<6> ミスリルの指輪が共鳴するとき
「ウィン様、お帰りなさいませ」
家に戻ると、メイドのエリスが扉を開けた先に立っていた。黒色の長い髪を後ろで一つにまとめ、紺色のメイド服を着こなしている。背筋を伸ばした立ち姿はメイドとしての教育をしっかり受けたことを窺わせる。
「ただいま。待ってなくていいっていつも言ってるだろ」
「ご主人様をお迎えするのはメイドの務めですから」
エリスはニコッと笑顔でそう答える。どこか村の娘のような素朴さがあり、八百屋や果物屋で買い物をしたら何かおまけをしてもらえそうな見た目である。
「あれ、今日は酒場に寄ってこなかったのですね」
ウィンの顔色を見て、小さく驚いたようにエリスが言う。いつもなら頬が酒気で淡い赤色に染まり、目は少し据わっている。けれども今晩のウィンは素面であり、それは珍しいことだった。
「まぁ、ちょっとな。俺だってたまには飲まないことだってある。開港祭を控えて忙しいしな」
「また何かに巻き込まれてんじゃないですかぁ?」
そう声をかけてきたのは、ハックだった。少年のように小柄で華奢なハックは、部屋の中央にある三人掛けのソファーに胡座をかいたまま座り、首だけ振り返って言う。
「こら、ハック。ウィン様になんてことを。え? でも、まさか、そんなことは、ない? ですよね……」
まさかというような表情を見せて、エリスがそう尋ねる。ハックは楽しそうにククッと笑う。
「隠しても無駄っすよ。この数年間、俺とエリスはずーっとウィン様の『やれやれ、巻き込まれた』って顔を見てきたんですから。で? ウィン様は今回は何に巻き込まれたんですか?」
「ああ……そうだハック。今日は街で何か変わったことはなかったか」
話をごまかそうとするように、話題を変える。
ハックはニヤリとして、ごまかしに乗ってくれた。
従者であるハックが、街の様々な情報をウィンに知らせるのは、いつものやり取りでもある。
「……そうっすねぇ、開港祭に向けてとにかく人が増えてます。特に帝国からの観光客が多いって」
「帝国か」
「何でも、開港祭で王様が開く式典の来賓として、シドニア王国のララ王女と、帝国の皇太子と三大将の一人『炎将軍イヴァース』様が来るって」
「ああ、確かにそうだったな。騎士団でも、警備の大変さを皆が嘆いていたよ」
「それもあって、帝国やシドニアからの観光客が増えているそうですよ。自国の王族や英雄は見たいっすもんね」
「そうだな」
少しだけ思索を巡らせる。帝国とは戦争中でもなければ、同盟中でもない。シドニア王国と同じように、常に一定の緊張感のなかにある隣国である。
その隣国の重要人物が一人ではなく、複数人来訪する。もし第15隊が警備の中心なら、とても耐えられない。胃に穴が空きまくり、バタバタと倒れ込んでしまうことだろう。
警備を担当するのが第7隊で本当によかった。
心からそう思った。
(まあ、あのエリート様なら、スマートに警備をこなすんだろうがな)
先程会ったクリス・ハーグリーブズ隊長の顔が浮かぶ。
「で? ウィン様は今回は何に巻き込まれたんですか?」
さあ本題に入ろうとでもいうように、ハックが興味津々にそう訊ねる。
「巻き込まれてなんか、いないさ」
そう嘯く。
「ただ、な。あと3日で開港祭だし、何かが起きないとも限らない。備えあれば憂いなしとも言うから、色々と調べる必要はあるかもしれない」
ウィンがそう言うと、エリスは好奇心旺盛な少女のように目を見開き、ハックは楽しい時間が始まるとでもいうように身を乗り出してくる。
「今日、こんなことがあってな……」
それから、ウィンは、エリスとハックの2人に今日の出来事を話した。
もちろん、2人には<赤いネックレス>のことは話していない。怪しい男たちが聖心教会のシスターを拉致しようとして、それを救うことができたという話をした。
話が終わった後、ウィンは3階にある自室に向かう。
酔った夜には3階までの階段が恨めしいが、主人は最上階にいるべきだと、エリスもハックも頑として譲らない。
本当は、自分たちが3階に行くのが面倒なのではないかと疑っているのだが、2人ともそうは言わない。
だから、ウィンは毎日、ミシミシと歴史のある鈍い音を立てる階段を上り下りしている。
「ふう……」
部屋に入った後、ウィンは薄暗い部屋の魔導ランプに魔力を通す。ぼんやりと魔力を蓄えて周囲を照らすオレンジ色の炎が揺らめく。
軽鎧を脱ぐと、いつものように棚の上に置く。一人には広すぎるスペースに寝台と机、衣装箪笥だけがあるシンプルな部屋である。
木製の椅子に座り、机の上に<赤いネックレス>をゆっくりと置く。
(どう見ても、古の魔道具、だな……)
左手の人差し指の指輪が<赤いネックレス>に触れた瞬間、ブルッという振動が走った。
銀色の指輪には五つの象形文字のような模様が刻み込まれていて、その模様が順に濃いオレンジ色に輝いてから、元に戻る。
<魔の森>に捨てられていたウィンが、最初から持っていたというミスリル銀の指輪。
育ての親である大魔法使いホロウは、古代のアーティファクトだと話していた。
「この指輪が揺れて光るのは古の力を宿した魔道具である証、か……」
ウィンはホロウが話していた言葉を思い出す。15歳の時に亡くなった最愛の家族。
目を閉じると、<魔の森>にあるホロウの結界で守られていたあの小さな家が浮かび上がってくる。
15歳まで、ウィンは<魔の森>で生きてきた。
小さな家でホロウと2人で暮らし、様々な魔法を直接教わり、様々な魔物と戦ってきた。
簡単ではない日々だった。少しでも気を抜けば命がない場所。
結界の中でだけ落ち着くことができる特殊な環境。
「まあ、なつかしい、というのもなんだか変な感じか」
一日に何度も指輪が反応するなど、<魔の森>を出てから初めてのことだった。そのせいか、昔のことを思い出してしまった。
頭を何度か振って我に返る。
「問題は、この魔道具が、何の魔道具かだな……」
静かにそう呟く。
明日は第7隊の騎士館で聞き取り調査がある。ついでに、魔法研究所まで足を延ばしてみるか。
(……気は進まないが、アリスに訊いてみるしかないか)
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