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<6> 魔の森の記憶、指輪の共鳴

「ウィン様、お帰りなさいませ」


 ウィンが部屋に戻ると、メイドのエリスがドアを開けた先に立っていた。黒色の長い髪を後ろで一つにまとめ、紺色のメイド服を着こなしている。背筋を伸ばした立ち姿はメイドとしての教育をしっかり受けたことを思わせる。


 ただ、どこか村の娘のような素朴さがあり、八百屋や果物屋で買い物をしたら何かおまけをしてもらえそうな見た目である。


「ただいま。待ってなくていいって言ってるだろ」


「ご主人様をお迎えするのはメイドの務めですから」


 エリスはニコッと笑顔でそう言うと、軽くお辞儀をする。


「今日は酒場に寄ってこなかったのですね」


 ウィンの顔色を見て小さく驚いたようにエリスが言う。いつもなら頬が酒気で淡い赤色に染まり、目は少し座っている。けれども今晩のウィンは素面であり、それは珍しいことだった。


「まぁ、ちょっとな。俺だってたまには飲まないことだってある。開港祭を控えて忙しいしな」


「また何かに巻き込まれてんじゃないですかぁ?」


 そう声をかけてきたのは、ハックだった。少年のように小柄で華奢なハックは、部屋の中央にある三人掛けのソファーに胡座をかいたまま座り、首だけ振り返って言う。


「こら、ハック。ウィン様になんてことを。え? でも、まさか、そんなことは、ない? ですよね……」


 まさかというような表情を見せて、エリスが目を細めてそう尋ねる。ハックは楽しそうにククッと笑う。

「隠しても無駄っすよ。ご実家を出た時からこの7年、俺とエリスはずーっと旦那様の『やれやれ、巻き込まれた』って顔を見てきたんですから。で? ウィン様は今回は何に巻き込まれたんですか?」

「ああ……そうだハック。今日は街で何か変わったことはなかったか」


 話をごまかそうとするように、ウィンは話題を変える。


 ハックはニヤリとしながら、ご主人様のごまかしにのってあげようというように話を合わせる。従者であるハックが、街の様々な情報を得てウィンに知らせるのは、いつものやり取りでもある。


「……そうっすねぇ、開港祭に向けてとにかく人が増えてます。特に帝国からの観光客が多いって」


「帝国か」


「何でも、開港祭で王様が開く式典の来賓として、シドニア王国のララ王女と、帝国の皇太子と帝国三大将の一人『炎将軍イヴァース』様が来るって」


「ああ、確かにそうだったな。騎士団でもシドニア王国は『シドニアの真珠』と呼ばれるララ王女が来るし、帝国は皇太子に三大将の一人も来るって、警備の大変さを嘆いている人もいたな」


「それもあって、帝国やシドニアからの観光客が増えているそうですよ。見たいっすもんね」


「なるほど」


 ウィンは少しだけ思索を巡らせる。帝国とは戦争中でもなければ、同盟中でもない。シドニア王国と同じように、常に一定の緊張感のなかにある隣国である。


 隣国の重要人物のポルト来訪に、もし第15隊が警備の中心なら胃に穴が空いていただろうなとウィンは思う。先程会ったクリス・ハーグリーブズ隊長の顔が浮かぶ。


(あのエリート様なら、スマートに警備をこなすんだろうな)


「で? ウィン様は今回は何に巻き込まれたんですか?」


 さあ本題に入ろうとでもいうように、ハックが興味津々にそう訊ねる。


「巻き込まれてなんか、ないさ」


 ウィンはそう嘯く。


「ただ、な。あと3日で開港祭だし、何かが起きないとも限らない。備えあれば憂いなしとも言うから、色々と調べる必要はあるかもしれない」


 ウィンがそう言うと、エリスは好奇心旺盛な少女のように目を見開き、ハックは楽しい時間が始まるとでもいうように身を乗り出してくる。


「今日、こんなことがあってな……」

 

 そして、ウィンはゆっくりと話し始めるのだった。






 エリスとハックの2人に今日の出来事を話した。もちろん、二人にはネックレスのことは話していない。怪しい男たちが聖心教会のシスターを拉致しようとして、それを救うことができたという話をした。


 それから、ウィンは1階の食堂を抜け、エリスたちが寝起きする2階を通り過ぎて、最上階にある自室の扉前に立つ。


 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。


 独り身が彼らと3人で暮らすには、少々広すぎる家だ。


「ふう……」


 毎晩、とくにお酒を飲んだ時には3階までの階段を上るのが面倒だと思うのだったが、エリスもハックも主人であるウィンが最上階にいるべきと頑として譲らなかった。


 ウィンは二人が2階の方が楽だと思っているのではないかと疑っているのだが、それでも毎日、ミシミシと鈍い音を立てる階段を上り下りしている。


 ウィンは薄暗い部屋にランプをつけ、軽鎧を脱ぐと、いつものように棚の上に置く。一人には広すぎるスペースに寝台と机、衣装箪笥だけがあるシンプルな部屋である。


 ウィンは机の前にある木製の椅子に座り、机の上に深紅に鈍く輝く宝石の入った〈赤いネックレス〉をゆっくりと置く。ネックレスは傾くと机の表面に当たり、軽い音が響く。


(どう見ても、魔道具、だな……)


 ウィンは、左手をネックレスの上に置く。


 ウィンは左手の人差し指に鈍い銀色に輝く指輪をつけており、その指輪とネックレスが軽く触れると、振動が左手に響く。


 銀色の指輪には五つの象形文字のような模様が刻み込まれていて、その模様が順に濃いオレンジ色に輝いて、元に戻る。


 魔の森に捨てられていたウィンが最初から持っていたというミスリル銀の指輪。


 育ての親である大魔法使いホロウは、古代のアーティファクトだと話していた。


「この指輪が揺れて光るのは魔道具である証拠、か……」


 ウィンはホロウが話していた言葉を思い出す。15歳の時に亡くなった最愛の家族。


 ウィンは目を閉じると、〈魔の森〉の中にあるホロウの結界で守られていたあの小さな家を思い出す。


 15歳でカークライト家の養子になるまで、ウィンは〈魔の森〉で生きてきた。


 ホロウが生み出した結界の中の小さな家でホロウと二人で暮らし、様々な魔法を直接教わり、様々な魔物と戦ってきた。


 簡単ではない日々だった。少しでも気を抜けば命がない場所。


 結界の中でだけ落ち着くことができる特殊な環境。


「まあ、なつかしい、というのもなんだか変な感じか」


 ウィンが何気なく指輪でネックレスの宝石に触れると、ネックレスが再び激しく震える。久しぶりに違う魔道具を見たせいか、昔のことを思い出してしまった。


 感傷的になるというよりは、二度と〈魔の森〉には戻りたくないというのが本音だった。少しでも気を抜くとあっという間に命を削られるような場所と、気のおけない会話ができる人たちがたくさんいて、おいしいエールを飲むことができる場所のどちらがいいかなんて、聞かれるまでもない。


 ウィンは感傷的になんかなる必要はないと、頭を何度か振って我に返る。


「問題は、この魔道具が、何の魔道具かだな……」


 ウィンは静かにそう呟く。


(そしてなんの魔道具かはさっぱり見当がつかない。となると、明日は……)


 元々、明日は事情聴取のため第7隊の騎士館に行かなければならない。だとしたら、魔法研究所にも足を延ばしてみる価値はあるだろう。


(気は進まないが、アリスに、訊いてみるしかないか)


 そんなふうに、ウィンは静かに呟くのだった。


【いつまき】は、より多くの皆様に届くよう『カクヨム』様でも同時投稿しています。

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