<31> 物見塔からの凶矢! 崩れる砂壁と、現れた本物の黒鎧騎士団
――11月6日、13時。ヴァレンス砦、城壁屋上。
(はじまったか……)
ウィンは城壁の上から砂煙を上げて帝国軍が侵攻してくるのを見る。この場所でもう何度見たかわからない攻撃。
騎兵隊と、その後ろに続く歩兵。
屋上には、アッシュとダビドをはじめ、ガルシア、ホッパー、エヴァがやってきていた。別の動きをとると話していたヤンだけがいない。
エルヴィラがウェスカ砦に向かっていたため、皆気になって屋上に来ていたのだ。
左を見ると、魔導士隊が横に並び、詠唱を始めている。帝国兵が一定の場所を越えて近付くと、『サンドウォール』の魔法を展開する。
いつもの『サンドウォール』戦術だ。
「『サンドウォール』っ!!」
魔導士隊の息の合った詠唱で、谷の地面の一部がせり上がってくる。帝国本陣と侵攻してきた騎士たちが分断される。
眼下で砦の扉が外側に左右に開くのが見える。
この時間担当の第2隊の騎士と兵士たちが、大きな声を上げながら帝国兵に向かって行く。後がない決死隊である帝国兵の抵抗と、人数が少なく戦力を減らしたくないポルト王国のギリギリの戦い。
ウィンは、この場所で、同じ戦いをあと何度繰り返せばいいのかと思う。
(先が見えないのは、疲労を増していくな……)
「本当に今日何かあると思うか?」
隣で腕を組んで戦況を見つめているホッパーが、ウィンにそう訊ねる。
「わからないが……ただ、ヤン副隊長が言うように、内通者がいて情報が筒抜けになっているとしたら、今日だろうな」
「まあ、そうだな」
ホッパーはそう言って、ふいに何かを思い出したようにウィンを見る。
「そう言えば、<酔いどれ亭>で立て替えた分、返してもらってねえな」
「はぁ? 立て替えた? そんなのあったか?」
「ほら、新人ちゃんが酔い潰れてウィン先輩送ってくださぁーいってなってよ。残っていた俺が立て替えてただろ」
「……ああ、あのときの」
ウィンも思い出して言う。アレンとフィオナの歓迎会のときのことだ。酔い潰れたフィオナを、アンナと2人で送っていったのだ。
「ポルティガに帰ったら、その分も飲めるな。楽しみだぜ」
「返すだけだからおごりじゃないんだけどな」
「まあいいじゃねえか、気持ちだよ。気持ち」
ホッパーは豪快に笑う。ガルシア隊長が親分肌の第15隊の親父なら、ホッパーは筋肉自慢の、みんなの兄貴といった存在だった。
ウィンはもう一度眼下を見る。いつものように、第2隊が帝国軍を押し始めている。
(杞憂に終わればいいが……)
ウィンがそう思うのと、「うわぁあっ!!」という叫び声が上がるのは、ほぼ同時だった。
横一列に並んだ魔導士の一人の背中に矢が刺さっていた。そのまま砦の壁から空中に投げ出される。
「ああぁああぁ――――っ!!」
魔導士がそのまま地面に向かって一気に落ちていき、ぐちゃという鈍い音が響く。しかしその音はすぐに下の戦場の音に溶け込んでかき消されていく。
「あそこだっ!」
ホッパーが指さしたのは、物見塔だった。そこに一人の兵士が立っていて、弓を手にしている。
二本目の矢が放たれるのと、アッシュが疾風のごとき速度で物見塔の階段を駆け上がっていくのはほぼ同時だった。
次の瞬間、一番上まで登り切ったアッシュが、駆けた勢いのままその兵士を一気に斬り付けた。兵士はアッシュに向かって何かを言いかけたが、そのまま物見塔から落ちていく。
ドサッ……
頭から落ちた兵士の周りに、血が広がっていく。
壁の上では、兵士が最後に放った矢が、別の魔導士の左胸に突き刺さっている。
「あ、あ……」
矢を抜こうとしていた魔導士は、バランスを崩して、そのまま背中から落ちていく。
「あっ……ああぁぁ――――っ!!」
その魔導士は、宙に向かって右手を伸ばし、しかし、何も掴むことが出来ずに、砂煙の中に最初から存在などしていなかったように消えていく。
「隊列を乱してはいけませんっ!!」
ダビドが叫ぶが、魔導士たちは混乱していた。正面を向いている者、振り返る者、その場から離れようとする者――
「ダメですっ、『サンドウォール』がっ――」
ダビドが言い終わらないうちに、帝国軍とヴァレンス砦の間にできていた『サンドウォール』の魔法の砂の壁が、ゆっくりと崩れていくのが見えていた。
シュウゥゥ――――ッ
強度を持っていた砂の壁が、魔力を失いさらさらとした細かな砂に戻っていく。
30人で集中して練り上げる『サンドウォール』は、2人の魔導士が欠けただけでそのギリギリの練度をあっという間に失ってしまう。
「かわりの魔導士をすぐにっ――」
ダビドはそう指示を出すが、そのまま言葉を続けられない。別の魔導士が途中から加わっても、壁を維持できないことはダビド自身がよくわかっていた。
「下に行くぞっ、外にいる兵士を助けなければっ!」
ガルシアが叫び、ホッパーとウィンたちが後に続こうとする。
「ダビド副隊長っ! 下の兵を助けたら皆でヴァレンス砦から脱出するっ、急いでくれっ!」
ウィンが走りながら、呆然としているダビドにそう声をかける。
「あれが……帝国軍……」
ダビドは、『サンドウォール』の向こう側に現れた光景に言葉を失っていた。
「まるで……黒い……影」
ダビドの言葉に、ウィンは足を止めて眼下の谷の道を見る。
そこには、黒い鎧を着て、黒い馬にまたがった、重量級の騎士団が横一列に並んでいた。その背後には黒い鎧を着た歩兵が続き、一糸乱れぬ隊列が、今まで相手にしていた銀鎧や銅鎧の騎士や兵士たちとはまったく違うことがわかる。
異質なオーラが、日蝕の日に太陽がかき消されるように、周囲を急速に覆い始めているように見えた。
「ダビド副隊長っ!」
ウィンはダビドの両肩を掴むと、激しく揺らす。ダビドはその振動で我に返ったように、早口で叫ぶ。
「『サンドウォール』作戦失敗っ! ヴァレンス砦を放棄しますっ! 魔導士隊は魔法で下の兵士たちを援護しながら、皆で脱出しますっ!」
(これは時間との戦いになるな)
屋上からの階段を駆け下りながら、ウィンは思考を巡らせていた。
「何かが起こるとしたら、今日の可能性がとても高いです」
ヤンはそう言った。
エヴァがよく言うように、「ヤンのろくでもない予想は大体当たる」。
(こんな予想は、当てないで欲しかったが……)
ウィンは走りながら軽兜をかぶり、地上階まで降りると、待機させていた馬にまたがり、扉の向こうの戦場に飛び出していく。
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