第十七話 貸し
名刺を見ながら歩いてくる男がいた。
人の流れから外れて、看板の前で足を止めた。板の字を、上から下まで読んでいる。
「大上屋さん、ちゅうのは、ここかいな」
それから机の向こうを見た。腑に落ちない、という顔をしていた。
「あんた、双子やったとね」
播谷守だった。作業着ではない。襟のあるシャツを着て、手ぶらで立っている。
裏の路地で、同じ顔の男に会ったのだと言った。大上さんやろ、と訊いたら、違います、表におります、と返されたらしい。
「違うち言われても、あんたやったけんね」
双子です、とは言わなかった。嘘になる。そうやなかとです、とも言わなかった。
「今日は休みですか」
「休み。天神に用のあったけん、寄った」
名刺の角が丸くなっていた。しばらく胸のポケットに入っていた紙の形だ。あれには住所が刷ってある。渡辺通り沿いの歩道、デパートの正面、地下街に下りる階段の裏。読めば着く。
現に着いている。着いて、看板のほうを先に読んだ。
店が抜けるのには慣れた。客が抜けるのにも慣れた。
同業の頭から店が抜けたのは、初めてだった。
「厄除けば、一枚くれんね」
「千円です」
「安かね」
播谷は財布から千円札を出した。札を一枚、差し出した。占いのおばさんの手つきだ。押し付けはしないのに、断る角度が残らない。
播谷は受け取って、日にかざした。
「これ、あんたが書きよっと」
「書きます」
「一枚なんぼでできると」
「材料費は、あんまりかからんとです」
「そら安かはずたい」
携帯が鳴った。知らない番号だった。
「はい、大上です」
「あの、大上さん、ちゅう拝み屋さんですか」
男の声だった。歳は、俺より上に聞こえた。
「そうです」
「そこの、占いの先生に番号ば聞きました。清川の者ですけど、ちょっと、家のことで」
播谷が椅子から腰を上げた。
「客ね。帰るわ」
名刺を一枚出した。播谷は「ああ」と受け取って、胸のポケットに入れた。さっき同じ紙を出したポケットだった。
電話を折り返す前に、路地の口まで歩いた。四十歩もない。
本家は椅子に座って、札を数えていた。
「出る。清川に行く」
「はい。表ば見ときます」
「さっき、播谷さん、ち言う人が来たやろ」
「来ました。大上さんやろち訊かれたけん、違いますち言いました」
本家は札を揃えて、机の端に置いた。
あの男は、この路地で看板を一枚見て、表でもう一枚見た。頭の二文字が違うだけの字を、二枚とも読み流した。同じ顔のほうは、二度とも覚えている。
高架の下は日が差さない。表へ戻ると、アスファルトが白く光っていた。
清川三丁目。渡辺通りを南へ下って、川を渡って、市場の裏の路地に入る。
天神から歩いても知れている。バスに乗るほどでもない距離を、俺はいつも歩く。
路地は車が一台通れるかどうかで、両側に古い家が並んでいた。呼ばれたのは、その突き当たりに近い一軒だった。木造の二階建て。一階は表がアルミの引き戸で、内側にベニヤが立ててある。前は何かの店だったのだろうが、看板は残っていない。
二階が住まいで、外に鉄の階段が付いていた。上がってくる音を聞いていたらしく、途中で戸が開いた。
「重松です」
四十半ばくらいの人だった。作業ズボンのままで、髪が寝癖のかたちに折れている。昼は車の部品の工場で、夜勤は無い。帰ってきて、風呂に入って、それから寝る。
「寝られんとです」
最初の一言が、それだった。
中は六畳と、台所と、風呂。畳が波を打っている。窓を開けると、隣の家の壁が近い。
座って、話を聞いた。
毎晩、玄関の前に人が立つ。
外の鉄の階段を上がった先の、あの戸の前だ。呼び鈴は鳴らない。叩きもしない。何も言わない。ただ立っている。
「何時ごろですか」
「十時から、十一時のあいだ」
「どれくらい」
「一時間ぐらいと思います。ずっと見とるわけやなかけん」
朝には居ない。足跡もない。物も置いていかない。
「顔は」
「見えます」
重松さんは、そこで少し黙った。
「知っとる人です。牟田さん、ちゅう人で、もう亡くなっとります」
「いつごろ亡くなったとですか」
「……二年ぐらい前と思います」
思います、と言った。そこは覚えていないらしかった。
「いつから立っとりますか」
「一月ぐらい前からです」
急に始まった、と言った。それまで何もなかった。引っ越してきて二年半、一度も何もなかった。
なんで牟田さんが立つとかは、分からんと言った。
値段を先に言った。作法だ。あとから言うのは後出しになる。
「見に来て、調べるとに二日で一万。引き取るなら、別に三万です」
「引き取る」
「持って帰ります。そしたら、出らんごとなります」
重松さんは天井を見た。それから畳を見た。
「一万は、いつまでに」
「終わってからでよかです」
「終わってから」
「はい」
それで受けた。前金は取らなかった。
その日のうちに、目印を三枚貼った。
一枚は玄関の戸の下のほう。一枚は鉄の階段の下、路地に面したブロック塀。一枚は家の裏手のトタンの壁。三枚とも離して貼る。近づけると同じことしか言わない。
短い祝詞をあげた。八文字だ。紙が壁に吸い付いた。
「これは、何ですか」
「目印です。どっちから来とるかが分かります」
「それで、分かるとですか」
「途中までは」
その晩、俺は路地に残った。
向かいの家の塀に、コンクリートの出っ張りがある。そこに腰を掛けて待った。十時を回って、十時半を回った。
四十分ほど過ぎたころに、鉄の階段の上に人が立っていた。
上がってくるところは見なかった。音もしなかった。気づいたら、立っていた。
七十を過ぎた年格好の男だった。作業ズボンにサンダル。上はシャツ一枚。手ぶらだ。鞄も持っていないし、袋も提げていない。
戸を見ている。ただ、見ている。
俺は階段の下まで行った。三段だけ上がって、下から声をかけた。
「牟田さん」
振り向かなかった。
「金ば、取りに来らしたとですか」
男は戸を見たままだった。
一時間ほどして、居なくなった。消えるところも見えなかった。目を離して、戻したら、居なかった。
戸は閉まったままだ。中で、重松さんが起きている気配がした。
翌朝、札を読んだ。
三枚とも焦げていた。
焦げは動物の色だ。人も動物なので、同じ色が出る。犬でも猫でも人でも、紙の上では変わらない。ゆうべ階段の上に立っていたのが誰の姿をしていたかは、札には関係がない。
濃い。
これまで貼った中でも濃いほうだった。裂けは入っていない。害しにかかっているものには、色とは別に裂けが入る。入っていないということは、そういう相手ではないということだ。
戸に貼った一枚は、焦げの中心が狭い。狭くて、輪郭が鋭い。近いということだ。
塀の一枚は、中心が広くて薄くぼやけている。遠い。
裏のトタンも同じように広い。
一枚が言うのは、線が一本ということだけだ。焦げの中心が札のどこに出たかで向きは分かるが、その向きの手前なのか奥なのかは、一枚では割れない。奥から浴びても、同じところが焦げる。
だから三枚貼る。三本の線を延ばして、交わったところを見る。作法として三枚なのではない。三枚ないと点にならない。
延ばした。
交点は、玄関の戸の外だった。戸の前の、一歩ぶんの踊り場のあたり。
重松さんが最初から言っていた場所だった。
札が言うのは、そこまでだった。
二日目に行くと、重松さんは表で待っていた。
「上がってください」
茶を出された。急須から注いだ茶で、湯呑みが二つあった。
「牟田さんは、そこの角ば曲がったところで、自転車屋ばしよったとです」
うちが来たときは、もう畳んどりました、と言った。
それから、借りの話が出た。
俺は訊いていない。重松さんが自分で言った。
「二年半前に、ここに移るときに、十二万足らんかったとです」
「敷金と、荷物ば運ぶ金です」
前の住まいは、大家が建て替えると言い出したのだそうだ。半年で出ていってくれ、と言われて、それだけだった。立ち退きの金は一円も出ていない。
「家賃でも、ぎりぎりやったとです」
出ていけと言われて、出ていく金が無い。そういう半年だったらしい。
「牟田さんが出してくれました」
「借用書は」
「書いとらんとです」
月に一万ずつ返す、という話にした。封筒に入れて、牟田さんの家の玄関まで持っていった。
「四回、返しました」
四万。残りが八万。
五回目を持っていく前に、牟田さんが死んだ。急やったです、と重松さんは言った。前の日まで通りを歩いていた。
「催促されたことは」
「一遍もなかとです」
生きているあいだも、一度もなかったと言った。取りに来たこともない。顔を合わせても、その話はしなかった。
「下の名前は、なんちいわすとですか」
重松さんは湯呑みを置いた。
「……知らんとです」
二年半、金を借りて、四回返しに行って、一度も訊いていない。訊く用が無かった、と言われれば、そのとおりだった。
「ゆうべも、叩かんやったとです」
そう言った。俺もそう思っていた。取り立てに来ているのに、戸を叩かない。呼び鈴も鳴らさない。
「葬式には、行かんやったとですか」
訊かんでも、仕事は進む。訊いた。
重松さんは湯呑みを持ったまま、しばらく動かなかった。
「行けば、八万の話になると思うたとです」
それで行かなかった。行かないまま、二年経った。
「返す先が、分からんごとなりました」
家族のことは知らない。店の跡はもう取り壊されて、いまは車を停めるところになっている。誰が来て壊したのかも見ていない。通りの人に訊いたことはあるが、娘さんがおったごたる、というところまでで止まった。
俺は謝らなかった。
その晩、薬院に帰った。
本家は表を閉めて先に戻っていて、飯を炊いていた。二人で食って、俺は机の前に座った。
鞄から帳面を出した。筆ペンも出した。
書けば入る。書き方も分かっている。あの階段の上に立っているものは、祓えば消える程度のものだ。祓わなくても、こっちには引き取る手がある。
品名を考えた。
人だ。人なら、名前で書くのが早い。牟田、まではある。その下が無い。
清川三丁目。それから何と書くか。立っているもの。夜の客。戸口。
戸口は、前に一度立てた言葉だ。あのときも、帳面には入れなかった。
考えているうちに、手が止まった。
書けば入る。入れば、あれは出なくなる。重松さんは寝られるようになる。三万もらえる。誰も困らない。
八万だけが、宙に浮いたままになる。
借用書は無い。牟田さんの側に、あの金の記録は一枚も残っていない。娘さんが知っているという話も出ていない。重松さんの頭の中にだけある勘定だ。
その勘定を突いているのは、あの階段に立っているものだけだ。俺が持って帰れば、突く者がいなくなる。
筆ペンの蓋を閉めた。
帳面も閉じた。
本家は茶碗を洗いながら、こっちを見なかった。
朝いちばんに安藤さんにかけた。報告のつもりだった。
「清川で、人が立っとります。二年前に死んだ人です。借りのあるとです」
「貸した側か」
「貸した側です。八万」
「祓えばよか」
祓えばいいのは分かっている。だが、嫌だった。答えに詰まっていると、安藤さんは大きくため息を漏らしてから言った。
「拝み屋の仕事は、祓うことたい。心残りば晴らしてやることじゃなか」
「じゃあ、誰の仕事ですか」
「その記憶に、縁のあるもんの役目ばい」
それで切れた。
教わったわけではなかった。決めていたものが、同じ形で返ってきただけだ。
その日、重松さんに言った。
「うちは、引き取りません」
重松さんは口を開けて、それから閉じた。
「できんとですか」
「できます」
「止めきらんとですか」
「止めきります。今日にでも止まります」
それでも受けない、と言った。
「なんでですか」
言い方を探した。探しても一つしか出てこなかった。
「うちが持って帰ってよかもんやなかとです」
「持って帰ったら、重松さんは寝られます。そのかわり、返さんでよかごとなります」
そこまで言って、やめた。それ以上は言うことがなかった。
重松さんは畳を見ていた。長いこと見ていた。
「……返します」
「返す先を探します。それが、うちの仕事の残りです」
「探すぶんは、なんぼですか」
「一万のうちです」
そう答えた。
牟田さんの家の跡から始めた。
角を曲がって二軒目だった。三台停まる月極めの駐車場になっていて、白い線が引いてある。看板は管理会社の名前が入った小さいやつで、料金と電話番号しか書いていない。
表札も無い。看板の下の層も無い。塗り潰した字が透けている壁も無い。読むものが一つも無かった。
図書館へ行った。郷土の棚に、古い住宅地図が年ごとに並んでいる。十年前の巻を開いた。角から二軒目に「牟田自転車店」と入っていた。十五年前も同じだった。二十年前も同じだった。五年前の巻では、名前が消えて空白になっていた。
店を畳んだのがそのあたりらしい。
それから法務局へ行った。舞鶴だ。前に一度行っている。番号札を取って、地番を書いて、印紙を貼って、待つ。手続きは前と同じだった。前と違うのは、地番と住所が違うということを窓口で言われずに済んだところだけだ。
出てきた写しを、階段の踊り場で読んだ。
土地と建物の名義が、二年前に変わっていた。建物のほうは、そのあと取り壊されて登記が閉じている。
前の名義人の欄に、牟田さんの下の名前があった。昼に訊いて、出てこなかったやつだ。
名義を受けた人の名前と、住所が載っていた。
牟田ではなかった。姓が違う。
通りの人が娘さんの行方を知らなかったのは、これだろうと思った。名前が変わっている人を、名前で探すことはできない。
名前の前に、名義が変わった原因が書いてあった。
相続。それと、日付。
牟田さんが死んだ日だ。
俺はその日付を、手帳に写した。写しながら、指が止まった。
重松さんの家の階段に人が立ちはじめたのが、一月前だ。その晩の、ちょうど二年前だった。
念のため、通りを回った。
二軒で話が聞けた。一軒は同じ並びの婆さんで、牟田さんの自転車屋には子供のころから世話になっていたと言った。
「毎日歩きよったよ。店ば閉めてからも」
どこへ行くというのでもなく、朝と夕方に通りを一往復していたらしい。
「あの人は、金の話ばせん人やった」
もう一軒は斜向かいの家で、こっちは葬式に行っていた。
「小さい葬式やったですよ。娘さんが一人、来とらしたです」
名前は覚えていなかった。姓が変わっとった、とだけ言った。紙に載っていたとおりだった。
重松さんに、日付を言った。
言うと、重松さんは黙って、しばらく日を数えているようだった。
「……その日から、です」
「その日からです」
「知らんかったとです。日にちは」
葬式に行かなかったから知らない。知らないから結びつかなかった。一月のあいだ、毎晩、心当たりのないものが立っていると思っていた。
「なんで、二年経ってからですか」
分からない、と答えた。
本当のところ、答えは持っていなかった。二年という区切りは人が決めたものだ。場も、木も、犬も、そんなものは数えない。
ただ、あれは人だった。
牟田さんは金の話をしない人だった。だが、二年経ったら言う、と決めていたのかもしれない。そこに何も考えがないとは、思えなかった。
口には出さなかった。合っているかどうかを確かめる手が、こっちには無い。
娘さんの住所は、春日だった。
西鉄で南へ下って、駅から歩いて十分ほどの住宅地だ。同じ形の家が並んでいる中の一軒で、車庫に軽自動車が入っていた。
インターホンを押した。
出てきたのは五十くらいの人だった。玄関の中から、体を半分出して立っている。
「元祖天神大上屋の、大上といいます」
「はあ」
何も伝わっていない顔だった。屋号はいつもどこにも着かない。
「清川の、牟田さんの娘さんですか」
そうです、と言った。そこで少し表情が動いた。
「清川の、重松さん、ちゅう方が、お父さんに借りたお金ば返したがっとります。それで、探しよりました」
娘さんは黙った。それから、聞いとりません、と言った。
「そげな話は、父から一度も」
「二年半前に、十二万です。四万は返っとります。残りが八万」
「八万」
「借用書は書いとらんとです。日にちも、金額も、重松さんが覚えとるだけです」
娘さんは、玄関の三和土に目を落とした。しばらくして、顔を上げた。
「そういう人でした」
それだけ言った。
「うちが貰うてよかとですか」
「相続しとられます。登記に載っとりました」
紙の話をすると、娘さんは頷いた。
「ほかにもおるかもしれんですね」
そう言った。俺は何も言わなかった。言えることが無かった。
三日後の夕方に、娘さんが清川に来た。
車で来て、駐車場に停めた。父親の店の跡だ。停めてから、しばらく降りてこなかった。
降りて、通りを見ていた。二年前まで父親が朝と夕方に一往復していた通りを、端から端まで見ていた。それから、こっちへ歩いてきた。
重松さんは鉄の階段の下で待っていた。作業ズボンではなく、襟のあるシャツを着ていた。
上がってください、と言った。娘さんは上がらなかった。階段の下でよか、と言った。
封筒を出した。厚みのある封筒だった。
「八万です」
娘さんは受け取って、その場で開けた。指を舐めて、札を数えた。声には出さなかった。二度数えた。
数え終えて、封筒に戻した。
「たしかに」
領収書の話も出なかった。書く紙も、二人とも持っていなかった。
俺は路地の口に立っていた。中には入らなかった。俺の勘定はここには無い。
娘さんが帰りぎわに、俺のところへ来た。
「あの、探してもろうたとでしょう。おいくらですか」
財布に手をかけていた。取れる金だった。筋も通っている。うちが動いたぶんの相手は、たしかにこの人だった。
「うちの客は重松さんですけん」
「でも」
「頂きません」
それ以上は言わなかった。娘さんは手を下ろした。
車が出ていったあと、重松さんが階段の下に立ったままだった。
「大上さんのぶんは、いつになるか分からんとです」
「よかです」
「ほんとに、いつになるか」
「よかです」
月に千円でも構わない、とは言わなかった。言えば、そういう約束になる。約束になれば、また封筒に入れて持ってくる人が一人増える。
その晩も、俺は路地に残った。
向かいの塀の出っ張りに腰を掛けて、十時を待った。十時半を待った。十一時を回った。
来なかった。
階段の上は暗いままだった。踊り場の一歩ぶんのところに、何も立たなかった。
十二時を回ってから、札を剥がした。
玄関の一枚は、まだ少し粘った。塀の一枚と裏のトタンの一枚は、糊が乾いていて指で押すだけで落ちた。
三枚とも焦げたままだ。もう濃くもならないし、薄くもならない。持って帰っても、これがもう一度何かを言うことはない。
中の灯りが消えた。それを見てから、路地を出た。
翌朝、机と椅子を出した。看板を縛って、厄除けを並べて、それから路地の口まで歩いた。
本家は机を裏返して、脚のねじを締めていた。
「終わった」
「はい」
「取れたとですか」
「まだ」
本家は手を止めなかった。
「そうですか」
四十歩を戻って、椅子に座った。
その日は、厄除けが一枚売れた。千円だった。
その晩、薬院に帰ると、郵便受けに封書が入っていた。
茶色の封筒だ。窓は付いていない。宛名は手書きではなかった。
大上大介 様
屋号ではない。差出人は税務署だった。
階段を上がりながら封を見ていたら、本家が戸を開けた。
「開けんとですか」
「あとで」
鞄に入れた。丁寧に奥にしまい込んだ。




