<7> 事情聴取
「--アンナ、大丈夫か?」
小さな会議室の椅子に座り、メデューサに石にでもされてしまったかのように身じろぎもせず座っているアンナに向かって、ウィンがそう尋ねる。
「だ、大丈夫に、決まっている」
「まだ俺たちしかいないんだし、もうちょっとリラックスした方がいいんじゃないか?」
「ウィンは、緊張しないのか」
「悪いことをしているわけじゃないんだから、緊張する必要はないだろう」
「そ、そうだな。悪いことは何もしていない。むしろ、いいことをしている。ただ、私がここでちゃんと答えられないと、ガルシア隊長に迷惑がかかるかもしれないと思うと……」
「隊長は、気にしないさ。いや、ネチネチ文句を言うか。『エリート隊長に目を付けられやがって。面倒くさいったらありゃしない』とかな」
「確かに言いそうだ……」
ウィンはそんな緊張しすぎなアンナを見て思わず表情を崩す。警護の任を解かれ、昨日の事件の事情聴取のために騎士館にやってきたウィンとアンナの二人は、小さな部屋に通され、しばらく待たされていた。
普段は会議室として使われている部屋なのか、細長い部屋の中央に大きな会議用の机が置かれ、奥と手前側に椅子が4脚ずつ、上座に1脚の立派な椅子が置かれている。
ウィンとアンナは、窓を背にした4脚の内の真ん中の2脚に並んで座っている。
生真面目なアンナは、ちゃんとした答えを言わないと投獄されるとでもいうように、緊張し過ぎている。
一方、ウィンは緊張した様子も見せずに、のんびりと部屋の中を見回している。
「他の隊の騎士館に来ることないから、新鮮だな。ほら、窓から見えるポルティガ城の角度が違うぞ」
後ろを振り返りながらウィンが言う。
「暢気なことだな……緊張感がなくてうらやましい」
振り返らずに、アンナが言う。
ポルト騎士団の騎士館は、第1隊から第15隊までがポルティガの中心にあるポルト城を取り囲むように建てられている。第1隊は最も守りを固めなければならない北側にあり、ウィンたちが所属している第15隊は南の港側にある。
いまウィンたちが訪れている第7隊の騎士館は城の東側にあり、普段と見える景色が違ったのである。
「それにしても遅いな。もう1時間も待たされている。お菓子や飲み物は一つもない。これはもう帰ってもいいということかな」
「帰っていいわけはないだろう。ただ、確かに遅すぎるな」
アンナもそう同意する。
「第15隊の騎士の時間なんて、お忙しい第7隊の騎士様の貴重な時間に比べたらどうでもいいとでも思っているのかもな」
ウィンはそう言うと、心底忌々しいとでもいうような表情をする。元々第7隊が苦手な中で、こんなに失礼な対応をとられたら、気分もあまりよくないのも当然のことだった。
(本当に帰るとするかな……)
ウィンがそう思いかけたときに、ようやく部屋の扉が開いた。
部屋に入ってきたのは、クリス・ハーグリーブズではなく別の男だった。てっきりクリス本人が来ると思っていたウィンは、拍子抜けする。
神経質そうな印象を与える男だった。豪華な紋章などがついた軽鎧を身に纏っている。同じ騎士団支給の軽鎧とは思えず、ウィンは思わず軽鎧を凝視してしまう。
(おいおい……この軽鎧、趣味が悪すぎるぞ)
「まずお前たち、座る席が違うな。第15隊なのだから、こちらに座り給え」
男はそう言うと、慇懃無礼な態度で扉側の席を指し示す。男の後ろから入ってきた第7隊の騎士たちがウィンたちに窓側ではなく扉側に座るように促す。
「……ほら、ウィン、移動するぞ」
動かないウィンに向かってアンナが小声で言う。焦ったように移動しようとするアンナに対し、ウィンはゆっくりと扉側の席に座る。ウィンももちろん騎士であり、身分のことはよくわかっている。意地を張って窓側の席に座り続けることはない。
豪華な軽鎧の男は当たり前のように上座の立派な椅子に座る。残りの騎士たちは窓側の席に座り、ウィンとアンナは扉側の中央の席に並んで座る。
上座に座った男は机の上に肘を立てて両手を組み、ウィンたちを無言で見つめている。
しばらく無言の時間が続く。
「ほら、早く名乗れ」
第7隊の騎士の一人が沈黙に耐えられずにそう促す。身分の低いものが先に名乗るのが当然だろうとでも言うかのようだ。
「……第15隊のウィン・カークライトです」
「同じくアンナ・マルグリットです」
「お前たちが昨日、拉致の犯人を取り逃がした二人か。どんな奴かと思ったら、確かに間抜けそうな二人だ」
上座の男はそう言う。
(シスターを救ったじゃなく、犯人を取り逃した?)
ウィンはそう思うと、上座の男を見る。そもそもこちらに名乗れと言っておいて、自分は名乗っていない。まるで俺たちに名乗る名前などないとでも言うのだろうか。
「まったく、何てことをしてくれたのだ! 開港祭を明後日に控え、不穏な芽を放置しておくことなどありえないというのにっ!」
上座の男はそう叫ぶと、いきなり右の拳をテーブルに叩きつけた。激しい音が室内に響く。第7隊の騎士たちは無言のまま視線を合わせずに、押し黙っている。まるでこの男の癇癪を、やり過ごそうとでもしているかのように。
「失礼ですが--昨日、第7隊隊長のクリス・ハーグリーブズ様に、シスターを救い出してくれたことに感謝をされております。第7隊隊長のクリス様に」
ウィンは落ち着いてそう尋ねる。上座の男の怒鳴り声など、まったく気にしていないように見える。
「クリス様は甘すぎるっ! クリス様はまだお若い……事の重大さがよくわかっていなかったとしても仕方ない。シスターは助かったかもしれないが、犯人は逃れ、いまもポルティガのどこかにいる。だからこそ、副隊長の私--エミール・ラ・クロワ様がこうして尋問をしに来ているのだよ」
「事情聴取ですね」
ウィンはしれっと言い換える。
(いま、尋問と言ったぞ。同じ騎士団の身内に対して言葉を選ばないやつだな。しかも、あの成金貴族で有名なラ・クロワ家か……よく副隊長になれたな。それにしても、随分と偉そうだな。うちの副隊長とは大違いだ……)
「捕まった4人はレヴィ・ファミリーの構成員だった。尋問をしたら、昨日ローブの男に金貨20枚で拉致を依頼され、シスターを拉致しようとしていたそうだ。ローブの男とは昨日まで面識はなくはじめて会ったらしい」
レヴィ・ファミリーとは、ポルティガのスラム街のマフィアのひとつだった。華やかで賑わうポルティガにも裏の顔はあり、マフィアや盗賊団も少なくない。ウィン自身も騎士団として働く7年の間に、多くの裏の人間たちと渡り合ってきた。
(それにしても金貨20枚とは、俺の給金の4年分だぞ……)
ウィンはそう羨ましく思う。
「金貨20枚とはまた大金ですね。金さえ払えばなんでもやることで有名なレヴィ・ファミリーならすぐに食いつくでしょうね」
「お前たちも見たこともないような大金だからな」
その言葉に、ウィンは目を細める。
(いちいち癪に障る言い方をするやつだな。まあ、事実ではあるから言い返さないが)
「だから、お前たちは、一番逃がしてはいけない犯人を取り逃したんだぞっ!」
副隊長の男はそう言うともう一度机を叩く。激しい音が再び室内に響き、そして消える。
ウィンは昨日の灰色のローブを着た長身の男の姿を思い出す。フードの奥の目は細長く鈍く光っていた。
なぜか敬語交じりの、薄気味悪い丁寧な喋り方の男。
「逃げた男のことで、何か思い出せることはないのか」
「ありません」
ウィンはかぶせ気味にそう答える。
「なにか、少しくらいはあるだろう」
「一瞬の間でしたし、男は灰色のローブを着て、フードで顔を隠していました。頬に傷があるとかそう言ったわかりやすい特徴もありませんでした。街の中ですれ違っても、気が付くことはできないかと思います」
ウィンはそうすらすらと答える。本当はあの長身の男の昏い目も、細長の顎も、よく覚えている。雑踏の中に紛れていてもウィンなら見つけることはできるだろう。
けれども、それをこの副隊長に教えてやる義理はない。
「わからないというのか! 呆れる注意力だなっ! 犯人は逃す、覚えていない、そして犯人は私の愛するポルティガのどこかに潜伏しているっ!」
副隊長は言いながら感極まって机を二度、三度叩く。第7隊の騎士たちは何かを言って逆鱗に触れたら厄介なことになるとでもいうかのように、伏し目がちに黙っている。副隊長に対しても、ウィンたちに対しても目を合わせてもこない。
まるで空気のような4人である。見ると、誰も調書をとってもいない。
「本当に、何も覚えていないのか? 何か少しくらいは覚えているのだろう」
「覚えていません」
ウィンは再び食い気味に言う。副隊長は呆れたように天を仰ぐと、長い溜息をつく。
「まったく、こんな役立たずが部下だなんて、隊長に同情する。いや、隊長が悪いから部下もこうなのか--」
エミール・ラ・クロワがそう言うのと、開け放たれた入口が巨大な人影で覆われるのは同時だった。
「あん、隊長が何だって」
不意に野太い声が響き渡る。この世の春と言わんばかりに勢いよく自説を主張していたエミール・ラ・クロワの顔が一瞬でこわばり、みるみる青ざめていく。
ウィンは振り返らずに、いつも聞いている声を背中に感じる。
これまで、ほとんど言葉を発していなかったアンナが振り返る。
「ガルシア隊長……」
扉に立っているのは、第15隊隊長、ルイス・ガルシアだった。
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