第十四話 六本松三丁目 みどり荘 戸口 受 壱
電話が鳴ったのは、店を畳みかけていたときだった。
「拝み屋の大上さん、ちゅう方は、そちらですか」
年配の男の声だった。名刺の番号を見てかけた、と言った。町内の寄り合いで回ってきたものらしい。俺が手渡した覚えはない。
「筒井と言います。六本松の者です」
用件は、自分の家のことではなかった。
「近所の空き家です。わたしがどうこう言う筋やなかとですけど、頼まれたもんで」
頼んだのは、その家の持ち主だった老人の息子だという。盆に帰ってきたときに、なんとかならんですかね、と言われた。息子は東京にいる。老人のほうは施設に入って四年になる。
「戸の開くとです」
「戸」
「勝手口です。錠の壊れとるけん、掛け金に針金ば通して巻いてあるとですけど、朝行くと解けとります」
「切れとるとですか」
「切れとりません。解けて、垂れとります」
半年になる、と筒井さんは言った。閉めに行っているのは筒井さんと、隣の家の人と、もう一人。三人で順に回っている。
「気味の悪かとです。それだけです。誰か怪我ばしたとか、そげなことは一度もありません」
言いにくそうな間があった。
「いくらぐらい、かかるもんですか」
「調べるとに三日いただきます。三日で二万です。引き取ることになったら、そこから別に四万です」
筒井さんは値切らなかった。分かりました、と言って、それきり金の話をしなかった。
次の日から三日、表の店は本家に任せた。
七隈線で六本松まで行った。天神南から五つ目だ。
駅を出て表の通りから一本入ると、道が急に細くなった。四階建てと古い戸建てと月極めの駐車場が交ざって並んでいる。昔このへんには大学があったそうだ。移ったのは俺が生まれた時分らしい。学生街の顔は、もう見当たらなかった。
筒井さんは路地の口で待っていた。歳の頃は、六十といったところだろうか。同じ路地で長く工務店をやっていて、いまは息子に譲って半分引退している。町内会の役が回ってきて、それで鍵を預かっているのだそうだ。
空き家は突き当たりの一つ手前だった。木造の二階建てで、格子の入った表の戸に板が打ってある。表札は外してあった。
その上の壁に、板の看板が残っていた。白く塗り潰してある。塗りが薄くなって、下の層が透けていた。
みどり荘。
「昔は下宿やったとです」と筒井さんが言った。
裏に回った。隣の塀とのあいだの細い通路を抜けた突き当たりに、勝手口があった。すりガラスの入った引き違いの二枚戸で、敷居に溝が二本走っている。
「これです」
戸の縁と、その脇の柱に、古い掛け金が残っていた。南京錠を通す穴に、針金が通してある。
触ってみた。しっかり巻いてある。二重で、綺麗な巻き方だった。
「錠は」
「わたしの知る前から壊れとります。ここは昔から、この針金です」
「これが、朝には」
「解けて、垂れとります。掛け金の上がって、戸が半分ばかり開いとります」
切れるのなら分かる。錆びて折れることもある。解けているというのは、誰かが手で戻したということだ。
「人やなかろうか、ちゅう話にはならんかったとですか」
「なりました」と筒井さんは言った。「半年、そればっかり考えとりました」
しゃがんで、戸の下を見た。敷居が磨り減っている。真ん中のあたりだけ、木の目が出るほど減っていた。人の足がそこを通った数だけ減った、という減り方だ。
「表の戸は」
「表は動きません。ここだけです」
札を三枚貼った。
表の格子戸の柱に一枚、勝手口の枠に一枚、路地を挟んだ塀に一枚。離して貼る。塀は隣の家のもので、筒井さんがその場で断りを入れてくれた。
紙が傷むだけで人にも家にも害はないと説明すると、そうですか、と言っただけだった。
その日のうちに、天神から舞鶴のほうへ歩いた。法務局だ。
入るのは初めてだった。番号札を取って、備え付けの用紙に地番を書く。住所と地番は違うと窓口で言われて、書き直した。手数料は一通六百円で、印紙を買って貼る。番号が呼ばれるまでに四十分かかった。
出てきた紙は、思っていたより素っ気なかった。
表題部に、木造瓦葺二階建、昭和四十三年、と書いてある。用途のところに共同住宅とあった。
権利部のほうは、名前が並んでいた。いちばん上が森という人で、長い。そのあいだに別の名前が短く挟まって、また森に戻る。そして今年の四月に、また移っている。
買ったのは会社だった。名前に建設と付いている。
その紙を三回読んだ。読んでも、部屋がいくつあったとも、誰が住んでいたとも、書いていなかった。紙に出るのは、そこまでだった。
次の朝、札を見に行った。
三枚とも黄ばんでいた。焦げでも湿りでもない。ここが覚えている、という色だ。
表の柱の一枚は右の下から。塀の一枚は下の左から、広くぼんやりと。勝手口の枠の一枚は、札のほとんど真ん中から、狭くはっきり出ていた。
一枚で分かるのは、そちら側に何かがあるということだけだ。だから三枚貼る。
三本を延ばした。勝手口の、戸のあたりで交わった。
勝手口の札がいちばん濃くて、いちばん狭い。近いということだ。
針金は巻いてあった。今朝も解けていたのを、筒井さんが巻き直して帰ったのだそうだ。
札で分かるのは、そこまでだ。ここが覚えているということと、覚えているのは戸のあたりだということ。戸のあたりだというのは、筒井さんが半年前から知っている。
その足で図書館に行った。
郷土の棚に、古い住宅地図が年ごとに並んでいた。番地から探した。
昭和五十年の巻に、その区画はみどり荘と出ていた。四十年代の巻にも同じ名前がある。平成に入ってからの巻をめくると、名前が消えて、森という姓だけになっていた。
その途中、昭和の終わりごろの巻を開いたところで手が止まった。
みどり荘ではなかった。会社の名前が入っていて、その下に小さく寮と書いてある。
三冊を並べて、順に見た。下宿、寮、住まい。同じ建物が二十年のあいだに三度、呼ばれ方を変えている。
どの呼ばれ方のときの記憶なのかは、地図には書いていない。
三日目に、路地の家を回った。
筒井さんに断ってから行った。近所のことを少し聞きたい、とだけ言った。何屋かとは、三軒とも訊かれなかった。
一軒目は八十くらいの男の人で、下宿だったと言った。学生が七、八人いた。夜中に帰ってきて、裏から入っていた。表は大家が閉めるので、裏だけ開けてあったのだという。
「門限のあったとよ。あってないごたるもんやったばってん」
二軒目は七十くらいの女の人で、下宿ではないと言った。
「あれは寮よ。会社の寮」
「学生さんは」
「学生さんは、その前の話やなかね」
三軒目は両方だと言った。前が下宿で、あとが寮で、それから森さんが一人で住んだ。ただし順番については自信がなさそうだった。
「どっちが先やったかね。……忘れたわ」
三人が三人とも、裏から人が入っていたことは言った。そこだけが揃っていた。
その日の夕方、勝手口の前に一時間ばかりいた。
表の戸は動かない。裏だけが開く。近所の話も、そこだけは食い違わなかった。敷居は真ん中が減っている。
あの家は戸口の開き方を覚えている。表は閉める、裏は開ける。その区別を覚えていて、朝が来るたびにそのとおりにしている。
誰かを待っているのだ、と思った。
待つ、というのは人の言い方だ。それでも、ほかに言いようがなかった。
その晩、薬院で手帳を開いた。
書ける、と思った。
町の名と、呼び名だ。あの家は二十年のあいだに三度呼ばれ方を変えたが、看板の下に残っているのはみどり荘の三文字で、近所の人が口に出すのもみどり荘だった。地図から消えても、呼び名のほうは人に残っている。
六本松三丁目 みどり荘 戸口 受 壱
手帳に、そう書いてみた。帳面ではない。ただの手帳だ。
数は壱。値段は四万。手順も立つ。祝詞をあげて、名乗って、書けば入る。入れば、あの開き方はその日に止まる。
ただ、書いた言葉のぶんは持っていかれる。前に敷居を一本、そっくり持って帰ったことがある。戸口と書けば、あの戸が行く。もしかすると、敷居もだ。
筒井さんたちは閉めに行かなくてよくなる。閉めるものが無くなるからだ。
それから、法務局の紙をもう一度出した。
権利部のいちばん下の行だ。今年の四月、売買。買ったのは会社で、名前に建設と付いている。
初めて読んだときは、名前が並んでいるとしか思わなかった。森さんは施設に入って四年になる。息子さんは東京だ。売れていておかしくはない。
おかしいのは買い手のほうだった。住むために買う名前ではない。
次の朝、筒井さんに電話した。
「あの家、今年の四月に売れとります。買うたとは建設会社です」
少し間があった。
「……知りません」
とぼけている声ではなかった。
「ご存じの会社ですか」
紙にある名前を読み上げた。筒井さんは、ああ、と言った。
「隣の駐車場は、そこの持ちもんです」
それきり黙った。息を吸う音だけが聞こえた。
「筒井さん」
「……ちょっと、東京にかけてみます」
昼を過ぎて、かけ直してきた。
「来年の春に、壊すそうです」
声が低かった。
「隣の駐車場と一緒に、まとめて更地にするげなです。……そげなことは、聞いとりませんでした」
それ以上は言わなかった。俺も訊かなかった。
電話を切ってから、手帳の行を見ていた。
書ける。書けば止まる。四万だ。
書くというのは、あの家から一つもらって帰るということだ。
もらって帰ってよか、と言えるのは誰か。
筒井さんではない。持ち主でもないし、住んでもいないし、任されてもいない。町内の役で鍵を預かっているだけだ。息子さんでもない。四月に売っている。
言えるのは、あの建設会社だけだった。
畳の上で、しばらくそのことを考えていた。
壊されて戸が外れれば、閉める表も、開ける裏も無くなる。内と外が言えなくなったところに、開けておく戸口は立たない。あれは来年の春に、誰も何もしなくても止まる。あとに残るのは記憶だけだ。
入江さんのところの三十八点を思った。あれは帳面の中にある。預かった品で、取りに来る人がもういない。持っていても、ただの服だ。あれと同じところへ行く。
それは筒井さんに言えばいい。言ったうえで、待つか止めるかを決めてもらえばいい。
決められないのは、こっちのほうだった。
次の日、六本松へ行った。筒井さんは店の奥の、事務机のところに通してくれた。
「うちは、受けられません」
筒井さんは湯呑みを置いた。
「できんとですか」
「できます」
言ってから、少し間が空いた。
「できるとですけど、受けません」
先に、分かったことを言った。
害はない。人にも家にも、いっぺんも何も起きていない。開くだけだ。それから、来年の春にあの家が壊されれば、戸が外れて、そこで止まる。誰も何もしなくても止まる。
「壊すまで、ちゅうことですか」
「そうです。そこまで待つか、それより早う止めてもらうかです。どっちでも止まります。決めるとは筒井さんです」
「大上さんは、止めきらんとですか」
「止めきります」
そう言ってから、続けた。
「止めるとが、うちの商売やなかとです。うちは持って帰る商売です。あの家から一つ、もろうて帰るとです」
「一つ」
「戸口です。あの勝手口の戸が、無うなります。もしかすると、敷居もです。あとには穴の残ります」
「……もろうて、どげんすると」
「うちの帳面に入ります。そのあとは、うちの話です」
筒井さんは、それ以上は訊かなかった。しばらく黙って、それから言った。
「板ば打たないかんですね」
「打てますか」
「打てます」筒井さんは言った。「打ってよかかは、別の話ですけど」
そこだった。
「そこです」と俺は言った。「もろうてよか、て言えるとは、いま、あの土地ば買うた会社さんだけです。筒井さんやなかとです。息子さんでもなかです」
「わたしが、電話しましょか」
少し黙ってから、訊いた。
「何て言わすとですか」
筒井さんは口を開いて、閉じた。
「お祓いばさせてください、なら通ります」と俺は言った。「うちのは通りません。何ば持って帰るとかを、説明できんとです」
湯呑みの湯気が細くなっていた。筒井さんは机の端の伝票挟みを、意味もなく指で押さえた。三枚複写の、いちばん上が薄くなったやつだ。あれは説明の要る紙ではない。品名と数量と金額が書いてあれば、それで通る。
「止めるだけなら、頼める人がおります」と俺は言った。
心当たりは無かった。三日ください、と言って店を出た。
その晩、安藤さんに電話した。
「安藤さん。回す先ば、一人教えてくれんですか」
少し間があった。
「播谷さん、ちゅう人がおる」
番号を言われた。書き取って、復唱した。合っていた。
「そうか」
それきりだった。何の仕事かとも、なぜ回すのかとも訊かれなかった。
断ったとは言わなかった。訊かれもしなかった。
かけたのは翌朝だった。
出たのは若い声だった。
「播谷です」
「大上と言います。安藤さん、ちゅう人、ご存じですか。その人から番号ば聞きました。お願いしたか仕事のあるとです」
少し黙ってから、その声が言った。
「親父は、もう出られんとです」
「……はい」
「二年前に身体ば悪うして、いまはわたしがやっとります。守と言います」
安藤さんは、そのことを言わなかった。
知らなかったのだろう、と思った。
次の日の昼に、別府のホームセンターへ行った。六本松の隣の駅だ。看板のペンキを、俺もここで買ったことがある。
播谷守は店の裏手の、車止めが並んだところに座っていた。作業着の上に前掛けをして、胸に名札を着けている。播谷、とだけ書いてあった。菓子パンの袋とお茶が横に置いてある。
「あんたが大上くん」
二十九だと言った。六つ上だ。世代が近いせいか、敬語は使わなかった。
封筒を出した。登記の写しと、地図から書き写したものと、近所で聞いた話を書いた紙と、目印の出方を写したものが入っている。
播谷は中身を出して、上から二枚めくった。それから顔を上げた。
「こげん調べると」
「三日かかりました」
「三日」
もう一枚めくって、束を揃えて置いた。
「……親父もそげんこと言いよった」
用件を言った。来年の春に壊れること、それまで止めてほしいということ、依頼人は町内会の役の人で、自分の家ではないこと。
「そら、うちの仕事たい」
持ち主のことは訊かれなかった。頼んだ人がいて、止めてくれと言っている。それで足りるらしかった。
値段を訊いた。
「見に行くとに一万。祓うとに三万。締めて四万」
「四万」
「親父の値段のまま。上げようか思いよるっちゃけど、うちは名簿の客ばっかりやけん、上げきらん」
厄除けの札のことを思った。三千円だったのを千円に下げて、本家が三千円に戻した。値を自分で付けるというのは、どうやら当たり前のことではないらしい。
播谷は封筒を指で叩いた。
「今回は三万でよか。見に行くぶんは、あんたがもう行っとる」
「見らんとですか」
「見るよ。見るばってん、それは頂かん」
「あんた、いくらで見積もったと」
「六万です。調べに二万、引き取りに四万」
「六万」
播谷は少し笑った。
「うちの客は出さんね。……持って帰るとやろ。噂で聞いた。そんなん、抱えて何になると」
「消してしもうたら、何やったとかが分からんごとなります」
「分からんでよかろうもん」
本当に分からない、という顔だった。皮肉でも当てこすりでもなかった。
それきり、その話はしなかった。
名刺を一枚渡した。播谷はそれを読んで、元祖天神大上屋、と声に出した。
「長かね」
自分の名刺は無いと言って、レシートの裏に番号を書いて寄越した。俺の名刺は胸のポケットに入れた。
帰りに六本松へ寄って、番号を届けた。
「三万です。見に来るぶんは、うちがもう行っとるけん要らん、ち言いよりました」
筒井さんは指を折った。手慣れた指の折り方だった。
「じゃあ、五万でよかとですね」
「五万です」
筒井さんは指を戻して、机の上で組んだ。
「待つとも、できるとですよね」
「できます」
「三人で回っとるとですよ」
それきりだった。日曜に来てもらう、と言って、筒井さんは番号を控えた。
三日ぶんの二万は、その場で現金だった。
領収書を出してくれと言われた。町内会に出すのだそうだ。三人で割ります、とも言った。
但し書きに何と書くか少し考えて、調査料と書いた。
帰りの電車で、財布の中の二万円のことを考えた。
前に一度、五千円だけ残して一万五千円を返したことがある。あのときの五千円は重かった。
今度の二万は、重くも軽くもなかった。
二週間ばかりして、六本松へ行った。貼ったままの札を剥がしに。
表の柱の一枚と、塀の一枚は、指をかけると簡単に離れた。糊が乾いている。勝手口の枠の一枚だけ、まだ少し粘った。
三枚を重ねて鞄に入れた。三枚とも黄ばんだままだ。もう濃くもならないし、薄くもならない。
針金が新しいものに替わっていた。前のは錆びていたが、こんどのは光っている。巻き方は同じだった。
掛け金は掛かったままで、戸は動いていなかった。
表に回ると、白い塗りの下に、みどり荘の三文字がまだ透けていた。
下宿が先だったのか、寮が先だったのかは、結局分からずじまいだった。誰も嘘は言っていない。三人とも、自分の見たものを言っただけだ。
祓ってしまえば、そこから先はもう出てこない。
薬院に戻って、手帳を繰った。
三日目の頁に、書いたままの行が残っていた。
六本松三丁目 みどり荘 戸口 受 壱
書いたのは俺で、書いた紙は手帳だ。帳面には一行も入っていない。この三日と、そのあとの二週間で、筆ペンを一度も出していない。
線を引いて消して、手帳を鞄に戻した。
鞄の中で、帳面は閉じたままだった。




