<32> 三大将、炎のイヴァース降臨! 絶望の総退却
――11月6日、13時27分。ヴァレンス砦前。
戦場は、先程までとは打って変わって混乱の中にあった。
これまで連戦連勝で簡単に相手していた帝国の騎士と、今目の前にいる黒鎧を着ている騎士たちは、まったくの別物だった。彼らは強かった。
第2隊の騎士たちはいままでと同じように攻撃しても、力押しで返され、剣で斬られていく。
「うわぁあっ!!」
「ああっ!!」
第2隊の騎士や兵士たちが、まるでこれまで帝国軍相手にやっていたことを、そのままやり返されているようだった。
「なぜ、『サンドウォール』が崩れたんだ……」
目の前の現実を認められず混乱している騎士を、帝国の黒鎧の騎士たちが死という現実に強制的に引き戻していく。
指示を出してくれる騎士が討たれていき、兵士たちは烏合の衆になる。どうすることもできず左右を繰り返して見ていた兵士が、帝国兵の槍に腹を突かれていく。
「う……あ……」
いままでヴァレンス砦を守り抜いてきた騎士や兵士たちが、帝国の黒鎧の騎士や兵士たちに一方的に虐殺されていく。
(――まるで、地獄絵図だな)
ウィンは混乱の間に馬を走らせながら、黒鎧の騎士めがけて剣を振り降ろす。一度防がれ、黒鎧の騎士が向けてくる剣をいなし、相手の鎧の隙間を斬る。
少しの間をおいて、黒鎧の騎士が馬から落ちていき、ドスッという鈍い音が響く。
(今までの騎士とは比べ物にならないくらい強いが、通じないわけじゃない)
ウィンは冷静に分析する。つまり、逃げるための余地はまだあるはずだ。視界の端では、ホッパーの斧が黒鎧の騎士を粉砕しているのが見えていた。
少なくとも、ウィンやホッパーの個の力は通じている。
しかし、帝国軍は、谷の奥から、どんどん進軍してくるのが見えた。いままで絶対的な壁になっていた『サンドウォール』がなくなり、帝国軍を遮る壁が文字通りなくなってしまっている。
まるで黒く分厚い雨雲がゆっくりと移動し、地面を影で染め上げるような進軍だった。
「兵士から後退しろっ! 騎士はしんがりを務めながら砦から撤退するっ!」
ガルシアの叫び声が聞こえる。ガルシアは、この混乱の中でも必死に皆を鼓舞していた。ガルシアは大剣で相手の黒鎧の騎士を弾き飛ばし、兵士たちの間に落としていた。
「『サンドウォール』っ!!」
頭上で声がし、帝国軍の波の中央辺りで、再び『サンドウォール』がせり上がる。
ウィンはヴァレンス砦の城壁を見る。そこにはダビドと魔導士隊がいて、再度『サンドウォール』を発動していた。しかし、いままでのものよりも低く、不完全な砂の壁にしかなっていないことはウィンにもわかった。
ただ、せり上がった地面に滑っていく騎士や兵士たちがいて、進撃の速度を緩めることには繋がっていた。
「時間稼ぎにしかなりませんっ!」
屋上から、ダビドが叫んでいるのが聞こえた。それでも、この局面ではありがたかった。一分一秒、ほんの少しの時間稼ぎが、命の灯を先に延ばすよすがになるのだ。
「俺たちが援護するっ! ウェスカ砦まで撤退するんだっ!」
ウィンは声を張り上げる。
「ウィン先輩っ!!」
アレンが隣にやってくる。この間まで泣いていたのに、いまでは毎日、顔つきが精悍になっていく。このヴァレンス砦での戦いは、アレンにとっては覚悟と経験を積ませ続けるための、最悪の、けれども他にはない環境だったのかもしれない。
「アレン、お前は治療室に向かって、フィオナたち、治療に当たっている者と、怪我人たちを逃がすんだ。ウェスカ砦まで援護しつつ、止まらずに駆け抜けろっ!」
「はいっ! ウィン先輩は?」
「俺もギリギリまで援護してから、ウェスカ砦を目指すっ!」
「待ってますっ!!」
「ああっ、頼んだぞっ!!」
アレンが馬を返して、ヴァレンス砦に向かって行く。その背後を狙う黒鎧の騎士がいたが、ウィンが背後から襲い掛かり、斬り捨てる。ウィンは再び方向転換し、砂煙の中に戻っていこうとする。
「――!?」
ウィンは、すでに崩れかかっている応急処置の『サンドウォール』の上に、一人の騎士が現れたのを見た。漆黒に、赤い禍々しい炎のような模様のついた鎧を着込んだ大男。同じ柄の兜には、左右に伝説の魔物のものでもあるような二本の角がついている。
相当な距離があっても、その威圧感はある種の波動となって、一気にこちらまで押し寄せてくる。
(――三大将、炎のイヴァースっ!!)
ウィンは、遠い砂の壁を駆け上ってきたイヴァースを見る。イヴァースはまだウィンに気が付いていない。崩れかけた『サンドウォール』の上で、戦況をゆっくりと見渡していた。
絶対的な勝利を確信しているのか、開港祭のステージの上で見たあの不敵な笑みを浮かべているように見えた。
「これ以上の援護は無理ですっ! 撤退しましょう!」
第2隊の騎士がそう進言していた。ガルシアも周囲を見渡し、「よしっ、撤退だっ!!」と指示を出す。
そして、ガルシアたちはヴァレンス砦の門を抜けていく。
砦の守備兵士たちが開いている左右の門を閉じようと、左右から押し始めている。
ウィンとホッパーが左右に控え、扉を閉じるのを邪魔しようとする帝国軍を倒し続けている。遠くからは矢が飛び、騎士も兵士も繰り返す波のように向かってくるが、二人は豪快でありながらも緻密な動きで、それらの攻撃を跳ね返していく。
「ウィン、行けっ! 中に入れっ!」
ホッパーが言い、ウィンは頷いて扉の内側に入る。そして振り向く。ホッパーも続いて入ってくると思ったのだ。
けれどもホッパーは扉の外に立ち、左右の扉を閉めようとしていた。
「ホッパー!?」
ウィンはすぐに馬から飛び降りると、反転して扉に向かう。
ちょうど扉を閉めようとするホッパーと向かい合う。
「ホッパー何をっ!?」
「このままじゃ全員逃げられん。俺たちが時間稼ぎをする」
扉の向こうには、ホッパー隊と呼ばれるいつもホッパーと一緒に行動している第15隊の騎士たちがいた。彼らは帝国騎士たちと戦っている。
ホッパーを入れた5人の騎士。
「ヤンが言っていたように、主戦力がウェスカ砦に残らねえとだめだ」
「だったらホッパーたちもっ!」
「俺たちは、時間稼ぎをする。誰かがそれをやらねえと、追いつかれちまうだろ?」
いつになく真剣な表情で、ホッパーが言う。
「ダメだホッパー、一緒に逃げるぞ」
ホッパーはまっすぐにウィンを見て、首を小さく振る。その目は、すべてをわかっていた。
「ホッパーっ!!」
「『酔いどれ亭』の立て替え分、ツケにしといてやる。その分、皆を守れよ、ウィン」
「嘘だろ……ホッパー……」
「よしっ、行けぇっ! ウィンっ! 当たり前の日常を、守れえっ!!」
ホッパーはそう叫ぶと、ウィンを見つめ、そして両手に力を込める。血と汗に濡れたゴツい手で重い木と鉄でできている扉を掴み、最後に見せたのは、すべてを託すような優しく逞しい笑顔だった。
ガチャアァンッ!!
扉の閉まる音が響く。
凄惨な戦場の風景が、左右から閉じられて、消えた。一瞬で、暗い砦の冷えた空気に置き換わる。剣や叫び声が、扉の厚みの向こう側で小さくなる。
扉一枚を挟んで、二つの世界に分けられる。
「ホッパぁ――――っ!!!!」
ウィンは叫び、扉を左手で激しく叩く。力を込めて、激しく叩く。
けれども、重い扉は開かない。扉を叩く鈍い音が、ただ繰り返し消えていく。
「…………どうしてだよ、ホッパー……」
ウィンは首を左右に振ると、右手の甲で目を拭う。
そして振り返ると、主人を待っているように控えている馬に再び飛び乗る。
「皆を守れ」
ホッパーはそう言った。
ウィンはそのために馬を走らせる。
【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。
お好みのプラットフォームでお楽しみください。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも「面白い」「続きが気になる」「ウィンや第15隊を応援したい」と思っていただけましたら、画面下部の【ブックマーク登録】や【ポイント評価】、【感想】などをいただけますと、執筆の大きな励みになります!




