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第一章 クロエとハルト(五)

(…え?何も、起こらない?)


僕は、恐る恐る、目を開けた。


「魔刻銃が動かない!」


「使えない、魔力が…魔力が通らない…!」


「撃てない!くそっ、どういうことだ、なぜだ!」


振り返ると黒ずくめの男たちが、手にした武器をめちゃくちゃに振り回していた。


でも、あの銃みたいなものからは、あの不気味な青白い光が跡形もなく消えていた。


ただの冷たくて色のない、金属の塊に戻っている。


「何をしている、近衛兵ども!今だ、取り押さえろ!」


そんな僕の腕の中で、クロエが鋭く叫んだ。


「うわっ!」


その号令と同時に、どこに隠れていたのか、新しい兵士たちが湧いて出た。


さっき倒された護衛たちとは明らかに違った。もっと立派な鎧を着て、動きが段違いに速い。


多分これが、本物の近衛兵ってやつなんだろう。


「くそっ、離せ!触るな、触るなあ!」


黒ずくめの男たちは、必死に暴れて抵抗した。


でも、無駄だった。近衛兵たちは、容赦なく男たちに飛びかかって、あっという間に取り押さえていく。


「大いなる父よ…なぜ、我らを見放したのです…!」


「儀式が、失敗さえしなければ…!」


床に押さえつけられた男たちが、恨みがましくそう呻いた。


その言葉に、クロエが、すっと顔を顰めた。


「申し訳ありません、クロエ様!お怪我は!?」


「逃げた者も、全員捕らえました!」


兵士たちが、わらわらと、クロエの周りに集まってくる。その気配に、僕は腕をほどいた。


「お前も、共犯者か!」


「痛っ!」


近衛兵の一人が、いきなり、僕の腕を掴んだ。鋼鉄みたいな握力だった。


「違います違います!僕は…!」


「彼を離せ。乱暴なことはするな」


クロエが、僕を掴んだ近衛兵に向かって冷たく言い放った。


「し、しかし、クロエ様…」


「見ていなかったのか? この男は、私を庇ったんだ」


そう言って、クロエはあらためて僕を見た。


じっと、桃色の瞳が僕を観察している。


「この男を、屋敷へ連れて行け。私が直接話を聞く」


「え!?か、かしこまりました!」


僕を掴んでいた近衛兵が、さらにぐっと、腕に力を込めた。


「ちょっ、待って!待ってよ!何もしてないんだって!」


「何もしてないことがあるものか。この男が私を庇った瞬間、魔具が動かなくなった。この男には、何か秘密があるはずだ」


(え…?)


僕は、驚いて、彼女を見返した。


言われてみれば、確かにそうだった。僕がクロエを庇った時、撃とうと思えば彼らは、あの銃みたいなものを撃てたはずだ。


でも、実際にはぴたりと動かなくなったのを僕も確かに見た。


(でもそんなの、たまたまだろ!どうして、僕なんかが、そんな…)


僕は、ずるずると引きずられるように、神殿の隅へと連れて行かれる。


まるで、子供が、大人に引きずられているみたいだ。なすすべもない。


「クロエ様、お耳に入れたいことが」


一人の近衛兵がクロエのそばに歩み寄り、そっと耳打ちをしているのが見えた。


「祭壇の血は、一人の量ではありません。何人もの人間を連れてきて、ここで何度も儀式を行なっていたようです」


「…やはり、そうか」


クロエが、低い声でつぶやいた。


「なんとおぞましい…。」


「この儀式のために、一体何人を犠牲にしたのだ…」


周りの近衛兵たちが、床の血だまりと、捕らえた男たちを見比べながら口々に言い合った。


連れて行かれながら、僕は振り返った。クロエが、まっすぐ僕を見ていたからだ。


「…君は一体、何者なんだ?」


彼女の唇が、そっと、動いた。


「君の秘密を、ひとつ残らず教えてもらおう」


クロエは僕を見て、小さく笑った。


ずっと退屈だった場所で、初めて、面白いものを見つけた子供のような。悲しいような愉しむような、そんな不思議な笑い方だった。

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