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<28> 森を駆ける双子騎士ヘイズ兄弟と星空の物見塔

 ――11月2日、16時。ブルゴス地方南西部。


「野営の跡があるな」


 森の絡み合う蔦を右手で払いながら、アンナが言う。数日が経った形跡のある焚火の跡を見下ろす。


 アンナとニア、それに第15隊の隊員を含めた総勢10名は、ジェイドの街でガルシアたちと別れてから、ブルゴス地方を移動しながら、『メルバスの笛』を持つ見えない敵を探していた。


 ポルト王国中を歩き回っているその敵は、魔物が棲息する様々な場所で、メルバスの笛を吹いている。


 アンナたちは、魔物の発生場所と、凶暴化のタイミングから、メルバスの笛の持ち主を探そうとしていたのだった。


「処理する情報の多さで、ニアの頭が爆発してなければいいのだがな」


 アンナは言う。今はアンナの指示で3人ずつの3班に分かれて、ニアの指定する場所を調査し戻るということを繰り返していた。


「グルルルッ!」


 森の奥から、叫び声とともにワーウルフの群れが飛び出してくる。


「『ウィンドバリア』っ!」


 アンナは短い詠唱で風のバリアを作り出し、ワーウルフを跳ね返す。


「5匹だっ。各個撃破するっ!」


 アンナはそう言うと、踏み込みとともに一頭目を斬り裂く。


「あいよっ」


「任せとけっ!」


 顔がそっくりな二人の騎士が、素早くジャンプしてそれぞれ一匹のワーウルフを倒す。


 アンナはその動きを横目に、『ウィンドニードル』の魔法でもう一匹の頭を貫く風の針を通す。


「よっ」


 顔がそっくりなうちの一人が、身体を回転させながら、ワーウルフに上から斬りかかる。


 あっという間に断末魔が響く。


「元がそうでもないから凶暴化しても手応えがないぜ」


「その方がいいだろ」


 二人の騎士はそう言って、軽鎧についた汚れを手ではたく。


「ジーク、ルーク行くぞ」


「りょーかい」


「ウチの姫様は本当に双子使いが荒いな」


「なっ」


 黒髪を後ろで結っている小柄な双子は、ヘイズ兄弟である。兄のジーク・ヘイズと弟のルーク・ヘイズは、いつもふざけてばかりいる、けれども抜群のスピードを持つ騎士だった。


 彼らはいわゆる騎士のルールに全然従わず、結果を出せば何でもいいだろうというタイプだった。


 それでどの隊からも煙たがられていたところを、ガルシア隊長が「ウチにぴったりじゃねえか」と拾ってくれたのだった。


 ウィンとも仲が良く、酒飲み友達でもある。そしてヘイズ兄弟の陰口を言っていた別の隊の騎士にアンナが正々堂々と言い返して以来、ヘイズ兄弟はアンナのことを「姫」と呼び慕っている。


「確かに細かなルールは守らないかもしれないが、ヘイズ兄弟はいつだってポルトの民のために働いている。国民のための騎士が、ポルトの騎士だろう!」


 子供の頃から鼻つまみ者だったヘイズ兄弟にとっては、それは最高で完璧な出来事だった。


 だから、今回アンナとニアが別動隊に選ばれたとき、ヘイズ兄弟はヤンに向かって「俺たちを選べよ!」と睨みつけていたのである。


「一度ニアのいる宿屋まで戻ろう。再度皆の情報を整理するぞ」


 アンナが頬に付いた泥を手の甲で拭いながら言う。


「他の班でいい情報があればいいがな」


「ほいきた。行こうぜ」


 アンナとヘイズ兄弟は、そう言って昏い森を抜けていくのだった。


 




 ――11月2日、23時。ヴァレンス砦。


 窓のない通路を歩く一人の男の影が揺れている。等間隔に壁に掛けられている魔導ランプの明かりに近づく度に、色濃く疲労が染み込んだ男の顔が何度も浮かび上がる。


 その男の後をつけているのはエヴァだった。エヴァは足音を立てない独特の歩き方で、男に続いていく。


 ギギギギ……


 鈍い音をたてて、砦の屋上に出るための鉄の扉が開かれる。


 エヴァが屋上に出ると、谷の先に野営の明かりのついた帝国陣営が見える。距離にして約3キロ先だが、しっかりと存在を感じられる。


 毎晩、気紛れのようにその陣営から魔導ランプが動き出す。そうなるとこの時間の当番の魔導士たちが立ち上がり、詠唱をはじめる。


 帝国兵が一定の距離まで近付いてきたところで、魔導士たちは『サンドウォール』の魔法を唱える。


 エルヴィラを中心に何度も訓練し、磨き上げてきたヴァレンス砦の防衛に最適化した独自の高度な土魔法。


 その魔導士たちは、今は屋上を通り抜けていく涼しい風に身を任せ、しばしの休憩をしている。


(ずっとあの精度で魔法を練り上げるのは相当なものよね……)


 エヴァは魔導士たちを見つめながらそう思う。


 そして、エヴァは男の姿を確認する。男は屋上にひときわ高く立てられている物見塔への階段を上っている。


 物見塔からは、さらに一段高いところから状況を把握することができる。物見塔の下の木の扉を開くと、内側に蛇のような螺旋階段があり、物見塔の上の部屋に直接繋がっている。


 そこから望遠鏡の魔道具で帝国軍の様子を見ているのだった。


「――確か、エヴァ君でしたか」


 物見塔の上の部屋で望遠鏡の魔道具を覗いていたダビドが、望遠鏡から目を離し、振り返って言う。


 ダビドの背後には、窓越しに夜空が広がっている。ガラスも何もついていない窓からは、星も月もよく見える。


 今晩は比較的星がきれいに見えたが、群れからはぐれてしまったような薄い雲が空の低いところに点在している。


「名前を知ってもらえてるなんて嬉しいわ」


 エヴァがゆっくりと言う。


「私に何か用ですか? これでも一応忙しいんですよ。毎日睡眠時間も短いし……失礼、愚痴るつもりはなかったのですが」


「ダビド・メリーノ副隊長。うちのヤン副隊長は、この砦に帝国の内通者がいると話しているわ」


 エヴァは一歩前に出て言う。下ろした癖のある長い髪が強い風にバサバサと揺れる。深いワイン色のワンピースに、黒いカーディガンを羽織っている。


 ワンピースに入ったスリットからは、太腿が艶めかしく見えている。


 太腿にはベルトが巻かれ、そこにはダガーが刺さっている。


「ヤン殿が?」


 ダビドは戸惑いの表情を見せて、長くため息を吐く。


「……はぁ、彼にもらった胃薬はとてもよく効いたんですよ。さすがポルティガ薬局産だと、同じ物を手に入れようと思っていたのですが……あなたは、その胃薬でも耐えられないようなことを言うのですね」


 自嘲気味にダビドが言う。猫背で陰気に落ち窪んだ目は、すべてを見ているようで何も見ていないようにも見える。


「ヤンは内通者の存在が、ヴァレンス砦を陥落させる危険があると警戒しているわ」


「そりゃそうです。今この砦は、ギリギリのところで持ちこたえています。内通者なんていたら、持つはずがない。あっという間に陥落しますよ」


「そうね」


「それでエヴァ君は、私がその内通者とでも言いたいのですか?」


 ダビドの言葉を受けて、エヴァは妖艶に笑う。


「ヤンは、あなたは違うと言っているわ。あなたには、内通者を探すのを手伝ってほしいの」


 ダビドは無意識のうちに、いつものように右手で左手の甲を掻く。


「そのヤン殿は今どこに?」


「第15隊5人を連れて、しばらく外出してるわ。ダビド副隊長は、相当ヤンに頼りにされているのね」


 エヴァはそう言って笑顔を見せる。


「……信頼してもらえるのは、ありがたいことです。ヤン殿とは、貴重な胃薬同盟の同志ですしね」


 ダビドはそう言うと、遠くの帝国陣営を見る。


「内通者を見つけるのは簡単ではないでしょうが……それをやらないとこの砦が落ちますから、もちろん手伝わせてもらいますよ」


 ダビドはそう言うと、今度は右手で左手の甲を掻きながら、そのまま胃のあたりを押さえるのだった。







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