第二十九話 相客
二月に入って、朝の歩道に霜が降りるようになった。机を出すと、脚の先が白くなる。息を吐くたびに、並べた名刺の上が少し曇った。
電話が来たのは、店を出して間もなくだった。
「名刺ば、いただいとって。箱崎の、久保と申します」
女の人の声だった。早口で、話しながら、どこかで何かを片づけている音がした。
「私はよかとですけど、母が、夜に眠れんで」
夜中に、階段を下りてくる足音がするのだという。明日の朝に伺います、と言って切った。
箱崎は、宮の参道から一本入ると、古い家が残っている。
久保の家は、瓦屋根の二階建てだった。板塀の上から、葉の落ちた柿の枝が覗いている。玄関の脇に鉢植えがいくつも並んでいて、どれにも名札が挿してあった。
呼び鈴を押すと、すぐに戸が開いた。
五十前後の人だった。ダウンの前を開けていて、下にエプロンをしている。脇に回覧板を抱えていた。
「わざわざ、すみません。寒かったでしょう」
上がると、玄関の正面が階段だった。急で、幅が狭い。踏み板が黒く光っている。
その階段の途中の壁に、札が一枚貼ってあった。
うちの札ではなかった。
「それが」
久保さんは、回覧板を下駄箱の上に置いた。
「母が、別に頼んどったらしくて。私、今朝まで知らんで」
奥の座敷から、声がした。
「播谷さんの息子さんに来てもろうたとよ。老人会で教えてもろうて。朝早うに来て、貼って帰らしたと」
播谷守のことだろう。勤め先は、開店の準備が早いと聞いている。その前に寄ったのだ。
座敷に通された。
お母さんは、座椅子にもたれていた。八十は過ぎているだろう。小さな人で、膝に格子の膝掛けを掛けている。挨拶をするあいだ、膝掛けの端を指で揉んでいた。
「二人も来てもろうて、悪かねえ」
久保さんが茶を淹れた。一口飲むと、すぐに足された。
夜中の二時ごろに、階段が鳴る。上から一段ずつ、ゆっくり下りてくる。下まで来ると、止まる。上がっていく音はしない。
ひと月ほど前からだという。
「お父さんよ」とお母さんが言った。「寝る前に、必ず台所の元栓ば見に下りよったけん」
亡くなって八年になる。この家は、お父さんが建てたものだ。二階の奥が夫婦の部屋だった。膝を悪くしてから、お母さんは一階の座敷で寝ている。二階の奥は、いまは久保さんが使っている。
「私はよかとですよ。寝てしまえば分からんけん」
久保さんは、俺の湯呑みにまた茶を足した。
「ばってん、母は、階段の鳴るたびに起きてしもうて」
お母さんは、膝掛けの端を揉んでいた。
せっかく来てもろうたとやけん、と久保さんは言った。帰すつもりはないらしかった。
先に貼られた札を見て回った。三枚あった。階段の途中の壁と、一階の廊下の突き当たりと、二階の廊下の柱。離して貼ってある。
朝の六時半に貼ったという。まだ四時間も経っていないのに、もう薄く出ていた。
階段の壁の一枚は、下寄りから黄ばんで、上寄りから焦げていた。一枚の札に、色が二つある。
ほかの二枚も同じだった。黄ばみと焦げが、別々の側から出ている。
自分でも三枚貼ることにした。先の三枚から少しずらして、階段の下の柱と、廊下の反対側の壁と、二階の窓枠。
同じ壁に、同じような札が二組並んだ。
昼過ぎに、先の三枚をもう一度見た。
色がはっきりしてきていた。一枚では向きしか分からない。三枚ぶんの向きを延ばす。
黄ばみの線は、三本とも階段の下へ集まった。上がり框のあたりだ。
焦げの線は、階段の上で交わった。二階の廊下の奥、夫婦の部屋だった戸の前だった。
他人の札で、他人の割り出しをしてしまった。
場の記憶と、人の記憶が、一つずつある。階段の上と下に。
足音は、そのあいだを下りてくる。
座敷に戻って、そのことを話した。上に一つ、下に一つ。
「上と下に、二つおるとやったら」と俺は言った。「片方が、もう片方ば呼びよるとやなかとですか」
久保さんが、急須を傾ける手を止めた。
「父は、この家ば自分で建てた人ですけん」
それから、少し声を落とした。
「家のほうが、父ば離さんとかもしれませんね。棟上げのときも、自分で上に乗っとったそうです。祖父が止めたとに」
お母さんが、そうそう、と言った。
「建て増しのときも、大工さんと喧嘩してね」
二人は、建て増しの話を始めた。風呂場を広げたときのこと、二階に物干しを付けたときのこと。
俺は止めなかった。
呼んでいるのが家なのか、お父さんなのか。確かめるには、通って比べるしかない。進むほうが怪異で、止まるほうは、ただ覚えているだけだ。
三日、通わせてください、と言った。
「三日も」と久保さんは言って、また茶を足した。
夕方、店を閉めてから、路地の口まで歩いた。
高架の下で、本家は机を拭いていた。電車が上を通るたびに、手を止めている。
箱崎の家のことを話した。階段の足音、先に貼られていた三枚、二つの色、上と下。
本家は台拭きを畳んだ。
「上と下、どっちが濃かったとですか」
「上。焦げのほう」
「足音は、上から下りてくるとでしょう」
「そう」
本家は、少し考えるような顔をした。畳んだ台拭きを、もう一度広げた。
「播谷さんに頼まれとるとに、うちで手を回してよかもんでしょうか」
「頼んだとは、娘さんたい」
「はい」
本家は、それきり何も言わなかった。机の端を、もう一度拭いた。
明日も朝から箱崎に行くと言って、表を頼んだ。はい、と本家は言った。
次の朝、七時前に箱崎へ出た。
参道の石畳が、霜で白かった。海のほうから風が来て、耳が痛い。
久保の家の戸を開けると、階段の下に男が一人しゃがんでいた。作業着の上にジャンパーを羽織って、柱の札を覗き込んでいる。俺の貼った札だった。
播谷さんだった。
「大上くん」
播谷さんは立ち上がって、膝を払った。
「なんで、あんたがおると」
久保さんが奥から出てきて、名刺の話をした。私が頼んだとです、母とは別に、と。播谷さんは、久保さんの持っている名刺を覗き込んだ。
「ああ。あんた、こげな名前で商いよったね」
驚いた様子はなかった。首の後ろを掻いた。
「二人も呼ばれたとね。ご苦労さん」
昨夜も、足音はしたという。
二人で札を見て回った。播谷さんは自分の三枚を、俺は自分の三枚を。途中で入れ替わって、相手のも見た。
六枚とも、昨日より色が進んでいた。黄ばみは下から、焦げは上から。線を延ばして行き着く先も、二組とも同じだった。
播谷さんは、階段の途中の一枚を指で弾いた。
「二つおるね」
それだけ言った。
「古か家やけん。こげなこともあるたい」
騒いだのは、昨日の俺だけだった。
お母さんが、茶を淹れてやってと言った。久保さんが淹れた。
播谷さんは座椅子の前に胡坐をかいて、お母さんの話を聞いた。元栓の話、棟上げの話。相槌を打ちながら、茶を二杯飲んだ。久保さんは、二杯とも足した。
俺は、廊下で札を見ていた。
昨日から今日で、二つとも進んだ。明日も進むのか。片方だけ止まるのか。それが分かるまで、あと一日か二日かかる。
八時前に、播谷さんが湯呑みを置いた。
「上やろ」
「上」とお母さんが言った。
「下りてくるとやけん、上から来よる。焦げのほうが濃かし」
濃いのは、近いからかもしれない。強いからかもしれない。札の上では、それは割れない。
言おうとして、やめた。言ったところで、割れないことに変わりはない。
「親父さんが、元栓ば見に下りよらすとやろ」と播谷さんは言った。「上げちゃりましょう。そのほうが、親父さんも楽やろうけん」
お母さんが、膝掛けから手を離した。
「そうして」
「三日、見させてもらえんですか」と俺は言った。
播谷さんは、こっちを見た。
「三日も待ったら、お母さんの寝られんめえもん」
それは、本当のことだった。
二階の廊下は、窓が一つきりで暗かった。
奥の戸の前で、播谷さんはジャンパーの内ポケットから札を一枚出した。祓いだった。
俺は、階段を上がりきったところに立っていた。戸の前に何が居るのかは、まだ分かっていなかった。それを分かるために、三日と言った。
播谷さんは、戸に向けて札を翳した。
祝詞は短かった。
八文字なのは同じだった。言葉が違う。
そのあとには、何も続かなかった。名乗りも、申し立ても無い。
札の端が、指の先で黒くなった。
廊下の奥が、どこか軽くなった。
戸の前にあったものが、無くなった。何が無くなったのかは、分からなかった。お父さんだったのか、お父さんが毎晩していたことだったのか、そのどちらでもない何かだったのか。消えたものには、もう訊けない。
播谷さんは、黒くなった札を丸めてポケットに入れた。
「済んだ」
それから、自分の三枚を剥がして回った。剥がすとき、札の色は見なかった。剥がした札も、同じポケットに入れた。
階段の途中の一枚を剥がしながら、播谷さんは言った。
「下のは、家のもんやろ。古か家には、おるもんたい」
下りると、お母さんが簞笥から封筒を出していた。見に来たのが一万、祓いが三万、締めて四万です、と播谷さんは言った。中をあらためて、領収書を書いた。
「店の開くけん」
播谷さんは靴を履いて出ていった。一度も振り返らなかった。
俺の三枚は、残してもらうことにした。
「明日、剥がしに来ます」
久保さんは、はい、と言った。何か言いかけて、台所へ茶を淹れに行った。
次の朝、久保さんから電話があった。
「鳴らんかったです。母も、朝まで寝とりました」
声が明るかった。
昼前に、剥がしに行った。
三枚とも、昨日の朝と同じだった。黄ばみも焦げも、進んでいない。
二つとも、止まっていた。
止まったほうが、ただ覚えているだけのものだ。俺はそうやって読んできた。
だが、焦げのほうは、止まったのではなく打たれたのだ。黄ばみのほうは、はじめから止まっていたのかもしれない。足音をさせていたのが黄ばみのほうで、祓いのあおりを受けて黙っただけなのかもしれない。
比べる相手の片方が、もう無い。三日目の札は、何も言っていなかった。
座敷では、お母さんが起きていた。座椅子にもたれて、膝掛けの端を揉んでいた。
「静かやったよ」とお母さんは言った。「お父さん、上がんなったとやろうね」
久保さんが、よかったね、と言った。
俺は、何も言わなかった。そうだとも、そうでないとも、言える材料が無かった。材料は、昨日の朝、二階の戸の前で無くなった。
久保さんが封筒を出した。
「おいくらですか」
「見に来たぶんだけ、頂きます。一万です」
久保さんは、封筒から一万円を出した。
「播谷さんは、四万でしたけど」
「あちらは、止めらしたけん」
久保さんは一万円を俺の前に置いて、急須に手を伸ばした。急須は、空だった。
お母さんは、いつの間にか眠っていた。膝掛けの端を、指で押さえたままだった。
帰りしなに、最後の一枚を剥がした。階段の下の柱に貼ったものだ。
下寄りから、黄ばんでいる。
上がり框のあたりには、いまも何かがある。誰も打っていないし、誰も受けていない。これが何なのかも、俺には読めなかった。
二階の戸の前にあったものは、もう読めない。
札を四つに畳んで、鞄に入れた。
上がり框に腰を下ろして、靴を履いた。
背中のほうで、階段は鳴らなかった。




