たっていた。
お母さんは、机の縁から指を離して、許斐さんの膝を、軽く叩いた。
「ここは、ご飯の、おいしかとよ。お前、心配せんでよか」
台所のほうから、職員の女の人が、湯呑みを三つ盆に載せて来た。若い人で、エプロンの胸に、平仮名の名札を着けていた。
お母さんは、湯呑みを受け取って、その人を見上げた。
「明日のお米は、誰が研ぎよるとかね」
「研がんでよかとですよ。うちは、無洗米ですけん」
職員の人は、笑って言った。毎日、同じことを訊かれて、同じことを答えているのだろう。
お母さんは、そうね、と言って、湯呑みを机に置いた。
帰りたいのは、家ではなかった。
研ぐものが、ここには無い。毎晩研いできた手の、研ぐ先が無い。だから、研げる台所へ、戻っていく。
帰りがけに、許斐さんが、玄関で職員の人を呼び止めた。
母のぶんだけ、普通の米にしてもらえないか。一合でいい。寝る前に、自分で研がせてやってもらえないか。米は、こちらで持ってくる。
職員の人は、少し考えて、主任に訊いてみますと言った。
次の日、許斐さんから電話があった。
「九時なら、よかち言われました。台所に、職員さんの付いとって、一合だけ」
米は、実家の米びつに残っていたのを、袋ごと持っていったという。
「母の買うた米ですけん」
その晩から、三晩、野間へ通った。
十一時に、炬燵で待った。台所からは、何の音もしない。
二晩目も、三晩目も、音はしなかった。
流しの前の目印は、焦げの縁が、一晩目から少しも広がっていない。勝手口のも、食器棚のも、同じところで止まっている。
三晩目の帰りに、三枚を剥がした。
台所は、ほとんど空になっていた。食器棚の扉が開いたままで、米びつの蓋も開いていた。中には、何も残っていない。
「年の明けたら、すぐ、最初の人の見に来るそうです」
許斐さんは、玄関で、見立ての一万円を封筒で出した。
「通うてもろうたぶんは」
「確かめに来ただけですけん」
許斐さんは、封筒をこちらの手に置いて、門の脇のゴミ袋のほうへ行った。最後の一つの口を、結び直していた。
四畳半に戻ると、本家はもう寝ていた。
流しの明かりだけ点けて、米びつから、二合、量った。
水道の水は、手が痛いくらいに冷たかった。
手のひらで、押す。三度押して、水を替える。白く濁った水を流して、また水を張る。
研いだ米を、炊飯器の釜に入れて、水に浸けた。この炊飯器には、予約が付いていない。それでも、朝には押されている。
蓋を閉めて、冷えた手を、ズボンで拭いた。




