第四十七話 新天町 夜番 受 壱
蒸す日だった。雨は昼前に上がったが、梅雨はまだ明けていなかった。歩道のタイルから、熱が湿ったまま上がってきた。デパートの入口が開くたびに、冷えた空気が足もとまで流れてきて、すぐに消えた。
客用の椅子に座ったのは、七十に手の届きそうな男だった。半袖の開襟シャツに、首から手ぬぐいを掛けていた。うちの名刺を、指の先でつまんで持っていた。
「新天町で、判子屋ばしとります。諸岡です。知り合いから、こればもろうて」
諸岡さんは、商店街で長く山笠の係をしているという。
「メルヘン広場に、飾り山の立っとるでしょう。夜更けに、あの前ば通ると、誰か立っとる気のするとです」
振り返っても、誰もいない。閉めたあとに通る店の者も、見物に来た人も、商店街の夜回りも、同じところで振り返る。
話しながら、諸岡さんは左の手のひらに、右の人差し指で何か書いていた。字のようだった。書き終えると、また書いた。
「昨日は、見よった子が泣いたとです。出るげな、ち言う人も出てきよります」
山笠の最中に、そういう話が立つのは困る。困っている口ぶりで、怯えた口ぶりではなかった。
見立てに二日で一万円、と言った。諸岡さんは手のひらの字をやめて、うなずいた。
その晩、新天町に行った。
店の並ぶ、天井のある通りを抜けると、広場に出る。広場といっても、幅のある一本の通りで、高いところをガラスの屋根が丸く覆っていた。骨組みの向こうに、夜空が透けていた。真ん中の路面は荷を入れる車のためのものらしく、両側の歩道との境に車止めが並んでいた。歩いているのは人ばかりだった。
飾り山は、通りの片側の壁際に寄せて据えてあった。見上げると首が痛くなる高さだった。照明を浴びて、金の飾りがあちこちで光っていた。鎧の武者が、馬の上で槍を構えていた。
向かいの壁の高いところに、からくり時計が掛かっていた。
紅白の低い囲いの前に、赤い折りたたみの椅子が何列も並んでいた。囲いの際で、若い女の二人連れが、身を乗り出して写真を撮っていた。片方が、急に一歩下がった。後ろを見て、誰もいないのを確かめて、もう一人の袖を引いた。
山の脇で、囲いに片足を掛けた男の子が、何も言われないのに足を下ろした。母親の手を取って、椅子の列のほうへ戻っていった。
「あげなふうです」
諸岡さんの店は、広場に面していた。シャッターに一枚、目印を貼らせてもらった。あとの二枚は、通りの向かいの柱と、通路の入口の柱に貼った。三枚とも、互いに離した。
短い祝詞をあげた。八文字。
店が閉まり、山の照明が落ち、通り抜ける人もまばらになるまで、通路の口に立っていた。
二時間ほどして、見て回った。
三枚とも、焦げていた。濃さは、人ひとりぶんだった。裂けは無い。
焦げは、どれも紙の真ん中から外れたところから広がっていた。広がりはじめた側から、それぞれ一本ずつ、線を引いた。
三本は、山の脇で寄った。囲いの端の、壁際の敷石の一枚だった。
その敷石の前に立った。何も見えなかった。
すぐ横に、誰か立っていた。振り返らなかった。
店じまいを済ませて出てきた諸岡さんに、心当たりを訊いた。
諸岡さんは、しばらく手のひらに字を書いていた。
「安河内さんやと思うとです」
商店街で、傘屋をやっていた人だという。店は十年前に閉めた。それからも近くに住んでいて、去年の冬に、八十四で亡くなった。
「何十年も、あの脇に立っとらしたとです。山の出とるあいだ、毎晩。見物の引けてから、遅うまで」
昔、人形の手を折られた年があった。見物の誰かが、山の脇から手を伸ばしたらしい。その翌年から、立つようになったという。
「誰も、頼んどらんとです。頼まんでも、立っとらしたけん」
腕を組んで立っていた。明るいほうには、出てこなかった。
「いっぺん、止めたことのあります。安河内さん、もうよかですよ、歳やけん、ち。よかよか、て言わして、次の晩も立っとらした」
「亡くなったとは、確かですか」
諸岡さんは、指を止めて、こちらを見た。
「葬式に、出ましたけん」
「すみません。確かめんといかんとです」
安武さんの恨みを、病院の非常階段で受けてから、人の焦げを見ると、まず生きているかを訊くようになった。
「表は、見物の人の見よるけん。脇は、誰も見とらんです。そこば、見よらすとですね」
諸岡さんは、何も言わなかった。手のひらに、また字を書いた。
その晩、四畳半で横になってから、広場を思い出していた。山の脇と、囲いの端の敷石の一枚と、槍を構えた武者の顔を思い出しているうちに、眠った。
朝、帳面のいちばん最後の頁に、『番』の字が残っていた。
新天町 メルヘン広場 員数 壱多し
番をしている人を、『番』が数えていた。
『番』は、勤め人だ。あのビルで番を勤めて、いまはうちで勤めている。
安河内さんのは、誰の勤めでもなかった。
昼前に、安藤さんにかけた。
「なんか用か」
声が、掠れていた。
「新天町の、飾り山です。人の焦げで、人ひとりぶん。裂けは無かです。番ばしよります。亡くなった人の」
「確かめたか」
「確かめました」
「そうか」
それで切れた。
品名は、夜番で立つ。数は、壱。主はもう生きていない。手順に、欠けているものは無かった。今晩でも書ける。
諸岡さんに電話をかけて、山はいつまで出ているのかを訊いた。
「見物は、十四日までです。十五日の朝が追い山で、それが済んだら、山は解きます」
「安河内さんは、最後の晩も、立っとらしたとですか」
「追い山の朝は、三時過ぎに、博多のほうに歩いて行きよらしたです。毎年。見に行かすとです」
電話を持ったまま、指を折った。五晩あった。
安河内さんは、何十年も立った。最後の五晩くらい、立たせておいても、誰も困らない。困るのは諸岡さんの噂だけで、それなら、横に誰か立っていればいい。
午後、印章店に寄った。諸岡さんは、ガラスのケースの向こうで、木の判を彫っていた。
「受けるとは、最後の晩にします。安河内さんの、追い山に行きよらした時分に」
「それまでは」
「それまでは、夜は、俺があそこに立ちます」
諸岡さんは、彫刻刀を置いた。
「あんたが」
「人の立っとれば、振り返っても、人のおりますけん」
諸岡さんは、手のひらに字を書いた。長かった。
「あの人は、言うても聞かんですけんね」
引き取りは三万円で、と言った。済んだら払う、と諸岡さんは言った。
夜の店を五晩閉めれば、そのぶんの売り上げは無い。夏は、夜が稼ぎどきだった。引き取りは三万のままだ。立つぶんは、勘定に入れなかった。
日の落ちかけたころ、路地の口まで歩いた。
本家は机の端で、厄除けの束を揃えていた。路地の室外機が、低く唸っていた。
「追い山の朝まで、夜は新天町に立つ」
「表は、見ときます」
本家は、束を揃え終えて、輪ゴムを掛けた。
「書くとなら、今晩でも書けるでしょう」
そうだった。答えようとして、言うことが出てこなかった。
本家は、それ以上は言わなかった。
「晩飯は、置いときます」
一晩目は、長かった。
見物の人が引けるまでは、通路の口にいた。山の照明が落ちてから、山の脇に回って、あの敷石の隣に立った。
立っているだけのことが、うまくできなかった。重心を右の足に移して、しばらくして左に移した。携帯を出して、何も来ていないのを見て、しまった。からくり時計を見上げると、さっき見上げたときから、十分しか経っていなかった。
警備のアルバイトは、三日でやめた。工事現場の前で、旗を持って立つだけの仕事だった。
隣は、一度も動かなかった。
通路から、勤め帰りらしい男が一人、広場を横切っていった。山の脇で足をゆるめて、振り返った。こちらを見た。
「あ、すみません」
男は小さく頭を下げて、通り抜けていった。
二時を回ったころ、隣の気配が薄れた。帰ったのだと思った。俺も帰った。
二晩目、諸岡さんが包みを持って広場に来た。
「家内の握ったとです」
握り飯が二つと、茄子の浅漬けが入っていた。
「いつもは胡瓜ば漬けるとですけど。山笠のあいだは、食べんけん」
「そういえば、そげな決まりのありましたね」
「切った口が、櫛田神社の紋に似とるけん、らしかです」
握り飯を食べながら、安河内さんの立ち方を訊いた。
「腕ば組んで、こう」
諸岡さんは、腕を組んで見せた。背中は丸めない。足は、肩の幅に開く。
諸岡さんが帰ってから、真似てみた。腕を組むと、手のやり場が落ち着く。携帯にも手が行かない。足を開くと、重心が真ん中に落ちる。
立っていられた。
からくり時計は、見上げるたびに、思ったより進んでいた。
三日目は、山が天神まで来る日だった。
昼過ぎから、表の机を出した。明治通りのほうへ向かう人が、歩道をいっぱいに流れていった。法被の背中もあれば、浴衣も、子どもを肩車した父親もいた。
厄除けが、よく出た。
「祭りの日やけん、縁起もんたい」
二枚買っていった年配の女の人は、値札の紙を一行目までしか読まなかった。三行目まで読む人は、その日、一人もいなかった。
縁起ものは、持っていても減らない。厄除けは、効けば焼けて無くなる。言わなかった。千円を受け取って、札を押し出した。
夕方には、束が半分になっていた。
その晩の広場は、遅くまで人が残っていた。山を見てきた帰りの人たちが、まだ声を高くして、飾り山の前で立ち止まった。山の脇で振り返る人は、こちらを見て、小さく会釈して、行った。
人が引けて、照明が落ちると、いつもの広場になった。
腕を組んだ。隣も、組んでいるような気がした。
四晩目、新天町に入る通路で、古い文具店の前を通った。シャッターは、もう下りていた。
広場に出る手前で、諸岡さんに会った。
「出るげな、ち言う人の、おらんごとなりました」
諸岡さんは、手ぬぐいで首を拭いた。
「代わりに、若か人の立っとる、ち言われよります。夜回りの人に」
不審者とは言われていないようで、よかった。
その晩は、二時まで、一度も時計を見上げなかった。
五晩目は、見物の最後の晩だった。
照明の落ちる前に、諸岡さんが来た。見立ての一万円を、封筒に入れて持っていた。
「私も、明日は追い山に行きますけん。もう帰って、寝ときます」
諸岡さんは、飾り山を見上げた。それから、脇を見た。何も言わずに、手のひらに字を書いて、帰っていった。
照明が落ちた。
腕を組んで、立った。
二時を回っても、隣は薄れなかった。
三時を過ぎた。奥の通りのどこかで、シャッターが風に一度鳴った。広場には、もう誰も通らなかった。
隣が、身じろぎしたような気がした。
組んでいた腕を解いた。
山の脇の、あの敷石のそばに、膝をついた。
帳面を開いた。筆ペンの蓋を抜いた。
短い祝詞をあげた。八文字。
「元祖天神大上屋、大上大介がお受けします」
あたりが張った。
新天町 夜番 受 壱
書き終えると、張ったものが落ちた。
隣に立っていたものの気配が、途切れていた。
飾り山は、照明の消えたまま、立っていた。武者は、槍を構えたままだった。
帳面を閉じて、鞄に入れた。
鞄を肩に掛けて、立ち上がった。気がつくと、腕を組んでいた。
腕を解いた。敷石の前から一歩出ると、膝が鳴った。
追い山の朝は、三時過ぎに博多のほうへ歩いていく人だった。諸岡さんは、そう言っていた。
その出がけを、捕まえて書いた。書かなければ、来年もここに立つ。書けるのは、番の済んだこのときだけだった。
それでも、行く途中の人を止めたことに変わりはなかった。
せめて、見せに行こうと思った。
新天町を出て、地下鉄の駅に下りた。追い山の朝だけは、この時刻にも電車が出ている。ホームは、この時刻とは思えないほど混んでいた。見物に行く人ばかりで、誰も眠そうな顔をしていなかった。
五晩立ちっぱなしの脚に、駅の階段がこたえた。
祇園で降りて地上に出ると、空の端が少し白んでいた。
角という角に、人垣ができていた。端のほうに立った。
遠くで、太鼓が鳴った。人垣が、いっせいに同じほうを向いた。
しばらくして、掛け声が近づいてきた。
山が来た。締め込みの男たちが、肩に担いで走っていた。沿道から水が浴びせられて、飛沫がこちらの顔にまでかかった。足もとの路面が、山と男たちの重さをまともに受けて、鳴っていた。
鞄を胸の前に抱え直して、口を少し開けた。




