↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
81/88

<29> 魔力連携再び

 ――11月4日、22時。ヴァレンス砦、治療室。


 怪我人を収容する治療室は、30人分の簡易的な寝台がある部屋である。魔導ランプが淡い明かりで周囲を照らしている薄暗い部屋で、他の部屋と同じように窓がない。


 漆喰の壁に映る揺れ動く影が、切り絵の劇の登場人物のように見える。


「……ふう」


 フィオナは『キュアヒール』を唱えた後、右手で額の汗を拭う。汗は玉のようになっていて、気を抜くとポタポタと太腿や床を濡らす。


「ありがてえフィオナちゃん。大分楽になったよ……」


 上半身裸で胸に斜めに包帯を巻いている兵士が、フィオナを見ながら感謝の言葉を述べる。


「よかったです。無理をするのは仕方ないですけど、無理しすぎないでくださいね」


 フィオナは自らの疲れを隠し、笑顔を見せる。水魔法と少しの回復魔法を使えるフィオナは、戦闘に出ていないときはほぼ治療室にいた。


 フィオナの回復魔法には自然治癒力を高め、痛みを和らげる麻酔のような力があった。


「ああ……痛えのが少し楽になったよ。フィオナちゃんも疲れてるだろうに、ホントにスマンな……」


「早く治して、また一緒にポルトを守りましょうね」


 フィオナはそう言って微笑みかける。


 連戦連勝だからといって、怪我人が出ていないわけではない。むしろ、ヴァレンス砦と『サンドウォール』の間に挟まれた帝国兵たちは、一縷の望みを狙って必死に抵抗してきた。


 その決死の攻撃を受けて、怪我をする者は決して少なくなかったのである。


 フィオナがヴァレンス砦に到着してまだ数日であるが、献身的な治療に感謝する騎士や兵士たちが増えていた。


 大きな怪我をした者には、自分の魔法ではどうすることもできず、フィオナは泣きながら謝り続けた。自分の魔法など、麻酔くらいにしかならないと無力感を覚えることもあった。


「力になれず、ごめんなさい……」


 ある日、フィオナは瀕死の兵士にそう言うことしかできなかった。


「いいやフィオナちゃん、痛みが和らいで、落ち着けるだけで、本当にありがたいんだよ……ありがとう、ありがとう……」


 そう感謝を伝えてくれた兵士は、戦闘を終えもう一度戻った時にはすでに息を引き取っていた。


 フィオナはこの数日で、これまでの人生で泣いたよりも多くの涙を流してきた。治療室でも泣いたし、寝室でも枕に口を押し当てて嗚咽した。


(これが戦争……私たちがここで帝国を止めなければ、ポルト王国の皆が殺される……何としても、止めないと……頑張らないと……)


 人の死がこんなに生と隣り合わせなのだとは、これまで考えたことがなかった。まるで扉を開けて、「行ってくるよ」というような気軽さで人が死んでいく。


 幼馴染のアレンは、この数日で一気に大人びた。初めての魔物を倒すのに震え、泣いていた彼はもういない。


 今は覚悟を持った一人の騎士として、帝国兵と渡り合っている。


 さっき食堂で挨拶を交わした時も、昔から知っているはずなのに、どこか知らない人のように思えた。


 勤務時間を終え、フィオナは暗い廊下を歩いて広間に出る。疲労のため、歩く足の動きも重い。


 乱雑に置かれたテーブルと椅子は、整える努力はとうに放棄され、迷路のようになっている。


 22時過ぎの薄暗い広間には、休憩をしている兵士たちが点在している。


 フィオナは一人、端にある椅子に腰をおろす。あまりの疲労感に、そのまま目を閉じてしまいそうになる。


 そして、あまりにもつらいときには、フィオナは大切な人のことを想う。


(――会いたい。会いたいです……ウィン先輩)


 フィオナはなぜか泣きそうになった。頭を下げていたフィオナの狭い視界に、足の影が見えた。


「頑張ったな」


 フィオナが顔を上げると、そこにはウィンが立っていた。


「……あれ、私寝ぼけてる? ウィン先輩がいる……」


 ウィンは散らかった椅子を引っ張って、フィオナの前に持ってきて腰をおろす。2人は向かい合う形になる。


「どうした? 疲れたのか?」


 優しい声でウィンがそう訊ねる。


「……私より疲れている、大変な人がたくさんいるので、疲れたなんて言えないです……」


 言葉にしてはじめて、自分がそんなふうに思っていたのだと自分でも驚く。


 その言葉を聞いて、ウィンは笑う。


 フィオナが不思議そうにウィンを見返す。


「そうか。フィオナはまだ新人だから知らないんだな。他に大変な人がいたとしても、自分がつらかったら、つらいって言っていいんだ。人と比べなくたっていいんだ」


「ウィン先輩……」


「うちの隊なんて、俺も含めてみんなそうしてる。つらいって笑い飛ばして、皆でエールを飲んで、それで消化するんだ」


「エールを、飲んで……?」


「ん? いや……フィオナはエールは飲まない方がいいかもしれないな。ただ、つらいって言っていいからな。愚痴ならいくらでも吐け。俺も先輩としてちゃんと聞いてやるから」


 ウィンはそう言うと、左手を伸ばしてフィオナの頭を撫でる。


「フィオナ、お前は頑張ってるよ。新人には酷な環境だが、その中で必死にもがいてる。俺の新人のときとは大違いだぞ」


 ウィンはそう言って微笑む。自分の大切な人が、極限の環境のなかでも自分を気にかけてくれる。


 それだけで、救われるような気がした。


「肩に触れるぞ。いいか?」


 フィオナは何をされるのかわかって、黙って頷く。


 そして、ウィンは魔力連携をはじめる。


 深海の中に深く深く沈み込むようなウィンの大きな魔力。


 その奔流が肩からフィオナの中に流れ込んでくる。


「ん……ん」


 フィオナは、使い果たしたと思っていた魔力が、みるみる蓄えられていくのを感じる。


「――よし」


 魔力連携を終えると、ウィンはそう言って立ち上がる。その軽鎧には土や泥がたくさんついていた。ウィンもどこかで何かの雑役をしてきたのだろう。自分だって疲れているはずなのに、ただの後輩でしかない自分のことを気遣ってくれる。


 そのことがただ嬉しかった。


「じゃあ、明日も早いから、出来るだけ早く寝るんだぞ」


 ウィンはフィオナを見て優しく言った。


「……はい。ありがとうございました」


 フィオナは少しだけ俯いて、精一杯平静を装う。


 ウィンは左手を軽く上げ、何でもないことのように広間から歩いて出ていく。


 フィオナは明日も続く激戦のことを少しだけ忘れ、遠ざかっていくウィンの背中を見つめる。


(……ホント、ずるいです、ウィン先輩)





【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

お好みのプラットフォームでお楽しみください。


読んでいただきありがとうございます!

少しでも「面白い」「続きが気になる」「ウィンや第15隊を応援したい」と思っていただけましたら、画面下部の【ブックマーク登録】や【ポイント評価】、【感想】などをいただけますと、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。