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<8> 第15隊隊長 ルイス・ガルシア

「なんだか、オレに断りなく、うちの部下を尋問している奴がいるって聞いてな」


「尋問じゃなく、事情聴取です。隊長」


 ウィンが一応、名誉のための訂正をする。


「で、うちの優秀な騎士たちの、いや……いま、俺のことを何か言っていなかったか?」


「い、いえ、何も……言っていません」


 さっきまでの勢いはどこに行ったのか、エミール・ラ・クロワはしどろもどろにそう答える。


「そうか。じゃあ、オレの聞き間違いか」


 第15隊隊長ルイス・ガルシアは、そう言うと、ウィンとエミール・ラ・クロワの間の席にどかっと腰を下ろす。


 黒髪に大柄な体、騎士たちが多い部屋の中でも、さらに二回りほど大きな体。隊長用の軽鎧の色も黒く、まるで大きな熊のようである。軽鎧の間、所々見えている肌には歴戦の傷跡が多数見えている。


 大剣を背中に斜めに差しており、その大柄に似合わぬ速度で大剣を振り回す。


 それがウィンたち第15隊の隊長--ルイス・ガルシアだった。


「で、その事情聴取とやらはもう終わったのか」


「は、はい。この二人が何も覚えていないということなので、そろそろ終わりにしようとしていたところで--」


 エミール・ラ・クロワがそう言うのに、ガルシアは言葉をかぶせる。


「じゃあ、二人は俺が連れていくぞ。明後日は開港祭だろ。俺たち第15隊はお前たち第7隊に指示されてポルティガの巡回をしているから、人手がいくらあっても足りないんでね」


「わ、わかりました、もちろんです。開港祭の警備の責任者は我々第7隊です。第15隊のご協力、感謝しますーー」


 副隊長がそう言うのと、クリス・ハーグリーブズが入ってくるのはほぼ同時だった。


「大変遅れてしまって申し訳ない。前の仕事が長引いてしまってーー」


 その落ち着いた話し方に、金髪の長髪に優男といっていいくらいの細さ。隊長用の軽鎧は、ルイス・ガルシアの黒と対照的に銀色である。


(同じ隊長とは思えないな)


 ウィンは心の中でそう思う。まるでそれが聞こえたかのように、ガルシアが胡散臭そうにウィンを睨みつけてくる。


「ガルシア隊長。どうしてこちらに」


「ちょっと用事があったから、部下をちょうど迎えに来たところだ」


「そうなのですね。部下の貴重な時間をとってしまい申し訳ありませんでした。第7隊は開港祭の警備の責任者を務めているため、どんな異変でも調査しておきたいと思いまして」


「それはとてもいい心がけだ。ハーグリーブズ隊長。開港祭は明後日だ。どんな危険な芽も摘んでおきたいというのは当然のことだ」


 ガルシアはもっともらしいようにそう言う。


 ウィンは改めてクリス・ハーグリーブズを見る。ハーグリーブズ侯爵家の期待の星。剣と魔法の天才であり、22歳で隊長に抜擢されたのも、家柄だけではないと皆が噂している。その洗練された見た目から市井の人々からの人気も高く、それも納得だと思う。


(こんな感じの良い隊長が、あんな感じの悪い副隊長と一緒にやっているとはな。若くして抜擢されると、色々としがらみが大変そうだな……まあ機会はないだろうが、俺は出世はお断りだな)


 ウィンは二人を見比べてそう思う。中年に差し掛かった見た目でいかにも貴族の権威を振りかざしているエミール・ラ・クロワ副隊長と、22歳で隊長に抜擢されたさわやかな若きエリート。その組み合わせが随分といびつに見えた。


「ラ・クロワ副隊長。第15隊の皆様にはもうお帰りいただいていいのか?」


 クリスが上座に座って--いつの間にか立っていたエミール・ラ・クロワに向かってそう訊ねる。その声はどこまでも穏やかだったが、副隊長を見るクリスの瞳には、微かな呆れのような、あるいは興味を失っているような静かな光が宿っていた。


「え、ええ……もう大丈夫です、はい」


 そう答えるエミール・ラ・クロワは悔しさと怒りがないまぜになったような表情で、頬が微かに赤みを帯びている。


 クリスはその言葉を聞くと、今度はウィンとアンナに向かって優しく微笑みかける。


(ひどい身内に苦労させられて、こちらにも気を使って、エリート隊長様も大変だな……)


 ウィンはそんなふうに同情する。


「開港祭の前の忙しいときに、ありがとう。礼を言う。ガルシア隊長も、助かりました」


「おう、いいってことよ」


 ガルシアはそう言って立ち上がる。部屋の全員が、ガルシアが大男であることを改めて実感させられる。この狭い部屋だと、圧迫感すら感じられる。


「ウィン、アンナ、じゃあ行くぞ」


「承知しました。それでは、第7隊の皆様、お役に立てず申し訳ありませんでした」


 ウィンはクリスを見て、最後にあえてエミール・ラ・クロワを見て、ことさら申し訳なさそうに言う。もちろん、内心ではそんなことはまったく思ってもいない。


 ガルシアやクリスが来てから借りてきた猫のように大人しくなってしまったエミール・ラ・クロワ副隊長は、誰にも見えない透明な蝶々でも見ているかのように、視点が定まっていなかった。








「ウィンのことだからもうわかっていると思うが、あの副隊長がエミール・ラ・クロワだ」


 第15隊の騎士館に戻ってきてから、隊長室でルイス・ガルシアはそう言った。隊長机の上に両足を投げ出し、その姿だけ見るとやる気がなさそうに見える。


 しかし、ウィンたち第15隊の騎士たちは、ガルシア隊長がやる気がないのではなく、ただ面倒で豪快なだけだということをよくわかっている。礼儀とか儀礼とか、騎士として必要なある種のものをまとめてどこかに忘れてきてしまったのではないかというような男だった。


「昨年、クリス様が22歳で第7隊の隊長に抜擢されたときに、何で自分が隊長になれなかったと激昂したという噂の、20歳年上のラ・クロワ伯爵家の……酒場でよく、実力もないのに家柄だけで副隊長になったと言われていたあのラ・クロワですね」


「まあ、そうだ。奴にとっては階級がすべて。上と下で態度が変わるのが、あいつの基本的なスタンスだ」


「面倒なスタンスですね……」


「まあ、面倒だが、わかりやすいって言えばわかりやすい」


 ガルシア隊長の部屋には、ウィン一人だけがいる。第7隊の騎士館から帰ってきて、そのまま「ちょっと来い」と隊長室に呼び出されたのだ。


「で、昨日の事件のことだが」


 ガルシア隊長はそう言ってウィンを見る。騎士学校を出てから第15隊で拾ってもらい、それから7年の付き合いである。ウィンがたくさんの事件に巻き込まれてきたのを知っているし、一緒に多数の事件を解決してきた。


「はい」


「聖心教会のシスターが拉致されそうになったのを、お前とアンナが助けたっていう話だったな」


「はい」


「なんで聖心教会のシスターが狙われる?」


「……これを見てください」


 ウィンはそう言うと、軽鎧のポケットから赤い宝石が埋め込まれた〈赤いネックレス〉を取り出す。


「ん? なんだこれは?」


「そのシスターに手渡されたものです。『何も言わずに受け取って欲しい』と、秘密にして欲しいと言うような言い方で頼まれました」


「ただのネックレスじゃなさそうだな」


「はい。ただ、これが何なのかはわかりません。ですので、この後、アリスのところに行き、鑑てもらおうと思っています」


「アリスが出るような案件、ってことか……」


 ガルシア隊長はそう言うと少し思索にふけ、考え込むような表情を見せる。剣技に優れ、実際に力で押し切るタイプに見られがちなガルシア隊長だが、実際には思考の幅が柔軟で広い。


 ポルト王国騎士団の隊長職についている猛者たちは、一筋縄じゃ行かない面々ばかりである。


(本当に、隊長クラスは化け物ばかりだからな……)


 ウィンはそんなことを思う。


「よし、わかった。さっきも話に出ていたが、明後日の開港祭を狙って、怪しい動きがないとも限らん。俺たちのいまの重要な仕事は、開港祭を無事に終え、近隣諸国との平和を享受することだからな」


「もちろんです」


「何かわかったら、遠慮なく言ってこい。いつものように、この件はお前に一任する。十分巻き込まれて来い」


「……巻き込まれたくは、ないんですけどね」


「今回の件も、もうどっぷり浸かっているだろう」


 ガルシア隊長はそう言うと、不敵な微笑みを見せるのだった。


【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

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