クロエとハルト(六)
そのあと、僕は、クロエの屋敷に連れて行かれた。
連れて行かれる、なんて言うと聞こえはいいけど、実際は荷物みたいな扱いだ。
「両手を上げろ。妙な動きをすれば、その場で斬る」
近衛兵の一人が、抑揚のない声で言った。冗談を言っている顔じゃなかったから、僕は、大人しく従うしかなかった。
まず、念入りなボディチェックから始まった。制服の袖の裏まで、ポケットの中も、一つ残らず。まるで、僕の体のどこかに、爆弾でも隠してあると思ってるみたいに、これでもか、というくらい、しつこく調べられた。
「呪具の類は持っていないな」
「呪具?そんな物騒なもの持ってませんけど…」
結局、僕が何一つ武器を持っていないことがわかっても、彼らの警戒は、ちっとも緩まなかった。それどころか、今度は、縄を持ち出してきた。
「えっ、縛るんですか? 僕、抵抗とかしませんよ!」
「黙れ。下手に動くな」
僕は両手首を、体の前で、ぐるぐると縛り上げられた。
(なんだこれ…なんで僕がこんなことに…)
で、そのまま、馬車に乗せられた。そしてこれが、また地獄だった。
(うわっ!狭すぎる!)
狭い馬車の中に、むさ苦しい男たちが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
その真ん中に、縛られた僕が押し込まれる。
肩と肩がぶつかるくらいの距離だ。
息をするのも、ちょっと苦しい。それくらい、狭くて、近い。
(なんだ?なんで誰も、一言も喋らないんだ?)
馬の蹄の音だけが、ずっと響いていた。
全員が、口を真一文字に結んだまま、押し黙っている。その代わり、みんな、僕のことを、じっと見ていた。
(気まず過ぎる!)
僕は、うつむいて、縛られた自分の手首を見つめた。目を合わせたら、それだけで、何かの合図と勘違いされそうで、怖かった。
少しでも僕が変な動きをしたら、その瞬間に飛びかかってやる、とでも言いたげな目で、全員の視線が僕だけに向けられている。
(早く、着いてくれ!)
どこに向かってるのかもわからないけど、この馬車から降りられるなら、もうどこだってよかった。僕は、痛む手首と、しびれた足を抱えて、ただただ、その時が来るのを、待ち続けていた。
「…あの」
耐えきれなくて、僕は、おそるおそる口を開いてみた。
「これ、どこに向かってるんですか…?」
返事は、なかった。
でも、このまま黙っているのも、もう限界だった。気まずさに耐えかねて、僕は、もう一度、口を開いてみた。
「…あの子は、誰なんですか」
やっぱり、返事はない。
でも、僕は、めげずに続けた。どうせ無視されるなら、聞くだけ聞いてしまえ、という気分だった。
「さっきの白い髪の、クロエって呼ばれてた子です。それに、あの場所も。あの血だらけの場所で、何が行われてたんですか?」
僕がそう言うと、しばらく沈黙が続いた。
でも、僕がじっと待っていると、向かいに座っていた、年老いた男が、小さくため息をついて、ぼそりと口を開いた。
「あのお方は…クロエ・ヴァレンタイン様。この国の公爵家のご令嬢だ」
「コウシャクケ…?」
「そうだ。それだけじゃない。あの方は、この国の皇太子殿下のご婚約者でもあらせられる」
僕が目を丸くしていると、その男は、少し声を落として、続けた。
「あの神殿で行われていたのは、禁じられた儀式だ。人の命を対価にして、禍々しい力を呼び起こす術。あれは、クロエ様のお命を狙ったものだった」
「命を、狙う…?なんで、あんな子を…」
「公爵家の令嬢、しかも皇太子の婚約者だぞ。あの方の立場を、疎ましく思う者は、いくらでもいる」
男は、淡々と言った。
「おい、あまり、喋るな」
僕がまた口を開こうとすると、隣に座っていた体の大きな男が、鋭く遮った。
僕の向かいのの男は、口をつぐんで視線をそらした。それきり、馬車の中はまたしんと静まり返ってしまう。
僕も、それ以上は、何も聞けなかった。
(そうか、コウシャクケ、のお嬢様?だったのか…)
揺れる馬車の中で、さっき聞いた話を頭の中でぼんやりと繰り返していた。公爵令嬢。皇太子の婚約者。命を狙う、黒魔術。
そして、「珍しいことじゃない」という、あの一言を。




